地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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十四話 生存者

 それは念獣を強化すべく外に向かう途中、十三階まで降りた時だった。

 

「生き残りか」

 

 ドアと鍵を閉める音が静まり返った廊下にこだまする。

 

 音のした方へ足を向け、“円”を使う。

 事件発生が昼間だからか、この階には誰もいない部屋が多い。

 いたとしてもゾンビばかり……

 だがその中に一室だけ、すばやく部屋を行き来する人間がいる部屋があった。

 

 ……こいつ、拳銃を持ってる?

 

「モデルガン、じゃなさそうだな……」

 

 この住人は何者だろう? 

 

「……確かめるか」

 

 生きているだけなら別にいいが、危険なら話は別だ。

 場合によっては排除するため、確認へ向かう。

 “円”によると対象は1302号室の奥で震えているようだ。

 念のため骨蜘蛛を天井に控えさせ、チャイムを鳴らす。

 

「……」

 

 動きが激しくなった。

 しかし扉に近づこうとはしない。

 開ける気も無さそうだ。

 

 仕方ない……暴れるなよ。

 

 相手が持つ全ての武装を“円”で把握した後、命令(コマンド)を使用。

 

「……!!」

 

 チェーンと鍵が瞬時に外れた音で、大きな音を立てる相手。

 

 

「失礼します! ここに生きている方がいらっしゃいますよね! 私も生きています! 怪我もしていません!」

「だ、誰だ! 来るなっ!」

 

 玄関から大声で呼びかけると、奥に身を潜めていた男が飛び出して銃を向けてくる。男の体は細く、髭や髪は伸び放題。見るからに不健康で憔悴していようだが、その目は鋭い。

 

「私は藤堂といいます。このマンションの最上階に住んでいます。物音を聞きつけて、ここにきました」

「うるさい! これが見えないのかっ!? 撃つぞ! 殺すぞ!!」

 

 だいぶ追い詰められているな……

 

「どうしてそんな物を持っているのですか?」

「っ!」

 

 穏やかに話しかけるが、しびれを切らした男が引き金を引こうとし

 

「なっ!?」

 

 続けて驚きの声を上げた。

 引き金が引けなかった(・・・・・・)からだろう。

 安全装置らしき物を確認しては何度も引き金を引こうとしているが、弾は出ない。

 出るはずがない。そうなるよう銃に命令(コマンド)してあるのだから。

 

 命令(コマンド)を使うためには対象となる物体にオーラを込める必要がある。

 逆に言えば、オーラさえ込められれば(・・・・・・・・・・・)遠くにある物体でも操れる。

 オーラを打ち出す“念弾”、あるいはオーラを広げてその内部を探る“円”。

 威力は必要ない。俺のオーラが対象に触れれば、後は送り込むだけ。

 つまり“円”の内部は命令(コマンド)の射程範囲に等しい。

 

 進入前に“円”と命令(コマンド)を使った時点で、こちらの勝利は決まっていた。

 

 

「うっ! ぐ……」

 

 多少の抵抗は示したものの、格闘技の経験も無さそうな細身の男を取り押さえるまでに、苦労はなかった。

 

「できれば穏便に話をしたかったんですが……どうして貴方はこんな物を?」

 

 殺す前に銃の入手経路は聞かせて貰いたいんだが……

 

「護身用だよ……」

 

 手足を縛られ、芋虫状態になった男が諦め混じりにそう答える。

 

「護身用?」

「しらばっくれるな! お前も俺の命を狙ってるんだろ!?」

 

 お前()? 確かに危険なら殺すつもりだが、なにか誤解されている。

 

「命を狙われているんですか?」

「…………本当に知らないのか? だったらなんでこんな事……」

「銃を向けられたからです。そもそも貴方は誰なんですか?」

 

 興味もないが、貴方が想像してるような相手ではないと言い切る。

 

「……日下部(くさかべ)雄大(ゆうだい)。医者だ、本当に俺を殺しにきたんじゃないのか?」

「逆に聞きますが、命を狙われるような事をしているんですか?」

「違う! 俺は……やってない……とは言えないが……それでも違う」

「どっちなんだか分かりませんね」

 

 詳しく話を聞けばこの男、医師として就職した就職先が運悪くヤクザと繋がっていたため、上からの指示で死亡診断書の偽造や販売用の臓器摘出など様々な違法行為に携わっていたらしい。

 

 そして命を狙われるようになったのは数ヶ月前の事。つながりの深いとある組の若頭が勤務先に入院し、医療ミスで死亡。その患者は自分の担当ではなかったが、上のスケープゴートとして責任を負わされヤクザに追われる事になったという。

 

 以来この部屋に隠れ住んで、できるだけ外に出ない生活を続けていたらしい。

 

「俺はやってない、何もやってない……」

 

 涙を流しながらうわごとのように訴え続ける男。全部が真実かどうかは確かめようがないが、近所の大病院の関係者用IDに冷暖房完備のマンションには必要ないはずの練炭が見つかった。手足を縛っているロープも練炭のそばに置かれていたことから、これらはおそらく……

 

 少なくとも医者という話と追い詰められていたのは本当だろう。

 

 ……気が変わった。

 

「分かりました、縄を解きますね」

「っ! 助けてくれるのか!?」

 

 この男が医師である事は間違いない、つまり医療知識を持っている。

 医療ミスを犯した可能性もあるが、それでも俺よりは確かな知識があるだろう。

 病院がまともに機能しないであろう今、殺してしまうには惜しい人材だ。

 武器を取り上げれば脅威にもなり得ない。

 

「外は大混乱で、大勢の人が亡くなっています。協力して生き延びませんか? ……死にたいと言うなら止めませんが」

 

 部屋の隅に転がる物を見ながらそう告げた俺に、彼は

 

「死にたくない……」

 

 一言搾り出すように答えた。


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