地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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十六話 協力関係

 夜

 

 マンションの地下。

 住民用の駐車場で明日の準備を済ませ、日下部に食料と荷物を届ける。

 

「日下部、藤原だ。……開けてくれ!」

 

 部屋の前で呼びかけるも、返事はない。

 仕方なく念で鍵とチェーンを外して入る。

 

「聞こえているなら開けてもらいたかった」

「あ、開ける前に、勝手に入ってきたんじゃないか」

 

 日下部雄大……偶然見つけたこのマンションの生き残りであり、今の状況では貴重な医者。

 俺の協力者となり生きる道を選んだ彼だが、まだ俺に恐怖を感じているようだ。

 いささか出会い方が悪かったとは思うが、ドアくらいは開けてほしかった。

 

 ……まぁいい。

 

「食料を持ってきた。あと薬品、すべて市販品だがそれなりの量と種類を確保してある」

「……食料はこっちの部屋に、薬はその辺にまとめて置いといてくれ。そしてその並んでる骸骨はさっさとどっかにやってくれよ!」

 

 ああ、こいつからすれば念獣も怖いのか。

 

 協力者を怖がらせすぎても良くないので、骸骨たちには手早く荷物を運び込むよう指示。

 そして速やかに退室してもらう。

 

「これでいいか?」

「ああ! これで一息つける……君、よくあんな得体の知れないモノを平然と連れ歩けるね」

「今のところこちらを襲う気配もなく、指示には従順に従い、戦力にもなる。利用するのは合理的だと思うが。おかげでこんなに運んでこれた」

「安全性の不安もあるけど、それ以前に不気味だよ。まあ便利なのは認めるけど……それにしてもこんなに貰っていいのかい?」

 

 日下部は骸骨が運んできた荷物を指して、俺の顔色をうかがっている。

 

「構わない。俺も自分の分の食料は確保しているし、必要があれば外に出て調達する。俺にはそれが可能だ」

 

 既に学校の購買や非常用の備蓄は抑えてある。

 追加の食料調達中には、目に付いたコンビ二や薬局などを可能な限り制圧した。

 店のバックヤードにある物資には、誰かに奪われないよう念で細工をしてある。

 

「とにかく気にしなくていい。貴方は俺の協力者になったのだから、ある程度余裕を持って生活してほしい」

「……そうかい。なら貰える物は貰っておくよ」

「それでいい。何か不足している物はないか?」

「特にはないさ。ここしばらくは食って寝て食って寝てを繰り返す生活だったしね……薬もざっと見た限り大体の症状には対応できそうだ」

「もっと専門的な薬はいらないのか? 一応調剤薬局は2つ押さえてある。専門的な知識がないので、そちらの棚を漁るのはやめたが」

「別に持病があるわけでもないんだろう? 普通の風邪程度なら市販薬で十分さ。アメリカでは病院で診察を受けた後、この市販薬を買って飲めと言われることもざらにあるし。まぁ、医療制度の違う日本では馴染みが無いかもしれないが……結局は今後君がどうするかだ。……これ貰うよ」

 

 日下部はパック入りのオレンジジュースで喉を潤し、言葉を続けた。

 

「君がさっき出かける前にも言ったと思うけど、僕はここから出たくない。僕を追っていたヤクザが今どうしているか知らないが、迂闊に出歩いて鉢合わせても困る。だいたい外はゾンビ病の患者が今もうろついて、暴動だって起きている。この状況で出歩くなんて危険すぎる。正直、平然と出歩ける君が理解できない。

 しかし……僕に外出を強要せず、食料を調達しておしげもなく提供してくれる君には感謝もしている。だから君が診察と治療を求めるなら手を貸すし、今後君が僕のようにここに人を増やそうとしても反対はしない。幸い、君は本当に潤沢な食料を確保しているようだしね。結局は僕たちの体調次第だ。ゾンビ病患者だけはお断りだけど」

 

 日下部は力なく笑っているが、元からそこまでは求めていない。

 普通の怪我や病気の治療を引き受ける意思があれば十分だ。

 代わりに俺は外に出る気のない彼が、この部屋で生活するための物資を提供する。

 

 お互いの利害は一致している。

 

「なら、何か必要な物があったら、紙にでも書いておいてほしい。次に出るときに探してこよう。あと近いうちに御別橋の向こうに行くつもりだ。妹がそちらに行っているかもしれない、という情報が手に入ったからな」

 

 あとは右翼団体、憂国一心会が避難民を受け入れているはずだが、

 

「一応聞くが、移動するか?」

「……やめておくよ。右翼団体の本拠地、そうでなくても避難民が大勢集まる中にヤクザがいたら困る」

「難儀な人だな……」

「君という生活の目処がなければ、考えたかもしれないがね。君もここを離れる気はないんだろう?」

「住み慣れた我が家で、物資を確保している場所も近いからな。基本はこの近辺で生き延びるつもりだ。妹を探しに数日留守にするかもしれないが、ここに帰ってくる」

 

 ここはマンションであると同時に、俺が念を修めるために授業を続けた修行場。

 そして生き延びるための物資を蓄えた倉庫でもあり、城でもある。

 簡単に捨ててしまうには惜しい生活環境だ。

 

「そうか、ならまた明日。出かける前にまた一度来るので、何かあればその時に。あと万が一外出したくなった場合は地下の駐車場、この部屋と同じ番号のスペースに今日使った車を停めてある。俺は明日から自分の家の車で出かけるから、そっちの車は自由に使ってくれ。これが鍵だ」

「ないとは思うけど、一応借りておくよ」

 

 鍵を渡し、他に用もないので自分の部屋に戻る。

 

 さて……俺が留守の間、日下部は何をするだろうか?

 

 宣言通り、部屋に閉じこもって過ごすのか? それとも外に出るのか?

 外に出たとしたら何をする? 持てる限りの物資を持って逃げる?

 それとも追われているという話が嘘で、仲間を引き込む?

 

 何かしらの行動を起こす気があるのであれば、チャンスだろう。

 

 日下部とは協力関係を築けそうだと思うが、まだ全面的に信用したわけではない。

 最初に銃を向けてきた事など、大した問題でもないが不安要素はある。

 今後この関係が続くか否かは、明日以降の彼の行動に左右される……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌朝

 

『危険生物か、それとも救いの神か』

『突如発生した殺人病と時を同じくして、ネット上でその存在がささやかれ始めた謎の生物。彼らは殺人病患者のみ(・・)を襲い、人々の避難を助けるような行動をとっている……信じられませんが、実際に助けられたという人々の声が多数、現場からは聞こえています』

『殺人病に謎の生物、不可思議な事ばかりですが、先生方はどう見られますか』

『いや~、殺人病はもう厄介という言葉では足りませんね。市民の皆さんには一刻も早く避難をしていただいて、政府にも対応を急いでもらわんと。でも暗いニュースばかりじゃないね! 殺人病の患者さんには悪いけど、その骨みたいな生物は我々の希望ですよ!』

『フンッ、何が希望だ。貴様は何もわかっとらん!』

『何を!?』

『殺人病患者は確かに人を襲い、傷つけ、感染者を増やしている。それは事実だ。しかしだね、彼らも我々と同じ人間なのだよ? つまりあの生物は人肉を食らっていることに違いない! 今は殺人病患者を優先的に狙っているとしてもだ、我々健常者が標的にならない確証はないのだ!』

『そんなんアンタの推測でしょうが。現実に今、例の生物が普通の人を襲った例は1つも無い。人の不安を煽るような事ばっかり言いなさんなって!』

 

 かろうじて放送を続けていたニュース番組では、俺が放った念獣の話題が取り上げられていた。

 

「ネットの方は」

『大盛り上がりダ』

 

 パソコンにまだ使える掲示板がポップアップ。

 肯定も否定も多々あるが、それだけ念獣に対する関心の深さが見て取れる。

 

「しかし……まいったな」

 

 念獣の存在が認知されたのは俺の狙い通り。

 活発に議論されているのも予想の範疇。

 しかし、そのために昨日放った念獣に注目が集まりすぎた。

 生存者が少しでも安全な場所を求めている、ということもあるだろう。

 

『ご覧ください! 現場はまさに人の海! 謎の生物が人々の避難を助けていた、ここ御別橋では、今なおも大勢の人がつめかけています! その目的は、うわっ!?』

『この野郎! 何だその網は!』

『あなた、あの鳥を捕まえる気じゃないでしょうね!』

『貴方みたいな人がいるから、あの鳥は逃げちゃったんじゃないの!?』

『うっせぇ! あの鳥は餌をやればそいつに懐くんだよ! あの鳥を捕まえれば俺は安全なんだ! 邪魔すんなよ!』

 

 アナウンサーが突き飛ばされた後の画面では醜い喧嘩が始まり、スタッフと警察にカメラの外へと強引に押し出されていく。

 

『大丈夫ですか? 桑田さん?』

『はい、こちら現場の桑田です。えぇ……現場はご覧の有様です。ここ御別橋では昨夜から今朝未明にかけて現れた例の生物を一目見よう。あわよくば捕まえ、殺人病から身を守る手段にしようと考える人々が続々と集まっています。

 また捕獲に反対する人々も同じように集まっており、先ほどのように諍いが絶えません。今もどこからか、だれかが口論している声が聞こえています。現在御別橋では警官隊による検問が敷かれていますが――』

『テメェ! やりやがったな!』

 

 再び、今度は別の男たちがカメラ前で乱闘を始めた……

 まだ殴り合いは個人の間で行われている段階だが、暴動の一歩手前と言ってもいいだろう。

 こちらからの避難民と合わせて、人が橋に集まりすぎている。

 

「念獣が悪い方向に影響したな……一部には受け入れられつつあるようだけれど、抵抗も強い……どうせなら乱闘で死体が増えてくれれば、後々プラスにできる可能性もあるが……」

 

 この分だと橋や川を渡って対岸へ渡るのは無理だな。

 

「聖花がいる可能性のある“フロワ”。そして“憂国一心会”。どっちも対岸……」

 

 念獣は一度消せばいい。噛まれてはいないので検問は通れるかもしれない。

 しかし向こうに渡れば安全というわけでもなく、結局は時間の問題。

 検問を通ったら戻るのが手間になるだけだ。

 

 何より検問で足止めされてる最中にパニックが起こるのが一番の危険……

 

 明日になれば少しマシになるだろうか?

 

「骨鳥、非常階段を通って車庫から外へ。そして遠回りをして橋へ。適当に寄り道もしてくれ。後は昨夜と同じように生存者の避難を補助。ただし捕まりそうになったら橋の向こうへ飛ぶように」

『――――!!!!』

 

 朝方に帰ってきた骨鳥が一斉に飛び立つ。

 姿は猛禽類、大きさは子供が抱えるぬいぐるみほどまで巨大化した鳥の群れだ。

 耳をつんざく様な鳴き声と、強めに頬をなでる風を生む力強い羽。

 

 窓から出したら悪目立ちしそうだが、橋に飛ばせば世間の注目を一手に集めるだろう。

 後は橋から街中へ、注目が移ってくれればいいんだが……

 

「……物資。もう少し集めとくかな……“電脳王”、近隣の学校を検索」

『アイヨ。朝っぱらからプログラム使いが荒いネェ』

 

 携帯電話に地図が表示され、その上にいくつもの印がついた。

 この近辺で有名なのは藤美学園だが、小中高と小さい学校はそこそこある。

 

「緊急時の避難所に指定されている学校を除外。可能なら残った候補のネットワークに進入し、経理から非常食などの注文記録を確認。確認の取れない学校は黄色、確認が取れた学校は青に印を変更して色分けしてくれ」

『コイツマジでプログラム使い荒レェ……』

 

 一言多いプログラムだが、仕事はちゃんとする。

 大方の予想通りだが、備蓄をしている学校が見つかる。

 

「まともな学校ならそうか」

 

 非常時の対策をしていないなんて大バッシングだろうしな。

 確認の取れない所はネットワークが断絶している所。

 そういう意味では、むしろ確認の取れる学校が少数派だが……

 

「生き残りがいなければ、使える物資も無駄でしかない」

 

 近いところから様子を見てみよう。

 生き残りがいればまず交渉。

 念能力もなしに生き残るのは困難だろうし、居てもそう多くはあるまい。

 うちの学校でも生き残りは小室一派と紫藤一派、そして俺が干渉した数人だけ。

 相手がよほど攻撃的か何かしら問題を抱えていなければ、こちらに合流させてもいいだろう。

 こちらも空き部屋なら提供できる。

 

「一番近いのは……ここか」

 

 日下部の様子を見てから、外を探索することにした。

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