地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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十八話 ほのかな狂気

「う……」

 

 両腕に乗せた女性が目を覚ましたようだ。

 ゆっくりと双眸が半分ほど開いたので声をかける。

 

「起きたか」

「……!? なっ!? は、はなっ!」

「暴れるな。危害を加えるつもりはない。覚えていないのか?」

 

 逃げようと手足を振り回した彼女は足が痛んだのか、表情を歪めて足元に手を伸ばす。

 そのままピタリと動きを止めた。

 

「……悪い。思い出した」

「気にする必要はない。そちらからすれば、気づいたら親しくもない男に運ばれていたのだから。女性としては警戒するのも無理はない」

「……なぁ、いきなりだけどここ、どこだ? ビルの階段なのは分かるけど」

「俺の拠点だ。元々このマンションの最上階に住んでいた。君を拾った場所から、車で約30分の場所にある。……すまないが、次の階で扉を開けてもらえないだろうか? この建物内は既に殺人病患者がいないことを確認してある」

「お、おう。わかった」

 

 念のために念は使わず、手の空いている彼女に扉を開けてもらい13階の廊下へ。

 

「この部屋だ。ここに医者がいる。開けてくれ」

「鍵、かかってないのか? こんな時なのに無用心だな……」

 

 この部屋の住人は不用心どころか神経質だが……

 

「日下部! 急患だ!」

 

 玄関から声をかけると、奥の部屋からドタドタと音を立てて彼が飛んできた。

 

「急患ッ!? どこだ!? 状態は!?」

「ここだ。意識はあるが足の腫れが酷い」

「……」

「あ、ども……」

「とりあえずこっちに運んでよ」

 

 指示に従い女子を部屋の奥へ運び、診察と処置を任せた。

 

「……軽い捻挫だね。幸い骨に異常はなさそうだけど、無理に動かしたせいで悪化してるんだ。湿布を貼って包帯で固定しておくから、しばらくは毎日湿布と包帯を取り替えて安静に。それで治るよ」

「ありがとうございます。日下部先生……だっけ?」

「ああ、うん。僕は日下部雄大。お大事にね」

「そういえば自己紹介を忘れていたな。俺は藤原将樹だ」

「あたしは豪徳寺(ごうとくじ)(なぎさ)。椿ヶ丘女学園の2年。遅くなったけど、助けてくれた上に治療まで、本当に助かった。ありがとう」

 

 俺たちには余裕があるので、この程度は全く問題ない。

 それよりも彼女の学校名が気になった。

 電脳王で作った学校マップを確かめてみると、

 

「椿ヶ丘女学園……かなり遠い所にあるな。どうしてこんな所まで?」

「食料を探しに、そういえばあたしの持ってたリュックは?」

「それなら車の中に置いてある。後で持ってこよう」

 

 出会った時、彼女の傍らには大きめのリュックサックが落ちていた。中には缶詰が詰まっていて重く、逃げるにはかなり邪魔な荷物に思えたが、彼女はそれを最後まで捨てようとしなかったのだろう。

 

「思い出した! そのワンピース型の制服、うちの病院にも時々それ来て受診してた子がいたよ。いつも先生と同伴で、確かかなりのお嬢様学校じゃなかったっけ」

「お嬢様学校? ……データベースにも全寮制で小中高一貫のカトリック系学校。社会貢献や福祉活動に重点を置いた学校とあるが……正直、豪徳寺を見る限りそんな学校の生徒とは思わなかった」

 

 豪徳寺は助けた俺に礼を尽くそうとしているが、素の口調は荒そうだ。今時の普通の女子だろう。服装も言われてみればワンピース型の制服だが、至る所が血に染まり、裾から太ももにかけて大きく裂けていて扇情的というべき状態。 男二人の前でそれを気にする様子もなく、お嬢様という言葉とは程遠く感じる。

 

「おしとやかじゃなくて悪かったな。でもまぁ当たりだよ。あたしは高等部からの編入で入った、つーか親に無理やり入れられたからな。ヤンチャしてたから更生しろってさ」

「納得した。ところでまだ聞きたいことがあるんだが……何か飲みながら話すか。日下部、後で補充するから適当に何かもらえるか」

「はいはい、麦茶でも持ってくるよ」

 

 日下部が飲み物を用意している間に、聞きたい内容をまとめておく。

 

 まずは椿ヶ丘女学園の状況。

 食料を探しにくるくらいだから他に生存者がいるんだろう。

 しかし学校である以上保存食の用意があるはずだ。

 まだ騒動が始まって1日、危険を犯して取りに行く必要があるのかが気になる。

 そして何故彼女がここまで来たのか。

 食料を探すならもっと学園に近いところで探せばいいはずだ。

 

 ……このくらいか。

 

「はいどうぞ」

 

 飲み物を受け取りながら、豪徳寺に聞きたいことを伝える。

 すると彼女は苦々しげに、せっかくの端正な顔を大きく歪めた。

 

「言いにくければ無理しなくていい」

「いや、別に構わねーよ。ただ色々あってムカつくだけさ」

 

 そして彼女は語り始めた。

 

 まず椿ヶ丘女学院には、豪徳寺が学校を出た時点で200人程度の生存者がいた。

 同校は規律と人の出入りに厳しく、普段から厳重な警備が敷かれている。

 豪徳寺曰く“監獄”。

 

 敷地の内外は非常に強固な塀と門で隔てられていたため、外からのゾンビ侵入は防げた。

 しかし事件発生時点では殺人病の情報がなく、負傷した警備員が校内に避難してゾンビ化。

 応急処置に当たっていた同僚の警備員、騒ぎを聞きつけた教員と、次々と被害が拡大した。

 

「生徒には早い段階で体育館に集まるように指示が出て、あたしのクラスは何事も無く体育館まで避難できた。でも最後の方は移動中に連中とかち合ったクラスもあって……あとは大混乱だよ。先に体育館に着けたクラスだけ生き残った感じ……

 食料の備蓄はあるにはあるらしい。けど最初の連絡は“不審人物が校内に侵入した”って事だったから、取りに行こうとは誰も考えなかったんだ。助けが来るまで待たなきゃならないって事になって、ようやく」

 

 時既に遅し。

 食料が必要になった時には、校内に元生徒のゾンビが徘徊する状況になっていた。

 しかも学校の門は厳重に閉ざされていて、増えることはないが減ることも無い状態。

 そこからゾンビに対してどう対処するかという話になり、生存者の間でも意見が割れた。

 

「殺すか殺さないか、か……」

「最初はそうでもなかったんだよ。うちの学校はボランティアとか慈愛の心とか、普段そういうのを偉そうに話してたこともあって、殺すなんてとんでもないって感じで。でもそんな事言いながら出てった食料調達チームはすぐに崩壊して、半分以上が帰れなかった。

 それからネットで情報収集してた先生がゾンビの対処法をネットで見つけて、それが実際効果あったから、なんとか協力して一晩越せるくらいの食料は取りに行けた」

 

 籠城した時点で大勢の被害者を出していたというのにな……

 だがネットに流した情報が役に立ったようでよかった。

 

 しかし、彼女の話が本当なら1つ謎か深まった。

 なぜ彼女はここまで食料を探しに来たのだろうか?

 

「学校に食料はあるんだろう?」

「……あるにはある。けど……」

 

 豪徳寺は唇を噛み、声に悔しさを滲ませている。

 

「……食料はあるんだよ。でも一度に取りにいける量が少ない。危険だから、食料調達の手伝いを募集しても集まりが悪くてさ。一部の生徒が覚悟を決めて、犠牲を出して運んできた食料をみんなで分けて昨日1日はしのいだんだ」

 

 そして分配された昨夜の夕食は一人当たり、カンパン5枚と氷砂糖1個にコップ一杯の水。

 確保できた食料の少なさと、生存者の半端な多さが災いした。

 どう考えても、満足できる量と内容ではない。

 

 そんな中で事件は起こる。

 

「待機場所は同じ体育館だったし、一緒に食べようとダチの所に行ったら、そいつらの飯が盗まれてたんだ」

 

 なんと5枚あるはずのカンパンは3枚、氷砂糖はなくなり、コップの水も半分だったそうだ。

 

「食べ足りないと思ったのか、先を考えて食料を確保したかったのか。考えられる理由はいくつもあるが、非常時に限られた食料の窃盗は許されないな」

「ただでさえ少ない食べ物を盗まれて、その子も怒ったろう」

 

 日下部は手元にある麦茶と菓子パンを気まずげに見る。

 だがその言葉を聞いた豪徳寺は悲しそうに首を振る。

 

「あいつらは気づいてなかった。食料は教師が分配した量を紙皿に乗せた物が配られただけ。水も同じで、皿とコップを1人1セット持ってくだけだったから」

「……なぜ気づかない?」

 

 一人何枚と言われなくても、受け取る時に他と見比べればすぐに分かるだろう。

 聞いた限り、かなり露骨に減っていたように聞こえた。

 仮に誰かが気を利かせたふりをして運んだとしても、やはり周囲と見比べれば……!

 

 “身体に障害を抱えた生徒のための特別支援学級も存在する”

 

 流し読みをしたデータベースの記述を思い出した。

 

「もしかしてその友達は目が見えない?」

 

 この予想は当たっていたらしい、

 

「笑えるだろ? 普段は規律だの慈愛の心だの偉そうに言ってる連中が、いざとなったら平気で他人の飯を盗む。盗まれたことも、盗んだ相手の顔も分からない相手を狙ってな!」

 

 豪徳寺は憤慨している。

 さらに語られる内容を聞く限り、どうやら以前から彼女はクラスでも浮いていたようだ。

 元々転入生に対して風当たりが強く、特に豪徳寺のような不良生徒は受け入れられにくい。

 さらに彼女は最初の食料調達時、ゾンビを“殺す”ことを主張したそうだ。

 

「あたしは仕方ないと思ったんだ! 殺さずに押さえつけて何とかなる相手じゃねぇって! そんな状況じゃねぇって! だけど……ろくになかった信用がさらに地に落ちて、盗まれたメシも犯人はあたしって事にされちまった……自作自演で、自分で盗んでおいて助けるフリをしてるごまかすつもりだろう、どいつもこいつも“お前しか居ないだろ”って目で見てくる!」

 

 食料は食べてしまえば証拠も残らない。

 教師にも同じ疑いをかけられ、証拠不十分で何らかの処分を受けることは免れたようだが、

 

「今は1人1人が自制心と忍耐力を強く持って、お互いに助け合わなければならない状況であることを肝に銘じなさい。二度とこのようなことはしないように……ふざけんじゃねえよッ!!」

「お、おちついて豪徳寺さん! 足にも響くから!」

 

 興奮冷めやらぬ彼女を、日下部が必死になだめようとしている。

 俺も話の続きが聞きたい。

 

「それで一人で食料調達に?」

「あぁ……その騒ぎは一応治ったっつーか、うやむやにされたけど。やっぱり聞こえて来るんだよ。こっち見ながら罰を与えるべきだとか、盗んだ分の食料を明日の朝飯から取り上げればいいとか。

 だからあたしは飯を取りに来た。校外に出たのは敷地内の食料が“学校の備蓄”だから、あたしが手をつけるのは許さない、持ち帰ってきても取り上げて全員で分けるって、遠回しに言われたからさ。

 遠くまで来たのは教師の指示だよ……この状況だと食料調達は盗むってことじゃん? 学校の近くだと制服を知ってる人も多いだろうし、うちの学校の生徒が盗みを働くなんてとんでもない! って、ホント笑えるよな……こんな状況になってもまだメンツの話してんだぜ? それでいて食料調達(盗み)に行くことは止めねーの。普段なら日曜でも外出なんて認めねーのにさ! アハハハハ!!」

 

 今度は狂ったように笑い出す豪徳寺。

 

「……彼女、ちょっと精神的に不安定だね」

「色々あったんだろう。外に出てもこんな状況では仕方がないのでは?」

 

 そんな話をする俺たちを意に介せず、彼女は笑い続ける。

 そしてひとしきり笑い終わると、

 

「あんな奴ら、信用できるわけがねぇ……あいつら、あたしが食料持ってったら難癖つけて奪う機だろうな……そんな事絶対にさせるもんかッ……あたしが集めた食料は全部あたしのだ。あたしとあいつらだけで食うんだ、奪う奴は許さねぇ……ぶっ殺してでも止めてやるッ!」

 

 彼女は一転して暗い決意を語りだした。

 悲しきかな。これが今の世界なのだろう。

 俺は悠々と生きさせてもらうが、

 

「話してくれてありがとう。目的も分かった。しかしその足で帰るのは難しいだろう」

「……それでもあたしは帰らなきゃならない」

「ああ、だから提案だ。豪徳寺は今すぐに帰りたいだろうけど、明日の朝まで待ってもらえるのなら、俺が車で椿ヶ丘女学園まで送ってもいい」

「本当か!?」

「嘘は言わない。ただこの地図を見てくれ」

 

 携帯に表示した地図を見せる。

 

「現在地がここで、椿ヶ丘女学園はここ。最短距離を通ろうとするとこの住宅街とオフィス街を抜けることになる。でもここは人口密集地でもあるためゾンビが多すぎ、かつ事故車両が多くて道がふさがってる。一度通って確認したから確かだ。

 もう一つ川沿いを大きく迂回していくルートはあるけど、橋を渡りたい人やその車で大渋滞中。さっきとは違う意味で通れない」

 

 そこで提案だ。

 俺は妹を探すために向こう岸に渡るつもりだ。

 橋の向こうはまだ殺人病の被害者が出ておらず、住民の避難が始まっている。

 多少の混乱はあるものの、使える道が多い。

 

「通りやすい橋の向こうを経由して、椿ヶ丘に近い所からこちらに戻り学校を目指す」

「明日の朝まで待たなくちゃ駄目なのか……?」

「残念だが、今向こう岸に渡れる橋には検問が張られている。普通に通るには時間もかかるし、そんな格好で盗品を抱えていればリスクも高いと考える」

 

 殺人病でなくても警察に保護、あるいは捕まり身動きが取れなくなる可能性がある。

 そうなってから、学校に食料を届けられるかは分からない。

 さらに言えば、それは無事に橋までたどり着けると言う前提の話だ。

 この近辺は俺の念獣がゾンビを食い荒らして比較的安全とはいえ、離れればまだゾンビはいる。

 怪我をした彼女の足では橋に着くまでも相当な時間がかかるだろう。

 道中でゾンビと遭遇すればまず命はない。

 死んだ場合も当然ながら食料を届けることができない。

 

「俺は明朝、まだ薄暗い時間帯を狙って車で川を渡るつもりだ」

 

 ゾンビが蔓延した世界への備えとして、親父の金で“Terra Wing”を購入してある。

 大量に荷物を積めて、車内での生活もしやすい。

 万が一の場合に水上へ逃げることも可能な水陸両用の大型キャンピングカーだ。

 

 川を渡るにも十分な性能があるはずだが、試したことはない。

 夜の暗闇の中でぶっつけ本番というのはさすがに避けたいので夜は控える。

 ライトは人目に付きやすくなるので、薄暗いが視界もある程度確保できる早朝を狙う。

 

「どうだろうか? 俺はこれが一番安全かつ確実な手段だと考えている。なんだったら少し食料や他の生活必需品を提供してもいい。車のスペースも物資も十分にあるからな」

 

 今日の戦利品は1つの学校あたり500~800人分の非常用保存食。

 さすがに車に載せきれないが、200人分渡しても余りある。

 欲しいというなら分けてもかまわない。

 

 そう言った所で、豪徳寺が訝しげな顔をしていることに気づく。

 

「どうした?」

「……なぁ、あんた何でそこまでしてくれるんだ? 助けてくれたのも、ここまで連れてきて治療してくれたのもそうだしさ。いや、別に疑ってるわけじゃねーよ、実際助けてもらってるし、変な要求もしてこないし。ただ、何でそんなに気前がいいのかが気になるっつーか……」

「別に大した理由はない」

 

 俺はこの地獄の中を悠々と生きると決めたのだ。

 支配されず、あくせく働くこともなく、ただ自由に、気楽に、余裕を持って生きる。

 ただそれだけだ。

 

 豪徳寺は余裕があったから助けた。

 食料にも余裕があるから施しをする。

 俺にそれだけの余裕があるからできる事。

 

 そうでなくてはならない。

 俺は余裕を持っていなければならない。

 全てはこの世を悠々と生きるために。

 たとえ(・・・)他の何を捨ててでも(・・・・・・・・・)

 

「余裕があるから分けてもいいというだけだ。その方が皆も助かるだろう」

「……マジで言ってるみたいだな。……なんつーか、うちの学校の聖人ぶった連中より、あんたのほうがよっぽどそれっぽいぜ。……決めた! 悪いけどもう少し世話になる! 代わりに何かできる事はないか? 何でもする」

「だったら休んでその足を何とかしろ。その足でできる事は思いつかない。飯でも食べて明日に備えておいてくれ。俺は物資を集めて車に積んでくる。日下部、しばらく世話を頼む」

「分かったよ。豪徳寺さん、何食べる? 彼が大量に運んでくるから色々あるんだ。好きなものとかあったら言ってくれない? 遠慮しなくていいから。ってか遠慮すると微妙に機嫌悪くするから、彼」

 

 ……?

 出がけに聞こえた日下部の言葉。

 俺が機嫌を悪くした? そんな事がいつあったのか?

 ……豪徳寺に遠慮をさせないための方便だろう。

 

 気にせず地下の駐車場へ向かう。


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