地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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十九話 影響

 翌朝

 

 日も明けない暗いうちから車を走らせ、御別川へ向かう。

 

「助手席でよかったのか? 後ろで横になっていた方が」

「座るくらい平気さ。それに寝てばっかりじゃ気が滅入るって。それよりどこから渡るんだ?」

「それなんだが、橋のそばは避けたい。もう検問はないらしいが、崩れるかもしれない」

「検問に押し寄せる人、それを追ってくるゾンビ、対岸ではデモ隊に乱闘騒ぎ……昨日のニュースめちゃくちゃだったよな……警官がデモ隊の先導者を射殺したり、ダンプカーで人や車ごとゾンビを押し流したり。爆破された橋もあったっけ? これから先どうなるのかね」

「まったくだ。まあそのおかげで対岸の人混みも検問もなくなって渡りやすくなったが…………ん? すまない、ちょっといいか」

「何か見つけたのか?」

「ああ、川沿いに降りる。知り合いがいるみたいだ。そこの白旗を窓から出して、懐中電灯で照らしてくれ」

「あいよっと」

 

 豪徳寺が指示通りに畑を出したのを確認し、ゆっくりと車を川岸に止まる一台の車へと近づけていく。

 

「ちょっ!? あいつら銃持ってるじゃん!?」

「大丈夫だ。……奇遇だな!」

『藤原!?』

 

 運転席側の窓から顔を出すと、一昨日ぶりの小室一派。

 さらには、

 

「無事だったのね!」

「お前、生きてたのかよ!」

「五十嵐に日向。2人も元気そうじゃないか」

 

 藤美学園脱出の折に少し手を貸したカップルが駆け寄ってくる。

 彼らの後ろに停められている軍用車両のそばにもまだ3人……

 どうやら俺の思惑通り、原作と違って紫藤一派からの離反者が出たらしいな。

 

「藤原も生きてて良かった~!」

「藤原君、よく生き延びた」

「てか、あの後どうやって脱出できたんだ?」

「情報交換もしたいが、とりあえず平野と小室は銃を下ろしてくれないか? 同行者がビビってる」

「ビビってねぇよ!」

「っと、悪い!」

「あれ? 今の声って女の子? まさか妹さん見つかったの!?」

「まずはその話からするか……」

 

 彼らには助手席側に集まってもらい、豪徳寺を紹介する。

 怪我のため助手席に座ったまま、見下ろすような状態の豪徳寺が気まずそうだが無視。

 

「そっか~、椿ヶ丘の子なんだ~。こんなに足を腫れさせて、がんばったのね~」

「やはりこちら側は何処も危険のようだな」

「生存者が200人もいるなんて、よかったって言いたいけど。大変だよね」

「危険で大変なのはどこも同じよ。非常食があるだけ良かったじゃない。その後の押し付け合いはいただけないけど」

「高城! そんな言い方しなくてもいいだろ」

「小室だっけ? いいんだよ、私もそう思ってる。あそこにはマジでくだらねー奴ばっかりだ。ま、今そんなこと言えるのも藤原に助けてもらったからだけどな」

「そうか。てか藤原、おまえは」

「小室君、彼に話を聞きたい気持ちはわかるが、まずはお互いの紹介を済ませてしまおう」

「俺もそうしてくれるとありがたいね。知らない顔が4つも放置されていると、どうにも気まずい」

「そう、だな。悪い。もっとこっち来いよ。アリスも皆も」

 

 小室が声をかけると、まずはじめに小学生くらいの女の子がおずおずと歩いてきた。

 足元には小さな犬が1匹。

 

「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ。こいつ仏頂面だけど、そんなに悪い奴じゃないから。俺たちが学校から逃げるときも手伝ってくれたんだ」

「そうなんだ! お兄ちゃんのお友達?」

 

 ともだち……?

 

「……」

「そこで黙るなよ……」

「小室と話したのは脱出の間だけだしな。友達と言っていいものなのかどうか」

「別に時間なんて関係ないだろ。藤原が嫌なら仕方ないけど」

「そうか」

 

 嫌とは思わないな。

 

「どうしたの? お兄ちゃん、タカシお兄ちゃんのお友達じゃないの?」

「なんでもない。お友達が少ないから、すぐに答えられなかっただけだよ。俺はタカシお兄ちゃんの友達の将樹お兄ちゃんだよ」

『ぶふぅっ!?』

 

 周りの連中が一斉に吹き出した。

 

「何だいきなり」

「おま、お前こそいきなりっ!」

「将樹お兄ちゃん、っ、うぷっ!」

 

 小室と平野は必死に笑いを堪えている。

 

「藤原君、言葉遣いが急に変わったから、ね?」

「てお前それよりもっと表情筋動かせよ、ってか言ってる事は寂しいな!?」

 

 事実だから仕方ないだろう。君たちのようなカップルとは違う。

 

「皆、笑いすぎよ~」

「そういう先生も十分に笑っていますが……妹にはこうやっていたと思うんだけどな……」

 

 もちろん昔の話だが。

 

「将樹お兄ちゃん、ありすは希里ありす。こっちはジーク。よろしくね!」

「ワンッ!」

 

 とりあえず小室一派の新メンバー、希里アリスちゃんと犬のジークの紹介が終わる。

 

 続いては……3人まとめて来たな。

 先頭は俺も良く覚えている。紫藤に踏みつけられたメガネの男子生徒だ。

 大きなガーゼをつけて、メガネがないので目を細め、彼は緊張した様子で俺の前に立つ。

 

「君もいたんだな」

「はい! 1年の熊井といいます! えっと、僕が学校で奴らに囲まれた時、真っ先に助けに来てくれたのが先輩だと聞いています。あの時は何が何だかわからなくなってしまって、何も言えずにすみません。あの時はありがとうございました!」

 

 いかにも真面目な委員長系の男子だ。

 

「無事で良かった。紫藤の下から離れたのは君と後ろの2人だけか?」

「はい。同じクラスの」

「谷内ひとみです!」

「川本知子です……」

 

 短い茶髪の谷内と、黒髪を三つ編みにした川本。

 どちらも紫藤と一緒にバスに乗り込んだ女子生徒だ。

 

 熊井を助けて、マイクロバスに放り込んだ結果がたった2人の離脱か……

 紫藤が思ったより優秀なのか、少し残念だ。

 もっと派手に荒れてくれれば面白かったのに。

 

「あの……先輩」

「ん、俺か?」

 

 気弱そうな川本が声をかけてきた。

 

「先輩はどうやって学校から脱出できたんですか? あの時はもう……」

 

 その話か。

 

「それは見てもらった方が早いな」

「えっ?」

 

 首をかしげる川本を連れ、キャンピングカーの後部を開く。

 

「出て来い」

『バウッ!!』

「ひぃっ!?」

 

 車外飛び出す犬と鳥の念獣。

 待機させていたのは犬が10匹に鳥が3羽だが、そのインパクトは強烈だったようだ。

 

「これって!」

「あのニュースになってた動物じゃない!」

「これは君が飼いならしているのか?」

「本当に骨みたいな体なのね……生き物とは思えない……」

「なんだか怖いわ~……」

「犬、さん?」

「ワン! ワンワン! グルルルル……」

 

 さすがと言うべきか、小室たちは驚きから立ち直るのが速い。

 平野に至っては即座に銃を構えてこちらに向けている。

 

「平野、大丈夫だ。こいつらは俺の命令をちゃんと聞く。人は襲わないよ。見た目がこれだから信用できないかもしれないが、俺はこいつらと生活してもう2日になる。

 俺が学校を脱出しようとする直前、おそらく学校に集まっていた奴らを目当てに集まってきたんだろうな。こいつらが群れで学校に入ってきて、俺が倒した奴らを貪り食い始めて、そのまま成り行きで従えてる。おかげで出歩く時のが格段に安全になったよ」

 

 適当な理由をつけて説明し、1匹の頭を撫でて安全だと示す。

 

「確かに、アンタは襲われないみたいね」

「というより、こいつらは死体しか食わないみたいだ。俺が見てきた限り、人に限らず生き物に襲いかかったことは一度もない。ただし死体なら人でも動物でも“奴ら”になっていようがいまいが関係なく食べる」

「生きているかどうか、それが餌の判断基準ってこと?」

「だと思う。そうでなければ、俺は学校の時点でこいつらに食われているだろう。ここにいるのは学校に集まった動物のほんの一部だ。他の動物には俺の家、生活拠点のマンションを守ってもらっている」

 

 警戒心を隠さず、しかし冷静に念獣を見定めようとしている高城。

 そこへ、谷内が割って入る。

 

「ねぇ。この子たちって強いの?」

 

 彼女はあまり物怖じしない性格のようだ。

 

「強いかという質問には基準が曖昧でどう答えていいかわからない。が、現状では確実に役に立つ。たとえばこいつらの顎や嘴は死体を簡単に切断、あるいは貫通する。そして人と違って奴らに狙われることがない。奴らに対して一方的に攻撃を加えることができるわけだ。

 さらに頭が良くてこちらの指示をしっかりと理解する。俺は奴らと戦う時、犬型にはまず足を、鳥は頭を狙うように指示しているが、その通りに実行してくれる。おまけに多数の奴らを前にするとまず全部のやつらを行動不能にするんだ。こいつらは奴らに狙われないが、食事よりも無力化を優先するだけの知性がある」

 

 疑問があるのは防御力だが、少なくとも体は骨のようで硬い。

 普通の人間の拳で倒されるようなことはまずなさそうだ。

 

「物理的な衝撃に何処まで耐えうるか、どんな攻撃が有効か、どうすれば死ぬのか。そういった実験はしていない。この状況で数を減らすようなことはしたくないからな」

「……思ったよりも欠点が無いわね。あくまでも従順で危険が無いという前提だけど」

 

 高城は念獣を受け入れつつある……いや、念獣の力を認めただけか。

 警戒は解いていないと見たほうが良さそうだ。

 元々こいつは俺を怪しんでいたみたいだし……そろそろ話を変えるか。

 

「そういえば小室、何でこんな所にいる?」

「俺たち、向こう岸に渡ろうとしてたんだ。ただ……」

 

 話を聞けば納得した。

 どうやら彼らは同行者が増えたにもかかわらず、ほぼ原作通りにこの川までやってきた。

 そしていざ川を渡ろうとしたところで問題が発生。

 現在の小室一派は原作キャラの7人+1匹、そして俺の介入によって追加された5名。

 合計12人と1匹の大所帯。つまり車の定員オーバー。

 

「この車、軍用車両で頑丈だしパワフルだから、陸路は無理やり詰めてなんとかなったんだけど……」

「流石に水の上は無理だったわ」

「このまま入っていたら、危うく沈むところだったな」

「食料や水も出来る限り減らしたのに、まったくもう!」

「どこか迂回する道を探そうか、2回に別れて渡ろうかって話してたのよ~」

「……そういう事なら、少しこっちの車に乗っていくか?」

 

 俺たちも対岸に渡る予定であると説明。

 物資も積んでるから多少狭いかもしれないが、余裕はもたせてある。

 そもそも俺の行動が原因で問題が起きたと言っても良い。

 ここは手を貸してやろう。


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