地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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二十話 対岸の火事

「岸に上がるぞ」

 

 揺れへの注意を促し、アクセルを踏み込む。

 地面を掴んだタイヤが力強く車体を陸に引き上げる。

 勢いと車体の向きを調節して、対岸への渡河はつつがなく終わった。

 “円”で周囲を探る限り、この近辺にはゾンビも生存者もいないようだ。

 

「上陸完了。みんな無事だな?」

「おう!」

「はい!」

「大丈夫です!」

「オッケー!」

「皆無事よ、藤原君」

 

 対岸へ渡るにあたり、こちらに移動したのは五十嵐、川本、熊井、谷内、そして日村の5人。

 つまり俺が介入したことで増えていた人が全員こちらに来たわけだ。

 そして小室一派は一時的に本来のメンバーに戻っている。

 

「小室たちは大丈夫か?」

「あっちにいるぜ」

 

 豪徳寺が指差す方を見ると、まだ岸まで少々距離があった。

 平野の物騒な替え歌と、それに対する高城の叱責が聞こえる。

 

 ……喉が渇いたな。

 

「何でもいいから飲み物を取ってくれないか?」

「あっ、はい!」

 

 今の声は谷内か。

 急いで立ち上がり、キッチンの冷蔵庫を開けた音がした。

 

「はい先輩、オレンジジュースです」

「ありがとう。よかったら谷内も適当に好きなものを飲んでくれ。もちろん皆も」

「いいんですか?」

「ああ、キッチンスペースにある物は好きに飲み食いしてもらって構わない。拠点には十分な食料があるからな。遠慮せずどんどん食べてくれ。

 ただその辺にあるダンボールは豪徳寺の学校とかに持っていく支援物資だから、手をつけないように。豪徳寺がキレて噛み付くぞ」

「噛まねぇよ!?」

 

 積み込まれる物資を虚ろな目で眺めながら、そんな呪詛を散々口にしていたのを覚えていないのだろうか?

 

「まぁいい。俺はその辺の様子を見てくる」

「一人でか!?」

「危ないですよ!」

 

 五十嵐と熊井はそう言うが、心配は無用だ。

 

「大丈夫。俺にはこいつらがいる。それにすぐ戻るよ、あいつらもすぐ来るだろうし」

 

 念獣を連れて車の後部から外に出る。

 一時橋を封鎖して避難が行われていたこともあってか、周囲は静かだ。

 静かすぎて、完全なるゴーストタウン状態。

 向こう岸と比べて家屋などが綺麗で、事故車や物の破損が少ないのがまた雰囲気を出している。

 

「だけど被害は確実に出ているはず……」

 

 早く移動したいが、まずは小室たちとの合流が先決か。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 小室たちのハンヴィーが上陸し、お互い無事に合流できた。

 しかし彼らは昨夜ゾンビの群れと大立ち回りの末に慌しく拠点を放棄したため、あまり装備が整っていない。

 

 厳密に言えば装備はあるのだが、それを整理・分配して装着する時間がなかったらしい。

 RPGで言うところの“ぶきやぼうぐはそうびしないといみがない”状態だ。

 特に銃器などは素人が適当な知識で扱えば危険極まりない。

 使用法を的確に指導できるのは平野のみ。

 

 ということで、彼らはゾンビの姿がないここで一度体制を整えるらしい。

 

『わぁ~!』

「お友達の服、持ってきたから好きなの選んでいいわよ~」

「先生、このジャケットいい?」

「いいわよ~」

「スカートはこれしかないのですか……」

「セクシーでしょ~?」

 

 武器よりも服を選ぶ暢気な女性陣の声が聞こえてくるが……

 

「あー、そこのお嬢様方」

「うえっ!? ……何よ、藤原。ってか私たちこれから着替えるんだから、こっち見ないでくれない?」

 

 高城は学校を脱出する時から俺を危険視していたが、今は楽しい服選びに水を差されたこともあってか、反応が刺々しい。まぁ気にする事でもないが……とりあえず用件だけさっさと済ませよう。

 

「だから声をかけたんだ。男の目があるこんな所よりも、俺の車を使え。後ろは内側から鍵がかかる。窓もカーテンがついていて閉められる。車の陰よりよっぽどマシな更衣室になるはずだ」

「あら! いいの~? 藤原君」

「着替えなんてそんなに時間がかかるものでもないですし、構いませんよ。鞠川先生」

「それは助かる。ありがたく貸してもらうよ、藤原君」

「ありがとう!」

「……」

 

 ……約一名、納得していない様子。

 

「何か?」

「……まさかとは思うけど、中にカメラとか仕掛けてないわよね」

「心外だな。車外を確認するカメラやセンサーは付いているが、内部を撮影するカメラは付いていない。警戒用に調達した監視カメラの機材も積んではいるが、設置していないし電源も入らない」

「あっそう……悪か「第一、高城たちの着替えを見たところで何の意味も無いだろう」なんですって!? それはそれで聞き捨てならないわよ!?」

「そうだぞ藤原! 女子と何か話してるから聞いていれば! せっかく女子がそばでキャッキャウフフする貴重な機会だというのに、なんでそれを潰すような提案をウブホッ!?」

「あんたはあんたで急に出てきて何言ってんのよ! このデブオタッ!」

「すみません高城さんっ!」

「平野。お前しばらく見ない間に……いや、なんでもない」

 

 高城に踏みつけられている平野が喜んでいるように見えるが、黙っておこう。

 

「この変態みたいに食いつかれても困るけど、あんたの対応もちょっと失礼じゃない? 私の着替えに魅力はないって言いたいの!?」

「何に、誰に、どこに魅力を感じるかというのは個人の主観による。高城に魅力がないとは言わないが、少なくとも俺は感じない。それだけだ」

「それは魅力がないって言ってるのと何が違うのよ!」

「高城さんは、魅力的って言って欲しいのかしら~?」

「あれはどう見ても勢いで言っているだけでしょう。元々藤原君を快く思っていない様子でしたし」

「藤原君も一言余計だったんじゃないですか? それにタイミングも……一度謝ろうとしたところにアレじゃあ誰だって怒りますよ」

「……ヒソヒソ話をしているくらいなら、止めてもらえないだろうか」

 

 女が3人いれば(かしま)しいというが、時と場合を考えてもらいたい。

 周囲は安全そうだし、仮にゾンビが集まっても対処する自身はあるが……?

 だったら別に構わないな。

 

 ……否、悠々と生きるのであれば、無駄話にも付き合うくらいの余裕があってしかるべき。

 ならば存分に付き合おう!

 

「……ん? 女性陣は?」

「もう着替えに行ったよ? 喧嘩してる暇はないからって」

「なんだ、勝手に騒いで勝手に完結したのか……まったくせわしない」

「いやいや、勝手にというかあれ藤原も煽ってたでしょ?」

「何の話だ? 平野」

「マジで完璧に無自覚なの!?」

「なぁ五十嵐、藤原ってさ……天然?」

「ああ……絡みづらい奴ってイメージだったけど、今はなんかズレてる気がしてきた」

 

 小室と五十嵐までコソコソと話しているが……聞こえていることを指摘すべきか、知らないふりをしてやることが彼らのためか。

 

 そんなことを考えていると、

 

「もう一度言ってみなさいよ!!」

 

 俺の車の中から川本の怒声が轟いた。

 

「彼女らしくないな」

 

 川本は見るからにおとなしめの文学少女風。

 川を渡る短い時間だが、接した感じもイメージ通りだった。

 それがあんなに声を荒げるなんてどうしたのだろうか?

 

 事情を知っていそうな男子4人に目を向けると、バツが悪そうに熊井が口を開く。

 

「それが……僕ら、小室先輩たちと一緒に行動させてもらうことになったんですけど、足手まといで」

「熊井。そんな言い方するなって」

「そうだよ熊井君」

「……後ろ向きなことを言っても仕方ないけど、俺は熊井の気持ちも分かる」

 

 小室と平野が慰めを口にするが、ここで五十嵐が熊井に賛同して語りだした。

 

「俺も小室や平野たちの世話になりっぱなしで、あんまり力になれてる気はしてない。直美や谷内も、川本も同じで自分に何かできないか探してるんだ。でも高城が……もちろんずっと助けてくれてるし、ありがたいとは思ってるけど、あいつ言い方が少しキツイだろ? あと、冷静で言ってることは正しいんだけど、正論をぶつけられすぎると何も言えなくなるって言うかさ……」

「その、良かれと思って発言しても、実行するリスクとか得られるメリットとか、色々と評価されて考えが足りないとか……そういうことを言われるとやはり、傷つきます……」

「……高城が一言多いのは俺も認める」

「色々切り詰めないといけない中でより安全に、皆で助かるためにどう行動するのが一番いいかに真剣なだけなんだけどね」

 

 小室が一部同意。そして平野も遠まわしに言い方がキツイことは同意した。

 しかし高城が真剣なのは皆理解しているようで、五十嵐と熊井もうなずいている。

 

「それは皆分かってる。だけど自分自身でも悩んでることを、さらに言葉で抉られたらキツイことはキツイさ。正論なだけ余計に――」

「そんなに文句があるなら出て行きなさいよ! 今すぐに! 私たちには余分な食料も水もないんだし、文句しか言わないなら一緒に来てくれなくて結構よ!」

「いつもいつもそうやって偉そうにしてるけど、その食料を拾い集めて運んだのは誰!? いつも私たちを守ってくれる毒島先輩たちが言うならまだ分かるけど! あなたは私たちと一緒に後ろにいるじゃない!」

 

 ……

 

「思いやりがあったとしても、外に出て見える一面がアレではな……」

「それはその、高城さんもストレスとか溜まっちゃってるんだよ!」

 

 それも事実だろう。

 特に今は原作と違い、俺が興味本位で介入したせいで負担も増えている。

 

「藤原」

「? どうした小室」

「悪いけど周りの警戒手伝ってくれないか? 向こうは先生たちが落ち着かせるだろうけど、それまでに“奴ら”が来ないとも限らないからさ」

「あんな叫び声を上げていれば当然か。構わない。あの騒ぎが落ち着くまでは俺も移動できないしな」

「他人の車の中で、本当にすまない。藤原も妹さんを探しに行きたいだろうに」

「別に構わない。妹の情報を掴んだとはいえ、確実な情報でもないからな」

「でも」

「こんな状況で家にも学校にもいない。実質行方不明。これでは生存の見込みは薄いだろう。あいつは特に体を鍛えていたわけでもない……冷静に考えれば絶望的だと分かっていながら、小さな可能性に縋っているだけだ」

「そうか。でも、何かあったら言ってくれよ。僕たちにも出来ることがあるかもしれない」

「……感謝する」

 

 こんな時にまで他人を気遣う。流石は原作主人公。

 これでは五十嵐たちが引け目を感じてしまうのも無理はない。

 むしろ争いが起こるのは当然。

 たとえ高城が穏やかな言い方を心がけていたとしても、いずれは起こっていたはずだ。

 

 人は利己的な生物だ。

 世界的には温厚で礼儀正しく、災害時の行動まで規律を守ると評判の日本人でも例外はない。

 モラルという点で多少は他国民よりも上なのかも知れないが、本質は変わらない。

 全てはあくまでも健全な社会という基盤があってこそだ。

 災害時の行動も過去の事例があり、研究され、対策がなされているから。

 “規律を守れば助かる”、“助けてもらえる”という前提があってこそ。

 

 命の危機。前例のない事態。混乱する周囲。助けが来るかわからない状況。

 昨日から今もなお崩壊する世界の前では、出身国の違いなどあるだろうか?

 

 俺は違いを感じない。

 

 誰も彼もが他人を蹴落とし、自分と近しい人間だけを守ろうとする。

 本能に隠された狂気と冷酷さをむき出しにした、学校の惨状はその証明だ。

 

 でも、それが“普通”なのだ。

 本当の命の危機になって冷静に行動ができるだろうか?

 自分が助かるかも定かでない状況で、他人に手を差し伸べることができるだろうか?

 関係の薄い他人を守るために自らを危険に晒す事ができるだろうか?

 

 口では何とでも言えるだろう。

 しかし実際に危機的状況でそれを実行できるのはごく一部の人間に限られる。

 

 たとえばそれらの行動をとる人間を評価する場合、なんと評価するか?

 おそらく大抵の人は“立派”などと言うのではないだろうか?

 

 その通り、“立派な行動”だ。

 たとえ言い方は違っても、賞賛する方向の語句になると私は思う。

 そしてその時点でもはや“普通”ではない。

 

 仮にその行動を100人の人間が100人全員できるのであれば、それは立派でもなんでもない。

 当然の行動であり当たり前に行えること。賞賛されることでもなくなる。

 普通の人間にはできないことであるからこそ、立派と言われ普通と区別し賞賛される。

 世界の崩壊した今だからこそ、その言葉の意味を強く感じる。

 

 立派は“特別”と言い換えても良いのではないだろうか?

 

 この状況下で他人を気遣い、集団を率いる小室。

 戦闘技能を持ち、仲間を守るべく危険に飛び込み排除する毒島、宮本、平野。

 医学知識と車の運転という技能を持ち、常に変わらぬ穏やかな心で皆をサポートする鞠川校医。

 特殊な技能は持たないが、幅広い知識と頭脳を冷静に役立てようとする司令塔の高城。

 最年少で最も無力に等しいにもかかわらず、この状況下で明るく笑顔であり続けられる希里。

 

 彼ら全員、それぞれが稀有な心を持ち、この絶望的な事態へ前向きに対処しようとしている。

 素晴らしい。まさに“特別”!

 物語の“主人公”とその仲間として、名実ともに相応しい人間像ではないか!

 

 ……しかし五十嵐たちは違う。彼らはごく普通の一般人だ。

 俺のように特殊な能力を持っているわけでもない。

 念がなければ俺も同じだった可能性もある。

 

 あまり戦力にならなくても。

 冷静に行動できなかったとしても。

 この状況への適応に時間がかかったとしても。

 それは普通のことであって、恥じることではあるまい。

 

 むしろ普通の人々の大半がゾンビになるか保護を求めるだけの中、彼らは生き延び、また手を貸してくれる人間に甘えるだけでなく、自分にできることを探している。この時点で彼らは十分に善良であり、普通の中でもまた立派な方であると言えるだろう。

 

 ただそれが不幸にも――現状を考えれば幸運だが――特別な人間の中に入ってしまったからこそ、自分が劣って見えてしまう。

 

 せめて彼らが普通の人々の中で生き残っていれば、あそこまで苦悩することはなかったかもしれない。

 

 もしくは俺のように、元は普通の人間でも特殊な力を持っていれば……!

 

 “念能力は訓練次第で誰にでも使える”

 

 ならば彼らに念を教えてみたら?

 

「……それも面白いかもしれないな……」

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