地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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二十一話 移動

 窓から吹き込む清々しい朝の空気を吸いながら、俺は車を走らせる。

 すると、助手席に座っていた豪徳寺が呟いた。

 

「……いい風だな」

「ああ、本当にな」

「生きるか死ぬかって状況のはずなのにな……」

「逆にそんな状況だからじゃないか? 走る車はこの1台だけ。道を独占する開放感。それに住民は避難済みかゾンビになって、排気ガスを出す物が少ないんだろ」

「あー……人類が絶滅したら自然が豊かになるかもな」

「確かに。地球上で最も自然を破壊する動物が人間なんだろう。外来種による被害もあるが、元を正せば大抵の外来種の進入経路には人間が関わっている」

「自然保護のために有効なのはテロ活動だった……?」

「テロというより虐殺じゃないだろうか? どちらにしても生半可なことでは無理だろう。それこそ人類を絶滅させるレベルでやらなければ。……もっともそんな実行犯がいたら、そいつは自然保護というナニカに取りつかれた狂信者だと思うが」

「人間が害悪だったら実行犯である自分自身も抹殺対称だもんなぁ……最後の1人になったら自殺でもするのかね?」

「俺なら御免だな」

「奇遇だな、アタシもだ」

 

 くだらない会話が一段落すると、豪徳寺はバックミラー越しに後ろの座席を見る。

 

 そんな後ろの座席には、そんな視線を送られていることに気づいていない様子の五十嵐たち……俺の思いつきの介入によって生き延び、小室一派と行動していた一般人の5人が座っていた。

 

「……なぁ、なんであいつら連れてきたんだ?」

「気になるか?」

「アタシも助けてもらってる側だし、別に文句はないけどさ」

「別にたいした理由はない。ただの思いつきだ。こちらには戦力も物資も十分にあるし、1日や2日ともに行動しても負担にはならない。あんな不毛なやり取りを続けるよりは建設的だろう」

 

 あの後、女同士の喧嘩は一応収まりはしたが、険悪な雰囲気は変わらず。

 ちょうど彼らに念を教えてみようかと考えていたこともあり、そこで提案をしてみた。

 

 “そんなにお互いが嫌なら一度距離を置いてみるのはどうだろうか?”

 “一度別行動をとれば、幾分冷静になれるのではないだろうか?”

 と。

 

 俺のことを警戒している高城から何らかの反発があると思っていたが……幸運にもあの時点で小室一派は“高城の両親が健在”だという確証を持っておらず、無事を信じて行動していただけ。

 

 “小室たちがここからどう行動するにせよ、どこかで腰を落ち着けて準備をする必要はあるだろう”と適当な理由をつけて高城の家の話を聞き出し、憂国一心会について生きていたネットの情報と適当にごまかして話したところ……両親の無事を聞いた高城は安堵から号泣。

 

 優秀な頭が一時的に機能不全に陥ったことと、直前まで言い争っていた川本が率先して俺の意見に賛同したことでスムーズに話がまとまった。

 

 今は勢いで飛び出したことを多少引け目に感じているのか、暗い雰囲気が漂っているが……なにはともあれイレギュラーな一般人5人をこちらに同行させることに成功。

 後はどこか適当なタイミングで話を切り出そうと思っている。

 

「あの……」

「ん? どうした熊井」

「僕は先輩の話に納得したからこっちに来ました。あのままだと良くないとも思いました。けど……こちらで僕にできることはあるんでしょうか? その、ただお世話になるだけだとやっぱり……」

「心配するな。蓄えはあるし、仕事もいくらでもある。……見たところ熊井は力仕事が得意そうなタイプではないが、荷物運びの手が少し増えるだけでも助かる。一部例外もいるが、基本的にその生物は荷物運びに向かない。ゾンビとの戦闘特化だ。やろうと思えば何か袋のようなものを背負わせて歩かせることもできるだろうが、積み込みには人手がいる。

 現段階で拠点に運び込んだ物資もそれなりにあるが、確保した物資の大半は他人の目と手が届かないように隠した状態でまだ街中に置いてある。運搬する人手、受け入れ準備をする人手、集めた物資を管理する人手、はっきり言って人手は常に不足しているからだ。

 荷物を運ぶのが体力的に無理なら管理に回ってもいいし、なんなら別にできることを探してもいい。そこは好きにしてくれ」

「藤原先輩! 家庭菜園ってできませんか? 私、園芸部なんです!」

 

 今度は川本が希望を見つけたような、それでいて必死の顔で叫んだ。

 

「集めた物資の中に種や道具も少しは確保している。俺はその手のことに詳しくないから優先度は低かったが……知識があるなら任せる。当面の食料は確保しているし、わずかでも先々に供給ができる可能性が高まるのであればありがたい。

 ただその場合、小室たちとは完全に分かれることになると思うが……」

「……家庭菜園、ダメだって言われました。向こうは家族を探すので」

「あちこち移動するなら無理だろうな。まさかプランターで持ち運ぶわけにも行かないだろうし、基本方針が合わなかったか。とりあえずこちらでは歓迎するが、今すぐに結論を出さなくてもかまわない」

 

 好きなようにするといい。

 

 そう告げると今度は五十嵐と日村が質問をしてきた。

 

「そりゃありがたいけどさ、それじゃあこっちが貰うばかりだろ?」

「藤原くんの行動方針はどうなのかな? 色々考えるためにも聞きたいんだけど」

 

 俺の行動方針か。それならば一つに決まっている。

 

「“悠々と生きる”それだけだ」

「悠々と……?」

「それってのんびりと、とかそういう意味だよな?」

「厳密には余裕を持って、慌てることなく行動する様子のことだけど、そう捉えてもらってかまわない。

 ……唐突に、街中にゾンビになる病気か何かすら分からないモノが蔓延し、町には死体が溢れた。昨夜のニュースを見たか? 警察組織や都市機能も麻痺して、あっという間にこれまでの社会は終わってしまった。だけどそれを嘆いても状況が元に戻るわけじゃない。これは現実なのだから。壊れたものは相応の時間と手間をかけなければ直らない」

 

 バックミラー越しに見える彼と彼女、そのほかの皆は重苦しい顔で俺の言葉を聞いている。

 まるで演説でもしている気分だ。

 

「今の世界では警察も法もまともに機能しない……だけど俺たちはそんな中を生き抜かなきゃいけない。もちろん全てを諦めて死ぬという道もあるけれど、俺は御免だ。幸いにも戦力と物資は潤沢にある。個人では有り余るほどの量を確保することができた。

 そして……さっき社会が崩壊したと言ったが、逆に言えば、それはもうこれまでの常識や倫理に縛られることもない、ということでもあると俺は考える。警察も法律も機能せず、学歴なんて何の役にも立たなくなった。今ここにあるのはある意味“本当の自由”なのではないだろうか?」

「本当の自由?」

 

 谷内が首をかしげている。

 

「何かに守られることもない代わりに、何かを守る必要もない。義務も権利もない。と言えば伝わるか? 俺たちはこれまで社会の中で、沢山の保障とルールによる制約を受けながら生きてきた。だけど今はそれがない。早い話が、好きなように生きられる」

 

 やりたい事があれば、やればいい。

 やりたくない事は、やらなくていい。

 その結果は全て自己責任になるけれど、やりたいようにやればいい。

 

「俺は基本的に俺のやりたいようにやる。そして世話をするからと皆に何かを強要するつもりはない。ただともに行動する以上、最低限のルールは必要だろうし……とりあえず3つだけ提案する」

 

 1つ、仲間内での殺人禁止。

 2つ、男女が入り混じっているので、強姦の禁止。

 3つ、後はその都度相談。

 

「どうだ?」

「実質2つだろ。つーかその2つだって誰もやらねぇよ」

「それならそれでいい。ただそういう意思表示ということで……そうだ五十嵐、あと日村。2の強姦禁止は同意のない相手と無理やり行う性行為が禁止ということであって、同意があればまた別の話だ」

「ばっ! 何言ってんだ!」

「そ、そうよこんな時に!」

 

 カップル2人を筆頭に、車内の皆があわて始めた。

 

「こんな時だからこそ、じゃないのか? 性欲は人間の三大欲求の1つであり、危険な環境では生存本能から性欲が高まると聞いたことがあるが……まぁこの状況では性病や妊娠のリスクがあるしな。拠点にいる日下部もそっちは専門ではないらしいし、お互いのために避妊はしっかりとして欲しい。

 必要なら適当な書店かレンタルDVD店でその手の媒体を拾ってきてもいいが――」

「淡々と話を続けてるんじゃねぇよ!? 普通の顔で何言ってんだお前!?」

「ふ、藤原先輩はもっとデリカシーというものを持ってください!」

「五十嵐はともかく川本、これは真面目な話だ。この状況で一昨日までと変わらずに機能している病院はまずない。ほとんどの病院は診察・治療が不可能だろうし、可能な病院があったら人が集まるはずだ。怪我だけでなくストレスで体や心の調子を損なった人間が山ほど……待たされるだけならまだいいが、満足な治療を受けられない可能性も高い。妊娠は病気ではないが、妊娠中の中毒症状が出る場合もあるし、出産にリスクが伴うことは知っているだろう。回避できるのであれば回避するに越したことはない。

 また適度に性欲を発散することで突発的な行為に及ぶ可能性を減らせればリスク低下や強姦の防止にもなるかもしれない。どの程度の効果があるかは統計を取ったわけでもないので分からないが、事前に防止できる可能性があればしておくべきだと思う」

「それは、正論ですけどぉ……」

「先輩、表情が微塵も変わりませんね」

「こいつは昔からこういう奴だよ。こいつ生活指導の手島に理不尽な怒鳴られ方してもこの調子で追い返してたし。特に表情筋が死んでるって噂だったぜ」

「……入学して間もない頃のことか。失礼な。あの先生の指導内容に正当な理論を感じなかったから質問していただけであって、勝手に話を打ち切られてなぜか向こうが接触を避けるようになっただけだ」

「藤原君の評価って、先生によってきっちり分かれてたよね。合わない先生とは徹底的に合わないっていうか」

 

 ……だんだんと話が変わってきたが……

 俺の行動方針を理解したのか、先ほどよりも暗い雰囲気が少し薄れた。

 集団で行動する以上、他者との関係が円滑になるに越したことはない。

 

 こうして主に俺と同級生だった五十嵐・日村のカップルが思い出を探して語り、後輩の3人と豪徳寺が質問をする形で会話が続き……やがて俺たちは“フロワ”なる施設があるという繁華街に到着した。




主人公の狂気……一週回ると親切に見えなくもない。

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