~五十嵐視点~
「
藤原がそう言った直後、
「動くな!!!」
入り口から突然大勢の男たちが駆け込んできた。
連中は全部で20人くらい。全員歳は大学生かもう少し上くらいで、派手なスーツや黒服が4,5人。その他は不良らしいガラの悪い格好をしている。そして全員が何らかの武器を持っていた。
横一列に隊列を組んで一斉に構えているのを見れば、嫌でも危険を感じる。
「な、何だお前ら!」
「へぇ……気は強そうだがイイ女じゃねぇか」
「若頭ァ。こいつら見たとこまだガキっしょ?」
「別に構いやしねぇよ。体が育ってりゃ十分だ」
明らかに好意的には見えない連中に対して、真っ先に反抗的な声をあげた豪徳寺へ下品な会話が返される。
こいつら、絶対ヤベェ……数も多いしどうすりゃ、
「おっと! 下手な動きをするんじゃねぇぞ。俺らが持ってるコレ、分かるよな?」
「くっ!」
「男3人女4人、変な生き物ゾ~ロゾロ……数に間違いはねぇな」
「はい! 報告の通りです」
「よーし! お前らよく聞け。お前らはこれから俺たちの奴隷だ。男は労働力、女は俺たちの世話をしてもらう。その変な生き物は外の死体連中を殺す道具になるらしいな、全部渡して知ってることは洗いざらい喋って貰う。逆らう奴はぶっ殺す。以上だ」
「嘘だろ……」
「そんなっ!」
「卓三……!」
「ん~? ……こりゃいいや、手始めに女一人嬲って立場を教えてやるか。丁度男つきの女がいるみたいだしな」
「ひっ!?」
「っ! ふざけんな!」
直美には手を出させねぇ! 出させてたまるか!
「アアンッ!? テメェ今の状況分かってんのか!?」
「ッ!」
「た、卓三ダメ……逆らっちゃ……」
……クソッ! どうする? 好き勝手言われてるが、実際どうすりゃこの状況を切り抜けられる?
虚勢を張ってみても、次の行動が思い浮かばない。
ただただ悪い未来ばかりが頭に浮かぶ。
――そんな時だった。
「五十嵐。それと日村」
「!!」
「藤原君……?」
「豪徳寺、川本、谷内、熊井」
「なんだよ」
「先輩……」
「な、なに?」
「先輩?」
藤原がいつも通りの、感情の読み取れない声で1人1人の名前を呼んで、
「問題ない。一緒に行動すると決めたときに言ったはずだ。同行するなら“身の安全は保障する”と。それは相手が人間でも同じ。心配する必要はない」
まるで当たり前のように“大丈夫だ”と言い切って、
「――ブッ!」
目の前の1人がこらえきれずに噴き出した音を聞くまで呆然としていた。
「ハハッ! 何だそれ? お前らは俺が守ってやる! 的な?」
「カッコイイなぁー。でもさ、大人しくした方がいいぜ?」
「そういう生意気言ってると、無駄に痛い目見ることになるぜ?」
口々に嘲る声が聞こえる。
それを一身に受けながら、藤原は俺達と連中の間に歩いていく。
「1つ聞きたい」
「あ? 質問できる立場じゃねぇだろ。お前バカ――」
「昨日、妹が確実にここにいたんだ。居場所を知らないか?」
「って聞けや! 何平然と質問続けてんだお前!?」
「いいから答えろ。時間が、ああそうか、妹だけじゃ分からないのも無理はない。妹はいわゆる“白ギャル”というやつで――」
な、何やってんだあいつ……?
いや、妹さんの特徴を伝えて話を聞いてるんだろうけど、そんな状況じゃないだろ!?
つかお前マイペース過ぎて敵ですら困ってるじゃねぇか!
連中は無言で頬を引きつらせている。一向に答える気配がない。
「……もしかしてお前らの言う“奴隷”の中にいるのか? なら悪いことは言わない。今すぐに解放しろ」
「!! テメェ調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「もう我慢ならねぇ!」
「体に立場分からせてやらぁ!」
気の短い奴が3人。鈍器を振り上げて動き出す。
そして、ヤバイ! と思った時には既に
『――!!!』
「……えっ?」
「な、なにこれ?」
直美と谷内の声が聞こえたけど、俺にも何がなんだか分からない。
目の前には藤原。その足元に、藤原に襲い掛かった3人。またその先に駆け込んできた連中が大勢いるけれど、藤原以外は全員床に倒れて苦しんでいる。
『――! ――!!』
まるで見えない何かに首を絞められているようで、苦しんでいるのに声も出せない。
首を掻き毟って必死に生き延びようとしている連中の姿。
そしてそんな連中をいつも通りの表情で眺めている藤原。
何が起こっているのか分からないけど、藤原が何かしたのは分かった。
「藤原!」
「? どうかしたか?」
「どうかしたもなにも、死んじまうぞ!?」
「なんだ、そのことか」
やっぱり藤原はいつもの調子。
「心配ない。妹の話を聞きたかったんだが、たった今別の手がかりを見つけた。彼らは明確に敵意を持った存在であり、会話をする気がないらしいから
俺は彼らのように人を奴隷にする趣味はないし、一思いに死んでもらうよ。そうすればこの生物たちの餌になるしな」
「な……あ……」
「な? ……熊井が聞きたいのは何故絞め殺すのか、か? この生物の餌は死体と血で、食事をするごとに強化されるからだ。確かに頭を殴り殺すか、首を切り落とすかすればすぐに殺せるけど、それだと出血が伴う。
元々傷ついているゾンビならともかく、せっかく生きている怪我の無い人間の体なんだから、傷つけて血を流出させるよりも丸々残っていた方が食べさせる時に効率的だ。血を舐め取ってもらうにも広範囲に飛び散っていると時間がかかるし無駄が出る。神経質に集めて回るつもりもないが、できる事をあえてやらずに無駄にする意味もないしな」
熊井の言葉にならない声は、本当にそれを聞きたかったのか分からない。
だけど、藤原はまったく表情も声色も変えない。
淡々と、そして俺達におぞましい話を丁寧に説明するように喋る。
倒れている奴らとは別の意味で言葉が出ない。
話を聞いているうちに死体の山ができていく。
広めのホールに糞尿の匂いが漂い、藤原の犬が死体を貪ると濃密な血の匂いも混ざる。
さらに聞こえてくる咀嚼の音と、目の前に広がる地獄絵図。
俺は腹の底からこみ上げる吐き気に耐え切れず、その場で胃の中身をぶちまけた。