地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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二十四話 動揺

 念獣が死体を貪り食らっているが、綺麗に食べ終えるまでは少し時間がかかるだろう。

 今のうちに“念”の話を皆にするとしよう。

 

 となれば落ち着いて話せる場所が必要だ。

 その場にある椅子やソファー以外を適当に掴み、適当な場所に投げておく。

 床に落ちた細かい物は“命令(コマンド)”で飛ばす。

 あらためて必要なソファーを並べ直して……ふむ。

 どうやら皆、死体を貪る念獣や死体を恐れているようだ。

 ゾンビが氾濫しているのだから、もう慣れただろうと思っていたが……

 なら念獣と死体が見えないよう、入り口を背にして座れるようにソファーを設置し直そう。

 俺の席だけそのままで、

 

「これでよし。皆、少し座るといい」

 

 怯えたり震えたり吐いたり呆然としたり、それぞれ何らかの反応をしていた6人に声をかけると、彼らは顔を見合わせて俺が設置した長いソファーに座った。俺も彼らの正面に置いた椅子へ座る。

 

「色々話すことはあるが、とりあえず落ち着いてくれ。俺は皆を殺す気はない。そのつもりがあれば食料を分けるなんて無駄なことも最初からしないよ」

 

 たっぷり30秒以上流れる沈黙……それを破ったのは意外にも、俺の主観的にこのメンバーでは気弱さで1,2を争う川本だった。

 

「えっ、と……ありがとう、ございます。あの! まだ驚いてますけど、それでも助けてもらったのは事実ですし!」

「そ、そうだよね! 先輩は私達を助けてくれたんだもんね!」

「……川本。谷内。無理に気を使う必要はない。俺は自分が異常であることは自覚している。怖ければ怖いと言っても構わないし、それでそちらを害したり、今後の生活保障の内容に他と差をつけるつもりもない」

 

 そう告げると、2人はびくりと体を震わせて沈黙。

 再び静かに時間が流れる。

 

「……」

 

 “命令(コマンド)”を発動。

 隣の建物だが、“円”の範囲内に何か飲み物のボトルが詰まった箱があったので引き寄せる。

 入り口を押し開けて飛び込んできた箱は俺の膝の上にそっと降り、ダンボールの上部を開く。

 

「ミネラルウォーターだったか。ほら、皆これでも飲んで落ち着け」

 

 水の入ったボトルを押し付けていくと、熊井がつぶやく。

 

「さっきから、色々どうなってるんですか……?」

 

 話を切り出すにはちょうどいい。

 熊井の質問に答える形で、念について軽く説明する。

 

「……ははっ。町中がゾンビだらけになったと思ったら、今度は超能力者。じゃなかった、“念能力者”でしたっけ?」

「念も超能力のようなものだ。超能力者でも何でもいいから、とりあえず認識しやすいように考えてくれ。で……おそらく皆が共通して疑問に思っているだろう俺が何をしたか。答えは俺が持っている能力を使った。

 その能力は“命令(コマンド)”。物体に自分のオーラと称されたエネルギーを込めて、命令通りに動かす力。単純だがこのように遠くの物を持ってくることもできるし、さっきのように戦うことにも使える。

 ちなみにさっきは襲われる瞬間に連中の“靴”に対して“動くな”という命令を、そして連中が着ていた服の“襟”に“首を絞めろ”という命令を出した。それによって連中はその場から歩けなくなって、さらに命令を実行した襟に絞め殺されたというわけだ。

 ……ああ、ついでに言うと連中がなだれ込んできた時点で持っていた武器にも“俺達に触れるな”という命令をしておいたから、万が一にも負けることはなかっただろう」

 

 使い方次第で着ている服を拘束服にも凶器にも変えられる。命令1つで武装解除も可能。

 俺を正面から殺そうと思うなら、せめて全裸と素手で向かってくるべきだ。

 尤も俺には念も武器も怪力もあるので、普通の人間相手ならまず負けることはないだろう。

 

「無駄に心配をさせたのは悪かった。話を切り出すタイミングが分からなくてな」

「ま、そうだろうな。つーかいきなり俺は超能力者なんだーとか言い出しても信じねーって。こんな状況じゃなきゃ手品か何かと思うだろうし」

 

 豪徳寺はわりとあっさりしているようで、そう言うと豪快に水を飲み始めた。

 

「ぷはっ! ふぅ……これからどうすんだ?」

「どう、とは?」

「だから、これからだって。どこに行くかとか、何をするかとか。そういや妹の手がかりがあったとか言ってたけど」

「そうだな……まず連中の話していた“奴隷”の中に妹がいないかを確かめよう。いれば保護して、いなければすぐ豪徳寺の学校へ向かう。おそらくいないと思うから、確認して解放したらすぐ学校に向かうことになるはずだ。

 その後は妹が向かったと思われる場所に向かうか、その前に小室たちと合流するかだろう。場合によっては拠点に戻って準備を整える必要があるかもしれない。

 皆には念能力を習得してみないかと勧めるつもりだったんだが、念を覚えるにはそれなりに時間がかかる。だから覚えたい場合には同行してもらう必要が――」

「ちょっと待った!」

 

 ? 黙っていた五十嵐が急に待ったをかけた。

 

「どうした?」

「……覚えられるのか? その念能力って、俺たちも」

「不可能ではない。念能力とは体から溢れるオーラを自在に操ること。オーラは人間に限らず生物なら持っているし、当然皆も持っている。それに俺の師匠にあたる人が(・・・・・・・・・・)話していたが、念能力は努力と修行次第で誰にでも習得可能なんだそうだ」

 

 “念”という不思議かつ常識的でない能力。

 独学で身につけたと言えば、体系的な知識を持っていることに矛盾が生まれる。

 故に架空の師匠の言葉として語ったが、どうやら五十嵐はそんなことどうでもいいようだ。

 

「厳密には、念能力は基礎を修めるだけでも常人からすれば破格の戦闘能力が手に入る。危険にもなりえる力を誰でも覚えられるからこそ、教える相手は選ぶ必要がある。という話だっだんだが、この状況下では皆も何かしらの強みを持っていた方がいいだろう。

 何度も言うが基礎だけでも習得すれば身体能力は格段に向上するから、常識的かつ善良で、何もできないと嘆いていた皆には丁度いいかと思っていたんだが……五十嵐?」

 

 五十嵐はフラリと。まるで夢遊病患者をイメージさせる動きで立ち上がり、崩れ落ちるように土下座の体勢をとった。


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