「あ、ああ、あぁ……」
「た、高城さ……ぶふっ!?」
「大丈夫?」
「みやもと……?」
九死に一生を得たものの、いまだ恐怖が抜けずに呆然とする高城に宮本麗、鞠川校医の二名がその豊満な胸で平野の顔をひっ叩くのも構わずに駆け寄る。
俺は“円”で周囲に新たなゾンビがいないことを確認すると、ちょうど小室が昇降口に鍵をかけていた。
「鞠川校医は知っているな? 私は毒島冴子、三年A組だ」
「小室孝、二年A組」
「去年全国大会で優勝された毒島先輩ですよね? 私、槍術部の宮本麗です」
「あ、えと……二年B組の平野コータです……」
「よろしく」
「オゥ……」
「お「! なにさ……皆デレデレして……」……」
一段落して自己紹介が始まるが、平野が毒島に見惚れた事への不満がきっかけになった。やれ自分は天才だ、やれ宮本は留年しているなど、高城の抑えていた恐怖が堰を切ったようにヒステリックな言葉として吐き散らされる。
正直、生きるか死ぬかのこの状況で学歴が役に立つとはまったく思えないのだが……この先も国としての基盤が崩壊しかけているうちは卒業や就職どころではないだろう。
すぐに毒島と小室が慰めたおかげで、高城が毒島の胸で泣き始めた。これで落ち着きを取り戻してくれるのはいいが……
言葉を遮られたせいで、俺だけ自己紹介もせず空気になってしまった……彼らは割って入れない雰囲気を作り出しているし……泣き止むまで待つしかないか。
せっかくだ、休めるうちに休んでおこう。
俺は“絶”を使い、すべての廊下と昇降口が見渡せる位置に座った。
……
…………
………………
「もういいわ。……ありがとう。それより一度どこかで休みましょう」
高城の復活は思いのほか早かった。時間にして数分で涙は止まり、提案をするまでに気を取り直している。
「それなら職員室がいいわ~、水くらいは飲めるし、私たちの目的地だし、何より近いもの!」
「近いって言うか、目の前ですからね……」
平野が呆れたようにそう言うが、良くも悪くも緊張を感じない鞠川校医の提案に反対する者はいない。
「だったら早く中に入りましょう、こうしている間にまた“奴ら”が来たら……あれっ?」
「どうした? 麗」
「さっきもう一人男子がいたよね?」
「確かに途中で誰か来たような……」
「え、小室それ本当? 僕マガジンが空になってテンパってたから覚えてない」
「あの人どこに行ったの? というか、いついなくなったの?」
「そう言われると、私も男子の姿は見たが立ち去る姿は見ていない……」
「もしかして、幽霊だったりして~!」
「「幽霊!?」」
なんだか失礼なことを言われた。人前で“絶”を使うとよくこうなるので慣れてはいるが……
「俺は人間だ。足もある」
「ひっ!?」
「落ち着け平野」
「……藤原?」
「平野君の友人か?」
「ええ、たまに話すくらいの付き合いですが……藤原将樹、所属は二年A組。よろしくお願いします」
「というか藤原、何であんな柱の影にいたんだよ、びっくりしたじゃないか!」
「いつ、どこから他のゾンビが来るか分からなかった。だから全体が見える場所で、柱を背にして背後からの奇襲を防ぎつつ警戒していた」
端的な説明で彼らは納得した様子だ、面倒が無くていい。
「先程の助力に感謝する」
「気になさらないでください、毒島先輩。俺も職員室を目指していたので」
「そうか、では詳しい話は中に入ってするとしよう」
毒島が慎重に扉を開けて職員室に踏み込む。念のために釘を構えておいたがゾンビは出てこない。校内での事件発生が授業中だったことが功を奏したのか、職員室にゾンビは一人もいないからだ。おかげで中も荒らされた様子がないので十分に休めるだろう。
「大丈夫だ、入っていい」
毒島の言葉で皆がぞろぞろと入って行く中、俺は最後に扉をくぐる。そして扉を閉めながら細工を施す。
ゾンビはなぜあの状態で動けるのかが不思議だが、最初に“凝”で確認したゾンビの体にオーラは無かった。そして生きた人間であれば誰でもオーラは持っている。よってこの扉は人間だけが開けられる扉になっただろう。オーラを込めた分扉も頑丈になっている。
「どうしたの~?」
自分の席なのか、机に伏していた鞠川校医が顔を上げて聞いてきた。
「外の様子を探っていました」
「気を抜けとは言わないが、そう気を張り詰めすぎるな。それよりバリケードを張るから手伝ってくれないか?」
これといって断る理由もない。
毒島に力を貸すと快諾して、速やかに作業に取り掛かる。