「ありがとう!」
「大きい声を出すな。……噛まれた者は?」
「? !! いませんいません!」
男子二名、女子二名。生存者計四名の救助に成功。
俺一人でも十分だったが、到着前に彼らから悲鳴が聞こえて小室たちも奮起したため、原作より速やかに救助活動が行われたことは間違いない。
しかし途中まで後ろでコソコソやっていた密談を聞く限り、俺は高城に疑われているらしい。
実際に高城の予想は当たっている。実を言うと妹が今朝のように“行けたら行く”と言う時はまず通学しないので、もう学園内にいるとは思っていない。妹の話は彼らと合流する前ならただの確認であり、合流後は俺にとって最も
……とはいえ、疑われたところでたいした問題でもない。
「藤原君」
「なんですか毒島先輩」
「また殿を頼めるだろうか? 彼らも私たちに同行することになったが、戦力には心もとない」
「構いませんよ、どうぞお任せください」
軽めの口調でおどけながら言ってみると、毒島は軽く笑って駐車場へ移動を始める。
できるだけ静かに移動し、追いすがる敵がいれば倒す。
それを繰り返す道すがら、俺は先ほど救助した男女に話しかけられた。
「藤原……」
「どうした?」
「いや……こんな時だけど礼が言いたくて。助かったよ」
「藤原君が真っ先に駆けつけようとしてくれたんだって、さっき聞いたの」
「なんていうか……助けが来るにしても、お前だなんて思わなかった……お前っていつもまわりに無関心って感じだったし」
「一年の頃と変わったのかな?」
……? 二人は俺のことを知っているようだが……
「……どこかで関わりがあったか?」
「って、忘れられてんのかよっ。
「あはは……私、
「ちなみに俺は、去年も今年もお前のクラスメイトだ」
「そうなのか? それはすまない……まったく記憶にない。何か話したことはないか? 思い出してみる」
「わざわざ思い出すほどじゃ……」
「俺も話した記憶はないし、たぶん初めてじゃないか?」
クラスが同じだっただけの関係か。
「……そうなのか? 話しかけられれば返事はする……そういえば一年のころからクラスメイトには避けられていたな……」
原作開始の備えの邪魔にならないならば構わない。そう考えて放っておいたのを思い出してつぶやく。すると二人は気まずそうに目を泳がせてから話し始めた。
「えっと……女子の間では藤原君って不良だって言われてたから」
「俺が?」
「だってほら、藤原君ってよく怪我してたじゃない? 普段は真面目そうだけど裏では喧嘩ばかりしてるとか……ほかにもDV(家庭内暴力)を受けてるとか色々噂があって……」
日村の目は俺の手に向いている。
よく怪我をしていたのは事実だ、というか今も怪我はしている。なぜならそれが“発”に必要だから。
“発”とは個人が使える固有の能力で、俺は
俺が考えた中で一番この状況に最適かつ強力な能力だが、その制約の一つが“使うために自分自身の血や体の一部を必要とする”ということ。そのため原作への備えとして練習をするたびに傷が増えていく。なるべく人から見えにくい場所を選んでいたつもりだが、毎日のように傷を負うので何かの拍子に見られていてもおかしくはない。
「男子は……先輩に睨まれたからだろ。お前さ、自分で気づいてないみたいだけど一年のときからずっと、ほとんどの運動部の先輩から嫌われてたからな? 生意気な一年だって」
一年の頃には俺の運動能力に目をつけた部活の勧誘が多かったな……
そんな暇は無かったので断った。ひょっとしてそれが原因か? 一応体験入部だけはして顔を立てたつもりだが。
「嫉妬もあったんだろうけどさ、運動部の奴は先輩が怖くてお前をハブってた奴が多い。先輩たちが絡んで返り討ちにあったって話もあったし、関わるなって感じでさ……今はなんつーか、その時の流れでっつーか……その、悪かった」
思い返してみると確かに何度か絡まれた記憶はある。
取り囲んで凄んできていたが、無駄な時間を使わせられることに苛立ちを見せればすぐに逃げていく。そんな殴り合いにすらならない相手ばかりだった。
「別に気にしているわけじゃない。だから五十嵐も気にするな、今は生き残ることを考えたほうがいい」
「そうか……お前そういう奴だったな……ありがとう」
それから会話はなくなり、しばらく進むと俺たちは駐車場に一番近い正面玄関へとたどり着く。
しかしそこには多くの“奴ら”もいて、それを隠れている階段の隙間から見た日村がつぶやく。
「すごい数……」
「おそらく逃げようとした生徒だな。誰かが噛まれて、人が集まっていた分だけここで大勢が犠牲になったんだろう」
「冷静に分析するのはいいけど、これじゃ通れないだろ……」
「このままではな」
俺、日村、五十嵐が小声で会話をするのと同じくして、原作主人公たちも高城の“奴らは目が見えないから隠れる必要は無い”という発言に対する証明を求めている。
「僕が行くよ」
……原作通り、高城の説を証明するために小室が行くことになったようだ。
止めようとした宮本を毒島が小室の決意を尊重してやれと諭して、すでに行かせるムードになっているが……
「待てっ」
「藤原?」
「“奴ら”の生態を知ろうとすることを止めはしない。だけど確かめるだけなら“奴ら”が一人いればいい。あんな大勢の中に飛び込むのはただリスクが高いだけだ。やるならできるだけ安全性を高めてからにしろ」
正面玄関にいる“奴ら”は五十にも満たない。一人残して他を倒してしまえば検証もその後玄関を通り抜けるのもより安全になる。
そう伝えると目からうろこが落ちたような反応をする原作キャラたち。高城にいたっては
「私としたことがそんな事にも気づかないなんて……」
と一人落ち込んでいる。
「確かに藤原君の言うとおりね。だけどこの数を倒すのも危険じゃない?」
「それはやり方しだいです」
階段に座って休憩できているからか気楽な鞠川先生の質問に答え、俺はポケットから釘の袋を取り出して階段を下りる。途中で宮本に後ろを守ってもらうよう伝え、平野には援護を頼む。
「いくぞ」
やる事を説明した俺が声をかけると平野はハンドサインで了解を示す。
それを確認した俺は釘を一本だけ、階段から玄関の右端へと投げた。
釘は山形に飛び、壁に当たると小さな金属音を玄関に響かせる。
原作では逃げる男子が階段の手すりに“さすまた”をぶつけて“奴ら”を引き寄せるシーンがあったが、今の扉は閉まっている。釘一本では外まで届くような大きい音もしない。
玄関の中にいる“奴ら”だけが音を頼りに右へと流れていくのを確認し、次の行動に移る。今度は釘で右に向かう奴らの頭を狙い、数を減らす。
「うー……」
「……」
「……」
呼吸を整えて投げた釘は、奴らを次々と仕留めていく。
「うゎー……サプレッサーより静かに連射していくとか、僕の存在価値が薄れている気がするよー? それどうやってんの藤原?」
「釘を手裏剣の代わりにしているだけ。発砲音より静かなのは当たり前だ」
上の方から忍者かよと声が聞こえたが、そういう技術だと思ってくれているなら好都合だ。
「おっと」
会話に反応したようで、前を通り過ぎようとしていた“奴ら”が数人足を止めた。
同じ数だけ空気の抜けるような音が鳴る。平野の援護だ。
すぐにもう一本釘で遠くに音を鳴らし、“奴ら”を他所に引き寄せる。
それを俺と平野は繰り返す。
……
…………
………………
ポケットの釘が無くなりかける頃、“奴ら”の数は最後の一人を残すのみとなった。
「小室、あとよろしく頼む」
「お、おう……」
気は抜いていないようだが、小室に先ほどまでの死線をくぐるような緊張感はない。彼は毒島と平野の万が一の事態がないよう武器を構えて見守る中、どこか釈然としない様子で最後の“奴ら”へと近づき、無事に“奴らに視力はない”という検証を終えるのだった。
~注意~
卓三と直美の苗字はオリジナルです。