「バスまではあと少しだ。一気に、だけど静かに行こう」
俺が予備の釘をポケットへ補充するのと同じように、それぞれ用意を整えて“奴ら”のいなくなった玄関に並ぶと、小室の言葉が気を引き締める。
進むべき道には扉。そしていまだに“奴ら”が大勢さまよう校庭。
張り詰めるような緊張感の中で小室と毒島が音を立てぬように扉を開く。
誰もが何も言わずに進む、その表情は一様に硬い。緊張の真っ只中にいるようだが、俺が玄関の“奴ら”を始末したことで慌てる必要がなくなり、例の“さすまた”の音で“奴ら”を引き寄せる事件が起こらなかった。それだけ余裕もあるだろう。
……と思っていた。さすまた男子の番が来るまでは……
「っ!?」
『!!』
さすまた男子は原作と違い階段の手すりではなく、扉の金属部分にさすまたを打ち付けてくれた。おかげで鳴り響く音が俺たちに失策を、“奴ら”に獲物の居所を教えてしまう。
「走れ!!」
“奴ら”が動き出すより早く小室の号令が飛ぶ。
「何で声出したりしたのよ!」
「その声にも引き寄せられるぞ!」
小室を怒鳴りつける高城に迫る“奴ら”を蹴散らし、俺は叫ぶ。
「あんなに音が響くんだもの! 無理よ!」
「どんどん増えてくるっ!」
同じく敵を蹴散らす宮本に、数が多く照準を定められずにいる平野。
場が混乱していく中で、小室が前に出て一人の“奴ら”の頭を砕く。
そして彼は、武器に付着した血を振り払ってこう言った。
「話すより……走れ! 走るんだ!!」
皆は音に構わず懸命に足を動かし始め、先陣を切る原作主人公組がばったばったと敵をなぎ倒して進む。そんな中、最後尾にいる俺だけが余裕をもっている。考える事も恐怖ではなく、もうすぐ起こる……いや、
っと、いけない。五十嵐が目の前の“奴ら”に気を取られて囲まれた。
「ぁあっ!!」
「シッ!」
鋼材を十字に振るって五十嵐の後ろに迫る二人の頭を叩き潰す。
肩の上から突き入れれば、鋼材が五十嵐のタオルを掴んだ一人の頭にめり込む。
そのまま前に出て左右から来る“奴ら”を打ち据えて安全を確保。
「……噛まれてないな?」
「また助かった……?」
「卓三!!」
危機一髪助かって呆然とする五十嵐に、先を走っていた日村が戻って飛びつく。
「卓三! 無事なのね?」
「お、おう……俺……」
「何で戻るのよ!? 今は藤原が居たから良かったけど、そうじゃなかったらアンタ、死んでいたのよ!?」
理解できないと高城が日村に向かって叫ぶが、その隣で鞠川先生が呟く。
「私……分かるわ。もし世界中がこうなってしまったら……愛する人と死ねた方が幸せよ……」
「!? アンタ、それでも医者の、っ!」
「危ないっ!」
高城が先生に噛み付こうとするが、その間も周りに“奴ら”が集まっている。悠長に話をすべきではない。
「五十嵐、日村、話はせめて歩きながらにしないか?」
「! そうね、卓三!」
「すまねぇ、今行くよ」
「そんなに慌てなくてもいい。こんな状況なんだ、時には癒しも必要だろう。存分に愛を語らってくれても構わないが?」
「ばっ、何言ってんだ!」
「冗談言ってないで行くよ!」
二人は恐怖に怯えながら、器用に顔を赤くしたまま手を取り合って走り始める。
別に冗談を言ったつもりはなかったんだがな……
「急げ!」
二人を守りながら進めば、先にバスを確保していた小室と毒島が道を作って待っていた。
「着いた……」
「直美、先に乗れ」
「よし……小室君、全員乗った!」
「先輩が先に!」
毒島と小室が乗り込むと同時に、バスにもエンジンがかかる。鞠川先生が自分の車と違うなどと言って確かめているが……おかしいな、紫藤はどうした? 本来ならここで3年A組の担任教師であるあいつが生徒を引き連れ助けを求めてくるはずだが……何故だ? 近づく“奴ら”を倒しながらまわりの様子をうかがう。姿は見えない。
「藤原!」
「ん、どうした五十嵐」
「どうしたじゃねぇよ! お前も早く乗れって!!」
「? ああ、俺はいい。俺は学校に残って妹を探すから。元々ここまでの約束だったんだ」
「はぁ!? 何言ってんだよ! こんなとこに残ってたら死んじまうぞ! さっきの俺みたいに!」
確かにバスの音で“奴ら”が百人単位で集まってきているが、この程度なら釘と念があればどうにでもなる。
「平気だ、俺も死ぬ気はない、それと、五十嵐が気にすべきは俺より日村だろう。早く奥に入って思う存分愛を語らえ」
「気分の問題じゃねぇって! ……何なんだよお前は! マジで何考えてんだかわかんねぇ! 冗談言ってる場合でもない!」
「何といわれようと、俺は気が済むまでここから出る気はない。あと日村のことも冗談のつもりはない。学校内で見なかったか? 我先にと人を押しのけて逃げる奴ら」
自分が生き残るために、それまで友達面して付き合っていた相手を平然と切り捨てて蹴落としていく連中。一般人がいきなり窮地に放りこまれれば、そういう奴らが出てきても仕方ない。
一時的に命の危機を脱しても次への恐怖が、食糧不足が、水不足が、生活環境の悪化に伴うストレスが人々をそういう行動へ駆り立てる。国が効果的な対策を取れなければ、この世界は今後そういう連中が増えていくだろう。下手をすればそれが常識になるかもしれない。
「そんな状況でさっき日村は五十嵐を助けに走った。命を捨ててでも一緒に居たいと思ってくれる相手がいるなら幸せだろう? 大切にしてやれ」
「んなこと、言われなくたって分かってる!」
「よし、じゃあ中に入って尊い愛を語らって来い」
「だからそれ冗談にしか聞こえないんだよ!」
「ああ、いまのは冗談だ。急に茶化したくなった」
「ふざけんな!! 違いが全然分からねぇよ! てかお前そんな奴だったのか!?」
「さぁ? ……そうだ五十嵐、これを持って行け」
俺は周りの“奴ら”を一掃し、素早く腰から一つ外した斧をベルトごと押し付ける。
「な、なんだよこれ」
「日村を守るためにも武器は必要だろ? ちゃんと刃を当てれば金属バットよりは威力があるはずだ。刃が潰れても鈍器にはなる」
俺は彼らの事を忘れていたが、別に嫌っていた訳ではない。ただ交流がなかっただけだ。話してみれば悪い奴でもない。お互いを愛し合う姿は好ましく思う。人に礼を言われるのも久しぶりだった。
気まぐれな行動だが、少しくらい無事を祈って武器を分けてもいいだろう。
「鞠川先生早く!!」
「焦らせないで! いま出すから~!!」
「……もう出るらしいな、気をつけろよ」
「お前……わかったよ。お前も死ぬなよ?」
諦めた様子の五十嵐は、最後にそう告げてきた。
「死ぬ気はないと言ったはずだ」
当然のようにそう返す。そして見送ろうとしたその時だ。
「待ってくれ!!」
…………なるほど、バスへの到着が原作より早かったのか。
声の聞こえた方向には、もう諦めかけていた紫藤の姿があった。
原作では死んでしまう卓三と直美の二人ですが、作中で主人公に言わせた通りの理由で、私が好きなキャラです。というわけで生存させました。