シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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10話「けもの」

翌日、2人はポルスと交易都市シシームの間にある小さな町についた。森の中でやや開かれた平地にあるこぢんまりとした町だ。

「とりあえず食料の補充と、あと、グレイウルフの素材を売りましょ」

「はいよ」

 ギルドはポルスよりも小さかった。むしろ、ぱっと見ではただの一軒家だ。人伝に聞かないと、また家の前の看板がないと、まず分からないだろう。

 扉をくぐると、ちょうどカウンターからローブをすっぽりとかぶった冒険者とすれ違った。濃い茶色のローブで、中が男性か女性かすらわからない長い裾だ。ちらりと覗いた前髪は、薄めの浅葱色だった。

(この魔力は…)

「ようこそ、冒険者ギルドへ!」

 思考が傾いたとき、笑顔の可愛い受付嬢が出迎える。流れのまま鑑定を依頼すると、グレイウルフの毛皮はここまで綺麗に断たれたものは滅多にないと誉められた。

「血も綺麗に洗ってあるし、これ15枚で7500リールで買い取らせていただきますね。牙の方は…んー、これとこれ、あとこの3つはヒビが入っているので、除外させていただきます。で、牙が…1350リールなので計8850リールです」

 毛皮1枚500リールとは、グレイウルフの毛皮としてはとても高額らしい。

 アシュレイとユーゼリアは事前に、これから報酬は自分が狩った分のものを貰うと決めていたので、迷うことなくそれぞれの分け前をギルドカードに入れた。

「じゃ、何かめぼしい依頼がないか、見てみましょうか」

「2人で一緒のにするのか?」

「ううん、アッシュには今度は採取に行ってほしいの。冒険者として、いつ何時どの薬草が必要になるか分からないから、その練習。私はその間、町で食料調達をしてくるわ」

「……なるほど、分かった」

 少しの間顎に手を当て考え、アシュレイは了承の意を述べた。ユーゼリアをひとりにしていいかどうか、悩んだのだろう。

「んじゃ…どれにしようかな。このバルバズのはちみつとかは?」

「いいんじゃないかしら。バルバズは何かは…わからないわね。その名の通り、バルという木に好んで巣をつくる巨大な蜂よ。体長は大体1メートルで、尾にある鋭い針からは麻痺毒が出されるの。刺さったら3分後にはもう動けなくなってるわ。それにDクラスの魔物にしては動きも素早いから、冒険者たちの最初の難敵ってところかしら。ま、一撃必殺の武器は持ってないから、滅多なことじゃ死にはしないわ」

「ふむふむ。つまり、避けろってことだろ。じゃ、これでいいや。場所もヘスティだし。来た道をちょっと戻ればいいんだな?」

 溜まるギルドポイントは50。手にギルドから支給された規定量の瓶をぶら下げて、意気揚々とユーゼリアに別れを告げた。

 散歩に行くかのような気軽さで森に消えていったアシュレイを見送り、ユーゼリアは苦笑した。

(……アッシュって、なんだか猫みたい)

 ふっと現れたと思えば、気がついたら一緒に旅をしている。かといってずっとひっついているわけでもなく、今みたいにふらりと離れていく。

 まるで気まぐれな、猫のようだと、ユーゼリアは思った。

「今度はちょっとくらい美味しいご飯を食べさせてあげたいな」

 ここから交易都市シシームまでは、昨日のスピードで大体2日半。途中また川もあるだろうし、なら多少贅沢をしても大丈夫だ。貯めた貯金を少しくらい切り崩しても問題ない。もともと使い道などなかったのだから。

「……ふふー」

 いいことを考えたと、スキップをしそうな勢いで市場までゆく。

 お花のオーラを撒き散らしながら嬉しそうに笑みを浮かべ、バスケット片手に食材を買う姿に魅了された店員(主に男性)から次々とおまけを貰ったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 バルバズという巨大蜂の蜜をとりにきたアシュレイは、途方に暮れていた。

「………そういや、バルの木ってどんなのか、聞きそびれたな」

 意味もなく瓶をぶらぶらさせてあてどなく歩き続けると、ふとアシュレイの耳が、小さな音を拾い上げた。

ヴヴ…ヴヴヴヴ

 昆虫の羽音のような音だ。方角はポルスよりやや北、距離は600mといったところか。

 瓶を上に軽く放り投げ、バッグにいれる。音をたてないように気をつけながら走り始めた。

 ストッと太い木の枝に足をつく。そのまま枝から枝へと飛び移った。気配を沈黙させ、音という音は全て殺す。足だけでなく手も使って、4本の足としているかのようだった。

 その動きは、完全に人間とは思えないものだった。

 しなやかで無駄がなく、なめらか。

 

 

 それはまるで、獲物を追う獣のような――。

 

 

ヴヴヴ…ヴヴヴヴ

 耳を塞ぎたくなるような無数の羽音。

「……これか」

 気配を表し、足を止めたアシュレイが見下ろす先には、上の方が完全に包まれた、赤っぽい木がある。

 丸い巣のまわりでは、先程からアシュレイを警戒するようにバルバズたちが飛び交っている。攻撃してこないのは警戒心が強いだけなのだろう。必殺となるような攻撃もないとユーゼリアも言っていた。

(……ならば、威嚇してみるか)

 黒の双眸を鋭くする。

 

 そして、その喉から出たものは――うなり声。

 

ピタリ。

 羽音が、止まった。

「グルルルルル……」

 

 ふと、日が陰る。

 辺りに一瞬落ちた静寂。

 影に佇むその瞳は、

 

 

 

    金 色 に 輝 い て い た 。

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!

 巨大蜂が、一斉に逃げ出した。

 目を黒に戻したアシュレイが満足げに巣へ向かおうとしたとき、辺りに耳障りな音が響き渡った。

ギチギチギチギチ!

 アシュレイにはそれが何を言っているのかは分からない。だが、すぐにそれは知れる。

 逃げた筈のバルバズが一斉に飛びかかったのだ。

 溜め息をつき、アシュレイは魔法を放った。

「【吹き荒れよ矢の嵐】」

 次の瞬間、彼に迫っていた全てのバルバズは赤い塵と化す。風属性上級魔法である。魔法の矢を多数、任意の的に発射させる高等魔法だ。

(これだから脳筋は……。女王蜂がこれじゃ駄目だろう。いや、むしろ仕方ない…か?)

 女王蜂は、何が起ころうともその場から離れてはいけない。卵を置いて逃げ行くことはないのだ。故に己の息子達に命令をして、侵入者を襲う。それしかしない――できない女王蜂が、アシュレイはなんだか哀れだった。

 数で押してきた巨大蜂全てを駆除すると、静かになる。目の前にこれほど大きな蜂の巣があるのにも関わらず、風に揺れる木々の音しかしないのは、妙に思えた。

「さて、と」

 枝に飛び乗り、巣の一部を剣で切り取った。瓶を取り出して、とろとろと溢れる黄金色のはちみつを入れる。少し考えてから、切り取った巣のかけらも中に入れた。

「ふむ。なかなか見栄えがするじゃないか」

 満足げに瓶を眺める。

 先程から巣の中からギチギチと音が聞こえるが、黙殺した。多分中では一生懸命女王蜂が卵を産んでいるのだろう。

(この手の魔物は2~3時間で孵化するからな…撤退っと)

 また音もなく地面に飛び降りると、今度は走らずにゆっくりと歩き始める。その足は迷うことなく町の方を向いていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「あ、巣の欠片もありますね。じゃあこれは別な素材として換算しますね。このサイズだと、600リールになります」

 紙面に何かをさらさらと書き込みながら、受付嬢が慣れた手つきで素材の鑑定をする。

「にしても、仕事早いですね。まだF-なのに……あ、失礼しました。もしかして、ギルド登録する前に何かしてらっしゃいました?」

「ん、まあ…な。かれこれ5年やっていた」

「え、あなたの年齢で5年、ですか? なんだろうー」

 楽しげに頬に指をあてながら考える素振りを見せる。

「そういえば、依頼受けにいらっしゃった時、滅茶苦茶美人な女性と一緒でしたよね! 恋人ですか!?」

 苦笑していると、別のカウンターから先輩と思われる受付嬢が声をかけた。

「こら、あんたまた仕事サボって! 人の過去を聞くなんて失礼でしょ!」

「えー」

「"えー"じゃない! 申し訳ありません。この子、去年からこの仕事してるんですけど、仕事は早いのにサボり癖とお喋りが凄くて。何度も言って聞かせているのですが…」

「ああ、いや、構わないよ。……君、名前は?」

 怒られてしゅんとなっていた受付嬢が、顔を上げる。

「あ、メリアといいます」

 先輩の方にも目で催促すると、彼女はサラと名乗った。

「そうか。…メリア、俺は気にしない質たちだから問題ないが、聞くなら相手を見て聞かないとメリアが危ないぞ。面倒なことに巻き込まれたり、な」

「…あ、はい。申し訳ありませんでした」

 少しの間ぽけっとしていたが、サラに肘でつつかれるとハッとして返事をした。

「ただ――…」

「"ただ"?」

 続きを急かすメリアに、微笑を浮かべながら言った。

「俺はそういう人懐っこいところは長所だと思っているよ。こと、自分がそういうのとは無縁だからな。……ひどく、人間らしい」

 最後の言葉は、メリアとサラの耳には届かなかった。

 “人懐っこい”という性格は、魔人社会の中ではありえないものだった。

 魔人は、孤高の存在である。

 皆総じて矜持が高く、自らにまわりに置くものは、侍る遣い魔だけ。そんな彼らは、自らの周りに“他人”がいることを厭う。それが例え、自らの兄妹だったとしても。

 魔人と魔人が接触でもすれば、まず間違いなくその地はすべてが無に帰す。互いに強大な力を持っているがゆえに。

 よって、彼らは数人で生活をしている。といっても、魔人はただ起きて、食べて、遊んで、寝るの繰り返しだが。

 魔人は、無駄なことを嫌う種族だった。

 だから、“世間話”なんて代物は、魔人にとっては単なる雑音にしかならない。いらない話は彼らを不快にさせ、話をした者達など一瞬で殺されるのがオチである。

 それは遣い魔なら皆生まれながらに知っていることなので、魔人の前でそんな無様なことをすることはない。そしてだんだん、遣い魔も話をする相手聞く相手を限るようになる。

 つまり、主人或いは自分にとって、必要な情報のみを選別して生きていくのだ。

 ゆえに、アシュレイは、人間が生活する上での、その他人と他人の距離の近さに、ひどく違和感を覚える。

 

 

 なぜ人間は許可もしていないのに、勝手に自分の領域の中に土足で踏み込んでくる?

 なぜ人間は接点も何もない他人にそれほど興味を持つ?

 なぜ、人間は不自由で生きにくいであろうに、他社と集団で行動し、生活をする?

 

 

 そしてそれを――"何故人間は"と考えること自体が、アシュレイが人間ではないことを物語っていた。

 最早自分は主人に捨てられた身。ならば、このままユーゼリアについて少しずつ人間として生きてゆくしかない。そう思っていた矢先に突きつけられた、"どうあったとしても「遣い魔」である"という事実。

 

 人間になりきれないことには、この世界で生きて行くには厳しいだろうか――。

 

「それから、同伴していた彼女は、言ってみれば師弟関係だ。俺が弟子だな。俺の前の仕事は、ある方の道具となることだよ。……鑑定ありがとう。じゃあな」

 言外に"これ以上聞くな"という牽制をかけ、出口へと向かう。ユーゼリアとは、討伐に出る際に落ち合い場所を決めていた。壁にかけてある時計を見やる。時間はちょうどいい。

 僅かに軋む扉をあけて、時計台の下へと歩き出した。

 

 

 アシュレイが去ったギルドにて。

「……サラ先輩」

「なに?」

「私、聞いちゃいけないこと、聞きました……?」

 誰もいなくなったギルドの中で、手元に視線をおろしながら尋ねる可愛い後輩の頭を撫でると、明るい声でサラは言った。

「そんなことないわよ。良かったわね、長所だって褒められて」

「…そうですね! ていうかあの人かっこよくありませんでした!? あんまり見ない黒髪とか、『ある方の道具となることだ』…とか! 影があるイケメンとか、ちょ、どストライクなんですけど!!」

「前言撤回。あんたやっぱりしばらくしょんぼりしてなさい。うるさい」

「もうあの人行っちゃうのかなぁ。うちの実家の料理屋紹介したかったなぁ」

「うるさいっての」

 こんな会話が繰り広げられていたことを、アシュレイは知らない。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「良かった、無事に終わったみたいね」

「ああ…」

「私の方もね、食材たくさん買ったわ。色の良い野菜が一杯あって――」

「……」

「――それからね、凄く美味しそうに熟れてる果物があったから、買い込んじゃった。私の知らない旬の果物もたくさんあってね、店員さんがおまけに1つくれたの」

 そこまで一気に喋り終わって初めて、薄い反応しかしないアシュレイの異変に気づいたようだった。

「アッシュ? どうかした? …もしかして今更バルバズの麻痺毒が効いて――!?」

「いや、違う」

 顔を真っ青にしてバッグから麻痺回復薬を出そうとするユーゼリアを、逆にアシュレイが慌てて止めた。

 心配そうにアシュレイの顔を見やるユーゼリアに苦笑をし、宿に向けて歩き出す。目星は既にユーゼリアがつけていた。

 若干の不満顔を無視して歩き続けると、ふと、思いがけず言葉が口をついた。

「ユリィが」

「え?」

 心の中で言ったつもりだったアシュレイも少し驚いていたのだが、今更引っこめるわけもなく、仕方なく――その割には彼自身気づかずに静かな熱が籠もっていたが――続きを口にした。

「ユリィが、例えばただの農民の次女だったとして、もし隣に住んでいた何の変哲もない隣人がヒトの皮を被った化け物だったと知ったら……どうする?」

「なに、急に?」

「いいから。例え話さ」

 不思議そうな顔をしつつ手を顎にあて、足は止めずに考えこむ姿勢をとりながら、ユーゼリアは言った。

「そうねぇ、やっぱり怖いけど、今まで仲良くしていた普通の隣人だと思っていたら……」

「いたら?」

「"あなたは私達の敵ですか""あなたに私達を殺す気はありますか"って聞くわ。それで敵意がないなら、今まで通り接する……かなぁ? 実際そういう状況になってみないとわからないけど」

 その答えに、アシュレイは自身がいくらかほっとしたことに気づいた。

「…そう、か。変なことを聞いてすまなかった」

「いえ、別に?」

 謝ると、先ほどより軽い足取りで宿へと向かう。

「……やっぱり猫みたい」

 気ままなアシュレイの見えない行動に首を傾けながらも、とりあえずその背を小走りで追いかける。

 ところが、思いの外彼の足が速く、なかなか追いつかない。

 

 ユーゼリアは、アシュレイの背に誰かが重なって見えた。

 

「コ…アッシュ! 待って…置いていかないで!」

「ん?」

 無心で歩いていたアシュレイは、必死な声に足を止めた。ヒステリックな叫びに、周りの町民もユーゼリアを見やる。

「…はぁ…はぁ。や、宿の位置を知ってるのは私なんだからね。次を左に曲がるわ」

「悪かった。ちょっと速かったな」

 精神的なものと肉体的な疲労にゼエゼエと息を荒くするユーゼリアにアシュレイは声をかけた。

 並んで歩き始めると、ぽつりとユーゼリアが口を開いた。

「アッシュは…」

「ん?」

 それきり押し黙ったユーゼリアに、前を向いたままアシュレイは言った。

「置いていかないよ」

「ッ」

 ハッとこちらを見上げてくるユーゼリアにちらりと視線を送ると、再び前を向いて言った。

「独りにはしない」

 ユーゼリアはうつむいていた。涙を浮かべたまま下を向き、先ほどの恐怖に、その華奢な肩を震わせる。

ぽんぽん

 ユーゼリアの頭に、大きな手のひらが乗った。

(あたたかい…)

 そのぬくもりを、手放したくない。

 前を向いたまま、アシュレイはもう一度言った。

 

 

「独りには、しないから」

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