シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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11話「グランドウルフ戦」

それは日が傾き始めたころだった。アシュレイは無言でむくりと起き上がった。

(……来る)

 魔物の群だ。

 もう今日は何もする予定はないので、2部屋を取ったあとは2人とも部屋でゴロゴロとしていたのだが、そうもいかなくなったらしい。

 すぐにユーゼリアに知らせようとして、ふと思い留まる。

(普通人間にこの距離から魔物の感知なんてできるか?)

 答えは否。

 アシュレイが察したのは、町の外周より更に200m以上遠くである。他には目もくれず町へ一直線に向かってきていた。200m程度ならば町の遠見もすぐに気づくだろう。

(警告が来てからの方が、良いか)

 人が周りにいる時は力を制限しようと決めていた。事実あのグレイウルフ戦でも力はセーブしたつもりだったが、比較対象がユーゼリアの杖術だった為、あまり分かっていない。彼女のランクはB+だが、それは召喚魔道士としてであって、近接ではないからだ。

 まもなく、町に大きな鐘の音が響き渡った。何度も何度も続けて鳴り、拡声魔法による警告が告げられた。

『町より西南西方向に魔物の群を発見。繰り返します。西南西方向に魔物の群を発見。警備兵及び町に滞在中の冒険者は至急西門前広場に集合せよ。町民は落ち着いて屋内に待機してください。繰り返します。町より西南西方向に――』

バンッ

「――アッシュ!」

「ああ、行こう」

 勢いよく扉が開かれ、ユーゼリアがローブに杖を装備して叫んだ。

 チン、と小気味良い音をたてて剣を腰に差す。

 階段を駆け下りて西門前広場へと向かう。途中数人の冒険者らしき人影が、同じく広場の方へと走っていた。

「以上、解散!」

 そこではもう説明は終わったようだった。ユーゼリアが解散と言っていた人物に話しかける。

「すみません、冒険者の者です。説明お願いします」

「ああ、やっと来てくれたか。西門方向から魔物の群だ。遠見がいうには、グレイハウンドの群と、奴らを率いるグランドウルフが1匹。グレイハウンドは20匹もいるような大群らしい。正直、ここにいる警備兵達だけでは厳しい。手伝ってくれないか」

「もちろん。そのつもりで来たわ」

 その後、他の冒険者達が質問や作戦を話し合っているうちにユーゼリアに聞いた。

 グレイハウンドはグレイウルフの上位の魔物で、より強靭な毛皮や牙を備えもつ。単体でDクラス、6匹以上の群の場合Cクラスとなるらしい。それが今は20匹。小さな町の警備兵達だけでは荷が重い。

 それに加え、グランドウルフは単体Bクラスの大物だった。

(果たしてBクラスになれば、俺が“隠れた同族”だということに気づくかな)

 アシュレイがそんなことを考えていると、ひとりの大柄な冒険者がアシュレイ達の元に寄ってきた。彼の後ろには30過ぎと思われる長剣を差した男と、先ほどギルドで見たローブの冒険者がいた。

「お前ら、ランクと武器を教えてくれ」

 槍を担いだ、如何にも屈強そうな男だ。浅黒い肌には過去の消えきらなかった傷痕がいくつも見えた。

「俺は槍使いのガーク、Bランカー。そこのが今パーティを組んでる、剣士C+ランカーのアズルと、魔道士B-ランカーのクオリだ。クオリは回復魔法も使える。ちょうど3人であのグランドウルフの討伐に来ていたところだ。Bクラスの魔物だからな。まあ、魔獣じゃないのが救いなんだが」

「そうね。魔獣と魔物じゃ相手の仕方が違うもの。よろしく、私はユーゼリア。B+の召喚魔道士」

「ユーゼリア…って、あんた【孤高】か! こいつは心強い。そっちの顔の良い兄あんちゃんは?」

「彼はアシュレイ。訳あって今一緒に旅をしているの。剣士でまだF-だけど、実力はC以上なのは確かよ」

「おいおい、まだこんなに若い“剣士”が実力C以上? そりゃ流石に冗談キツいぜ、【孤高】さんよ。魔道士じゃあるめェに」

 後に聞くには、魔力の量と才能でものが決まる魔道士なら兎も角、剣士などの自分の腕で戦う近接系は才能も必要だが、余程の天才でない限りは、何より経験が大切なんだとか。

 故に、ランクC以上の近衛職は年齢も上の方が多く、30歳前でBやAランクになっているのは珍しいらしい。

「だが…」

 ガークが続けた。ニヤリとアシュレイに笑いかけながら言う。

「【孤高】が太鼓判を押すなら、いいだろう。Cランカーとして扱うぞ。…本当にだな?」

「ええ。もちろん」

「カッ! 随分信頼されてんなァ! え? (あん)ちゃんよぉ!」

 ドスドス肘鉄を喰らわせながら、耳に顔を近づけて早口に言った。

「だが俺は完全に信用したわけじゃ無ェからな。悪いが一番キツい役を回させてもらうぜ」

「構わない。死ぬつもりはないからな」

 その言葉に驚いたような顔をしながらも、豪快に笑いつつバシバシと肩を叩いた。

「ガハハ! 死ぬなよ、アシュレイ! 前途ある若者(わかも)ンよ!」

 苦笑を返しつつ西門の外へと向かう。

 アシュレイの担当は、グランドウルフ。ユーゼリアが召喚をするまでの間、時間稼ぎをすることだった。ガーク、アズル、クオリの3人は、グレイハウンドの掃討を担当する。終わり次第援護に来るらしい。

 これは確かに難しい、とアシュレイは腕を組む。

(手加減の仕方の良い練習になるかな)

 目視できる程まで近づいたオオカミ共を見て、そう思った。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「囮ですって!? アッシュを!!?」

 凄まじい剣幕でユーゼリアはガークに詰め寄った。彼女の豹変ぶりにガークはたじたじになりつつも言う。

「お、囮じゃねえって。“足止め”――」

「同じことでしょう!?」

「悪かった。悪かったってば。だがな、ランクC以上と言ったのはそっちだぜ? グランドウルフは確かにBクラスだが、魔物だし、その上“倒せ”っつってるワケじゃねェんだ。逃げ回るくらいなら、Cランカーでもできる」

「うっ」

 その言葉に思い当たる節があったのか、押し黙るユーゼリア。やれやれとガークは溜め息をつき、そして言った。

「それに、俺の勘だが、あいつは死なねェな。さっきも奴ァ言ってたぜ。“死ぬつもりは無い”ってな」

「死ぬ、つもりは…」

 それは昨日、ゴブリンとコボルトの巣を殲滅するときに言っていたこと。

 そのことを思い出すと、不意に大丈夫だと思えてきた。

(そうね。きっと心配するだけ損するわ。だってアッシュだもの。ケロッといつも通りの余裕の顔で…もしかしたらグランドウルフを倒しちゃったりして。それは無いかしら。でもアッシュだもの、ありえるわ)

 一体ユーゼリアの中でアシュレイはどういう評価をされているのか、やがて白くなっていた頬に赤みが戻り、微笑が戻った。

「頑張らなくちゃ!」

 

 

「警備兵はグレイハウンドの掃討を手伝ってくれ! グランドウルフはこっちの腕利きがやる!」

「わかった!」「頼む!」

 周りの警備兵達が返事をするとほぼ同時に、Vの字になったウルフ達が突っ込んでくる。

「アシュレイ! 10分だ! 10分持ちこたえろ!」

「わかった」

 事前に拾っていた握り拳大の石を、鋭くグランドウルフの赤い目に投げる。寸前で瞼を閉じられ、ウルフに傷を負わすことは出来なかったが、それで良い。

 今回のアシュレイの役目は、グランドウルフを足止めすることなのだから。

「グワアアア!」

 進行の邪魔をされたウルフが咆哮する。その憎悪の眼差しは、足元にいる小さな人間に注がれる。

(どうやら俺が魔のモノだとは気づいていないな)

 腰の剣を抜こうとして、思い留まる。

 アシュレイのこの長剣は特別製だ。たかが力を抑えた程度で同族に気づかないような小者など、真っ二つなのである。むしろ、斬れないように剣を振るう方が難しかった。

「やれやれ」

 空から落ちてくる脚の動きを先読みし、避ける。少しは必死さを醸し出したほうが良いだろうかと考えるが、服が汚れるのも嫌なので却下した。

 その大きな前脚でもってアシュレイを叩き潰そうとするグランドウルフは、自分の獲物になぜか攻撃が当たらないことに戸惑っていた。

 それは後ろのグレイハウンドを相手していた警備兵とガーク達も同じだった。

 本人とユーゼリアにはああ言ったものの、流石にBクラスの魔物をC相当とはいえ1人に全て任せるなんて、思ってはいない。さっさとハウンドを蹴散らして援護にまわるつもりだった。

 警備兵達も同じだろう。ガークやアズルのような貫禄のあるオジサンなら兎も角、一番危険で厄介なグランドウルフの足止めという役割を負ったのは、まだ20もそこそこという青年。下手をすれば息子と同い年である。

 ところが、今、彼らはまるでそんなことを考えていなかった。否、いられなかった。

「…なんだ……あれ…」

 思わずハウンドそっちのけでグランドウルフとアシュレイの攻防を見入ってしまう。

「あいつ、単に歩いてるだけだぞ……?」

 アシュレイは、グランドウルフの足下を歩いていた。ウルフの周りをぐるぐると。

「ワォ――ン―……」

 グランドウルフは高く長く遠吠えする。

「なんだッ!?」

 アズルがハウンドの牙に剣を弾き返されつつ声を上げた。

「グレイハウンドが…」

 ハウンド達は撤退し始めていた。町に侵入しようとしない。

 どういうことかとガーク達が頭を捻ったその時。ついに、最初の1匹が身を翻す。

 

 

 翻し、そして――

 

 

「ガアアッ!」

 アシュレイに牙を向けた。

「んなッ!?」

「危ねぇ!!」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

ユーゼリアは震えそうになる手を必死に抑え、祈りの言葉を捧げていた。

(アッシュ……!)

 つい先程、門の外で聞こえたグランドウルフの遠吠えと"危ない"という声。

 男達の声色で、アシュレイが危ない状況にあることが分かった。早く早くと、ユーゼリアの心が急かす。

 だが、そういうわけには行かない。

 安全な門の内側の広場で彼女は魔法陣を描いていた。白いチョークで描かれたそれは既に完成しており、後は祈りの言葉を捧げるのみ。魔物の襲来に静かになった町の中では門の外の戦いがいやに耳についた。

「"... عليك ارتداء عاصفةلديك أجنحة قوية.شريكي.يأتون إلى هنا...."」

 あと少し。

 召喚獣は強力だが、喚び出すのにいちいち時間がかかるのがネックだと言われている。

 魔法大国に生まれ、数年ではあるものの姫として最高峰の教育を受けたユーゼリアだからこそ10分で終わっているが、これがなりたてだったり、ランクの低い召喚魔道士だったりすると、20分も、下手をすれば30分かかることもあるのだ。

 ゆえに召喚魔道士は人数がそれ自体希少であり、また前衛とパーティを組むのが当たり前だった。ソロの召喚魔道士というのは自殺行為であるというのが一般的な考え方だ。

 それを、ユーゼリアは今までソロで生き延びてきた。これが彼女がB+ランカーである理由であり、また彼女が未だB+であるのにもかかわらず、【孤高】という、冒険者にとっては名誉な"渾名"がついている所以である。

「"... يأتي ويساعدني. اسمك Laflange!」

 魔法陣が淡い青緑色に光る。召喚の前兆だ。

 突如、陣が渦を巻くようにして黒く染まった。否、奈落の穴が開いた。そこから漏れ出る空気は、冷たい。

 アシュレイが1000年の時を過ごした"狭間"に繋がる孔である。

「ギィィィイイ!!!」

 鋭く高い声と共に突風が吹き荒れる。

「ラフランジェ!」

 孔の中から何かが弾丸のように天へと飛び出した。

 乳白色の嘴と緑色の目。太い縄のような尾と、嘴と同色のコウモリのような翼膜をもつそれは、全体的に薄緑の色合いをしていた。

 風を纏う魔鳥。Bクラスの魔物だ。名はグァー。風属性の魔法を操る高位の魔物である。

「ギィイイイ!」

 翼を広げて滑空し、ユーゼリアの目の前に着地する。ユーゼリアは風が収まるまでの時間も惜しく、その背に飛び乗った。

「飛びなさい、ラフランジェ! 門の向こう側にいるグランドウルフが敵よ!」

 召喚魔道士は、狭間から呼び出した魔物に名をつけることで、その力を縛り、操る。ラフランジェ<風に舞う者>と名付けられたグァーは、翼をはためかせると、上空に飛び上がった。風圧に、木箱や道端に転がっているごみが、勢い良く家屋にぶつかる。

「なッ!?」

 塀の上空から冒険者達を見たユーゼリアは、目を疑った。

 確かに、激しい戦闘を想像してはいた。が、目の前で行われている戦闘は――これを戦闘と呼べるのかも怪しいが――とにかく、ユーゼリアの想像を超えていた。

 警備兵とガーク達は合わせて30人くらいいる。だが、誰ひとりとして戦っていなかった。皆、呆然という表情をしている。だが、それも致し方ないだろうと、この時ばかりはユーゼリアも思えた。

 ならば、彼らが戦っていたはずのグレイハウンドはどこへ行ったのか。

 それは、防壁より少し離れたところにいる、()の元。

 

 グレイハウンドを率いるグランドウルフの足元にいるアシュレイに向かって、ハウンド達は攻撃を繰り返していた。

 だが、すぐにユーゼリアもその光景に絶句する。20匹ものハウンドの攻撃に加え、自身の3倍以上ある巨躯のグランドウルフの攻撃は、だが一撃もアシュレイには当たっていなかった。彼が避けているような素振りはない。普通に、まるで散歩にでも出かけるように、グランドウルフの足元をぐるぐると歩き回っているだけ。

 だが、それは確かに、オオカミ共の攻撃を避けているのだとユーゼリアにはわかった。おそらくガーク他数名もわかっているだろう。

 アシュレイが一歩左に動けば、次の瞬間彼がいた場所にはグランドウルフの鋭い牙が突き刺さる。少し歩みを遅くしたら、その目の前をハウンドが空に体当たりした。

 兎に角躍起になってアシュレイを狙っているオオカミ達は、まるで何かを恐れているようだとユーゼリアは思った。その時、下からガークの声が響く。

 「は、早くあいつを助けろ!」

 その言葉にハッとして、ユーゼリアもラフランジェに指示を出す。

「ラフランジェ、オオカミ全部に【逃れえぬ突風】!!」

「ギイィィ!!」

「そのままグランドウルフに【連なれ疾風】!!」

 ひときわ大きくラフランジェが羽ばたくと、目に見える程の風の刃がオオカミだけを的確に狙って放たれた。ほぼ一撃で、グレイハウンド達は首を刈られる。僅かに生き残ったハウンドは、警備兵たちの弓矢によって止めを刺された。

 灰色の毛が風の刃を守ったグランドウルフは、上空に突如現れた強敵に、唸り声を上げた。が、その顔面にも風の刃は襲ってくる。息もつかせないような連射に、グランドウルフは森へ逃げ出した。

「もういいか」

 アシュレイは、自分の役目は終わったとばかりに、駆け足で警備兵たちの元へともどる。それを見届けたユーゼリアは、ラフランジェに攻撃を命令した。

「一撃で終わらせなさい、ラフランジェ。【きざめ斬撃の暴風】!」

 途端、グランドウルフを中心に、風が爆発した。風属性中級魔法である。大きなカマイタチが直撃したグランドウルフと、その周りの木々が倒れる。中の惨状は推して知るべし。おそらく血が飛び散っているであろう止めの刺し方に僅かにユーゼリアが罪悪感を覚えたが、過ぎたものは仕方がないと水に流す。

 しばらく皆睨みつけるようにして森の方を見ていたが、やがて何の音もしないとわかると、警備兵達がワッと湧いた。

「倒したぞー!」

「うおおおお!!」

「ふぅ…」

 ユーゼリアも、ほっと息をついた。

 

 

 

 ゆっくりと下降してラフランジェの背から飛び降りたユーゼリアは、そのまま一直線に走り出した。役目を終えたラフランジェが、再び地面に空いた孔に溶けるようにして吸い込まれる。

「アッシュ!」

「ユリィ、お疲れさグエッ!」

 走ってきた勢いのまま抱きつかれたアシュレイは、その身体を受け止めつつも首を絞められたニワトリのような声を出した。

「もう、馬鹿、馬鹿ッ! なんであんな危ないことしてるの! 怪我は!?」

「それは無いが…今回の俺の役割は足止めだったから――」

「ああいうときは逃げてもいいの! それにアッシュだったらグレイハウンドくらい倒せたでしょう!」

「えーと……すみません」

 もう何を言っても怒られそうで、でも泣きそうな顔をしたユーゼリアに何か言える訳もなく、気の利く言葉を思いつく程人間慣れしていなかったアシュレイは、とりあえず謝った。ユーゼリアはアシュレイに怪我がないことを確かめると、ほっと息をついて一歩下がった。途端に、今まで周りで見ていただけの警備兵他数名の冒険者達が2人の周りに集まる。

「兄ちゃん本当に怪我はないのか?」

「あんた、若いのにすげェな! 俺なんか何が起こったか全然わかんなくて…」

「怪我人が少なく済んだのも、結果的に全部あんたとお嬢さんのおかげだ! ありがとう!」

「にしてもこの子可愛い…って、どっかで見たことあるぞ」

「もしやお嬢さん召喚魔道士の【孤高】さんですか!? ファンなんです、サインください!」

「やべェ本物!? 【孤高】さん、握手してください!」

 一気に黒山の人だかりとなったその場で、話題はだんだんユーゼリアに移行し、困った顔をしつつも1つ1つ丁寧に応じる彼女を見て、アシュレイは苦笑しつつもその場を抜け出た。近寄ってきた人物に目を向けると、小さくお辞儀をされた。

「怪我、してますよね。掠っただけみたいですけど、耳の後ろ」

「え?」

 自分でも気づかなかった。確かに触ってみると、少しヒリヒリする。どうやら1匹目のグレイハウンドの初撃を避けた時にやられたらしい。この程度の相手に一撃でも喰らったのを知って、自分で自分に驚いた。

(流石に侮りすぎたか)

 グランドウルフの攻撃を避けながら、アシュレイは考えていたのだ。先ほどのバルバズのはちみつをユリィへの土産にしたら、美味しいご飯となっていただろうか、とか。そういえば自分もいくらか料理はできるが、1000年前のレシピは果たして現代人の口に合うだろうか、とか。

 限りなくどうでもいいことを考えていたため、予想外の方向からの初撃を逃げそこねた。

 にしても、目の前の濃茶のローブ――魔道士のクオリが、なぜ本人も気づかないような怪我を知っているのか、気になった。

「よく分かったな、こんな怪我ともいえないような怪我」

「そこから魔力が零れでてるのが、見えますから」

「……それはまた」

 どんな視力の眼だ? 言葉を飲み込んで、声を小さくしていった。数メートルも離れていないところで、未だユーゼリアに詰め寄っている男共が騒いでいるから、声はほぼかき消される。ガーク達冒険者は町長の元へと連絡に行って、この場にはいない。

エルフ(・・・)は、耳だけでなくそんなに目も良かったか?」

「ッ!?」

 ザッとクオリが距離をおく。全身でアシュレイを警戒していた。

「なぜ、わかったのです?」

「素直だな。しらばっくれればいいものを」

「……」

「まあ、俺の場合しらばっくられても意味がないが。…魔力の質が違う。並の人間よりももっと透き通っていて、濃い。にしても、珍しいものだな。滅多に故郷の森を出ないのではないのか? まあ、色々事情はあるのだろうが。聞かないから、安心しろ。ついでに誰かに言うつもりもない」

「……」

 まだ警戒したようにアシュレイを見ていたが、ふっと息を着くと、スタスタとよってきた。

「貴方は、警戒しても意味がないようです。わたしの敵う相手ではありませんね」

「本当に、随分と良い眼をお持ちのようで。怪我については大丈夫だ。放っておけば勝手に治る。ありがとう」

「いえ。あの、一応紹介されてましたけど、B-ランク魔道士のクオリ・メルポメネ・テルプシコラです」

「F-ランク剣士のアシュレイ=ナヴュラだ。またどこかで会ったらよろしく」

「は、い。あの……エルフに興味はないんですか?」

 僅かな逡巡の後、思い切ったようにクオリが問うた。

 今はどうだかしらないが、昔――1000年前は、エルフはその美しい容姿から、奴隷商人の格好の的だった。大枚を叩いてでもエルフを欲しいという金持ちがいくらでもいたのだ。エルフは1人1人の魔法の才が高いが、それでも、1対多数で攻められれば手も足も出ない。その為エルフたちは仲間と共に森の奥地に強力な結界を張って集団で暮らすことにより、その身を守っていた。希少性がより一層高くなり、奴隷商の買取価格がより一層高くなったエルフが、一攫千金を狙う一般人に狙われることも、少なくない。

「いや。…まあ、美しいものを見たいという気が無いわけではないが、どうしてもというほどではない。金に困っている訳でもないから、お前を狙う理由もないわけだ」

 アシュレイの腕があれば、目の前のクオリなど苦もなく捕らえられるのにも関わらず、その問いを一瞬でスッキリバッサリと切り捨てた。

 素でそう言っているのが分かり、クオリは思わず苦笑する。僅かに嬉しそうな声で「そうですか」といった。

「じゃあ、またな」

「はい。また」

 横の男共の様子をちらちらと見ていたアシュレイが、そろそろ潮時かとユーゼリアの元へ行く。

アシュレイは人だかりの中へ入っていった。

「……あんな人、初めてですね」

 残された濃茶のローブからは、風に浅葱色の髪が柔らかく揺れていた。

 

 グランドウルフの来襲があったとは思えないほど、穏やかだ。0000000000000




呪文は(注:意訳)「友よ、こっち来い。君強い翼もってる。君嵐纏ってる...」「来て助けてくれよ。お前の名前はラフランジェだぜ」みたいな。あ、男口調になっちゃった。
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