シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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まとめ作業終了――
一気に話数が半分以下になりました;

本文は何も変えていないので、読み返す必要はありません。


13話「エルフ」

 クオリにあてがわれたという宿の一室に入ると、彼女は前触れもなしにその身に纏っていた濃茶のローブを脱ぎ捨てた。現れたのは、肩まである絹のようにさらさらとした美しい浅葱色の髪と、それに逆らうようにして生える、長く尖った耳。悲しそうにこちらを見つめるその(ひとみ)は、金色だった。

 

「エル…フ……」

 ユーゼリアの声が震える。目をまんまるくして驚いていた。

 エルフは、森の奥の結界の中から外にでることはまずない。それが、女のエルフであるなら尚更だ。ゆえに、その存在を目にしないまま死ぬ人間がほとんどである。見られるのは、ほんの僅かいる幸運の持ち主か、あるいは奴隷商人、また、腐るほど金をもつ一部の貴族のみだった。

 だから、ユーゼリアのこの態度も、仕方ないことなのだ。

「綺麗……」

 ほぅ、と息をつくユーゼリアに、クオリは静かに言った。

「見ての通り、わたしはエルフです。わたしを旅の連れとするなら、同時に奴隷商を相手にしなくてはいけませんよ。悪いことは言いませんから、わたしを勧誘するのは止めなさい」

 その言葉に、ユーゼリアがハッとクオリを見つめる。その動作をどう取ったかはわからないが、クオリは話を続けた。

「ユーゼリアさんも、大変お美しい方です。一緒にいれば、わたしだけでなく貴女も確実に狙われますよ。アシュレイさん、貴方もです。ひどく女性受けする顔立ちですから、貴族の奥方が欲しがるでしょう。……貴女だって、奴隷商人に追われるなんて、嫌でしょう? 今のうちに手を引きなさい」

 クオリの言葉に、ユーゼリアは即答した。

「嫌よ」

「なっ!?」

「…アッシュ。余裕?」

「もちろん」

 目の前で交わされる意味の分からない会話に、クオリは声を上げた。

「あ…貴方達、分かってないですね! 奴隷商人はしつこくて、陰湿で、卑怯な、人を人とも思わない連中なんです! 追われたこともない方々は分からないでしょうけど――!!」

「――あるわ、追われることなら。現在進行形で、ね」

「え?」

 次の瞬間、窓ガラスが音をたてて砕け散った。同時にドアも蹴破られ、雪崩れ込むように黒い服の男達が部屋に入ってくる。

「聞いていたかのように間がいいな!」

 咄嗟に右腕にユーゼリアを腕に抱きかかえ、ぽかんとしているクオリも反対側の肩に乗せると、割れた窓から飛び降りた。

「きゃああっ」

「ぐぇ」

 左右から悲鳴と反射的に首を強く締められる。変な声が出たが気にしている場合ではない。2階ではあったが余裕をもって着地すると、2人を抱えたまま走り出した。

「ちょ、ア、アッシュ! どこ行くの!」

「郊外だ。町中で戦闘は目立つ。舌を噛むぞ、喋るな」

 後方からは足音が十数人分。大きな荷物を揺れに気を配りながら、しかも2人も抱えたままでは、流石のアシュレイも追いつかれるのは時間の問題だった。やろうと思ってできないわけではないが、そうすると2人が酔うだろう。

「うぅぅ……」

「大丈夫か? 悪かったな、突然2階から飛び降りたりなんかして」

「だ、大丈……うぇ」

 どうやらこれでも気分が悪くなったらしいクオリを、ユーゼリアが介抱する。そうこうするうちに、周りは完全武装した男達が取り囲んでいた。人数はポルスの時の倍である。

 先頭に立つのは、その際逃げたあの(かしら)だった。

「また会ったな」

「今度こそ捕まえさせて貰おうか。今度は油断などしない」

「せいぜい頑張れ。俺はユリィを守らなくてはならんからな、負けてやるつもりは微塵も無いが」

 そう言って腕を振り上げる。次の瞬間、頭のすぐ横に控えていた男が崩れ落ちた。

「ぐあああ!」

 のたうち回る男を、誰もが呆然と見る。

「手の甲の健と、足首の健を断たせてもらった。回復魔法でも1、2時間は動けまい。……さあ」

 

 

 次は、どいつだ?

 

 

――ゴクリ。

 

 誰かが唾を呑みこんだ音が、聞こえた。辺りにアシュレイへの殺気が満ちる。それを一身に受けているはずの当の本人は、まったく意に介した様子はなかったが。

「うおおおお!!」

 一斉に男達が襲いかかってきた。ある者はナイフを、ある者は弓を、またある者は魔法を。最早味方に当たっても構わないという意気込みだった。

「つ、杖が!」

 ユーゼリアが魔法で応戦しようとするが、媒介となる杖――厳密に言えばその宝玉――が手に無い今、人間が自力で魔法を放つのは至難の業だった。

 

 

 そう、人間ならば(・・・・・)

 

 

「【我請う。数多生命(いのち)支えし大地の君、天穿つ杭とならんことを】!」

 

 突如として3人を中心に、同心円状に地面が鋭く突き上げた。一瞬にして、地面は巨大な針山地獄となる。逃げ遅れた何人かが、背中なり足なりを土の杭で貫通され、悲鳴をあげていた。

「クオリ!」

「エルフは精霊魔法の遣い手。ここは任せてください」

「ふむ、なら実力拝見といこうか」

 腕を組んでクオリを見下ろしたアシュレイに笑みを返し、クオリは再び声を張り上げた。

「【我請う。大気に遊びし自由なる君よ、生を喰らう龍とならんことを】!」

 目の前で風が渦巻いて、やがて龍を形作る。風の龍は咆哮すると、土の杭をなぎ倒して男達に向かっていった。腕や脇腹を食い破り、最後にまた咆哮し、拡散して消え去った。

「……すごい」

 ユーゼリアがこぼす。

 エルフのみができる精霊魔法は、世間一般に知られている魔法に比べて、威力は桁違いに大きかった。その変わりに、事前に精霊に自身を認めてもらい、契約をしてその力を分けてもらう必要があるのだが。だが残念なことに、精霊を肉眼で見れるのはエルフのみで、会話ができるのもまた、エルフのみだった。これがあるから、エルフは未だに森の奥地で生き延びていられるのだ。

「くそっ。弓だ! 弓を引け! 魔法を放てる者はソレでもかまわん!」

 頭が怒鳴る。びゅっと飛んできた矢は、だが1本も3人に掠ることもなかった。クオリだ。

「【風よ】!」

 しかし、突風程度では飛来してくる魔法を抑えることはできなかった。クオリが詠唱に入ろうとする。しかし、その必要はなかった。

「悪いが、そうはいかせないな」

 再びアシュレイが腕を振り上げる。そのまま右に左に不規則な動きで腕を動かした。その様子は、指揮者に似ていた。

 アシュレイが腕を一振りする度、風龍で薙ぎ倒された土杭の向こうからザシュッという音と悲鳴が聞こえる。3人の中で最も背が低いユーゼリアだが、その生々しい音から、アシュレイが戦っているようであることは分かった。

「くそっ。総員、撤退! 撤退だ!」

 襲撃は、再びアシュレイ達の勝利となった。

「……立ち去ったな」

 追撃せず気配だけを追ったアシュレイが言うと、女性陣がほっと息をついた。

「あの、今のは……?」

「そのことなら私が答えるわ」

 遠慮がちに尋ねると、ユーゼリアが前に出た。躊躇うように視線をさまよわせた後、クオリの金色の眸を見つめる。

 ユーゼリアは、とある事情から彼女も追われる身の上であると語った。アシュレイは彼女の護衛であるとも。元王族であることを明かさなかったのは、クオリもまた全てを言っていないからだろう。

「…そう、でしたか……」

「一応弁明しとくけど、私達犯罪者じゃないからね?」

「ふふふ。分かってます。エルフはそういうのに敏感ですから」

 ユーゼリアの小さな冗談に場が和む。その目に僅かな期待の色をのせて、ユーゼリアが再び問いかけた。

「どう? 一緒に旅しない?」

「リアさん……」

「人数が多ければ多いほど、1人あたりの負担は軽くなるわ」

 その言葉に、アシュレイがおや? とユーゼリアに視線をやった。目が合うと得意げな顔でウィンクされる。この言葉は、アシュレイの受け売りだった。

「それに、遠距離攻撃が可能なあなたが入ってくれると、私達も攻撃の幅が広がるし」

 浅葱色の髪のエルフは、じっと何かを考えているようだった。

「何より、せっかく友達になったのに、すぐお別れなんて寂しいじゃない」

(これが本音かな…)

 フッと笑みを零しつつ、ユーゼリアの説得に耳を傾ける。すっかり暮れた夜空には銀色の星が瞬き、月は青白く浮かび上がっていた。

「……友達」

「だめ、だったかな?」

 それでも反応を示さないクオリに、ユーゼリアは肩を落とした。

「もちろん無理は言わないが……」

 そこで初めてアシュレイが口を出した。2人の視線がこちらに向くのを感じながら、だが自身の視線は夜空に向けたまま。

「俺達の心配をしているなら、それは無用だ。確かに俺は先だってFランクに上がったばかりだが、前衛として2人を守るだけの力は持っていると自負している」

「アッシュさん……」

 クオリとて分かっていた。つい先日のことだ、グランドウルフとハウンド相手に1人で完全に“足止め”をしてみせたアシュレイをこの目で見たのは。彼は言われた通り、“足止めを”した。恐らく1人で倒せと言われていたら、できたのだろう。

 クオリはエルフだ。エルフは、魔の力に敏感である。中でもクオリは魔力を視覚的に見ることができる。ゆえにクオリは、あくまでなんとなくではあったが、彼――アシュレイが人でないことを、本能的に感じ取っていた。

 どういう事情か分からないが、そんな彼が旅の連れとなるのだ。1人旅よりも危険性は格段に減る。

 それに正直、クオリもユーゼリアと離れたくなかった。とある事情でエルフの里を出たクオリだが、以来友人と呼べるような人間関係は築いていなかった。ガーク達のような臨時パーティを組むことはあっても、すぐ解散されるのがオチだ。せっかくできた友人、それも自分がエルフと知った上で、その厄介さを理解した上で、仲間になってくれようとするユーゼリアに、離れ難いという感情が芽生えるのは、当然といえた。

 だが、それでも迷った。それほどに思う相手だからこそ、共に行くことに迷いを感じた。

「……とりあえず、宿に戻ろうか。冷えてきたし、何も今すぐ答えを出せというわけでもない」

「そうね。そうしましょう」

「…はい」

 ユーゼリアを中心に、横になって歩く。しばらくして、ふと思い立ったようにクオリが言った。

「そういえば、アッシュさん、わたし達を抱えてよくあんなに速く走れましたね」

「ああ、あれくらいの重さなら余――ぐぇっ」

 余裕、と答えようとしたアシュレイの脇腹に、ユーゼリアの肘鉄が炸裂した。

「…こういうときは、“軽さ”って言って頂戴」

「え、別に同じ意味ぐほぇっ」

「……」

「……………………ハイ」

 そうか、これが女性への気遣いか、と彼は悟った。2回連続で綺麗に入った脇腹は、ジンジンとまだ痛みの余韻が残っている。

「で?」

「あ…ああ。いや、何でも……」

 今更蒸し返すほどのことでもない。というか言い直す方が恥ずかしい。

 ふふんと笑った後に、ユーゼリアが言った。

「私の常識講座その2。女の子に体重の話は、禁物よ」

「ハイ…」

 なんだか言い負かされた感がある。が、

「ふわぁ、リアさんって…強いんですね!」

「……ぷっ」

「……くっ」

 クオリの感嘆の言葉に、2人で吹き出す。

「くははは…っ」

 悪い気は、しなかった。




精霊魔法が厨二病全開だ・・・
でも、ファンタジーといえばエ・ル・フ~♪ だから!
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