シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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皆さん、作者はなんとエベレストに登ったことがあるのですよ。


14話「スレイプニル (1)」

「さて、じゃあまずは馬車を調達しましょう!」

「随分と機嫌のよろしいことで…」

 宿を出るユーゼリアの後ろを苦笑しながら付き添うアシュレイ。その横をさらに行くのは、濃茶のローブを羽織ったクオリがいた。今日もばっちりフードを目深に被り、前髪しか見えない。

「そんな……わたしまだ迷っているのに……」

「いや、それは気にしなくていい。彼女は、昨日君が2度目の誘いを受けたとき、最初みたいに逡巡の余地無く断られなかったのが嬉しいんだろう」

「え……」

「もう1つは、単純に、昨日良い馬車を手に入れることができなかったからな。今日こそはとか燃えてるんじゃないか?」

 自分の早とちりに少々恥ずかしげに頬を染めたクオリは、慌てて銀髪の少女の後を追った。

「リアさん、ちょっと待ってください!」

「あ、ごめんごめん」

 相変わらず馬車は在庫切れだった。ユーゼリアが店主に聞くと、大笑いされながら教えてくれた。

「そりゃあ、武闘大会に決まってんだろ、嬢ちゃん。シシームから馬車で7日の闘争の町ファイザルで行うあれだよ。開催は今日からちょうど6日後だからな。このあたりで旅路に遅れた連中が慌てて馬車を買って行くのさ。おかげさまで商売繁盛繁盛」

「武闘…ああ! そういえば!」

「そういえばそんな大会ありましたね……」

 2人とも忘れていたらしい。

 2年に1度、冒険者ギルドが主催する武闘大会。確か、入賞者には賞金が出るんだったか。

「おいおい、あんたらもそれを観にここに来たんじゃねえのか? あれは公に賭けが許されている数少ない娯楽だぜ。俺もそろそろ行かねぇと間に合わねぇな。…ああ、悪いが4人乗りは売り切れだ。6人乗りならいくらか残ってるが」

「え、あ、まあ、馬車を買いに来たのは事実です…けど」

 ユーゼリアがどもりながら言うと、店主はカウンターの内側から鍵を取り出して3人を手招いた。断る理由も無いためついていくと、奥の倉庫に入れてくれた。

「外に置いてある安物じゃない、頑丈なやつだ。まあ、その分ちと高値だが…」

 ぐるりと見回すと、確かにどれも作りはしっかりとしているようだ。ユーゼリアが礼を言いつつ物色し始めた。手もみをしながら店主が馬車の特徴と値段をつらつらと述べていく。

(よくまあ全ての馬車の特徴を覚えているものだな)

 どんなものがいいのかアシュレイには分からないので、入り口で待つことにした。クオリは迷った末、彼の隣に立ち、閉まった扉に寄りかかる。あれこれと店主に尋ねるユーゼリアを眺めながら、アシュレイは静かに問うた。

「決めかねるか?」

「……はい。やっぱり。エルフであることを知って尚、金銭目的ではなく“わたし”を仲間に入れてくれる…それも、誘っていただいているなんて、すごく嬉しいです。けど、だからこそ…」

「人間相手には疑い深いエルフが、たかが半日共にいただけで、旅の仲間なろうか迷うのか。そのまま捕縛して売り払うかもしれないのに」

「そんなことしないでしょう。少なくとも、貴方は」

 自信あり気に――寧ろどこか開き直った感で、クオリは言った。

「――なぜ?」

「わたしも一エルフとして魔法の腕に自信はありますが、そんなもの関係ないほど、貴方は強いです。わたしなんかより、遥かに。次元が違うと言っていいでしょう」

 ちょこまかと動くユーゼリアをなんとなく目で追っていたアシュレイが、驚いたようにその目を見開いた。クオリに顔を向けると、そのまま真意を探るように2人は見つめ合う。

 アシュレイの横顔を見つめる金色の瞳は、まるで全てを見透かしているかのような色を秘めていた。多くの時を生きてきた、老獪な獣のようだ。

「クオリ、ちょっと聞きたいんだが…」

「なんでしょう?」

「…随分綺麗だが、歳はいくつぐぇふぉ!」

 右を見ると、いつの間に戻ってきていたユーゼリアが、正拳突きの構えでぷるぷると震えていた。

(けっこう今のは効いたな)

「女の子に年齢を聞いちゃいけません!!」

「え、あ、リ、リアさん――」

「クオリは黙ってて!」

「あ…はい」

 申し訳なさそうにチラリと視線を向けられたので、気にするなという意味を込めて肩をすくめた。ユーゼリアの後ろでは店主が乾いた笑いを浮かべていた。

「あのねえ、アッシュ。これは記憶がどうとか関係ないことだけど、一応“常識”だから、教えとくわ」

(そんなに悪いことだったかな、クオリに年齢聞いたこと)

(別に年齢を気にするほど若くないので気にならないのですが……今のリアさんには通じなさそうですね。わたしの為に怒ってくれているのでしょうか…)

 こめかみに青筋を浮かべて怒るユーゼリアに申し訳なさそうな表情を取り繕いつつ、内心でここまでガミガミ怒られることに疑問を抱いたアシュレイであった。

(……あれ? なんで私こんなに苛立ってるんだろう?)

 その真意は、まだ誰も気づかないまま。

 

「まだまだ行くわよ…90万!」

「こっちも商売なんでねぇ、妻子にメシ食わせてかなきゃいけないもんで…115万!」

「あら、大会のおかげで繁盛してるんじゃなかったかしら…95万5000!」

「そーぅだったっけぇー? 最近おじさん耳が遠くなってきたみたいで…113万3000!」

 熾烈な争いはかれこれ半時間にも及んでいた。

「すごいですー」

「よく粘るもんだ…」

 ユーゼリアは、連れ2人をドン引きさせつつ、その出生からは信じられないような守銭奴っぷりを発揮していた。

(個人的には、元値150万をここまで落としたので十分だと思うが…)

「96万」

「くっ…110万」

「96万」

「……」

「…ふー。ま、いっか。別に? 他にも馬車を売ってる店なんてそこら中にあるし?」

「……」

「アッシュー、クオリー、他の店行こうー」

「……ダァー!! 分ぁかった!! 馬1頭付けて150万! これでどうだ!」

「のったー!!!」

 したり顔で叫ぶユーゼリアに、店主はがっくりと肩を落とした。

「おお、元値で馬1頭ぼったくりやがったぞ、あの姉ちゃん」

「やるなあ」

 周りで様子を窺っていた野次馬がどよめいている。だが、店主もタダで馬を手放したわけではなさそうだった。

「だがな、嬢ちゃん。俺がいう“馬”はただの馬じゃねえ。ヤツを手懐けられたら、150万で馬1頭つき、懐かなかったら150万で馬車だけ…どうだ! 俺にも懐かなかった馬だが、能力はそこらの馬とは比べものにならない。まともに買ったら1頭300万するぞー」

「のったー!!!!」

おおおっ!

 野次馬が再び盛り上がる。

「よぅっし、そうこなくっちゃ」

 いそいそと倉庫の奥へと向かう店主。最後にキラリと勝ち誇ったような光をその目に見いだし、アシュレイはふと気づいた。

(……あれ、これって今までの交渉が全部無駄に…?)

「すごいです、リアさん」

「ふふー、これくらい朝飯前よ!」

 横目でユーゼリアの様子をうかがうが、どうやら気づいていないようだった。

(……)

 流石根っからの商人。1度負けて相手を油断させてから、お得に見える条件で勝算の大きい商売をするとは。

 まだ18のひよっこより一枚も二枚も上手のようだ。あの自信あり気な目を見る限り、随分な暴れ馬なのだろうか。

 そうこうしているうちに、店主の準備が整ったようだった。

「こっちに馬小屋がある。来てくれ」

 外見はなんの変哲もない、ただの馬小屋だ。だが、クオリとアシュレイは小屋を見た瞬間、ピタリと足を止めた。アシュレイは驚いたような、クオリは僅かに青ざめてすらいた。

「どうしたの? 2人とも」

「…いや、何でもない」

 気づかないユーゼリアが声をかけると、アシュレイだけが普段の微笑を浮かべて返した。クオリは不審げに店主を見る。店主は扉の前で立っていたが、内心ひやひやしていた。

(まさかあの2人、気づいたのか? ……いや、まさか、な)

 馬小屋は予想外に大きく、10頭分くらいは余裕で入るだろう大きさだった。木製の扉には、鉄の鎖が巻かれ、南京錠で止められていた。

「……」

 バレないように辺りを見回すと、ちょうど店主の立っている向こう、角に、同じような鉄の鎖がジャラジャラと捨ててある。思わず溜め息をついた。

(どうやら、嫌な予感は当たったようだな)

 思ったより重々しい音をたてながら開いた扉の奥は、真っ暗だった。中の空気はひんやりとしており、どこか薄気味悪く感じた。ユーゼリアが戸惑いの声をだす。

「あの……?」

「まあ待て。今窓を開ける」

 錆びた鉄がこすれる音と共に暗闇に光が差した。他の窓も次々開き、やっとすがすがしい風が頬を撫でる。

「やはり……」

「これって…!」

 クオリの呟きは、ユーゼリアの声にかき消された。

 中にいたのは、たった1頭の“馬”。だが、ただの“馬”ではない。

「これって……魔物……?」

 大きさは普通の馬より一回り大きいくらい。シルエットも確かに馬ではあったが、日の光の下にでると、それは明らかに一般的に指す“馬”とは違った。

 まず、皮膚が鱗だった。それも、ただの鱗ではない。質は竜のそれと同等だ。生半可な剣では、逆に剣が砕けるであろう硬度である。色は紫がかった銀色。身体全体を隈無く覆う鱗は、日光に照り輝いていた。

 尾は、ふさふさの毛ではない。蛇のようにしなやかで長く、先端には一瞬ただの真っ直ぐで艶やかな毛のように見えるが、その実鋼鉄のワイヤーよりも頑強な剛毛が、柔らかく垂れ下がっていた。スナップを利かせれば、岩をも砕く破壊力を持つ。たてがみもこの毛が生え、首もとを保護していた。

 そして何より目を引くのが、頭にある鋼の塊である。あたかも死神の鎌のようにも見えるそれは額から生えており、目はなく、目隠しをするように鎌に繋がるプレートとなっていた。

 さしものアシュレイも、思わず目を見開いて固まった。クオリなど青ざめるを通り越して白くなっている。思わずアシュレイのコートを握ったのも、多目に見てやってほしい。

 

 なぜなら、この“馬”は――

 

(なぜ同胞(はらから)が、ここに!?)

 

 

 ――【魔の眷属】第六世代「スレイプニル」なのだから。




うっそぴょーん







…………4月1日(エイプリルフール)ですからね?
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