私は今、より強い魔力の波動が自然に発生する数少ない地、『
私が目指しているのは、この森の奥にあるという2000年前の古代遺跡『ノルテアレ遺跡』。今では抽出されなくなった、蒼い大理石で造られた、別名『蒼の神殿』だ。
周りの木々から洩れ出る魔力を微量ながらも吸い、一週間この清流の水とここで採れる食べ物しか口にしていない今、私の体内に蓄えられている魔力もまた、随分と透き通った物となった。質が上がった、といえば伝わるだろうか。
「よい、しょ……と。ついた…」
一般的な女性に比べればあるだろうが、冒険者としては足りない部類に入り、その上一週間大した量を飲み食いしていない私の体力がそろそろ切れる、といったときに、ついに視界が開けた。
目に飛び込んでくるのは、まさしく『蒼い』石造りの神殿。
「綺麗……」
なんともなしに呟きながら、疲れも忘れて建物内部へと向かう。もともとはあったであろう天井は、もう影も形も無くなり、青空が見えるばかりである。辛うじて床と柱が残ったのみとなった神殿は、それですら幻想的な力を発していた。
「……」
私はここで、最強の召喚獣を呼ぶ。何のためにか? それは内緒。
私はこう見えて、実は召喚魔法の使い手なのだ。ランクはB+。伝わるかどうかは不明だが、実はこれ、結構凄い。今扱えるのはまだ3体の召喚獣だけだけど、これから最強の魔獣を召喚してみせる。そのために、私はここへ来た。強い魔を従えて、私はまた各地を旅する。追手に捕まらないように。
ようやくそれに相応しい場所を見つけた。広場のような場所だ。ここなら、契約の魔法陣も簡単に書けそうである。
邪魔な小石や石の破片をどかすと、私は鞄から白いチョークを取り出して、確かな手つきで陣を書き始める。中心に月と太陽。周りには嘘か真か魔人が使うとされる絵のような文字を書いた(私自身、この文字は読めないから、これが何を意味しているのかはわからない)。それらを二重の円で囲み更にダイヤ型の四角でつつむ。その周りに今度は神官のみが読める古語を書きまた円で囲んだ。鞄から2輪の白いハフリの花を陣の中心に置く。上から聖水と、ナイフで切った私の血を一滴おとし、準備は終了。
陣の前に立ち、膝を折り祈るような体制で手を組む。一陣の風が吹き、私の長い銀色の髪が舞った。
「منحالعدومنأقوىاللعالم مختلف من بلدي من فضلكالل」
“祈りの言葉”と言われる(陣に使ったのとは違う)古語を呟く。手をきつく握りすぎたせいで、先の傷口からの血が掌を伝わり石の床に落ちた。
「うう……」
陣が淡く光った――と思った瞬間、ぐいんと私の中にあった魔力が吸い込まれる。ここに至るまでに溜めてあった殆どの魔力を吸われ、精神的な苦痛に思わず声が漏れた。
「きゃっ!」
突然、魔法陣を中心に、眩い光と突風が吹き荒れる。契約召喚の魔法陣を発動すると、その陣を中心として異界の風が吹くのは分かってはいるが、未だかつて、これ程までに強い風を見に浴びたことは無い。思わず祈りの姿勢を崩して、お尻をついてしまった。
やがて魔法陣からの光と風が止む。目を覆っていた腕を離すと、そこには風の名残で砂煙が上がっている。私の足元に、黒焦げになったハフリの花びらが落ちていた。手に取ろうと触れると一瞬で灰の砂となり、風に散っていく。ハフリの花がここまで酷いありさまになるのを見たことがない私は、召喚が失敗したのではと危惧し、未だに収まらない砂煙を凝視する。
ゆらりと人影があった。どうやら召喚は成功した――と安心する間もなく、私はギョッとして前をまた見た。
まさか、魔の眷族でも召喚したか、と焦り始める。
魔の眷族は、何れも普通の魔獣では到底及ばない力を持つ。それは、この世で最強と呼ばれる魔神――もとい、魔人の血を有しているからだ。だが、その血は薄れるごとに、獣を異形へと変えていく。つまり、より人型に近くなれば成程、奴らは強くなるのだ。
そして、完全に人と見分けがつかない者が、この世界のヒエラルキーの頂点にいる、魔人。
しかし、一番の下っ端として知られる魔の眷族『グリッグ』でも、単体Bランク評定を受けている。仮にそれが来たとしても、今魔力がほとんど残っていない私では叶わない。
(しまった……!!)
たまにいるのだ。あまりにも必死に祈りすぎて、自らの力量を越えたモンスターを召喚してしまう召喚魔道士が。まさか自分がそんな駆け出しの召喚魔道士のような事をすると思わなかった。
「ギシャァァァァアアアッ!!!!!」
耳を劈くような叫びが、静かな
一般的に言われる飛竜「ワイバーン」の上位種であるジルニトラは、単体Aランク評定。グリッグなど、束になってかかってもこの竜には勝てまい。
当然、今の私が勝てる確率など、皆無に等しかった。
「……ぁっ」
立って逃げなければと思ったが、あまりのショックと恐怖、目の前の竜が放つ圧倒的な存在感に、腰が抜けた。じりじりと後退しながら、どうかこの竜が自分の事を見つけないように居てほしいと祈るばかり――が、長い長い間『狭間』に閉じ込められ、出てきた途端にい沸いて出るこの空腹感の前で、目の前に転がる柔らかそうな少女を食べずに素通りするほど飛竜は甘くはない。何度か羽ばたきを繰り返すと、黒光りする甲殻に覆われた頭をこちらに向けた。横についている赤い目が、ぎょろりとこちらにむけて焦点を合わせる。
ついにがたがたと震えだした足腰は、もう後退することすら無理にさせていた。
「ギシャァァァァアアアッ!!!!!」
再び頭がくらくらしそうな叫びを上げると、一気に少女の元まで滑空する!
「いやあぁぁぁ!!!」
「ちィッ」
思わず絶叫した時、誰かの舌打ちが聞こえた気がした――その途端。青い広場に赤い血がまき散らされた。
少女の物ではない。彼女はまだ、肩で息をしながら、それを茫然と見ている。が、やがてぱたりとその上半身を蒼大理石の上に沈めた。
******
さて、この状況をどうしようか。俺は目の前で気を失った少女を抱えて、困っていた。
狭間にできた
そっと見やれば、やはり少女にあの飛竜は荷が重過ぎたらしい。じりじりと後退してはいるものの、彼女から飛竜を『倒そう』という意志は見られなかった。そうこうしているうちに、飛竜が【威圧】の効果を含んだ叫びを上げる。とうとう後退すらできなくなった少女が、絶叫した。
「ちィッ」
舌打ちをして腰から愛剣を抜くと、少女に向かって滑空する飛竜を、文字通り一刀両断する。鉄よりも硬い甲殻も、まるでバターのように滑らかに斬れた。
ビシャアッと嫌な音を立てて血が辺りに飛び散る。一瞬で跳びのき、帰り血は浴びない。ドラゴン属の血は総じて酷く臭う。見た目がどれ程美しいとしてもだ。人間の血が、一番マトモだと、俺は常々思っている。魔人の血は、知らない。彼らは強すぎて血を流さないし、そもそも本当に血は通っているのかが不明だ。冗談ではなく。
そういうことに疎い俺から見ても美しいと思うこの少女に飛竜の血のにおいが付かないよう、取りあえず彼女の荷物ごと抱え上げた。神殿の奥に見つけた泉の傍まで来て、今に至る。このまま立ち去ってもいいが、見たところ彼女に残っている魔力では、この森を抜けた後がきつそうだ。魔道士にとって魔力が枯渇することは命にかかわると、どこかで聞いた。
なぜだろう。この時俺は、どうしてかこの少女を無視する事ができなかった。
青大理石の上に横たえてから、泉の水を汲んでくる。長年放置されていたにもかかわらず、天然の物だったからか、泉は枯渇することなく、呑める状態の水がこんこんと湧き出ていた。
近場の葉をうまく丸め、中に水を入れた。今は色を失っているが、本来は紅を差したように赤いのであろう唇に、水を流し込む。こくん、と小さな音を立てて、呑んでくれた。ほっと息をつくと、俺は立ち上がる。
少女の瞼が開いた。青空よりも蒼い――そう、蒼い海の様な瞳だ。年のころは俺より少し下……17か、18あたりか。銀糸の髪に深海の瞳。色は白く、頬は普段は薔薇色、唇も紅。眼鼻立ちも整っている。この世で最も見目美しい種族と言われるエルフに匹敵する美しさだと思った。
魔人に仕えていたこともあって、思わず敬語が出る。
「眼が覚めました?」
「え……へ、あっ! ジ、ジルニトラはっ!!?」
「じる……? ああ、あいつならもういません。ここは神殿の奥。あの泉の水は呑めるから、呑んできたらどう?」
さっきの飛竜の事らしい。ただ簡潔にそう言うと、少女は喉が渇いたのか、こちらを少々警戒しながらも泉の淵へ行き、手ですくってそれを美味そうに呑んでいる。
どうやら死への恐怖やショックなどは杞憂に終わったようだが、さて、これからどうしよう。
まずはこの少女にここがどこなのか聞かなければいけないし、だが、それを聞くには色々と問題がある。
自分の身体を見下ろすと、狭間に閉じ込められた時と何ら変わりはない。ただ、腹が猛烈に減っているだけ。さっき水を数口呑んだのが、空きっ腹に堪えた。竜の一件で空腹感を一時的に忘れられていたものの、水が胃に刺激を与えたらしい。
ならば、その上少女に何か食べ物を貰わねばならない。だが、正体も不明な男に、果たしてはいどうぞと携帯食を渡してくれるだろうか。……普通なら、不審がって真っ先に逃げるか攻撃してくるだろう。むむ……。
早くも首をもたげてきた問題を、少女の後ろ姿を眺めながら考える。やがて存分に呑み終わって帰ってきた少女は、言いにくそうに、あの、と口を開いた。まだ考えていた俺は、ハッとして彼女の方へ向く。少女は、羽織った魔道士の好む白いローブの土くれをぱんぱんとはたくと、言った。
「助けてくれたみたいで、ありがとう」
「ああ……いや、咄嗟に君を抱えて逃げてきただけだから」
「それでも」
相手は人間だ。あの飛竜が彼らの中でどれ程の強さを有しているのかは知らないが、無難にここは場を凌ぐ方を選んだ。どうやら意識を失う数秒前に見たジルニトラの最期の一件は忘れているらしい。よかったよかった。
「不躾だけど……何故この神殿にいるの? ここは一般人立ち入り禁止区域なんだけど……」
「え、そうなの?」
まさかそんな展開になるとも知らず、つい本音が出た。どうしよう、と考えた結果、一番怪しいが一番無難な方向に話を持って行った。嘘をつくのは少々心苦しいが、しかたあるまい。誰が自分は捨てられた遣い魔ですと言うだろうか。ここまできたら、もう人間の振りをするしかない。
「実はどうも俺記憶が何処か曖昧で……。ふらふらと当てもなく彷徨ってるうちにこの森に入っちゃったんだ」
「記憶喪失?」
全くその通りだと言うように頷く。少女は親切にも説明を始めてくれた。この子は人を疑ったりしないのだろうか。言動からしても、雰囲気からしても、どこかの貴族の令嬢、だったりするのか。
「ここは青の森と言うの。通称:
「へえ……。で、君はどうしてここにいるんだ? 許可を得た者なのか?」
得意げに説明していたのに、その問いを投げかけると途端に、目を右往左往させてまごついている。……どうやら嘘がつけない性質らしい。
「君も不法侵入者、か」
「わ、私は強い召喚獣を得ようとして、魔力の満ちたこの森に来たのよ」
「ああ、それが行き過ぎて、さっきの飛竜ね」
それにしゅんと俯く。それが久しく見ていない、生まれたばかりの魔獣の仔を連想させて、思わず頭をぽんぽんと叩いた。
「ま、無事に逃げられたんだし、いいんじゃないですか?」
「そ、そうよね」
うんうん、とやや無理やりな気もするが頷いている少女を見て、俺は本題を投げかける。というか、そろそろ耐えられなくなってきたこの腹をどうにかするしかない。多分今俺は餓死寸前だ。いや、冗談抜きで。
「で、ちょっと、悪いんだけど……」
それを意識し始めるともう駄目だ。ずるずると崩れ落ちるようにしゃがみ込みながら、だんだん小さくなる声で言った。少女の顔がきょとんとする。どうも思った事をすぐ顔に出す性分らしい。
「ちょっと……何か…飯…くれないかな……?」
「は?」
アラビア語は翻訳機能を使いましたので、もし読める方がいらっしゃったら「ん?」となるかもしれません。
意訳「神様お願い~。異世界から最強の魔獣を与えてくれよ~」
……
それからこれ、結構前に書いたやつだから、いろいろと変ですよね…
いつか加筆修正したいです。
アシュレイの口調が安定しない…
↑すみません、このあと書き方が変わります。主に地の文が一人称じゃなくなる的な意味で。