シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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20話「第一次予選」

『おはようございます! 9回鐘が鳴りました。冒険者ギルド主催、第64回大武闘大会の開催をここに宣言します!!』

 

わああああああああ!!!!!

 

 会場が歓声に包まれる。男も女も、大人も子供も関係なく、席から立ち上がって自分の応援する選手に声援を送っていた。もちろん、その中にはユーゼリアとクオリの姿もある。

 

「すごい熱気ですね!」

 

「ほんとね。ちょっと後ろの方だけど、席が取れただけラッキーだったわ」

 

「あ、それならですね、いい魔法があるんですよ。【我請う、大気に遊びし自由なる君よ、狭間の先を見つめる瞳とならんことを】」

 

「わっ」

 

 途端、ユーゼリアの視界がぐぐっとズームインされ、たまたま視界を向けていた司会の顔が目の前にあるように拡大された。なんだか目が回りそうだ。

 

「もう少し遠くから見たい時はですね、魔力を手のひらから出しながら手をこうすると、調節できます。逆の動きをすればまた拡大できますよ」

 

 クオリがその反応に笑いながら、手のひらを顔の前で押し出すようにする。確かに今度は司会の体全体を見れる程度になった。もっとやり続け、自分のちょうど良いアングルに持っていくと、今度はユーゼリアは試合場を観察し始めた。

 

 なんてこともない、極めて一般的な試合場だ。

 地面は固い砂で作られた石舞台のようになっており、円形状のフィールドと観客席を隔てる高い壁の間には幅2m弱のくぼみがある。観客席は10mほどの塀の上からすり鉢状に座席があり、試合での攻撃の余波が当たらないように工夫されていた。

 さらに、この塀は1つの巨大な魔道具らしく、戦闘が始まったら担当の者達が一斉に魔力を込めることで、絶対不可侵の魔法壁が出現するようになっていた。もちろん視界は確保されてある。後部の座席や、会場に入れなかった観客にも見えるよう、空には映像を映し出す魔道具が5個ほど、気球でふわふわと浮いていた。かなり巨大な2D映像だ。

 

「うわ、高級そう……」

 

「リアさんがそれをいいますか? それより、まずは予選からですよね。どうするんでしょう」

 

 声をたてて笑いながらクオリが言った。

 もう出場者であるアシュレイは別に呼ばれた部屋へと移動していた。ところが、会場に彼はおろか、出場者は誰もいない。他にも疑問の声を上げているものはいた。だが、多くの観客は動じていない。むしろ慣れっこだった。特にファイザルに居を構えている民衆などは、2年ごとにやるこの武闘大会の席取りからなにから、もはやプロである。

 

『司会はわたくし、普段は冒険者ギルドファイザル支店受付を任されておりますモナ=イズリクス。解説はSランカー冒険者、カスパー=スパタでお送りします!』

 

『よろしく』

 

きゃあああーー!!!!!

カスパー様ぁぁぁ!!!!!

ひっこめこの野郎ぉぉおお!!!!!

すてきーー!!!!!

こっち向いてーー!!!!!

うぉおおお!!!!!

きゃあああーー!!!!!

 

 金髪碧眼の美青年が拡声魔道具を口元にもって片手を上げた途端、物凄い歓声が会場を包んだ。9割5分方女性観客の黄色い声だが。ちなみに残りの5分は太い声で叫ぶ独身の野郎共の大ブーイングである。

 

 いきなりの熱狂ぶりにびっくりしたクオリだったが、ユーゼリアもノリに乗ってきゃーきゃーはしゃぐので、じきに笑顔で一緒に歓声を上げていた。初めてのことばかりで、全部が新鮮だった。

 

 パッと画面が切り替わり、表が映し出された。

 

『武闘大会の日程をお知らせします。

 

 1日目、個人部門第一次予選、第二次予選。 チーム部門予選

 2日目、個人部門第一次本戦、二次本戦、

 3日目、チーム部門第一次本戦、第二次本戦

 4日目、チーム部門準決勝戦、決勝戦

 5日目、個人部門準決勝戦、決勝戦、表彰式

 

 この日程表は会場外の掲示板にも大きく載せてありますので、よろしければご覧下さい。個人配布は行っておりません。

 では早速、個人部門第一次予選を始めます!』

 

わあああああ!!!!!

 

『シード権保有者は計9名、ランクA-以上の冒険者とさせていただきます』

 

 司会モナの言葉に小首を傾げたクオリが、ユーゼリアに尋ねる。

 

「シード権?」

「今年は特に多いとはいえ、毎回100人を超える参加者がいるの。大会は5日間って決まってるし、というわけで、毎回武闘大会の一般参加は予選からあるわけ。でも予選は毎度毎度、気が遠くなるような1日がかりのものなのよ」

 

 歓声でユーゼリアの声がかき消されそうになるが、彼女はクオリの耳元で精一杯叫んだ。

 

「それで人数を絞ったらやっと本戦なの! で、シード権保有者っていうのはその予選をパスできる人達のこと! 与えられるのはAランカーとか、実力者だけだけどね!」 

 

『これから第一次予選のルール説明をさせていただきます!』

 

「3日目と4日目は3人でお祭りを回れそうですね。後でお金は入ってくるんですから、沢山いろんなもの買いましょうね!」

 

「アッシュが優勝するのが当然っていう風に取れるけど?」

 

『第64回武闘大会個人部門、第一次予選は、“兎狩り”!!』

 

「だって、アッシュさんですから」

 

 割れるような喝采の中、くすりと笑うとユーゼリアも頷き返した。

 

「確かに。アッシュが負けるとこなんて、想像できないわね。よし、奮発してレストランとか行きましょ!」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 懐中時計を持った男性が、スタッフに耳打ちする。スタッフは静かに頷くと、声を張り上げた。ざわめきが消える。

 

「開始時間になりました。これより個人部門第一次予選を始めさせていただきます」

 

 ところ変わってアシュレイ他個人部門出場選手たちは、現在森の入り口に集まっていた。後ろは草原、その向こう、あまり遠くないところにファイザルが見える。今ちょうど9回鐘が鳴り終わったところだった。

 

「今年度個人部門第一次予選は“兎狩り”です。

 ルールを説明させていただきます。この森と草原には半径3kmほどの円形の結界が張られています。強度はそれほどありません。破壊行為は失格とみなしますので、ご注意ください」

 

 スタッフの1人が何かぶつぶつ唱えると、魔道具を起動させた。

 

ヴン...

 

 明滅をいくらか繰り返すと、やがて淡い青に光る結界が展開される。

 スタッフ数人と選手達は、薄い結界で隔たれた。

 

「この結界の内側に、40匹のフェアラビットがいます。うち20匹は首に赤いリボンを、20匹は青いリボンをつけているので、すぐお分かりになるでしょう。

 第一次予選内容は、15回鐘がなるまでにフェアラビットを捕獲することです。剣、魔法、罠、なんでも有り。人から奪い取るのも有りですので、ウサギを捕まえたからと油断は禁物です。

 ただし、フェアラビットを殺してしまうと失格です。もちろん、選手の命に関わるような強力な攻撃も禁止となります。

 ここには計61名の選手が集められましたから、うまくいけば、半数以上第二次予選に通過することができます。頑張ってください。

 なお、結界内の様子は飛行型映像転送魔道具で会場に中継されています。壊したら弁償ですから、お気をつけて」

 

 そこで一旦言葉を切る。深く息を吸うと、腕を振り上げた。

 

「それでは、予選、開始!」

 

 

 

 

「フェアラビット…って、何でしたっけ?」

 

「高級食材の1つね。お肉が柔らかくて、筋もないし、調理方法次第でどんな料理にも合わせられるの。その上脂身も少なめで、女性にも人気なのよ。大きさは大体…これくらいかな」

 

 そう言って手のひらで表現する。野兎よりもふた回りくらい大きい。

 

「しかも、なんとCクラスの魔物に認定されているのよ」

 

「ええ!? それじゃあ意外と強いんですか?」

 

「違う違う。そうじゃなくて、フェアラビットの最大の特徴はとにかく逃げ足が速いことの。並のCクラス魔物より、ずっと速いらしいわ。しかも持久力もある程度あるし、駆け出しからトップスピードに乗るまでにほんの数秒もかからないらしいの。だからなかなか捕まらなくて、それで高級食材かつCクラスの魔物に認定されているわけよ。あ、あと、主な生息地はフェイ・ド・テルム帝国だからなかなか国にはいれないっていうのもあるけど」

 

「へぇ」

 

「多分、参加者の3分の2の数のフェアラビットを用意したのも、捕まえられない人がわらわら出てくるからだと思う。足切りとしては、まあよくあるわね。ちなみにあの兎、売ったら1羽で1万はくだらないわよ。多分生きてたら倍以上の額で売れるかも」

 

「いちまんっ!? 魔道書と同額ですか……」

 

 それを、たかが大会予選の為にひょいひょい用意するギルドの儲けっぷりはどれほどだろう。ついつい単価が高い魔道書で換算してしまうのは、魔道士の(さが)である。

 

「おまけにうさぎだからか聴覚もすごいっていうし。…んー! もう1回でいいからまたフェアラビットのハーブ包み焼き食べたいなぁ!」

 

「食べたことあるんですか!?」

 

「あー…まあね。何年も前に」

 

 そこでクオリも王宮時代のことと気づき、頷くに留めた。

 

「もし手に入ったら、リアさんお料理できます?」

 

「そうねぇ…流石にプロの味とは行かないけど、そこそこ行けると思うわよ? でも、なんで?」

 

 ふふーん、と意味深な笑みを浮かべるクオリを不審気に見やる。

 

「きっとアッシュさんなら野生のフェアラビットでも捕まえられますよ」

 

「ええ!? 流石に無理よ。そもそも個体数が少ないものだし、帝国は、ちょっと入りにくいから」

 

 そうこうしているうちに、画面の中の選手達は皆森の中に入って兎を探し始めていた。2人も目印になる黒髪を探すが、見当たらない。木々が密集していて視界が悪いというのもあった。

 

「大丈夫かしら…」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 連れが心配していることなどつゆ知らないアシュレイは今、木登りをしていた。背の高い松のような樹を器用にするすると登ってゆく。

 

(しかし、フェアラビットか……懐かしいな)

 

 実は彼、遣い魔時代に一時期フェアラビットの乱獲をしたことがあった。ノーアがその味覚にハマったのが原因である。彼女のマイブームに応える為、毎朝毎晩主産地であるフェイ・ド・テルムのとある森に足を運び、肥えた兎をかっさらっては持ち帰った。その際強者について回る魔物達を置きっぱなしにしてきたことについては、少し申し訳なく思っている。

 結局何が言いたいのかって、

 

(これくらい、俺にとっちゃあお茶の子さいさいってね)

 

 「よっ」と声を出して一番高い枝に飛び乗ると、下の森を見下ろした。この森に生える木は背の高い針葉樹より、横に伸びる広葉樹が多くを占める。他の木より数メートル上方の視界だが、おかげで目的のものはすぐに見つかった。

 

 パラパラとプロペラが回るような音がすると思ったら、横に映像転送魔道具が浮いていた。しっかり目が(相手に“目”はないが)合ってしまったのに少々の羞恥を覚える。

 

(ユリィと目が合ってたりしたら恥ずかしいな。…なんだか、よくわからないが)

 

 そのまま躊躇なく地面に飛び降りる。魔道具もしっかりその姿を追う。思ったより機敏な動きができるらしい。小枝を叩き折りつつ着地、と同時に前転して勢いを殺した。上からパラパラと葉が降り落ちる。

 

(こっちか)

 

 さっきみつけたものの方角は忘れずに、木の根で歩きにくい森をすたすたと歩き始めた。きちんと気配を殺しておくことも忘れない。

 

 

ジ―――…

 

 

 魔道具だけが、彼の後を追って森深くに消えていった。

 

 アシュレイの目的地へと向かうその後ろ姿は、分割された画面の片隅にしっかり表示されていた。ユーゼリアもクオリも当然見逃すはずもなく。アシュレイが危惧したとおり、ばっちり画面越しに目が合ったユーゼリアは、特に何も思うところはなかったが、突然木登りをするかと思いきやとんでもない高さから飛び降りるなど、何がしたいのか読めないアシュレイの行動を疑問に思ってはいた。

 

(何か探してたみたいだけど…でも何を?)

 

 そして食い入るように画面を見つめるのだった。

 

 

 

******

 

 

 

 目的地に着いたのは30分後、アシュレイはまた、湖のほとりの木の上でじっと息を潜ませていた。

 

 彼が探していたのは、それなりの大きさの池ないしは湖だった。正確には、そのほとりに群生するケミスという植物である。

 

 ケミスはフェアラビットの大好物なのだ。小さな黄色い花を咲かせるなんてこともない花だが、その特徴に“水気を好む”というものがあった。ゆえにアシュレイは高所から湖を探し、見事その場所を探しあてたという訳である。

 

 足の速いフェアラビット狩りは、こちらから追いかけるよりこうして気配を絶って上から襲いかかるほうが効率がよい。後ろから追いかけられるのに慣れている兎にとって、頭上からの攻撃は慣れていないのだ。おかげで行動が一瞬遅れる。

 ここまできたからには、あとは兎が来るのを待つのみである。幹に背を預け、大きな欠伸を1つ。

 ぼーっと空を見始めた。

 

 

 ふと気配を感じて目をあける。近くの茂みから白い何かが顔を覗かせていた。首もとにチラチラと赤い何かが光を反射している。あれが次の第二次予選への切符となるリボンなのだろう。

 

 太陽の位置から、まだ昼前だとわかる。3時間もしないでフェアラビットを穫れることに口角が吊り上がった。

 兎は周囲を一所懸命警戒しながらも、ケミスの群生地へジリジリ近づいていく。思わず尻を蹴っ飛ばしてやりたくなるほどの用心深さなのも、1000年前と何も変わらない。

 フェアラビットが湖に来てから待つこと実に半時間。アシュレイは漏れ出そうになる苛つきの気配を深呼吸でどうにかごまかしていた。ひさびさにこれをくらうと、やはり辛い。忍耐力を試されるどころの話ではない。3歩進んで2歩下がる、と思いきやたまに4歩下がることもある兎が本当は時速80km近い速さで走れるなど、誰が想像できるだろう。

 

 やっとアシュレイの真下まで寄ってきたフェアラビットは、もぐもぐとケミスの花を食べ始めた。ようやくありつけた食事だからか、周りへの警戒も薄れる。

 

(今か……)

 

 バッと枝から飛び降りると、間髪いれずに余り力を込めないようにしつつ兎の頭をはたいた。脳震盪をおこした兎はぱたっと倒れる。

 

「捕獲完了、と」

 

 フェアラビットの息を確認してやれやれと溜め息をついたアシュレイは、兎を抱えると森の入り口へと戻った。

 

 

 

******

 

 

 

 鮮やかな手際に、ユーゼリア達は感心すると共に小首を傾げた。

 

「よくフェアラビットがあの湖に来ると分かりましたね。帝国の国境の砦は獣人以外を国に入れることなんて滅多にないのに」

 

「ええ……やっぱり」

 

 ユーゼリアが顔を曇らせた。

 

(やっぱり、アッシュが記憶喪失なんて、嘘だわ)

 

「え?」

 

「あ、何でもないの」

 

 曖昧な笑みでごまかして、再びユーゼリアは画面の片隅をみつめた。さっきまでアシュレイが映っていたその場所は、今はもう他の選手を映し出している。

 

 今までなんども「変だな」と思ったことはあった。確かにギルドや五大国をなど、赤ん坊でも知っていることを知らないと言っていたときは記憶喪失といわれても頷けた。あれは嘘をついているようには見えなかったし、多分本当なのだろう。

 

(でも、有り得ないもの)

 

 大国の名前すら知らないくせに、なぜシュラが――魔の眷属のそれも第六世代のスレイプニルであるという正体を見破れたのか。エルフのクオリは事情がわかる。だが、彼は、違うはずなのだ。

 

 ほかにもある。普通、記憶喪失の人物は精神的に不安定になると聞いた。なのに、彼に至っては不安定どころか驚いた顔すら見たことが無いのではないか。いつもこちらを安心させるような微笑を浮かべている。

 

 上げればきりがないが、兎に角、五大国の名も忘れるような重度の記憶喪失者が、フェアラビットの捕獲方法など知っているわけがない。

 

 アシュレイは、記憶を失っているわけではない。

 

(でも、)

 

 大国の名を、数百年も昔からあるギルドの存在を知らないというのは、本当にみえた。しかしそれにしては彼の言動に矛盾が沢山あった。

 

(一体どういうこと……?)

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