シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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23話「第二次本戦」

『おはようございます! 本日も晴天、良い大会日和ですね! それでは武闘大会第二次本戦の幕開けです!!』

 

 連日あれだけ叫び続けてよく声が枯れないものだと、密かに感心しながら、アシュレイはフィールドに立っていた。隣と向かいには同じく整列した選手達がいる。アシュレイを入れて、選手は7人いた。

 どうやらこれ以降の試合の対戦相手は、くじで決めるようだった。平等を期す為らしい。

 

『それでは中央の筒の中に入っている金属の棒から、お好きな1本を抜いてください。順番は問いません』

 

 言葉が終わるとほぼ同時にくじに飛びつく影が1人。驚くほど俊敏だ。頭に三角形の何かがついている。

 

(ほう、獣人か)

 

 察するに、あれは狼人(ワーウルフ)とみた。彼の頭に生えているのは狼の耳、また尻から生えているのは狼の尻尾だった。斑な灰色の髪は硬そうで、身長は恐らく2メートルは超すだろう。人間の中では長身に入るアシュレイより、縦も横も一回り以上に大きい大男だった。

 獣人はその名の通り獣の特徴をもった人種で、一般的に皆基本身体能力が高い。狼人(ワーウルフ)も例に漏れず、戦闘に適した身体能力を持っている。

 獣人が住むのは南の大国フェイ・ド・テルムだが、そこの兵士の実に4割が狼人(ワーウルフ)である、といえば伝わるだろうか。

 狼男は真っ先にくじを引き、パッと元居た場所に戻った。他の選手達も続々とくじを引く。アシュレイは選手達を興味深そうに見ていた。

 

(狼人(ワーウルフ)にエルフ、彼女なんてまだ少女じゃないか)

 

 この場に不釣り合いな赤いドレスを着た少女は、年の頃13、4。ズンズンと歩み寄りくじを引くその姿は自分への自信に満ち溢れている。ユーゼリアに匹敵する魔力を保有し、かつそれを完璧に制御できているのは、流石だと思った。自信たっぷりなのも頷ける。

 また、その端正な顔と特徴的な長い耳を隠そうともしないエルフの青年にも興味をひかれた。

 金髪碧眼、身長はアシュレイ程でないものの長身で、一見ただの優男に見えるが、その身のこなしから、彼がただの魔道士ではなく軽装の下には鍛え上げられた肉体を秘めているであろうことは容易に想像できた。

 

(なんとも…ランクが上がると個性派な面々が集まるのかな)

 

 内心苦笑しながらアシュレイはくじを引く。彼で最後だったが、くじは1本余った。

 くじの先にはハートの印。

 

『はい、それでは説明をさせていただきます。試合は同じ印のくじを引いた者同士、順番はスペード、ダイヤ、クローバー、ハートの順で進みます!』

「ちょっと待ちなさい!」

 

 赤いドレスの少女だった。

 

「ここには7人しかいないのに、2人ずつ試合してたら誰か1人余っちゃうじゃない」

『はい、勿論心得ております。しかし、まずは戦う相手が誰かをはっきりさせましょう! まず、スペードを引いた方、一歩前に!』

 

 剣士とあの少女が出た。その瞬間、少女の瞳に勝利を確信する者の光が灯る。

 彼はどうやらシード組ではなくアシュレイと同じ予選通過者のようであった。つまりランクは最高でもB+。

 

(なる程、つまりシード権を持っている3人が表彰台を総なめにするわけだ。……例年通りなら)

 

 ピコン、と画面に顔写真とランク、年齢その他が現れる。

 

『B+大剣使いノーク・アポストロム選手! Aランク炎魔道士【赤の女王】アディアンヌ・オーケストラ選手!』

 

わあああああ!!!!

 

『続いてダイヤ!! B+水魔道士アイン・シティ選手! B+細剣使いアベル・カヴァエリ選手!

 次にクローバー!! …おや、“当たり”を引いたのはAランク双剣士【魔法剣士】フラウ・クレイオ・エウテルペ選手! 相手選手がいない為、セカンドシード権獲得で、この時点で既に準決勝進出確定です!

 最後にハート!! Aランク拳闘士【狼王】ロボ・グレイハーゲン選手! Fランク剣士アシュレイ・ナヴュラ選手!』

 

 どうやら余ったのはエルフの青年のようだった。

 “当たり”を引いた本人は「お、ラッキー」など言いながら、観客席で黄色い声をあげる女性達に手を振っている。

 その腰には、2ふりの片手剣。

 

(一見ただの軽い優男に見えるが……強いな)

 

 流石にA系ランカーの集められた一次本戦を勝ち抜いただけのことはある。

 アシュレイと戦う狼人(ワーウルフ)も、既に獲物を狙うようなギラギラした目で彼のことを睨んでいる。

 

(好戦的な野生児か…実にイイね)

 

 僅かに殺気を込めた目で睨み返してやると、ニタァっと野蛮に笑った。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 結論から言うと、Aランカーは圧倒的だった。

 初戦のB+槍使いノーク対A炎魔道士アディアンヌ。近接職と遠距離職だから、いくらB+とAとはいえ多少はノークも奮闘するかと思えば。

 

「一瞬で終わらせてやろう。≪三重展開(トライ)≫【最後の日の業火】」

 

 火属性最上級魔法の三重展開(トライ)一発。否、“一発”というには、語弊がある。正確には“三発”だ。

 ≪三重展開(トライ)≫。高等技術である≪二重展開(バイ)≫の更に上をいく魔法展開法で、1つの詠唱で3発を一気に発動させるものだ。当然放つ魔法3回分の魔力を消費し、かつそれに比例した技術相応の魔力も消費される。

 強力だが使用魔力も大きく身体に負担がかかる技術である。 しかもこの場合発動させたのは火属性最上級魔法。下手をすれば魔力の過剰消費で倒れかねない。そもそも並みの人間が持っている全てを振り絞ってもまだ足りぬ程の魔力を使用するのが最上級魔法である。それを3つ+α、かつ無詠唱なのだから、その難易度たるや、想像に難くない。

 もっとも、降参する間もなく倒れ臥したノークをせせら笑う余裕があるのがAランカーたる証ではあるが。

 まったく、こんな一言で最上級魔法を連発するような化け物(アシュレイ自身他人(ひと)のことは言えないが)が3人も4人も集まった第一次予選では、よく会場が壊れなかったものだと、密かにアシュレイは感心した。

 実際のところ、大会では戦術級魔法は使用禁止、最上級魔法に関しては事前報告をしたもののみ使用可というルールがある。報告をうけて事前に魔法障壁の属性耐性を偏らせるのだ。

 初戦の魔法障壁は火属性に強い赤い色になっていたのも、それの影響だ。

 報告は大会側のスタッフが尋ねてくるのだが、アシュレイを根っからの剣士とばかり思っている彼ら(クオリが参加届に魔法は使用しないと書いたせい)がアシュレイには見向きもしなかった為、彼がそれについて知る由もない。

 

 続く試合はB+ランカー同士。それも近接職対遠距離職と、初戦と同じ組み合わせであったが、それでも先のアディアンヌは別格なのだと思う試合内容だった。

 水魔道士アインはひたすら無詠唱を連射していた。その間に最上級魔法の詠唱をしようという魂胆であるが、その無詠唱魔法がことごとく下級、最下級のものだった為、結局剣士アベルに押し切られる形の結果となった。

 そして最後、【狼王】の渾名を持つ拳闘士ロボ対、正体不明のFランカーアシュレイの試合。

 観客としてはこれほど一方的になるだろう試合はなかったのだが、意外なことに――ユーゼリアとクオリにとっては期待通りだが――なんと、Fランカーであるはずのアシュレイが予想外の奮闘を見せていた。

 

「ワオォ―――ォォン――!!! いいぞいいぞ! なんだ、弱ぇと思ったら実は強ぇじゃねえか! 楽しくなってきた!!」

「うるさい、遠吠えするな」

「がははははは!! 悪ぃな! つい嬉しくなっちまった! ワオォ―――ォォン――!!!」

「だから、うるさいっつの!」

 

 試合開始から随分長い間、互いに動かないと思えば、今度はずっとこの調子である。

 これだけを聞くと、2人が並んで談笑しているようなのどかな情景が思い浮かぶが、実際そんなことは断じてない。

 この応酬の間には絶え間ない金属音が鳴り響いている。

 ロボのナックルとアシュレイの剣のぶつかり合う音である。 当然ロボはAランカーであるから、その動きも速さも人間離れしたものだ。実際、観客の半数はその拳を目で追えていない。流石というに相応しいだろう。

 

『しかし、真に誉めるべきはアシュレイ選手です』

『どういうことです?』

『考えてもみてください。ロボ選手は素手にナックル。アシュレイ選手は長剣。さてここで質問だ。リーチが長いのは明らかに長剣。なら試合はアシュレイ選手有利か?』

『え? …違うんですか?』

『答えは否。むしろロボ選手の方が大いに有利だ』

 首を傾けるモナに、カスパーが興奮を抑えきれないというように言った。

『長いものはリーチがある分遠くの敵に届く。ただ遅い(・・)のですよ、長ければ長いほどね。特に、懐に潜り込まれたら圧倒的に不利だ。それに比べてナックルは素早い連撃で攻めるのが特徴だ。しかもAランカーのそれを、見事に押さえ込んでる。実に見事! とんでもないルーキーですよ、これは! 彼は将来大物になるでしょうねえ!』

 

 カエンヌの賞賛に、ほうほうと頷いたモナが『凄いですねえ』と感嘆した。

 ひたすら剣と拳の応酬だったのが、変化し始めた。にやにや笑いを引っ込めたロボが、今度は蹴り技まで攻撃に入れ始めたのである。

 

『これは厄介だ』

『あの速い拳の他にキックにまで気を配らないといけませんね』

『そうですね。なにせ足技は威力が拳の倍以上ですから』

 

 先ほどよりも動きが大きくなり、観客も盛り上がってきた。

 

ブンッ

 

「ッらぁ!!」

 

 風を切る音と共に視界の外から来た回し蹴りを、半歩身を引いて避ける。ほぼ同時に剣を振り上げるがロボは流石と言わざるをえない跳躍でそれを回避した。

 

「チッ」

 

 後退した時の追い討ちとして構えていた振り払いは止め、上空に向かって突きを出す。

 

「当たるか、よっと」

 

ギンッ

 

 わっと観客が沸いた。ロボはあの状況からもう一回転することで滞空時間を伸ばし、アシュレイの突きを避けたのだ。

 

「軽業師か、お前は」

 

 舌打ちしつつもやや呆れ顔であるアシュレイの間合いより、拳1つ分空けた地へ着地したロボは、へへっと笑いながら鼻の下を拭った。

 アシュレイは溜め息を零しつつ剣を握る右手をぶらぶらと振った。真上に跳んだロボが間合いの外まで後退したのは、彼の剣先をナックル部分で押し返したからだ。

 

(“押し返す”なんて、生易しいものじゃないな)

 

 勢いよく突き出した剣にタイミングを合わせて拳を出された。剣が割れるかと思ったのは、嘘ではない。

 ぽんぽんと剣の腹を手のひらで叩き、状態を確認。ロボも肩をバキバキ鳴らし、気合いを入れ直した。

 

「ったく、このあとまだまだ試合があるのに…」

「悪ぃな! 安心しろ、俺がお前の代わりに優勝してやるからよ!」

「それはそれは――」

 

 キラリとアシュレイの黒の眸が光った。

 

「――大層な自信だことで!」

「ッ!?」

 

 赤い血が空に舞う。

 ロボの細い目が見開かれた。 アシュレイが一瞬で近づきロボの両腕に浅くない傷をつけたのだ。

 

(危ねぇ…)

 

 獣人の第六感で咄嗟に腕を犠牲にしたが、もし間に合わなかったら、

 

(俺の首が飛んでいた)

 

 ロボの前に立ち挑発的な笑みを浮かべているアシュレイを見やる。一見隙だらけのように見えるが、見る者が見れば、そんな隙など欠片も無いことが分かる。試合開始直後もそうだった。どこから攻めれば落とせるのか皆目見当もつかない。しばらく動きがなかったのはその為だ。

 ダラダラと滴る血を長い舌で舐めると、ロボはニヤリと笑った。くじを引いたあと、アシュレイに向けたあの好戦的な、野性的な笑みだ。

 

「……楽しめそうだぜ」

 

わああああっ

 

 会場が再び沸いた。アシュレイがロボに一撃を見舞ったのだ。血が染みた砂が赤黒く変色する。

 

『なんと! Fランカーアシュレイ選手が、Aランカー【狼王】ロボ選手に深手を負わせました!』

『結構な出血量です。拳闘士特有の軽装が裏目に出ましたね…』

『これは降参してもおかしくありませんよ!!?』

 

 まさかの展開に、モナが身を乗り出して絶叫した。

 だが、ロボは降参する気などさらさらないようだった。自らの血をベロリと舐めると、暫しその味を堪能してから言った。

 

「……楽しめそうだぜ」

『お――っと!? この言葉はつまり、降参はしないということでしょうか!?』

「ったりめぇだ。誰がこんな面白い戦いを止めるかよ。これっぽっちの傷で!」

 

 叫ぶやいなや、再び地を蹴り負傷しているとは思えないスピードでアシュレイに肉迫した。

 

「うらうらうらうらァ!」

 

 全身全霊で解き放たれる、岩をも砕く威力をもつナックルを、アシュレイは避けに避けた。

 首をひねり、腕を曲げ、その場で横に一回転。先のリーメイとの戦いのようにバク転して回避すると同時にサマーソルトでロボの顎を砕きにかかる。

 

「チィッ! ちょこまかと!!」

 

 ロボが苛立ちを露わにするが、対するアシュレイは涼しい顔である。サマーソルトがかわされても、眉一つ動かさない。

 

「ほら、どうした? 動きが鈍くなってきてるぞ」

 

 明らかに挑発と分かる言葉が彼の口から漏れた。

 

「うるせェ!!」

 

 回し蹴り。だが、それはアシュレイに当てようとしたものでは無く、彼と距離を空けようとして繰り出した代物だった。

 

「ハッ…ハッ…ハッ…」

 

 鋭い光を浮かべる目はこちらを油断なく睨みつけているが、その身は明らかに疲労している。ロボが膝を付くのは時間の問題に見えた。

 

(……ここまでか)

 

 気を緩め、アシュレイが最後の一撃を振りかぶったとき。

 

「ッ!!」

 

 観客は何が起きたか分からなかった。モナもきょとんとしたままフィールドを見下ろしている。

 端から見れば、アシュレイが剣を振りかぶった直後、突然彼が後ろに吹き飛んだように見えるだろう。間違いではなかった。

 

ズザザザザザ!

 

「アッシュ!!」

 

 血相を変えてユーゼリアが叫ぶ。観客もどうしたのかとざわつき始めた。

 砂埃を纏ったアシュレイは、フィールドギリギリで踏みとどまった。長剣を地面に刺し、勢いを殺したようだ。

 

「チッ……」

 

 舌打ちすると、ペッと血を吐いた。大した量ではないから、口内を切ったのだろう。

 

(俺としたことが……油断したな)

『こ、これは野獣化! 獣人族の奥の手です!! とうとう【狼王】が本気になりましたあああ!!!』

 

 モナが絶叫する。カエンヌが冷静な声で説明した。

 

『本能に身を任せることで体の無意識のリミッターを外す、獣人だけがもつ特有の業“野獣化”は、正に狂戦士(バーサーカー)といえる荒々しさです』

 

 獣人の戦士は皆近接戦闘の達人だが、中でも狼人(ワーウルフ)は強い。強靭な筋肉はあらゆる武器の威力を底上げし、またそれだけで堅い鎧となって身を守る。それだけならず鼻も利くし、爪も牙も一級品だ。それが野獣化すると、筋肉が限界を超えて稼働し、更なる瞬発力と怪力を生み出すのだ。欠点といえば、本人の意識が朦朧としており、ただ自分以外の全て――味方すらも区別がつかない――を破壊するか、体力が尽きて倒れるまで暴れまわることと、翌日激しい筋肉痛に起き上がれなくなること。ひどい時には死に至ることもある両刃の剣であるが、

 

「ゥヲヲヲ――――ォォンン――!!!!!」

『…非常に、強力です。ここからは小さなミス1つで結果が分かれることもあるでしょう。集中して挑みたいですね』

 

 先ほどとは比べ物にならない殺気、威嚇を秘めた遠吠えが会場に響き渡る。砂埃が落ち着くと、中から姿を現したのは、両手両足を地につけた四つ足の獣。

 

「ガルルルルルル……」

 

 目はギラギラと光り、あとからあとから零れる涎は、目の前の獲物を餌としか見ていないのを雄弁に語っている。

 姿形は何時もと同じなのに、纏う雰囲気は明らかに“狂気”だった。

 

『野獣化した獣人は、個人にも寄りますが、およそ現在のランク+1の力とみていいでしょう。現在【狼王】はAランカー。つまり、2ランク上げると理論上Sランカーと同じ力と言えます。あくまで、“力”ですが……』

 

 意味深に締めくくったカスパーの説明を、だが誰も気にとめない。観客は皆、食い入るように舞台を見つめていた。

 2人は動かない。アシュレイは注意深くロボの一挙手一投足を見逃すまいと見つめ、ロボはアシュレイのどこが美味いか狙いを定めていた。

 

ゴクリ...

 

 誰かが唾を嚥下する音が聞こえる。心臓の鼓動すらうるさいと感じる。

 ふっと、アシュレイが吐息した。

 

「グワアアアアッ!!」

 

 直後、ロボが宙に躍り出た。さっきまでとは比べ物にならない速さだ。その牙は真っ直ぐに、アシュレイの喉元へ。

 

「クッ」

 

 アシュレイの口から声が、声とも呼べない音がでた。余りの速さに避けることもできないのか。これから来るだろう痛みに耐える声なのか。

 

 ――否。

 

 アシュレイの唇は、弧を描いていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 今度こそアシュレイは一巻の終わりだと、誰もが思った。彼が高位の魔道士ならあるいは、と思っても、もう遅い。彼は魔法の使えない剣士なのだ。

 獣人は近接戦闘では滅法強いものの、総じて魔法に弱いという弱点を持っている。彼らと戦い勝つには、魔法が使えないと話にならない。むしろ、Aランクの獣人相手によく剣技だけでここまで保ったと誉めるべきである。

 

 痛い思いをする前に、早く降参をすればいい――

 

 ところが、アシュレイの両手はだらんとぶら下がったまま。そこでようやく観客も気づいた。

 アシュレイの口角が、吊り上がっている。

 

「…気でも狂ったか?」

 

 誰かがつぶやいた声は、静かな場内に響く。それに反する声が、また響いた。落ち着いた女性らしい美しい声は、濃茶のローブをすっぽりと被っている人物の声だった。隣には長い銀髪の少女が、手を組んでじっと舞台を見つめている。

 

「……いいえ、違います。アッシュさんは、勝つつもりです。いえ、勝てます。勝ちます、彼なら」

 

 絶対絶命の選手の勝利を確信している女性の声に、近くにいた観客は顔を見合わせた。

 

「勝って、また飄々と笑いながら帰ってくるんでしょう?」

 

 女性――クオリはそっと呟いた。その声を聞き取った者はいない。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 向かってくるロボの牙。野獣化した今、彼の武器は両手両足に加え、牙と爪も脅威になっていた。

 

「……ッ」

 

 ロボが地を蹴ると同時に横に飛んだ。

 

(場外に出て失格、とは流石にいかないか)

 

 手足の爪がアシュレイの長剣の役目を果たし、地面には5本線の傷跡が4つできたのみだ。

 避けても避けても弾んだボールのようにポンポンついてくるロボに、また内心ため息をつく。

 

(最近ため息ばっかりついてるなぁ。……幸せが逃げてるかな…)

 

 彼の心中を読める者がいれば、「なんて呑気な」と唖然とするだろう。

 アシュレイは無表情を崩すことなく、ロボの猛攻を防いでいた。流石の彼も全てをよけるのはきついのか、最初よりも剣で受け流す回数が増えている。

 

「頑張れーー!!」

 

 観客席の誰かが叫んだ。子どもの声だ。それに続いて複数の子どもの声援が、皆固唾を飲んで見下ろしている会場に広がった。

 

頑張れー!!

ナヴュラーー!!

Aランカーをぶっ倒せーー!!

 

「ふっ」

 

ガギンッ

 

 剣と牙が真っ向から鍔迫り合いになった。

 

「こんな俺が、子どもに応援されるなんて、な!」

 

ギギ...ギ...ザンッ!

ワアアアアアア!!!!

 

『なんと!! 獣人との力勝負に、アシュレイ選手が勝ちました!! 信じられません! なんという馬鹿力! あの細腕のどこにあんな力が隠されているのか!?』

 

ドンッ!

 

 薙払った勢いをそのままに左足を軸に一回転。渾身の回し蹴りを力負けしてのけぞったロボに叩きつける。位置は胸元。

 

ボキボキッ

キャンッッ!!

 

 確かな手応えと共に、ロボが凄まじい勢いでふっ飛んだ。1回、2回と地面を跳ね、何とか舞台のギリギリで止まる。悪運の強い男だ。

 追い討ちはしなかった。流石に疲れたか、息を乱したアシュレイは剣を肩に担ぐと、

 

「よう…目は覚めたか?」

「う…ぐ……げほっ」

 

 うつ伏せで上体を起こし、ガハッと血を吐いたロボからは、先ほどの狂気が鳴りを潜めていた。体が限界だったのだ。

 ぜえぜえと荒い息を吐いては、口元の血を拭う。舞台の数メートルの端にいるのを自覚すると、ハッと笑った。

 

「てめえ……化け物か」

「さっきまで化け物も逃げ出すような形相だった奴に、言われたくはないな」

「へっ…違ぇねえ」

 

 大の字に寝転がり、1つ大きな深呼吸すると、すらりと立ち上がった。肩を回してバキバキと鳴らすと、またあの好戦的な笑みを浮かべる。今回は、獲物を見る目ではない。好敵手と認めた相手を見る、眼だ。

 

「待っててくれてありがとよ」

「問題ない。次で決めるぞ」

 

 アシュレイも剣を再び鞘に戻し、軽く手首を振ると、柄を握り直した。腰を落とし半身を引いて、いつでも飛び出せる準備をする。

 

「オレの獣化を力業で解いた奴ァ、お前で4人目だ。誇れよ、お前は強ぇ」

「それは光栄だな。因みにその3人は?」

「ハッ! 最初にお袋、次に嫁、最後は――」

 

ダンッ!!

 

 ふたりの足元が爆発した。

 煙が収まると、人影が2つ、互いに背を向き合っている。ひとつは拳を前に突き出し、ひとつは剣を振り切っていた。

 

...チン

 

 剣を鞘に収めた音がした。

 

「なかなか血肉沸き踊るいい試合だったよ。――【狼王】」

 

 バタリとロボが倒れる。既に意識はない。即座に医療魔道士がぞろぞろ舞台に上ってきた。

 アシュレイも自力で歩いてだが医務室へ向かった。彼も無傷ではない、どころか、傷だらけだ。安物のコートはAランカーとのぶつかり合いで既にボロボロだった。

 

『この試合、誰が予想したでしょうか!! 勝者はFランカー剣士、アシュレイ=ナヴュラアアアアアア!!!!!』

 

ワアアアアアアアアア!!!!!!

 

 前代未聞、新進のFランカー冒険者が決勝進出を果たした。




*** お知らせ ***
ここまで拙作にお付き合いいただきましてありがとうございます。
実は、作者jonah、受験生になりました…泣きたい……
詳しくは活動報告に詳しく(私情もいろいろ挟みつつ)記しました…
よろしければご覧下さい。
停滞中に今までの物語も加筆修正するかもしれません。それもまた次話、前書きなりあとがきなりにてご連絡いたしますので、お待ちください。
それでは、また次話。更新した時にお会いいたしましょう。

2013.8.16
jonah
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