あんまりダラダラ言うのも何ですし、ご存知の方もいるかと思いますが、一応簡潔に報告だけさせていただきます。
jonah、浪人しましたー……
4月から平日はがっつり朝6時起床夜9時帰宅(時には10時半)という、すでにリーマンに片足突っ込んだような生活です………いや、まあ、仕方ないけどね? 数十年この生活続けてる父をちょっと尊敬しました。世のお父様お母様方って、すごい!!!
ああ、ついつい要らないことを書いてしまった。
ええと、つまりまだ更新速度は上がりません。申し訳ありません。
因みになぜこれは書けたのかというと、後半が2章の中で2番目くらいに描きたかったシーンだから(聞いてない
「えー、ごほん。それでは、アッシュの準決勝進出を祝って! 乾杯!」
Cheers!
グラスの当たる涼やかな音と共に、一行の笑顔がはじけた。
「それにしても、大した怪我が無くて良かったわ。ま、アッシュのことだし、どうせ心配するだけ無駄な労力だったかしら」
「ふふ。ロボさんが獣化した時に血相変えて叫んでいたの、誰でしたっけ?」
「ちょ、クオリ!! わ、私は明日の準決に支障を来したら大変だから、それがちょっと気になっただけで、だから、私は――!」
「はいはい。そういうことにしておきましょうか」
「クオリぃ~!」
いつになく情けない声で叫ぶユーゼリア。その頬が赤いのは、果たして手に持っている
甘味の強い酒をちびちび口に入れていた銀髪の少女は、今日一番の功労者と目が合わないよう音を立ててグラスを置くや、その白い腕をすっとあげてボーイを呼んだ。
「ハニーエールをジョッキでもう1杯、あとアボカドとツナのチーズ焼きと、イカとネギのバター醤油炒めと、手羽先のピリ辛照り焼き!」
「……そんなに食えるのか」
「いーの! 余ったら手伝ってもらうから!」
グイッと残りの酒を飲み干して、だんだん据わってきた目でアシュレイをにらむ。
誰に、なんて尋ねても詮無きことだろう。言わずもがな、この場合手伝って“あげる”人物は、彼の他にない。
追加オーダーを出した時点ですでに6人掛けテーブル一杯に乗っている料理を見下ろして、アシュレイは恨めし気にクオリを見た。日頃の優雅さをどこへ追いやったとばかりにガツガツとかきこむユーゼリアへ、「沢山食べますねぇ、お金は大丈夫ですか?」などと呑気に聞いている。白々しい。
「そういえばアッシュさん、腕は治りましたか?」
「…ああ、もう完璧。他の傷も完全に塞がってるし、流石に一流の魔道士を置いているものだな」
【狼王】の名を
「ふふー、お医者さまびっくりしてたわよねぇ。『【おおかみおう】とたたかってこれだけの傷ですんだなんて!』って!」
だいぶ酔いが回ってきたユーゼリアが、その鈴の鳴るような声を精一杯低くして真似をする。全然似てはいないが、クオリが便乗しておだてたのが功を奏したというべきか、どんどん饒舌になっていった。
今彼らが席についているのと同じようなテーブルが20個近く、加えてカウンター席まで客で一杯になった料理店では、ひっきりなしに笑い声、怒鳴り声、ガラスの鳴る音や、酔っぱらいの歌であふれる。この時期の話題は武闘大会一色だ。今日の試合の誰それがどうだっただの、賭けの結果はどう出るに違い無いだの。
常人より耳の良いアシュレイもはじめはこの喧騒に耳が潰れるかと思ったが、慣れてしまえばまあ我慢できないことも無い。
「あしたとあさってはチーム戦をかんせんして~、そうしたらもう次かぁー! 早いわねぇ~……うふふふふ!」
「あら、リアさん、なんだか嬉しそうですねえ。どうかしましたか~?」
「だぁって、3日後にはもう準けっしょうでしょう? そうしたら次の日にはもうけっしょうなんだからぁ! うふふふふ、そうしたら1000万リールと……」
「299万……うふふふふ~!」
「「うふふふふふふふ…」」
捕らぬ狸のなんとやら、と最早呆れを交えつつアシュレイが2人の不気味な笑いを聞き流していると、不意に耳に心地よいテノールが響いた。
「楽しそうなお話をしているね、お嬢さん方。僕も混ぜてくれませんか?」
「だぁれ? あなた」
とろんと濡れた
「申し遅れてすまない。僕はフラウ・クレイオ・エウテルペ。貴女の楽しそうな笑い声につられて声をかけてしまったのです。お名前をいただけませんか、美しい人」
流石エルフとしか言いようのない美貌でそのような歯の浮くセリフを言われれば、どんな女性だって悪い気はしない。普段そういった言葉は歯牙にもかけないユーゼリアも、酒の力もあってか「あらやだー」と瞳を輝かせていた。
「彼女に何か用でもあるのか」
「お前には言ってない。僕がお話してるのはこのお嬢さんだ。黙っていたまえ」
なんとなく気に入らないアシュレイが割って入ると、同じ人物から発せられた声とは思えないほど冷たい声が青年――フラウから発せられる。
あまりの言い草にカチンと来たアシュレイが拳をプルプルさせつつ耐えているのを尻目に、再びフラウが同じ質問を繰り返す。
「ユーゼリアよ」
「凛とした響き、清廉な貴女に相応しい名だ。どうぞお見知り置きを、レディ」
「ねえアッシュきいた? “せいれん”だってー!」
「……良かったな」
「うんー! えへへ」
頬に照り焼きのタレをつけたまま嬉しそうに笑うユーゼリア。いつもは大人びて見せている彼女の、珍しく年相応な反応に、アシュレイはむかつく青年のことも全てどうでもよくなってきてしまった。彼女が楽しいなら、まあ、いいか。
「なんかお腹いっぱいになっちゃったー…。アッシュ、ごめーん……」
だから案の定、頼んだ料理の半分を手伝う破目になっても、やれやれと溜息をつきつつ、この穏やかな日常に静かに笑みをうかべるのだ。
「………フラ、ウ…?」
今まで黙っていたクオリが、絞り出すように青年の名を呼んだ。その目は信じられないものを目にするかのように見開かれている。
そういえば、とアシュレイも手羽先を噛み千切りながら頭の片隅で思い出す。このナンパ小僧(意図せずとも1000歳を超えてしまった彼にとっては、相手がエルフだろうと“小僧”同然である)は、ユーゼリアにはちょっかいを出してきた癖に、彼女と同じかそれ以上に目立つであろう同族のクオリには一言も話しかけなかったな、と。
「うん、そうだよ。久しぶり。50年ぶりかな? …クオリ」
ふわりと浮かんだその笑みは、今までユーゼリアに向けたものとも、武闘大会で浮かべていた笑顔とも異なる、優しく自然なもので。
「フラウ……!! 会いたかった……!!」
クオリの固まっていた黄金色の瞳から、大粒の涙がこぼれた。
******
結局ハニーエール2杯半で酔い潰れたユーゼリアの代わりに、フラウがすべての代金を支払い、実に胡散臭い笑顔でアシュレイとユーゼリアを追い払った。曰く、50年ぶりに再会した幼馴染と積もる話があるらしい。
『半世紀も会えなかった
なぜか込められた敵意の言い回しにアシュレイとて癪に障らないでもないが、ここでいちいち腹を立てていても大人気ないと、おとなしく先に宿へ帰ることにした。妙に“旧友”を強調するようなアクセントに、内心首を傾けつつ。
『クオリが今晩帰らなくても、心配することはないよ。まさかとは思うけど、僕の
四肢を投げ出して爆睡しているユーゼリアを背負った時耳打ちされた言葉を思い出し、やはりあの小僧、試合で会ったら叩きのめしてくれると心に誓った。
どうもあの子憎らしい言葉の数々が、いちいち彼の旧知の人物に似ているのがイラつく。
「んぅ……」
微醺を帯びた頬に、ひんやりとした夜風が心地よい。
アシュレイは背中にすり寄る少女をおろし、上着をそっと背中にかける。完全に力が抜けている人間は、まだ少女の域を出ないユーゼリアであってもそれなりに荷重を感じるが、彼はものともせずにひょいと抱き上げた。
(……荷重、なんて考えたらまた引っ叩かれるかな)
以前、クオリと2度目に会った町で
「……」
ふと、アシュレイの足のリズムが崩れた。後ろを振り返り、静かに一点を見つめる。
バサバサッ
カラスが飛び立った。闇に紛れる羽音を目で追いかけ――踵を返す。
あくびを隠そうともせず迎えた宿の女将から、女性陣の部屋の鍵を渡してもらう。背中のユーゼリアを見た彼女は「あらま!」と口に手を当ててから、少し非難の籠った目でアシュレイを見た。……気のせいかどこか瞳に輝きが見える気がするのは、彼の見間違いだろう。
「ダメじゃないか、女の子をこんなべろんべろんに酔わせちゃあ! お兄さん部屋で一体何するつもりだったんだい?」
「……は?」
「けしからん、ウチは壁が薄いんだ。そういうコトは他の宿を当たって――」
「ああああいや女将! あのですね、俺はただこの子を寝かせに行かせるだけですから! 普通に!」
一体何考えてんだこの
頭の中で叫びながら、ひきつった笑みと共に彼女の追随を振り切る。
だから疲れるのだ、あの女将との会話は。すでに会話と呼べるのかも危ういが、兎に角彼女のいじりは性質が悪い。それほど喋る
「…おや、もう戻ってきたのかい。……つまらん」
最後の方にボソッと聞こえた一言は聞こえないことにしておく。普通の人間なら確かに聞こえない音量であったから、問題ない。
クオリが帰ってきたらまた鍵を渡してやって欲しいと目を合わせないようにしながら一方的に頼み、再び扉を開ける。と、後ろから少し慌てた風に声をかけられた。その声には純粋に心配が伺える。振り返れば、自分の肩にかけていたストールを手にした女将が居た。
「お兄さん、また外へ行くのかい? その格好じゃ寒いだろう。何か掛けるものでも……」
「大丈夫ですよ。すぐ戻りますし、そんなにヤワじゃないんでね。寧ろ貴女の方が夜通し玄関口にいるんですから、温かくしていてください。それでは」
まだ少し不満そうな彼女に会釈を残し、外へ出る。向かうのは、街の喧騒とは反対方面。宿や料理店の立ち並ぶ表通りから住宅街へつながる小路を一本抜ければ、そこは夜らしい静寂と闇が広がっていた。
そのことに知らずほっと息をついて、確かな足取りで路地を進みはじめた。迷いなく正面を向き、右へ、左へ、また左へ、そして右へ。
時間にすると10分も経っていないだろう。薄暗い路地を抜け出た先は、大きな月が浮かんでいた。
「……お前か。散々俺を追い掛け回してくれたのは」
ぽつりと落とした言葉に、答える声は無い。溜息をついたアシュレイは、もう少し大きい声で姿無き者へと語りかける。
「おい、さっさと出てこないか。そこにいるんだろう、何を隠れている? ……それとも、俺に用があると思ったのは気のせいだったかな。ただの忍びか? だったら悪かった。お前を別にどうこうする気は無いから、安心しろ。―――ただ、人間に手出しはするな。…早くお前の在るべき場所へ、帰るといい」
それだけ言って街へ足を向けた男を追いかけるように、細い声がその背に届いた。
「…………ぬ…」
「ん?」
「…信じぬ……、…私は…信じぬぞ……!」
振り返れば、大きく丸い月を背に立つ、黒いシルクのナイトドレスを纏った妖艶な美女が立っていた。逆光でもわかる、そのややつり気味の赤い目は、渦巻く魔力と憎悪を乗せてアシュレイを睨み付けていた。
「……ほう、これはこれは。あの化け烏がこんな美女だったとは、驚いた」
「黙れッ! 貴様に云われると虫唾が走るッ」
思ったことを述べてみただけなのだが、ここまで小気味良いほどのつれなさだと、むしろ笑いがこみあげてくる。それがますます神経を逆撫でしたようで、瞳の鋭さがまた一段と増した。
(はて、彼女とは初対面だと思うが……。こんなに憎まれている様子とは、さては何処かで会ったことでもあったのかな)
見たところ女はまだ若い。100年も生きてはいないだろう。50年、せいぜい60年といったところか。
「では、今一度尋ねようか――」
魔獣にとっての60年とは、まだまだ青二才もいいところである。特にこの女のような――
「――我が
――高位の【魔の眷属】にとっては、瞬きをするように十年が過ぎるのだから。
ここ千年間【狭間】の空間にいたはずのアシュレイとは面識が無いはずだが。
訝しがる彼の言葉を聞き流し、頭の天辺からつま先まで嘗めるように見た美女は、鮮血色の紅をのせた厚い唇を、わなわなと震わせた。
「信じるものか……! 貴様が…貴様のような男が、ノーア様の寵を得ていたなと……!!」
目を見開く。“ノーア”。その言葉だけですべてが繋がった。
ああ、そうか、彼女は。
「……お前は…ノーア様の、遣い魔か…」
千年も昔。彼にとってはまだほんの少ししか時が経っていないような気もする。
ちゃんと朝食は召し上がっているだろうか。またご友人ルー=ス=ルー様とお戯れになって、新しい渓谷などをお造りになられてはいないだろうか。
世界の絶対者たる魔人が“死ぬ”ことはそうそうあり得ないのは百も承知だが、それでも、あのお方が確かに
「そうか……。ノーア様は、御壮健でいらっしゃるか? また子供っぽいわがままなどおっしゃって、そなたを走らせておられるのではないか? …いや、きっとそうなんだろうな。大方、あの方のことだ、俺が【狭間】から出たと知って『面白いから連れてこい』とでも命じられたんじゃないか?」
「黙れ!! 貴様如きが…ノーア様を知った風な口で云うな!!」
(なるほど、図星か)
さて困った。どううやってこれを断ろうか。
【狭間】から出たばかりの頃ならいざ知らず、あれから数か月が過ぎた今、アシュレイは、この下界のことが大層気に入っていた。
アシュレイやノーアが片手を動かすだけで殺せるような、弱き者が暮らす世界。しかし、かれらは身を寄せ合い、互いに助け合うことで、実にたくましくこの過酷な環境を生き抜いてきたのだ。
戦に負け、家族も友も、住む場所も、すべてを奪われたまだ十八の少女が、顔を上げ、前を向き、笑う世界を見た。
父の命と百の同族の命運を引き換えに逃げ延びた、怯え隠れるばかりだったエルフが、自分の足で立ち上がり、勇気をもってフードを脱いだ瞬間の震えを見た。
彼女たちのあの細い身体はあんなに非力であるのに、一体どこからそんな力強さが生まれるのだろう。人並みよりはるかに重い過去を背負いながらも、その
少女らの歩む世界を、もう少しだけ見て回りたい。願わくは、彼女のそばで。
何者をも拒絶する白で満たされた、虚ろな狭間の牢獄から、この美しく自由な、刹那の煌めきに“生きる”世界へと彼を連れ出した、夜の星のかがやきを見に宿す少女。
「私は、貴様など認めん……認めんからな!!」
アシュレイが思案するうちに一体何の自己完結があったのか、女は激昂して叫ぶや、開いた背から身の丈より大きな黒い翼をあらわした。ふわりふわりと羽が散るその隙間から、女の凍るような視線がアシュレイを射抜く。
「シファ=ナ=ヴュラ。今ノーア様に侍ることを許された者の名だ、よく覚えておけ! 貴様などに二度と…二度とノーア様の遣い魔を名乗らせてなるものか!!」
叫び終えると、女――シファはみるみるその姿を十メートルはあろうかという大きな三つ足のカラスへ変化させ、月に向かって飛び去った。
「……なるほどな。ヤタガラス、か」
魔の眷属第二世代、ヤタガラス。第二という区分に或る者の、実質的脅威は第一世代に勝るとも劣らない。膨大な魔力に物言わせ、超遠距離からの狙撃を得意とする。手下に一頭いるだけで隣の領地への攻撃も可能という利点は、特に狭い島に住む魔人たちにとっては大きい。
あの小娘の域を出ないシファを遣い魔としたのも、きっとそういう理由からだろう、とアシュレイは推測した。そうでもなくては、ノーアが
(まあ、何はともあれ、今回はあっちから勝手に帰ってくれて助かった)
こんな街の近くでは、実力行使をするにも被害が大きすぎる。
一陣の風が吹いた。やはり何か羽織る物でも持ってくればよかったか、と考えながら、自分の上着のありかを思い出す。そうだ、眠ったユーゼリアが袖を妙に固く握りしめていたから、そのままにしてきたのだった。
襟を立てて宿への道を急ぐも、女将に大見栄を張った手前、大通りへ戻ってからは敢えて悠然とした歩みで帰ったのだった。結局、部屋へ案内される間に浮かんだ鳥肌を見破られて、「だから言ったのに」と散々小言を言われる羽目になるのは、別の話である。