シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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4話「冒険者ギルドポルス支店」

 ドアを開けて中に入ると、中はまさしく酒屋と言った様子だった。まだ昼前なのに、もう酒を飲んでいる者がいる。

 入って手前に丸テーブルなどがいくつもあり、左の方に酒屋カウンター。正面奥にはギルド受付カウンター。酒屋カウンターにいるおじさんとは違い、忙しなく動いている受付嬢達がいる。右の壁には、巨大なコルクボードがあり、所狭しと紙がピンで止めてあった。

「行くわよ」

「はいはい」

 茶色い髪の受付嬢はニコニコと人の良い笑みを浮かべて挨拶してくれた。俺の仕草から分かったのか、冒険者登録の方ですか? と聞いてくる。ユーゼリアが頷いたので、受付嬢は少々お待ちくださいと、奥に引っ込んでしまった。

「お待たせいたしました。では、こちらの紙に必要事項をご記入ください。何か不明な点がございましたら、お気軽にお尋ねくださいませ」

 そして受け取った紙とペン。名前と、職業(剣士とか、魔法士とか、そういうやつ)、年齢、性別、種族(人間種とか、エルフ種とか)、拠点の有無、などなど。

「んー、俺は……剣士…だな。で、22歳の男の人間…っと。あれ、拠点の有無って?」

「貴方の場合は、『無』に丸をつけて」

「はい。冒険者として旅をされる方は『無』。一つの町、つまり、ここの場合ポルスに留まり、ここでずっとクエストの受注をされる方が『有』に丸をつけて頂くことになっております」

 ふむふむと頷きながら、『無』に丸をつける。その他にもいろいろ尋ねながら、なんとか必要事項を書き終えた。

「では、このプレートに一滴で良いので血を流して頂けますか」

「はい」

 渡されたナイフは無視し、歯で唇を噛み切る。ぷくりと出てきた血を指ですくって、鋼色のプレートとやらに落とした。少し待つようにと受付嬢がまた引っ込むと、今度はそんなに待たずにまた戻ってきた。

「はい、アシュレイ=ナヴュラ様の冒険者カードが作成出来ました。使用方法としては、ご本人が手に持つだけです。御覧の通り、今は私が手にしているので何も表示されませんが…はい、ナヴュラ様がお持ちになりますと、このようにカードに冒険者としての情報が出るようになっております。仕組みとしては、体から発される微弱な魔力を感知することで、表示非表示が切り替わるというものです。……さて、次は冒険者様への注意事項を御説明させて頂きます。

 この度は冒険者ギルドと御契約頂きましてまことにありがとうございます。

 つきましては、幾つかの注意事項を事前に御説明させて頂きます。長文になりますが、これらの規約のいずれか1つでも破約されますと、ギルドへの罰金、或いは除名処分を致しますので、御容赦ください。

 まず、ひと月の納金義務についてです。

 我々ギルドでは、冒険者様のランク別に月に幾らか以上の納金義務を課しております。これは、様々な特権が与えられる冒険者様においては当然と思われる義務ですので、悪しからず。尚、納金とは依頼の手数料と同意義ですので、別途納金手続きは必要ありません。

F系ランカー:1000 R E系ランカー:3000 R D系ランカー:4000 R

C系ランカー:10000 R B系ランカー:20000 R A系ランカー:30000 R

S系ランカー:50000 R SSランカー:100000 R

 また、冒険者様の『強さ』を表すランクをギルドでは用意しております。

 ランクはF-からSSまであり、F−、F、F+、E−と続き、A-、A、A+、S、SSで終わるものです。SとSS以外は+と-が付く、と言う事です。お分かりと思いますが、Fランカーが駆け出しの冒険者様で、Sに向かうにつれだんだん実力もついていくというものですね。A-ランカー以上の冒険者様には二つ名がギルド本部から与えられます。特に、SSランカーの方は現在大陸に3名しかおらず、その強さも彼の魔人に匹敵するのではと噂されるほどです。一般的にはCランクで一人前のベテランと言ったところでしょうか。

 モンスターの格は『クラス』と呼称されます。

 高ランクの者には様々な特典が用意されます。B-以上になるとギルドカードの提示で民宿以外の宿屋ならランクに応じた値引きをさせていただきます。A-以上ならばVIPルームを通常価格で使えるという宿も少なくありません。同じくまたB-以上から、ギルド内での食事でも割引が有効です。S系ランク以上になるとギルドの宿泊施設、レストラン共に無料となります。

 ただし、Sランクに認定されるには、ギルド側から提示される特定の魔物、ないしは魔獣の駆除を一定数以上、ギルド職員同伴の元行っていただきます。

 またA-ランカーになりますと、ギルド側からギルドナイトへの勧誘を行いますが、長くなるのでここでは割愛させていただきます。

 

 次に、依頼に関してです。

冒険者ギルドでは主に民間人から依頼される雑用、魔物討伐や遺跡調査が基本となります。

 ただし、C-の以上のランクを持つ冒険者に限り、ギルド側から“指名”を受ける場合がございます。主にそれらは護衛系の依頼で、依頼主たっての希望の場合となりますが、それに応じてくださる場合は報酬に色が付くことが一般的なので、皆さん指名クエストは受けられることが多いですね。もちろん、強制ではありませんから、拒否することも可能です。それによって冒険者の評価が下がるといったことはございませんから、ご安心ください。

 また、個人で依頼を受ける場合は最大でも自分のランクの同系――例えば、本人のランクがF−だとすればF系ランク、本人がC+であってもC系ランクの依頼しか受けられません。ただ、例外として、パートナーがいる場合のみ、そのパートナーのランクと同系の依頼を共に受けることができます。

 ランクを上げる方法は、2つあります。

 1つ、全ての依頼にはギルドが設定したポイントがあり、達成するとそれらがギルドカードに加算されるので、それを一定数以上稼ぐ。

 2つ、魔物からはぎ取れる素材をギルドで売却することで、同時にポイントも稼げる。これはとの同時加算が可能なだけでなく、依頼を受けずに個人で魔物を倒した場合にも有効である

これらの方法が一般的です。

 依頼の重複は、他の冒険者への依頼が枯渇する恐れがある為、認められていません。また、連続していくらかの依頼を破棄したり失敗したりされますと、ギルド側から降格、あるいは罰金、除名などの処分がくだりますことを、事前にご了承ください」

 

「ふむ。多分覚えた」

「分からなくなったら、その都度我々にお尋ねくだされば、御説明いたします」

 そう言って渡されたのは、さっき血を垂らした鋼のギルドカード、それと銀色のブレスレットだった。ギルドカードを受け取ると、先程記載した内容が浮かびあがった。左上に大きくゴシック体で『F-』とある。これが今のアシュレイのランクらしい。

「それを手首に嵌めますと、いつでも好きな時に空間拡張の魔法が施された鞄を呼び出すことができるようになります。使用方法ははめた手首に意識を集中するだけです。魔法を扱える方なら、手首に魔力を集めるという言い方でもよいでしょうか」

「慣れるとちょっと離れた場所でも鞄の入口を空けることができるの」

 今まで黙っていたユーゼリアが頭上1mのところに鞄を出し、一瞬にして消した。慣れるまで多少の時間はかかるようだ。

「なるほど」

「注意点ですが、ギルドカードは一度発行されると一ヶ月間は再発行できません。もし紛失された場合、再発行されるまでの期間はギルドの仕事を受けることができなくなります。ですので、なるべく紛失なさらぬよう心掛けてください。

 そしてリングについてですが、こちらは大変貴重な品となっており、再度の供給には10,000リールの料金を頂きます」

「高い」

 思わず漏れた言葉に、一瞬受付嬢が言葉に詰まる。左から突き刺すような視線が送られた。いや、だってユーゼリアが今までコツコツためてきたお金が、たった40回ギルドカード紛失しただけで全部パアになってしまうと思うと……いや、普通40回もなくさないだろうが…… 

「……空間拡張魔法のエンチャントは非常に高度な技術ですから。紛失された場合、中身の保障は致しかねますのでご理解ください。

 ギルドは基本的に冒険者と依頼主双方の自由な意思を尊重し、その内容に関しては一切干渉しません。

 また依頼遂行に伴い、当事者間で何らかのトラブルが発生した場合にも、我々は一切の責任を負いかねますのでご了承ください。ただし、ギルド所属の冒険者が著しく人道に反する行為を犯した場合に限り、我々の粛清対象となりますのでご注意を」

「あいあい」

「それでは、冒険者アシュレイ=ナヴュラ様の御健闘を、お祈りいたします」

「そりゃ、どーもイダッ!」

 ついに左からエルボーを喰らった。撃沈したアシュレイをひっつかみ、ずるずると引きずりながらユーゼリアが愛想笑いを浮かべる。そのまま2人はF系ランクの依頼ボードへとやってきた。

「もう、ちょっとは礼儀正しくしてよね」

「はいはい、ごめんなさイデデデデ! は、早く依頼を決めようか!」

「ええ、そうしましょ」

 ヒリヒリする耳を押さえながら、所狭しと張りつけてある依頼書を見る。どうやらF系ランクの中でも半分のところで2種類に分けられているようだ。向かって左が採取、右が討伐クエストらしい。C系ランクボードからは更に護衛クエスト依頼紙が真ん中に陣取っていた。

「やっぱり、初クエストは討伐だな」

「そう? ま、私もいるから大丈夫だろうけど」

「はははは……あ」

 ま、俺の方が強いけど。

 そこでハッと思いだした。それは、俺だからこそ憂えることだ。元とはいえ、俺は現在でもその存在は『魔人の遣い魔』なのだ。つまり、分類上ではアシュレイ=ナヴュラという男は魔族である。故に、その強さは人のそれを軽く超える。

 そして、魔族と魔獣は遠いどこかで血のつながりがあるらしく、互いの存在をより鋭く察することが出来る。よって、本能のままに生きる魔獣は、その圧倒的強さに彼を襲う事をしなくなるのだ。

 血のつながりがあるせいで、人間相手では感じない実力差に気付いてしまうのである。……余程怒っていたり腹が減っていたら関係ないが。

 つまり、あまり弱いと戦う前に相手がガチガチと震えだす。だから人の中でも『弱い』Fランクなどだと戦いにもならない――

「――いや、違う!」

「どうしたの?」

「あ、ああ……何でもない」

 そうだ、どうも魔獣の下位種と会う機会がそうそうないから忘れていた。本能丸出しの脳筋どもも、あまりにも格差が広がりすぎるとその力量を読み切れないのだ。脳筋だから。

「よし、弱い奴にしよう!」

「た、確かにその方が始めは良いけど、あんまりそれを大声で言う物じゃないわ……」

 結局、報酬はF系ランクにしては高い部類に入る、2600リールの「コボルトおよびゴブリンの巣の殲滅」のクエストを受ける事となった。因みに、このクエストでたまるギルドポイントは40.また、各魔物50匹を越えた後からは足が出た分だけ別途報酬があるらしい。ギルドポイントを100貯めればFに昇格できるアッシュとしては、中々に割の良い仕事だった。

「なになに、場所は……ヘスティ森林ポルス街寄りの外層部。依頼人は近場の猟師か。これって、この紙を受付に持って行けばいいんだっけ?」

「ええ、そうよ。依頼人にはギルドが責任を持って速やかに報告するわ。私達は依頼人を通さずに、さっさとこのコボルトやらゴブリンやらを倒しに行けるって寸法。ただ、別枠に書いてある契約金の欄を忘れずに見てね。この場合は、ギルドが仲介する代わりに、事前に100リールの契約金を払わなくちゃいけないの。その分、成功した時はその契約金も倍になって帰ってくるけどね。つまり、この場合だと成功したら報酬の2600リールの他に別途で200リールがもらえるってわけ」

 ふむふむと頷くと、丸いピンで刺さっていた依頼紙を一枚だけ破り取る。先程と同じ受付に持って行くと、受付嬢は眉間に僅かなしわを寄せてこちらを見た。……どうやらアッシュがこの依頼を受けるのに不服らしい。

「あの、あなたまだ冒険者になって5分と経ってないんですよ? 確かにこれは報酬もギルドポイントもFーのランカーには魅力でしょうけど、生き急がずに、まずは契約金無しの依頼から始める事をお勧めします」

 お勧めしますとは言っているが、声色を見ても、この受付嬢がアシュレイにこの依頼を受けさせないことは明白だった。溜息をつきたくなるが、どうにかして説得しようと口を開いた瞬間、思わぬところから助け船が来た。

「大丈夫よ、私が同伴するわ」

「…あなたは?」

「B+ランカーのユーゼリア=シャンヴリル。召喚魔法士よ。これで彼がこのクエストを受けてもいいでしょう? それにこれは元々F系ランクの依頼票。あなたが口出しすべきことじゃないわ」

 その言葉にムッとした顔を作りながらも、茶髪の受付嬢は手早く手続きを済ませた。「折角心配してやったのに」といった心情だろう。

 因みに、先に受付嬢が言っていた「契約金無しの~」というものは、報酬も3ケタという格安クエストなのだ。内容はというと、例えば討伐系ならばゴブリン3体の駆除。採取系で言えば、5km先にある丘のなんたら草を3束とってきてほしいとか。

 要するに、簡単なものだ。はっきり言って、ゴブリン3体の駆除など報酬を出さなくても、最寄りの村の男衆10人が手伝えば簡単に事は終わる。だが、そこを敢えてやるのには、ギルド側の思いやりというものがある。村人ならば少なくとも10名は必要であろうゴブリン3体を、1人でまずはやってみろというわけだ。ここで契約金などをつけてしまうと、逆にギルド側としても痛手となる為、また駆け出しの金がない冒険者の為に、こういった簡単すぎるクエストには契約金が全くついていなかった。

「さて。じゃ、いきましょうか!」

「何で俺よりもユリィさんの方がわくわくしてるんでしょーかね」

「だって、なんかアッシュって強そうだし!」

「……どうしてそう思う?」

「勘!!」

 拝啓、享楽の魔人ノーア=ナ=ヴュラ様。貴女絶対この子気に入ると思います。魔人の遣い魔の強さの判断に「勘」て……。ああ、ホント気に入るだろうなぁ。美人だし。

 何故か疲労を感じたアシュレイだった。

 ふと、手元のギルドカードを見やる。

 アシュレイ=ナヴュラ。ランクF-の剣士。22歳男。人間で拠点は無し。称号も無い。軽装備、預金ゼロ。祝福は…

「……享楽魔神ノアナヴェイラ」

 あの、桃色の髪の少女の名だった。

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