先程から、あたりには剣が空を斬る音、何か
音の中心では、剣を手にしたアシュレイがいた。その動きはまるで、剣舞を舞っているかのようであった。
「よっと」
軽い掛け声と共に、振り向きざま後ろに経っていたゴブリンを縦に斬る。飛竜ですらバターのように切り裂いた剣は、ゴブリンなど空気を斬るように軽く切れる。
勢いのまま一回転して、まわりのコボルトを上下に真っ二つ。木の上から錆びた短剣を構えて落ちてきたゴブリンに、拳を振り上げ同時に首をやや反り剣を交わす。
ちらと視界に、逃げるコボルトの背がある。顎骨が砕ける嫌な音が腕を伝って響くが、気にせずそのまま自由落下で落ちて来る錆びた剣の柄をつかみ、一瞬で投擲体勢に入った。
次の瞬間には逃亡を図ったコボルトの頭は見事パックリと割れ、役目を終えた短剣はコボルトの頭蓋の固さに耐え切れず、金属音をまきちらしながら折れた。
「ほい」
中距離から生意気にも初級魔法ファイアを繰り出してくるゴブリンメイジに、足元にいた違うゴブリンの死体を蹴りつけ、転倒させる。じたばたともがくゴブリンメイジの手から歪な木の杖を奪うと、脳天にその鋭い杖の先を突き刺した。
魔物特有の青い血をまきちらしながら、しかし自身に流れる赤い血は一滴も出さす、次々にゴブリンとコボルト達を屠っていく。全てが文字通り一刀両断され、一撃で殺された死体の山の中央に立つアシュレイを、ユーゼリアは思わず口を手で覆ってみていた。
そもそもここがこんな惨状になったのは、依頼に出されていたゴブリンとコボルトの巣が、双方思ったよりも近くにあったと言う事だった。1つ1つ潰していく予定だったが、思いもがけず2種の巣を同時攻略する羽目となった。
ユーゼリアも、これは致し方あるまいとして自らの召喚獣を呼ぼうと杖を手に取った。本来なら手を出さないでおこうと思っていたものの、なりたてホヤホヤの初心者Fーランカーに1人で2つの巣はキツイから、後でまた少数相手の魔物とやりあえばいいとして。
だがそこで、アシュレイが思いもがけない事を言ったのだ。
『ちょっとお願いなんだけど。これ、俺1人で対処させてくれませんかね?』
思わずぽかんと口を開けてしまったのを覚えている。
通常、この状況にあって確実にゴブリン、コボルトを殲滅できるのは、ランクDクラスのパーティでないと無理だ。1人でやるなら最低でもランクはC。
かすり傷すらない無傷で行くならC+は欲しい。
『ちょ、アッシュ、貴方死ぬ気!!?』
『まだ死にたくはないから、死なないさ』
そんな軽い言葉の後に、無防備に、まるで散歩に行くかのような歩きで双方の巣の間に行く。腰からギルドの援助武器として貰った投げナイフを取り出すと、2本同時にそれぞれの巣の暗闇の中にナイフを投げ入れる。まさか、見えていたとでも言うのだろうか。一瞬にして彼の手から消えたナイフが、ゴブリンとコボルトの巣の、どちらからも聞こえる断末魔の声を作り出す。
数秒置いて、耳を塞ぎたくなるような奇声を上げながら魔物共が走り出してきた。身長は1メートル程度だが、その身に秘める筋力は成人男性以上というゴブリンが、怒涛の勢いで巣穴から出てきたのである。中にはぽつぽつと体格のいいゴブリンもいて、ユーゼリアにはそれがゴブリン達のリーダー、ゴブリンチーフだと一目でわかった。
一方コボルトの方の巣からも、錆びた剣や斧をかついだコボルト達が、その犬の様な頭で低く唸りながら出てきた。そこにも一回り大きなコボルト――キングコボルトがみられた。
そして話は冒頭に戻るのである。
「なによ……これ……」
これは余りにも一方的な虐殺――駆逐だった。
ひょっとしたら、彼は高名な剣士だったのではないか? だが、ユーゼリアは「アシュレイ=ナヴュラ」という名の剣士など、噂に聞いたことも無かった。ランクBにものぼれば、大抵異名などが着くのだが、彼を表したような二つ名など全く知らなかった。
グシャッ。
嫌な音と共に、その場に静寂がおりる。
「ふぅ」
自身の剣に付着した青い血糊を振り払って、アシュレイがユーゼリアへと向き直った。その身には魔物の青い血などは僅かたりとも着いていない。返り血すら浴びずに避ける技量。ユーゼリアは何故か、アシュレイに僅かな畏怖を覚えた。
「アッシュ……」
「お待たせ、ユリィ。この後はどうすればいいんだっけ?」
「……あ、うん。ゴブリンもコボルトも耳を持って行けばいいの。片耳だけで十分よ。ただし、右か左か片方にそろえてね」
「はいよ」
その後も何の躊躇もなく耳を斬り落としていくアシュレイの手が、どこか手慣れているのをユーゼリアは見た。が、なんとなく聞きそびれているうちに、5分もするとアシュレイは全ての魔物の耳を取り終わってしまったので、思考を戻す。
見れば、ギルドから貸し出された麻袋はパンパンに膨れていた。いくら小さいサイズのものとはいえ、一体アシュレイが1人で何匹屠ったのかが一目で分かってしまう量だ。100近くあるのではないだろうか。
「早いわね……」
「そうかな。どうやら思った通り、俺はどこかでこの剣をふるったことがあるみたいだね」
「……それにしても、生きているものを殺すことに躊躇が無かったみたい」
意識したわけではないが、どこか責めるような口調になったユーゼリアに対して、アシュレイは少し驚いたような顔をした後、苦笑してその言葉を肯定した。
そうだね。
その苦笑は、アシュレイ自身を嘲笑しているようだと、ユーゼリアは思った。
その後2人は無言で森林から戻ってきたわけだが、ふと思い出したようなユーゼリアの言葉で先ほどとはまた違った微妙な空気が場を流れていた。
つまり、
「そういえば、これを山分けしたらさよならなのよね」
である。
アシュレイは内心で、
(ええええなんでそんな名残惜しそうに言われてるの俺!? これは何か、「お前餓死しかけてるのを救ってやったのにこれっぽっちの金で足りるかボケェおいこらこの聞こえなさそうで聞こえる絶妙の音量で言った真意に気付けよゴルァ」を遠回しに言ってるのか!? そうなのか!!?
しかし携帯食料ってそんな高価な物なのか? いやだが1000年前では考えられないほど日持ちも良くなったと聞くしひょっとしたら俺はとんでもないことをしてしまったのかギリギリセーフなのかもしくはやっぱりギリギリアウトか。
しまった何て返せばいいのか見当もつかない! だって遣い魔にそんな資質いらねーし!! 俺悪くねーし!!!)
と混乱、恐怖、疑問、焦燥のすえ回り回って開き直っていたし、ユーゼリアはユーゼリアで
(どどどどどどうしよう言っちゃった言っちゃった思わず思ってたこと言っちゃったけど小さい声だったし聞こえてないわよねそうだよね。ほらうんアッシュ無表情のままだしああでもこの場に流れる重い空気は何。私どうすればいいのああああやっぱりいいわけ考えておこうそうしよう。
ええと、『しばらく独り旅だったからアッシュといると楽しくて』ってこれ本音じゃないいいい!!)
とまあ混乱のスパイラルに陥っていた。
ただ、2人とも過去に培われたポーカーフェイススキルを発動しているため、彼らはいたって普通の無表情である。無表情が普通かは知らないが。
しかし、2人の焦りや混乱のオーラが、何故か辺りを殺伐とした雰囲気に変えていた。
アシュレイは過去魔人やその他の遣い魔との対話でポーカーフェイスはなくてはならない物だった。
ユーゼリアの方は、まあ過去にそういう
そんなわけで、実に第三者から声をかけにくい空気のままポルスに戻った2人は、この空気をなんとかせねばならぬと、とりあえず一時分かれてアシュレイが1人で達成報告をすることにした。
というのは、このまま2人一緒にいても、気まずい空気が晴れるわけがなく、むしろより一層凝り固まると互いに察したからである。
アシュレイがカウンターで手続きをしている間、ユーゼリアはギルドの外で壁にもたれながら空を見上げ、その整った眉を悩ましげに寄せていた。
(アシュレイ=ナヴュラ……)
ユーゼリアは、これまでのかれこれ4年に渡る独り旅に、正直少々疲れていた。友人などほとんどいなく、そんな中偶然出会ったのは、記憶喪失で常識に欠ける、だがなぜか放っておけない気持ちにさせる、自分より4つ年上の食の恩に関してちょっと強引な青年。
会話が楽しいと感じたのは、一体いつぶりだろう。
それ程多くを語ったわけでもなく、まだ名前を知って半日しか経っていないのに、ユーゼリアにとってアシュレイとのこの僅かな邂逅は、それまでの日々を灰色と称せるほどに色鮮やかなものとなった。
だが。
(だからこそ……巻き込んでは、いけない)
ふと、太陽が雲に陰る。
「……ッ!」
次の瞬間、ユーゼリアの周りを5人の男達が音もなく取り囲んでいた。
直後、ユーゼリアの顔から色が消える。
「しまった……!!」
*******
「え、も、もうですか!?」
あまりに早い帰還に吃驚している先の茶髪の受付嬢がわたわたとするのを目の端に、アシュレイは先程からのユーゼリアについて考えていた。
(あれは、食の恨みとかそんな事に対したものじゃなかったな。随分と思い詰めたように見えたが……)
帰り道に発した“もうお別れ”。
アシュレイとの別れを心底惜しむような響きだった。
が、アシュレイ自身自分で言うのもなんだが、身元不明な男にひょいひょいと情を移しては、特にユーゼリアのような美しい少女が旅をするのは危ないだろう。それも、ただの記憶喪失者ならまだしも、アシュレイはよりによって魔人の遣い魔なのだ。いくら“元”が付くとはいえ、魔に属するものであった――今も、そうであることに、変わりはない。
アシュレイは、純粋な“ヒト”ではないのだから。
こちらも久方ぶりにあった人間で、まだまだ知りたいことも沢山あるし、ユーゼリアという人物が気に入ったのもあるから離れがたいが、彼女を気に入ったのなら迷惑になるようなことは余計、すべきではない。
遣い魔など、共にいて百害あって一利なし。そんなことは、自分が一番わかっている。
そこまで考えて、自分も案外情が移っている事に気付く。ひとり、苦笑した。
遣い魔だった頃は見下し軽蔑こそすれ、自ら話しかけようなどとは微塵も思わなかったのにもかかわらず、ついさっき、微妙な空気になったとき、アシュレイはそれに慌てた。ユーゼリアとの会話を少なからず楽しんでいた事の証拠だ。
茶髪の受付嬢から渡された報酬金をバッグに入れると、後ろを振り向いてはたと脚を止めた。
(……5人か。良く気配を消しているが、魔力はダダ漏れだな)
不穏な気配がした。
このギルドは町外れにある。時刻は夕方にさしかかろうかというところ。酒場も兼任しているギルドだから、本格的に混み始めるのは夜、もう少し後だろう。今もそこそこ広いギルドの中には3人組と4人組の7人しかいない。
そして何より怪しいのが、扉の外、ユーゼリアと思われる魔力の気配が慌てたように戸口付近から裏手に移動していったことだ。
それを5人が一斉に追いかけるのが怪しさに拍車を駆ける。
彼女を狙っているのか。人攫いか? その程度ならユーゼリアは1人で撃退できそうだが。余程の手練れかあるいは――“殺し”を生業とする者達か。
召喚魔道士である彼女は、基本遠距離攻撃型。接近戦に持ち込まれたら、しかもその相手が接近戦のプロならば、彼女に太刀打ちできるはずもない。今日見た限り、そんなに筋肉も無かったし、体力も見た目相応だ。
ユーゼリアの事だから、他人に迷惑がかかるとかいう理由で裏手に行ったのだろうが、人に見られないことはつまり、誰からも助けが入らないことだろうに。
まさか目の前で襲われる知り合いを放置するほど非情ではないので勿論助けに行く。
外に出て数瞬。
戸口には僅かな砂ぼこりと落ちた溜息が残った。