シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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7話「亡国の王女」

「さて……腹も膨れたことだし、本題に入ろうか」

 目の前で美人が霞むほどボロネーゼをがっついていたユーゼリアが一息つくと、苦笑とともに切り出す。

 自身のナポリタンはユーゼリアが3皿目を頼んだ時に食べ終わっている。ちなみに、彼女はのべ5皿のボロネーゼと2皿のサラダを食べた。

 そこまで見事な食いっぷりを見せられると、いよいよ昼の自分の暴食の罪悪感が沸き起こってくるが、まあそれはおいておこう。

「ここは騒がしいから、誰にも聞かれないでしょう。で? ユリィはどこかの王女様なの?」

「……ええ」

「ふむ。ナルマテリア、かな?」

「……分かってるみたいね。そうよ。第二王女セフェリネ・ユーゼリア・イレ=ナルマテリア。それが私の本当の名前。あの襲撃者たちは、元ナルマテリア王国貴族、ダランゼル家の私兵…いえ、雇いの暗殺者ね」

「なぜ追われている?」

「……」

 しばらくユーゼリアは話すことを躊躇しているようだった。アシュレイが黙って待つと、やがてため息をつき口を開いた。

「……もう、関係者になっちゃったものね。言うわ。

 …私は戦争でローズダウン皇国に王都が攻め入られるとき、12歳だった。当時ナルマテリアに王子はなく、私よりも6つ上の姉である第一王女が第一王位継承権を持っていたの」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 ローズダウン皇国は先の貴族ダランゼル家と、他、いくつかの貴族に事前に使者を送っており、ナルマテリア王国は内外2つの勢力を相手にしなければいけなかった。奇襲も食らい、形成はナルマテリア軍の圧倒的な不利。

 父王と姉は決意し、末姫セフェリネ――ユーゼリアを王の間に呼んだ。

 

 皇国軍が王都に攻め入る、10分前だった。

 

「逃げるのです、セフィ」

 亡き母に似て美しい姉が、諭すように愛する妹に言った。妹と同じ蒼の瞳は涙に潤む。

 いやいやと首を振る妹に、姉は言った。

「王である父上と、第一王位継承権を持つわたくしがこの城に残れば、周りへの示しはつきます。あなたは早くお逃げなさい」

「私たちはな、セフェリネ。父も、姉も、お前にもっと生きて欲しいのだ。お前はこの城から出た事など、数える程しかなかったな。いつも庭で花遊びか、召喚を覚えてからは彼らとともに遊んでいた……」

 父王は姉娘から話を繋ぎ、セフェリネの肩に手を置いて視線を合わせた。

「父は、娘にもっと世界を知ってほしい。生きるのだ。セフェリネ」

 セフェリネの目は涙が溢れるほど溢れて、もう前を見ることすらままならない状態だった。

「……ぅっ…ひぐ……で、でもっ」

 幼いながらに聡明だったセフェリネはわかっていた。これが避けられぬ運命なのだということが。

 だが、理性では分かっていても、感情がついていかなかった。ついていけるはずもない。まだ齢12少女が突然の父と姉との別れ――それも、この場合はまず間違いなく死別――をなぜ受け入れられるだろうか。

 泣きじゃくるセフェリネを、2人は優しく抱きしめ、言った。

「わたくしの可愛いセフィ。お姉さまの分まで、しっかり生きるのよ」

「セフェリネ。皇国に復讐などと愚かなことを考えてはいけないよ。私たちは、お前のその優しいところが大好きなのだからな。コルトを護衛につけてある。彼とともに旅をして、様々な生きる知識を身につけなさい。

 王国という形がなくなっても、お前とナルマテリアの民が生き残れば、それは王国そのものなのだ。国とは、すなわち民。民なくして国足り得ぬ。だが、王無くしての国も、また足り得ぬ。生きろ、セフェリネ。最後のナルマテリア王女よ」

 その時、王の間のドアが乱暴に叩かれる。一人の兵士が、息も荒く口早に言った。

「へ、陛下! 皇国軍が王都に侵入しました! もうお時間がありません。この城で我々が足止め致しますので、陛下と王女殿下は――」

「――いや、私たちは逃げぬ」

「し、しかし!」

「既に数多(あまた)の兵がその命を散らした。今更私が尻尾を巻いて逃げるわけにはいかぬ。私たちは、城にて最後まで戦おう」

 なおも言い募ろうとする兵士を、その眼光でもって抑えると、王は娘たちの方を向いて言った。

「共に来るか、火の海へ」

「はい、父上。わたくしの魔鳥で火を凍りつけて差し上げます。ご存分に、炎帝を召喚なさってくださいな」

「ふ、頼もしい限りだ……母に似たな」

「父上の魔法の才も受け継いでおりましてよ?」

「ははは! 本当に、強がりなところまでよく似ている!」

 不敵な笑みを浮かべながらも、不安と恐怖にわずかに震えている姉の頭を撫でると、今度は妹姫に向き直る。

「セフェリネ。これからお前は母上の旧姓を使いなさい。“ユーゼリア=シャンヴリル”。それがお前のこれからの名だ。……コルト!」

「はッ!」

「…頼む」

「はい! 命に変えましても! …ユーゼリアさま、参りましょう」

「…ぁ、ちちうえ!! おねえさまぁ!!」

 近衛騎士のコルトに手を引かれ、裏道へと連れられながらも、幼いユーゼリアは必死に父と姉に手を伸ばした。だが、幼い手は宙を切るばかり。とうとうこぼれた大粒の涙が、幾重にも流れ落ちた。

「わたくしの可愛いセフィ…。どうか…元気で……」

「セフェリネ…セフィ。お前は私たちの誇りだ。……達者でな」

「怪我や風邪には気をつけるのですよ!」

 そして、ユーゼリアの最後の記憶は、涙で霞む視界に映った大きく手を振る姉と、その肩を抱く父の姿だった――。

 

「そして私はコルトに守られて国を出た。いろいろな国を回ったわ。皇国を含めて他の五大国も回った。その周りの小さな国々にもね」

「皇国も?」

「ええ。何せ、私のことを知っているのは上の一部だけだから。別に犯罪も何も犯していない小娘に賞金をかけるわけにはいかないでしょ? いくら元敵国の王女だからって、大っぴらにはできないわ。だって、5年経った今も皇国が責められていないのは、他国が皇国の魔法を得てさらに強さを増したその軍事力に恐れているのであって、本来不可侵の条約を破ったのは皇国だもの。それに、関門でチェックされるうのは、基本ブラックリストに載った人だけだからね。案外簡単に入れたわよ。むしろ、灯台下暗し?」

 カラカラと氷が鳴るアイスティーをひとくち飲み、ユーゼリアは視線を落とした。

「以来、私は皇国からの暗殺者に狙われるようになったってわけ。反乱軍でも立ち上げられたら面倒だものね」

 元王女が、元王国民を煽って反乱。ありがちな話だ。

 だが、とアシュレイはユーゼリアに頷きながら考える。

(たかが反乱を防ぐために、6年間も暗殺者を送り続けるのか? しかも今日見た限り、そんなに質が悪い暗殺者というわけではなさそうだった。こんな調子なら、さっさとユリィを殺すという手段があったはずだ。それが最も手っ取り早い。なのに……待てよ)

 そういえば、と思い出した。

(彼らは始めユリィを説得しようとしていたな。抵抗するな、と……。ユリィを生かしておかなければいけない理由があるのか。ならばそれはなんだ? いや、そもそもナルマテリア王国とは、どんな国だった? なぜかの国は五大国とカウントされていた?)

 昼、下山しながらユーゼリアが言ったことを思い出す。

(…そう、魔法大国だ。1つ、魔法が発達した国。1つ、王女である。1つ、生かさなければ意味がない。これらをあわせて考えられることは……)

 ユーゼリアはまた話し始めた。

「コルトは旅を初めて2年で亡くなったわ。追っ手の毒を受けて……私の身を庇って」

「……」

「それから私は独りになった。幸い、ギルド登録も済ませてたし、既に2体の召喚獣ももっていたから、とりあえずのお金には困らなかった。コルトは、旅に出てからすごく厳しく私に教えてたからね。1人で生き抜く方法を。…今思えば、彼は近いうちに自分が死ぬことを予期していたのかもしれない」

 また、話を区切る。

 アイスティーの氷が、カランと砕けた。

 暗殺者たちについて思い返すうちに、ふと、アシュレイの脳にひとつの仮説が浮かんだ。

(何かの秘密が隠された財宝、はどうだろうか。例えば、王家に伝わる何らかの魔道具。魔道具は、使い方が特殊なものも多くある。そして、一般に魔道具は、仕掛けが面倒で値が張る代わりに効果は大きい。……そう、奴らが使っていた結界装置のように)

 あの暗殺者たちが自慢げに話していた防音・不可侵の結界のことである。まあ、アシュレイにいとも簡単にくぐり抜けられた時点で、すべての労力は泡と化したのだが。

 アシュレイは、頭の中で次々とパズルのピースがはまっていくのを感じた。

(使い方を代々お受けにしか伝えない、特殊な魔道具……。それをユリィが持っているとしたら。いや、聞いた限りだとそんな余裕はなかったな。ならば、皇国が物は持っている、が、使い方を知らないというのが自然な流れだ。一大国家が持つ魔道具だ、手順と違う起動操作をすると自爆なんかするかもしれない。王家の生き残りはユリィだけ…だから生け捕りにしなければ意味がなかった。……これかな)

 我ながらこれ以上しっくりくる理由が思いつかない。

 ならば……この仮説が正しいとするならばだ。ユーゼリアが自身の追われる理由をアシュレイにはなさないのは、

(迷惑を、かけまいとしているのかな。これは)

 思わず笑ってしまう。

 今更だ。

 どうせ、あの時追っ手をこれでもかというほど威嚇したのだから、今更他人面できるはずもない。それはもう遣い魔とか言ってる場合じゃないだろう。一国が相手なのだ。

 そもそも、若い女性が一人旅なんてしていることを知った時点で、正直アシュレイは放っておけないと思っていた。不埒な理由ではない。これは単に、「女は守らなくては」というアシュレイの――否、もと主人の魔人ノーアに植えつけられた持論である。

 閑話休題。

 とにかく、ユーゼリアだって馬鹿ではない。既にアシュレイがこの件に勝手に片足をつっこんだと分かっているのにも関わらず、なお気を使っているのは、ユーゼリアに気に入られたと思って良いのだろうか。

 ひとりでに笑顔になったのをいぶかしむように、ユーゼリアがアシュレイの顔を覗き込んだ。

「ま、おかげでこうして今旅を続けていられるわけよ。……何笑ってるの?」

「ああ、すまない、不謹慎だったな……。…なあ、ユリィ」

「なぁに?」

「……腹を割って、話し合おうぜ」

 笑みを浮かべていた表情から一転、真剣な眼差しになったアシュレイに気圧されたユーゼリアは、無意識に唾を嚥下した。咄嗟に笑みを取り繕う。

「なんのことかしら。これ以上過去の傷を抉るの? ひどいわね」

 普段と同じ美しい顔だが、アシュレイは意味深な笑みを浮かべるだけだった。

「ユリィがまだ過去を引きずるような、そんな弱い女じゃないってことぐらいは、俺でもわかる」

 立ち上がると、手を差し出した。

「まあ、今は静かな場所に移動しよう」

 

 

 

 

 店を出てやってきたのは、町外れの森の入口。先ほどアシュレイが最初の依頼を受けたヘスティ森林の東部とは反対側の西部であった。

 小さな丘になっているそこで、2人は腰を下ろした。

「ここは見晴らしもいいし、今は無風だ。誰かに聞かれる心配もない」

「今更何よ? もう全部話したはずだけど?」

「“腹を割って”と俺は言ったぜ? どうせ俺は既にこの件に片足突っ込んだんだ。さっき、奴らに喧嘩売った時にな」

「それはッ!」

「まあ話は最後まで聞け。それから、夜は声が響く。あまり大きな声は出さないほうがいい」

 その言葉で、ユーゼリアはアシュレイに詰め寄っていたのを草原に座り直した。ちらとアシュレイを見やることで話の続きを促す。

「先の襲撃で分かったと思うが、俺はそこそこ腕が立つ」

「……そこそこなんてモンじゃないわよ」

 拗ねたような口ぶりに、思わず笑みを浮かべて続ける。

「それはどうも。俺の腕っ節にユリィの箔が付いたところで――ユーゼリア」

「な、なに」

 真面目な声と改まった言い方に、知らずユーゼリアの背筋が伸びる。

 ニヤリ、とアシュレイの口角が吊り上がった。といっても、襲撃者に向けたようなものではない。悪戯(いたずら)の種明かしをする少年のような笑みだ。

「俺を護衛に雇わないか」

「……………は?」

「雇い賃は必要になった時の常識の教授と3食に宿泊費」

「へ?」

「昼寝が付けばもっといい」

「……」

「どう? ついでに話し相手も増える。今ならもれなくさっき稼いだ賞金がついてくるぜ。つっても、大した額じゃないけど」

「……アッシュ」

「なんだ?」

 戸惑った声を上げていたユーゼリアも、仕舞いには俯いてプルプルと震えていたが、ガバッと顔を上げると、どこか得意げな顔をするアシュレイに畳み掛けた。

「あなた何言ってるかわかってるの!? 亡国の王女についていくのよ!!?」

「お静かに、王女さま」

「ッ!! いつ来るかもわからない暗殺者の影に、夜も眠れない。来たら来たで、数で押し切られる前に早く空に逃げなくちゃいけないのッ。下から花火のように上がる魔法の的になったこと、あなたはある!?」

「それが今更なんだよ、ユリィ」

 穏やかな笑みを浮かべたアシュレイは、視線をユーゼリアから藍色の空に向けた。その先には、白い点のような星と、満月より少し欠けた月が浮かんでいる。

「暗殺者の影に怯える夜も、死角からの花火の的にも、だが1人で逃げ延びてきたんだろう? なら的が2人になればどうなる。単純に、1人に回す戦力が分散される。それにな、ユリィ」

「……」

「まだ若い女の子が、1人で4年も一人旅だ? 却下だよ却下。まだ20にもなってない少女が、ひとりでいろんなものを背負うな。大人を頼れ」

 今日何度目だろうか。潤んだ瞳が零れ落ちそうなまでに目を真ん丸くしたユーゼリアが、無意識に握った拳に力を込めた。

「俺のことを心配してくれてありがとう。だがな、俺の意志は固いぜ。ただ……」

 困惑気味にユーゼリアがアシュレイの目を見つめる。

「まあ今日会ったばかりの素性も知れない男だ。信用ならないのもまた事実。嫌なら、まあ年長者の戯言ざれごとと思ってくれ」

「そんなことッ」

「まあ本人の前じゃあ言えないわな。お前の性格じゃ」

「…ッ」

 言葉に詰まったユーゼリアに、それでいいと銀色の頭をぽんぽんと叩く。

 立ち上がり、大きく伸びをすると、言った。

「まあ、一晩考えてくれ。今じゃまだ混乱してるからな。とりあえず、今は宿に行こう」

「……ええ」

 歩き出したアシュレイの後ろから、ユーゼリアがゆっくりとその背を追う。

 そのまま気分よく鼻歌なんぞ歌いながら頭に腕を組み、ユーゼリアの5歩先を彼女に合わせたスピードで歩いていたアシュレイだが、つと足を止めた。後頭部に手を乗せたまま後ろを振り向く。

「そういやユリィさん。宿ってどこ?」

 それに一瞬きょとんとしたユーゼリアも、次の瞬間には盛大に吹き出していた。

「ああもう……ほんと、締まらないわ、アッシュ。せっかくあんなシリアスな雰囲気だったのに」

「光栄だね」

 ツボに入ったのか、腹を抱えてうずくまるユーゼリアが落ち着くまでのあいだ、アシュレイはひとり鼻歌を口ずさんでいた。

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