シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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8話「安価な珍味達」

「今日からよろしく」

「改めまして、アシュレイ=ナヴュラだ。よろしくな」

 ザワザワとした食堂で、改めて握手を交わす。

 ユーゼリアはアシュレイの護衛を受け入れた。翌朝共に朝食を取ったとき、開口一番にだ。

 夕べ遅くまで考えていたのか、その顔には少しの疲れが見えたが、よろしくという表情は晴れやかで、正直さらなる重荷を背負わせたかと少々不安だったアシュレイはほっとした。

「呼び方とかは今までどおりでいいからね。それから約束通り、報酬は3食と常識講座……でいいの? ほんとに?」

「ああ。こっちから言ったことだ。…昼寝は?」

「旅は歩きよ? 言っておくけど、召喚獣なんてのも却下だからね。あれ呼び出してるあいだずっと魔力を持っていかれるんだから!」

「なら馬車を買おう」

「お金がかかるけど……でも移動も楽だし、逃げるとき速いわね。幸い貯金に余裕もあることだし…」

「それにいざというときの盾にもなる」

「うーん、今まで1人だったからなあ。必要なかったんだけど…買うかぁ」

 ユーゼリアは椅子を斜めに天を仰ぎながら、何か吹っ切れたようだった。コップで買った何やら赤い果汁を一気に飲むと、言った。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいる。昨日までにはなかった穏やかさと楽しそうな表情も含んだそれは、食堂にいる多くの人の視線を容易に集めるものだった。周りの男どもが息を呑むのがわかる。

「んじゃ、お邪魔虫が寄る前に行きましょうか、お嬢さん」

「突然、何? お邪魔虫って?」

「いーえ別に。お邪魔虫はお邪魔虫だよ」

「なんなのよ」

 まあまあとユーゼリアの背を押しながら食堂を抜ける。後ろに軽く殺気を漏らしておくことも忘れない。

 美しい少女を目で追っていた男衆は、その殆どが冒険者だったにも関わらず、突如我が身を襲った悪寒に皆総じてフォークを取り落としたそうな。そしてそれが誰がやったものなのかを見ていた女将は、ひとりで豪快に笑っていたらしい。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 さて、ポルスを出た2人は、とりあえずの進路を公益都市としてそこそこ有名な町、シシームへと向けていた。昨晩過ごしたあの小さな丘を越え、ヘスティ森林西部を通るルートである。シシームに至る前に1つ小さな町があり、そこも通る予定であった。

「おや」

「どうかした?」

 森に入って数時間。昼を回り、そろそろ昼食にしようかと言っていると、アシュレイが声を上げた。

「何か近づいてる。速いな」

「魔物ね。ヘスティで足が速いというと…ウルフ種かな」

 ユーゼリアが言い終わるとほぼ同時、道の脇から灰色の毛並みのオオカミが出てきた。ぼたぼたと涎を垂らし、2人を前後で挟むように道に立つ。その数15。

 貴族に飼われているような大型犬よりふた回りも大きいオオカミが15匹も唸る様子は、女子供や一般市民が見れば腰を抜かすこと必至。

 だが、オオカミ達にとっては運が悪いことに、獲物と狙った2人の人間は、一般市民とも、普通の女ともかけ離れた力を持つ者だった。

「グレイウルフ。単体クラスE、6匹以上の群でDクラスの魔物ね」

「御説明ありがとう。物知りだな」

「6年も冒険者やってれば、知らないうちに頭に入るものよ。ちなみに、グレイウルフの舌は安価な珍味として知られているわ」

「なにそれ。俺食いたくない」

「激しく同意。意見があって良かったわ。これから料理に関しての感想は一緒になりそう」

 そしてアシュレイは前方の8匹、ユーゼリアは後方の7匹にそれぞれの得物を構える。

「それから、総じてウルフ種からはぎとれる素材は毛皮と牙。綺麗なままなら買取価格も上がるから、傷をあまり付けないでね」

「りょーかい」

「グワアァァッ!」

 1匹のグレイウルフがアシュレイに飛びかかると同時、2人が動き出した。

「……」

 アシュレイは無言のまま横に1歩。ウルフを避け、そのまま剣を斜めに振り上げ首を落とす。

 続けざまにウルフ達が飛びかかってくる。

 後ろに半歩下がり、空振ったウルフの頭を前方に蹴った。後ろに弾丸のような速さで吹っ飛んでいくグレイウルフは4匹のウルフを道連れにしていった。

 一発の蹴りで、大型犬よりだいぶ大きいオオカミが5匹も10m後方に吹っ飛ばすその様は、明らかにアシュレイを人外と思わすに容易く、ちょっと失敗だったかなとアシュレイは内心で反省した。

 難を逃れた残りの2匹は、計算外に強い獲物に向かって同時に牙を向けた。

 片方は下から強烈な蹴りをお見舞いする。人外のそれで蹴られたウルフは断末魔を上げる暇なく頭蓋を潰され、天に飛ばされた。

 もう片方は先ほど振り上げた剣の柄を勢いのまま下に叩きつける。ベシャリと嫌な音を立てて地面と熱烈な接吻を交わしたグレイウルフが、再び目を開けることはなかった。

 飛ばされていたウルフが、直に蹴られた1匹を残してうなっている。直撃は流石に内臓破裂か、と思いつつ、チラリと視線をユーゼリアに向けた。数匹のウルフに連撃され、地面を転がりながら避けている。こちらを見ている余裕はなさそうだった。

(それはそれで、拙いが…この場合は好都合か)

 一瞬で10mの距離を詰める。魔物であるグレイウルフでさえ見えない速度。人間が見たら、瞬間移動をしたようにも見えたかもしれないが、実際は走っただけである。正確には、地面を“跳んだ”だが。

 護衛対象が若干追い詰められ気味であるのは頂けないが、こちらを見る余裕がないのはありがたい。

 グレイウルフの後ろに移動したアシュレイは、目標を見失い、だがにおいで分かったのだろう、後ろを向こうとするウルフ達の首に迷いなく剣を突き立てた。

 

 その頃、ユーゼリアはその見事な杖術でウルフ達1匹1匹捌いていた。身の丈の半分はあるだろう長い杖は、嵐のような風をまとっている。

 ヴヴンとという鈍い唸りと共に荒れ狂う嵐を纏ったその杖は、グレイウルフという下級の魔物を一撃の後に葬り去るのに有り余る力を有していた。

「ギャンッ」

 転がったウルフの眉間は明らかに窪み、脳を突き破られた魔物は脳漿を撒き散らしながら倒れることしかできない。

 まだピクピクと四肢を痙攣させている仲間を踏み台に、飛びかかってきたウルフを前に前転して避け、振り向きざま杖を横に薙ぐ。決して良いとは言えない感触と共に、ウルフの首は折れた。纏った風でその毛皮が傷つき赤く染まった。

 無意識に顔を歪めながらも、背後からくる2匹を横に飛び退き避ける。

 2匹の追撃をまた避けに避け、1匹が口を大きく開けた瞬間、後ろに飛び退きながらその口に杖の宝玉部分を突っ込んだ。ガチンと牙が硬いものを噛んだ音がする。

 左のウルフはユーゼリアの柔らかい喉笛に狙いを定め、後ろ足に力を込めている。

「フレイム」

 一言。

 次の瞬間、杖を加えたグレイウルフの体が火に包まれた。

「ガアァァ!!」

 目にも止まらぬ速さで杖を放り出したウルフはなんとか身を包む日から逃れようと地面を転げ回るが、毛皮が丈夫なばかりにウルフは火達磨になって尚その強靭な生命の火を苦痛と共に燃え上がらせた。

 解放された杖は、半透明の宝玉が魔法の余韻か僅かに赤く染まり揺らめいている。

 もう片方は先日も使ったあの籠手を噛ませその隙に詠唱。

「【出でよ風刃】ッ」

 杖の宝玉が今度は緑に染まる。

 と同時に、宝玉から風の刃が飛ばされた。螺旋を描くそれはウルフの顔面に炸裂し、その顔を切り刻む。悲鳴を上げたウルフは、ようやく自分の危機に気づき撤退しようと足を向ける。

 逃げようとしたウルフは4匹。しかし、

「逃がさないわよ。【連なれ疾風】!」

 風刃が一度に3連射された。すべてが足を狙っており、命中した3匹のグレイウルフは転んだ瞬間また風刃の追撃を受け、地面に倒れ込んだ。

 そして足への攻撃を免れた1匹が森に入る直前。

 その背に、嵐を纏った杖が突き刺さった。

「よし」

 小さくガッツポーズをとったユーゼリアが、得意気な顔をして振り向くと――

「油断大敵」

 肩を押されてよろめく。と同時に、

「ガアアァァ!!」

 あの火達磨と化したウルフが首を寸断された。

 青色の血が、ユーゼリアが立っていた場所めがけて吹き上がる。

「あ、ありがとう」

「ん。やっぱり近接は苦手だね。次からは俺が前で、ユリィは後方支援の方がよくないか?」

「でも、それじゃアッシュが…」

「俺の心配はいいの。杖術は俺はよく知らないけど、近接戦闘に慣れたいなら俺が練習台になるから」

「うー……」

 言おうと思ったことを先回りされ、思わず唸るユーゼリア。

「これは護衛としてのお願いでもある。俺が護衛をするからには、ユリィには毛一筋でも傷を受けて欲しくないからな」

「……」

 思わず顔が赤くなるのを、ユーゼリアは抑えられそうになかった。

 咄嗟にうつむき、深呼吸を数回。怪訝そうに首を傾けるアシュレイへ向き直ると、自分のバッグから取り出した刃渡り30cm程のナイフを押し付けた。

「素材剥ぎ取り用のナイフ。私の予備だけど、渡しておくわ。これで毛皮とか牙とか剥いできて頂戴」

「なんか言ってることが怖いな」

 ぶつぶつ言いながら自分が倒したウルフの死体へと歩いていくアシュレイを、なんとなく目で追って、ユーゼリアははたと気づいた。

 彼が向かっているウルフたちが、皆一撃で屠られている。数匹は打撃系でやられたようだが、基本アシュレイはグレイウルフの首を切り落としている。

 6年間で血生臭い戦いに慣れているはずのユーゼリアでも、そうそうお目にかかれない光景だ。よほど剣の質がいいのか、アシュレイが並々ならぬ腕前なのか、それとも、その両方か。

(……考えるまでも無いわね)

 その両方だ。

 10匹には満たなかったとは言え、8匹のグレイウルフを帰り血も浴びず、自身も少しの怪我もなく、首を落とす。クラスDを超えるそれを軽く行い、なおかつ息をかけらも乱さないアシュレイは、一体どれほどの強さなのだろう。

 そういえば、このグレイウルフ達の気配に気づいたのも、アシュレイが先だった。

 自身もウルフの牙をナイフで少しずつ切りながら、ふとため息をつく。

 “アシュレイ=ナヴュラ”という人物が、いったいどういう男なのかが、わからなかった。

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