シャンヴリルの黒猫   作:jonah

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9話「魔力過多症」

「とりあえず、血の臭いに他の獣がやってくる前に退散するわよ」

 ユーゼリアの言で、2人は剥ぎ取った素材をそれぞれのバッグに入れると、そそくさとその場を立ち去った。

 アシュレイが最後の素材をバッグに放り込むとき、数頭の“なにか”が2人のもとに向かっているのを感じたので、ちょうど良いタイミングだったと言える。

「血がついたままだったけど、いいのか?」

「ええ。バッグに入れておけばね。腐ったりとか、そういう問題は気にしなくていいのよ。事前に入れておいた毛布とかに血がついちゃうこともないから、安心して」

「ならよかった」

 今更血臭などに嫌悪感は無いが、それでも好き好んで血みどろの毛布に包まれたいとは思わない。

 嘗ての同輩の中には、好き好んで血みどろの生肉を主食にしていた輩もいたが、やはり彼はマイノリティだった。ちなみに、彼の同志はまだ遣い魔になったばかりの魔獣上がりどもである。

(そういえば、奴の好みの肉は、魔力の高い若い女性の肉だったな)

 奴曰く、処女だと尚良いらしい。

 あれから1000年たったが、まだ生きているだろうか。

 前を軽やかに歩く銀髪の少女を見る。彼女は人間で見れば驚く程の魔力を有していた。ざっと3倍はあるだろう。よくこれだけの若さでこの量の魔力を暴走させずに制御しているものだ。

 普通、身に余る魔力は――特に、それが幼い子供だったりすると、自力で押さえ込むことができず、それをそのまま力の奔流として外に解き放ってしまう。それは花瓶や皿、窓ガラス程度ならヒビが入ったり、最悪砕け散ることもある。

 ところが、ユーゼリアは実に上手く魔力を抑えていた。微塵も外に滲み出ていない。昨日は単に魔力が無くなったからかと思っていたが、どうやら違うらしい。

(……ま、1000年も経てば変わっているだろう)

 それに、この広い大陸の中、ピンポイントでユーゼリアに狙いが定められるなんて、そうそうない。

 そうこうするうちに、川の音がし始めた。

 ユーゼリアが少し道を外れると、そう遠くないところに小川が流れていた。魚の影も見られる。川底の景色が綺麗に見えるほど澄んだ水だった。昨日の神殿の泉を思い出す。

「お昼にしましょ」

 そう言って、ユーゼリアはバッグから携帯食を取り出す。アシュレイもそれに習って自分の分の食料を取り出した。

 小さい鍋とスタンドをまた自身のバッグから取り出す。鍋に川の水を入れると、ユーゼリアは杖をスタンドの下に入れた。

「フレイム」

 グレイウルフを火達磨にした先ほどよりも威力は大分抑えて、宝玉から火が出た。

「……便利だな」

 アシュレイがやろうとすると、鍋ごと燃えるだろう。人間は魔力の総量が少ないため、そういう――つまり遣い魔達の感覚からすると“みみっちい”――作業ができることが、“便利”だ。そう言う意味で言った言葉だが、ユーゼリアには“魔法”の存在を忘れたアシュレイが、“魔法の存在と使い道”という意味で“便利“と言ったと勘違いし、やや得意げにした。

「ふふ、そうでしょ? アッシュはスープ飲む?」

 粉末状のスープの素をコップに入れると、鍋からお湯を注いだ。

「はい」

「ども。……あっづ!!」

「あ、熱かった? ごめん…て、あれ? そんなに熱い?」

 川に顔面ごと突っ込んでいるアシュレイに、不思議そうに声をかけた。熱いには熱いが、そんなのたうちまわるほどではない。

 その“のたうち回っていた彼”は顔を水面から上げると、恨めしげに言った。

「…俺、猫舌なんだよ」

「…………アッシュが?」

「なぜそんなに意外そうな顔をする!」

 俺にだって苦手なものくらいある。

 憮然とした顔で言うアシュレイに、ユーゼリアはいい繕った。

「なんかアッシュってなんでも出来そうな気がするんだもの」

「情けなくて悪かったな」

「もう、そんなのじゃないってば」

 ぶすっと言い返すと、アシュレイはちびちびとスープを飲み始めた。

 相変わらず熱い…が、旨い。簡易食にありがちなしょっぱすぎる味でもなく、寧ろ野菜の甘みが引き立てられている。

「……旨いな」

「え、ほんと? 嬉しい。それ私が作ったのよ」

「ほう。器用なもんだ。しょっぱすぎなくて美味しいよ。どうやるんだ?」

「ふふー。それは企業秘密であーる」

 アシュレイの気を悪くしたかとおろおろしていたユーゼリアだが、その言葉に気分を良くし、鼻高々に胸を張る。案外あっさりと引き下がったアシュレイに、もしや自分の気をそらすために言ったのかと少々不安になったユーゼリアだが、少しずつではあるがひと口ひと口を本当に美味そうに啜るアシュレイを見ると、まあいいかと笑みを浮かべた。

(思惑通りになるのは癪だけど、いいわ。今回は乗せられてあげる)

 アシュレイが何を思ってさっきの台詞を言ったか知らないが、それを聞いてユーゼリアが嬉しくなったのに間違いはなかった。

「じゃ、さっきの素材出して。洗いましょう」

「洗う?」

「ギルドの受付嬢の身にもなってみなさいよ。血みどろの毛皮なんて、いくら仕事でもできたら触りたくないでしょ? それに臭うしね。だから洗うのがマナーよ。まあ、たまにそのマナーの悪い冒険者もいるけど」

「ギルドに渡すのか」

「“フリークエスト”っていってね、特に掲示板に張り出したりはしないけど、殆どの魔物の素材はギルドが買い取ってくれるの。ま、グレイウルフなんかはどれも大した額にはならないだろうけど。弱いし」

「なるほど」

 川で地を洗い流してから、バッグにまた放り込む。

 その後も他愛ない話をしながら食事を終え、道に戻って森を進んだ。

「……そろそろ暗くなってきたわね。もう少し進んだところにキャンプ地があるから、そこまでいきましょ」

「キャンプ地?」

「1日じゃ抜けられないような森とかには大抵あるの。といっても、そんな大層なものじゃなくて、ちょっと見晴らしがいいように木とかが伐採されてるだけなんだけど」

「へえ」

 言われるまま歩き続けると、突然広場のようなスペースに出た。確かにここの方が魔物への警戒がし易いだろう。

 他に今日キャンプ地で泊まる旅人はいないようなので、円形に整えられたそこの中心に火を熾した。火の番は交代で行う。

「じゃ、この水時計が10回ひっくり返ったら交代ね。お先に、おやすみー」

「おやすみ。いい夢を」

「……あ、ありがとう」

 狼狽しながら毛布にくるまって横になったユーゼリアと、焚火を挟んで座った。足元にはポタポタと中でゆっくり水が垂れている水時計がある。

 なんともなしにそれを眺めながら、天を見上げた。ここだけ木が周りにないので、星が驚く程たくさん見える。多分、焚火を消したらもっと沢山あるのだろう。

「はぁ……」

 ゆっくりと、息を吐いた。

 

 見上げた(そら)は、1000年前とまったく変わらずに瞬いていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 パチパチと火が爆ぜる音が響く以外、その場には静寂が落ちていた。

 いや、ひとつ音――声がしている。

「…すぅ…すぅ……ふふー」

 一体どんな夢を見ているのか、時折笑みを浮かべるユーゼリアの寝顔を見て、アシュレイは微笑んだ。

 そのまま自身の手のひらを見つめる。

(もう、溜まってきているな)

 彼の目には、渦巻く魔力が今にも自身の制御を外れて、手のひらから外へ流出してしまいそうに見えた。"狭間"にいた影響だろうか。そろそろ猶予はない。

 "魔力過多症"

 アシュレイが生まれてからずっと付き合い続けている病の名だ。これは彼に限ったものではなく、少数だが人間やエルフなどの亜人にも現れる症状である。

 保有する魔力が、肉体の限界量を超えて、暴走する。暴走すれば、まず間違いなく患者は死に、それと共に周りへの被害も相当なものになる。

 もともと人体というのは、魔力のもとである魔素を空気中から取り込み、体内で魔力として生成する器官を持っている。それは魔法を使ってもしばらくすればまた減った魔力がもとに戻ることからも分かるだろう。

 ユーゼリアが、昨日あれだけへろへろになっていたのに、一晩寝た今日、全開とは言えないものの、ほぼ魔力が戻ったことからも言える。

 通常、減った魔力の分だけ体は必要な魔素を取り込み、満杯になったら無意識に取り込みを止める。

 ところが、それを止められない個体が稀に存在する。

 必要な魔力は既に十分あるが、体がそれに気づかないのである。そしてどんどん魔素を取り込み、ついには体に抑えこめる魔力量の限界を超える。

 体中が裂け、血と共に解き放たれた魔力が暴風となって放出される。そこらの竜巻よりも凄まじい魔のうねりである。

 それが"魔力過多症"であった。

 アシュレイは魔人ノーアに一から作られた"人間"である。その脆弱な体で遣い魔としての力量を備える為、様々な改造を施された。そのうちの1つが、人為的な"魔力過多"である。

 この病は魔法では治らない。外傷はないからだ。だが、魔法の力に頼り、医療技術の進歩が滞っている今、それを根本から治す薬は見つかっていなかった。

 よって、魔力飽和による爆発を防ぐ手立ては1つ。

 先延ばしではあるが、原始的故に速効性もある方法である、"魔力放出"。

 つまり何なのかというと、魔法を使いまくり、体内にある魔力を減らせばいいじゃないかということである。

 当然アシュレイもまだ遣い魔だった頃から、週に一度くらい戦術級(最上級の更に上)の魔法をそこらに打っていた。一般には月に一度、下級魔法を打てば十分なのだが、そこは他にもいろいろと文字通り魔改造をされている身、月に一度では足りないのである。

 再びユーゼリアに視線を向ける。安心しきった顔で寝ている彼女をみると、ここで巨大な魔力をぶっ放すのには躊躇する。

 一般人や新米剣士ならともかく、魔道士は魔力の動きに敏感なのだ。

 周りに魔物がいないのを確認してからゆっくりと立ち上がり、足音をたてずに森の中へと歩いてゆく。

 しばらく歩いてから、小さく声を出した。

「【風よ我が身を運べ】」

 直後、小さな竜巻がアシュレイを呑み込む。竜巻が収まる頃には、その場には注意しないと分からない程の僅かな魔力の残照しか残っていなかった。

 風属性最上級魔法のひとつ、いわゆる"瞬間移動"である。

 最上級だけあってこれだけでも大分魔力を削りとってくれるが、まだまだ足りない。

 キャンプ地からは1キロほど離れた森に移動したアシュレイは、空に狙いを定め、少しの逡巡の後に水属性戦術級魔法を放った。

「【白魔の女神】」

キ―――ン...

 瞬間、耳鳴りがするような静寂に包まれる。生命の鼓動も、皆時をわすれたかのように、動きを止めた。

 スゥっと、大気が冷たくなる。

ピシ...ピシッ......

 溜まった水が桶から少しずつ筋になって零れるように、何かがひび割れるような音が、妙に大きく響く。

 そして、それ・・は爆発するように起こった。

ピシ...バキバキバキ!!

 数秒とたたずに、狙った空から雹が降る。空気中の水分が凝固したものだ。

 間をおかずに、今度は狙った点の真下から、木が凍りついていった。そのままバキバキと音をたてながら、その冷気の塊は円形に広がってゆく。

 木も、草も、寝ていたグレイウルフも。

 中心の点から半径約200mの球状。その中にあった全ての"水"は、凍りつき、氷像と化した。

ビュウウウウウウ!

 凄まじい風が吹き荒れる。

 体から魔力が減るのを感じ、ほっと息をついた。魔力が充満してくると体中が熱くなり、何もしないでも疲れるのだ。

 風が止んでから一歩を踏み出す。氷の草を踏みしめると、硝子が割れるような音をたてて砕け散った。

「……寒いな」

 満足げながらも小さく身震いし、早くこの場から立ち去ろうと早口に呪文詠唱をする。

「【風よ我が身を運べ】」

 気温はマイナス20℃。

 5日後、未だに氷が溶けないこの場所が発見され、ポルス他近くの町、村で怪奇現象と良い景観から観光ツアーが計画されるのは、また別の話である。




風が吹いたのは気圧の差とか、そんなところです。
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