【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年   作:バイル77

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LAST PHASE それからの日々

真と一夏の決闘から時間は過ぎて――

 

2023年 4月中旬 IS学園 第3アリーナ整備室

 

IS学園は新学期を向かえて、半月程が経過しようとしていた。

新たに入学した1年生達も寮生活や学生生活の変化にほぼ全員が馴れ始めており、部活動や放課後のアリーナを使用した訓練にも注力できるようになる頃合いだ。

 

そんな中、1年生用のリボンを身につけた2人の女子生徒が、第3アリーナの整備室に置かれているIS用機材の前で身を屈めていた。

その様子はまるで何かから隠れているようにも見える。

 

彼女達の視線の先には、IS用のメンテナンスベッドに鎮座している訓練機用の【打鉄】と、その周りで機体をメンテナンスしている整備服の女生徒。

打鉄の股下で作業している人影が見え、彼女達の視線はそこに集まっていた。

 

 

「よし」

 

 

打鉄の股下から機械油で頬を黒く汚した、2人目の男性搭乗者である【飛鳥真】が現れた。

数ヶ月前よりも全体的に髪の毛が伸びており、伸びた後ろ髪をゴムバンドで縛り上げていた。

メンテナンスベッドの上で仰向けに寝転がる形で作業を続けていたためか、彼が身に着けている作業服が所々汚れていた。

 

 

「本音。こんな感じでどうかな?」

 

 

メンテナンスベッドから降りた真は、少々身体を伸ばしてから作業を続けている本音に尋ねる。

機体の周りで整備を担当していたのは本音であり、彼女も整備服に身を包んでいる。

少し離れた場所にこの機体に直前まで乗っていたISスーツを身に着けた赤髪の少女が眺めていた。

 

 

「うん、私もいいと思う。ただねー……」

 

 

彼女の視線が動く先には空間投影ディスプレイが展開されており、そこに映るのは数十分前の打鉄の稼動映像であった。

内容はアリーナの上空を飛行しているものであり、飛行自体は問題なく行えていた。

 

しかしAMBACを用いた機体反転を行う際に、搭乗者の女子生徒の顔が歪む。

AMBACの途中で突如機体がバランスを失ったかのように制御不能になったのだ。

 

スラスターも操作を誤ったのか切らしてしまい、まるで空中で溺れたようになった後に別の打鉄によって助けられたところで映像は終わる。

 

 

「マニピュレータとバーニアの反応がやっぱり過敏かもしれないから、何かあったら教えてほしいな」

 

 

打鉄の少女が機体の操作を誤った原因は、彼女の【反応速度】が他の生徒達よりも高い点にあった。

専用機とは異なり平均的なセッティングを施してある学園の訓練機であるため、AMBACに入る際にバランスを崩したのだ。

 

これが代表候補生達ならば、スラスターや姿勢制御バーニアを駆使して体勢を立て直すことも容易であったが、

あくまで一般生徒である彼女にそこまで求めるのは酷だろう。

 

 

「そうか?これでもだいぶ制限かけてる設定なんだけどな」

 

「整備士が自分基準で考えちゃダメ。あすあすの反応速度は特に異常なレベルなんだから」

 

 

ぶーっと頭の上で手を交差して×印にした本音。

真は肩をすくめてはいはいと返しながら、この機体の搭乗者である少女に視線を移す。

 

 

「とりあえず君の機体だから感想を聞きたいんだ。アリーナに出てくれないか?」

 

「はっ、はいっ!」

 

 

真の言葉に少し緊張したかのような声色で返事をした少女は、自身の機体である打鉄に歩み寄った。

 

10分後――

 

打鉄への搭乗が完了した少女は、アリーナへと場所を移した。

打鉄はゆっくりとアリーナの上空へと上昇していき、その速度を上げていく。

 

そして先程の映像と同じまでに加速した打鉄は、AMBACを用いた機体反転へと移る。

その所作は先程の映像と比べると段違いに滑らかであり、同年代の生徒達に比べると雲泥の差に見える。

 

少女も自分の機体操作に驚愕の表情を浮かべていたが、次第に満足のいく飛行を行えている充実感からかその表情は笑顔に変わっていった。

 

 

「おぉ、機体反転のキレがさっきとは大違いだ」

 

「うん、あれならもう大丈夫だね」

 

 

アリーナの映像を整備室のモニターで見ていた真は本音の返事にほっと一息ついて胸をなでおろす。

 

整備科でISについて本格的に学び始めてまだ少ししか経っていない。

そのため自分が行った作業にまだ自信が持てていなかったのだ。

 

そんな時、横にいる本音が真に向けて右手を上げていた。

 

彼女の所作が何を意味しているのか、それは――

 

 

「あすあす、ハイターッチ」

 

「あっ、あぁ」

 

 

おずおずと彼女につられて右手を上げると、ペチンと軽い音を立ててハイタッチする。

 

 

「もっと喜んで、そして胸を張らないと。あすあすのお陰で悩み解決したんだから」

 

「本音もいたからだろうけど……そうだな、ありがとう」

 

 

本音の言葉に笑顔を浮かべた真の姿を、少し離れた場所で見つめる影が2つ。

機材の影から見つめる少女の1人、黒髪に眼鏡を開けた1年生【羽間真奈美】がその様子を見てにやけていた。

 

 

「いいなぁ、飛鳥先輩。いつもの強面な表情もいいけど、笑ってる顔が可愛いぃ~……っ!」

 

「真奈美、顔ものすごくだらしないよ?」

 

 

友人である栗色の髪をショートカットにした少女【高宮杏奈】の指摘に、真奈美はずびっと垂れていた涎を拭う。

 

 

「っ、杏奈もわかるでしょっ!?この前貸した飛鳥先輩の特集載ってる雑誌、返してくれてないの忘れてないからね!」

 

「……アンタが私の部屋に取りに来ないだけでしょうが。この前返そうと思ったら飛鳥先輩追っかけてどっかいっちゃうし」

 

「そっ、それは……飛鳥先輩が放課後見当たらなかったりしてたからでぇ……」

 

 

両手の指をツンツンとしてふてくされ始めた真奈美に、杏奈はため息をこぼす。

 

 

「まっ、まぁ、ようやくこの時間帯はどこにいるか分かったからっ!これからアタックを仕掛けますよぉ!」

 

 

拳を握り締めてぶんぶんと振り回す真奈美。

追加で1つため息をこぼした杏奈は、残酷な現実を突きつけることにした。

 

 

「ま、アンタや私の恋は戦う前から終わってたんだけどねぇ」

 

「……え?」

 

 

素っ頓狂な声を上げた真奈美に、杏奈は驚愕と呆れが混ざり合った表情を浮かべた。

驚愕3割、呆れ7割の配合率だ。

 

 

「何で終わってるの?」

 

 

昨年発見された3名の男性搭乗者。

その内の2名にはすでに交際をしている人間がいるのはIS学園内でも有名な話だった。

 

杏奈には1つ上の姉がいる。

その姉に真偽を確かめたところ、その話は真実であるとの事だ。

 

 

「飛鳥先輩は、更識先輩と付き合ってるってお姉ちゃんが言ってたから。お姉ちゃんの友達も本当だって」

 

「なん……だと……っ!?」

 

「はいはい」

 

 

ノリがよすぎる友人は、自分が与えた情報によるショックで膝をついてた。

ポンポンと慰めるように頭をなでる。

 

 

「うわーんっ、戦う前から負けてるとか悲しすぎるー!」

 

(……ずっとこっちを見てたのは彼女達か……新入生? 何か用でもあるのか?)

 

 

真奈美と杏奈が隠れている機材を一瞥しつつ、流れていた汗をタオルで拭った真は、後ろ髪を縛っているゴムバンドを外す。

押さえつけられていた反動か髪の毛は一気に元に戻っていき、頭を振って髪の流れを整える。

 

そんな様子を本音が眺めていた。

 

 

「髪の毛伸びたねー。そろそろ邪魔になるんじゃない?」

 

「ん、確かにな。別に伸ばしてたのは理由があるわけじゃないんだけど……いい加減うっとおしいし、切るかな」

 

 

全体的に数ヶ月前に比べて髪を伸ばしていた真は、前髪の一部を摘み上げる。

割とストレートな髪質であるためか、目を隠すには十分なほどに伸びていた。

 

 

「それがいいよぉ、間違えなくて済むから」

 

「……本音もそれを言うのか」

 

 

真のジト目の抗議に、クスクスと目元に笑みを浮かべた本音が言う。

 

 

「だってかんちゃんに連れられて、喫茶竜宮に行ったときホント驚いたもん」

 

「そこまで似てるかね、俺と一騎」

 

「髪の毛伸ばしたあすあすとかずっきー、そっくりだもん。パッと見ただけだと、見間違えるよ?」

 

 

真と彼の1つ下の後輩である一騎は兄弟であるかの様に似ているのだ。

真からしてみれば大げさと言わざるを得ない。

それに後輩である一騎も最近は雰囲気が変わってきており、母方の遺伝か髪型などで判別がつくと思っているのだが。

 

 

「よし、今度髪の毛切るか」

 

 

本音にじろじろ見られていたので、真は再びゴムバンドで後ろ髪を縛る。

そのすぐ後に彼女は何かに気づいたような表情を浮かべた後、笑顔を浮かべて。

 

 

「もしかしてあすあす、かんちゃんに髪切って貰ったりするの?」

 

「え?」

 

 

本音の言葉に、真は素っ頓狂な声をもらして、首を横に振る。

 

 

「散髪は普通に床屋でやってもらってるけど」

 

「そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」

 

 

謝りながら工具を片付けに向かう、本音にんっと軽く手を上げて返した真は彼女から言われたことについて考える。

 

 

(……いいな、髪きってもらうのって)

 

 

長くなった前髪をつまみあげながらそんなことを考える真。

髪を弄りながらそんなことを考えていると――

 

 

「真ーっ!助けてくれぇーっ!!」

 

 

という見知った叫び声が木霊し、ドタバタとISスーツ姿の一夏が整備室に飛び込んできた。

整備室に飛び込んできた一夏はそのまま、機材の影に隠れる。

 

その様子に、真ははぁっとため息をついた。

何事かと、片付けを行っていた本音もその様子に目を見開いていた。

 

 

「またか?」

 

「またってなんだよ!」

 

「ホンットに自覚ないんだな、お前はぁっ!」

 

 

機材の陰に隠れた一夏の叫びに、真も叫んでツッコむ。

 

 

「……それで、今回は何をしたんだよ?」

 

 

落ち着くために深呼吸した後、真が一夏に尋ねる。

おそらくはいつもの女性関係の問題だろうと直感で分かってはいるのだが。

 

きょろきょろとあたりを見回した一夏が、説明する為に機材の影から出てくる。

 

その瞬間だった。

一夏の身体に何かが巻きついて、彼を一瞬で簀巻きにしてしまったのだ。

 

 

「げっ!?」

 

「……レーゲンのワイヤー・ブレード、ラウラか?」

 

 

そう、一夏を一瞬で簀巻きにして【拘束】したのは【シュヴァルツェア・レーゲン】の【ワイヤー・ブレード】だった。

当然それを操作しているのはラウラであった。

整備室の入口で仁王立ちし、ISを部分展開しているラウラは薄く笑みを浮かべていた。

 

 

『その通りだ、真。そして見つけたぞ、一夏』

 

「ちょっ、ラウラっ、待ってっ、落ち着いてくれっ、絶対何か勘違いしてるぞっ!?」

 

『勘違いなものか……皆、見つけたぞ、やはり整備室だった』

 

 

ラウラがそう言って、空間投影ディスプレイを展開する。

すると通信を行っている、箒、鈴、シャルロットの顔が映りこむ。

 

 

『やはりか整備室だったかっ!』

 

『ナイスよ、ラウラっ!』

 

『まぁ、一夏が約束反故にしたのが悪いしね』

 

 

通信から聞こえたヒロインズの声色には、怒りのほかに異様な冷たさを感じる。

 

 

「たっ、助けてくれぇっ、真っ!」

 

 

簀巻きにした一夏がずーりずりと引きづられながら、真に助けを求める。

すでにラウラの元まで後数mといった距離だ。

 

 

(……こりゃ無理だな)

 

 

真はその様子を見て救出を諦め、そっと合掌する。

その所作はとても滑らかかつ、無駄な動きが一切なかった。

 

 

「……南無」

 

「合掌しないでーっ!?」

 

 

友人の叫び声は、閉まる整備室の扉の向こうに消えていった。

 

 

「相変わらずだね、おりむー」

 

「だな。助けてあげたかったけど、流石にあの状況じゃ無理だよ」

 

 

合掌をやめて肩をすくめた真は、整備室の時計に視線を移す。

時間はすでに夕刻、この後真には【予定】があるのだ。

 

 

「よし、俺はそろそろ帰るよ」

 

「うん。【今日】だもんね」

 

 

本音の言う【今日】、それは次回のモンド・グロッソの代表選手選考会の日が本日なのだ。

本来ならば昨年行われるはずだったモンド・グロッソは、一夏・真・カナード【3人】の男性搭乗者の登場による世界的影響を鑑みて、延期されていた。

そのモンド・グロッソの日本代表選手候補に簪は選ばれており、本日は1日中不在だったのだ。

 

IS学園在籍生徒の中で国家代表の内定を得ているのは、すでにロシア国家代表である楯無と、数日前に英国代表の座を射止めたセシリアの2人。

簪が日本代表になれば3人となり、所属企業である日出工業も大々的に公表する予定であった。

 

余談だが公式で発表されている男性搭乗者は3人である。

4人目のアスランの存在は秘匿され、発表はされてはいなかった。

これは歌姫の騎士団の一員だったことに起因しており、千冬や真達も納得していた。

 

 

「かんちゃんなら、絶対に大丈夫!」

 

「あぁ。大丈夫だって信じてるさ」

 

 

真はそう言って頷いて答え、作業服から着替える為にロッカーに向かった。

 

 

それから30分後

 

学生寮 真の部屋

 

 

「……」

 

 

真は自室のソファに腰掛けて、手に持っている携帯を眺めていた。

選考会は時刻的に終了しており、簪からの連絡を待っているのだ。

 

じっと携帯の画面を眺めていると、軽い電子音の後にSNSの画面が開かれる。

 

 

「っ!」

 

 

即座に確認すると、予想していた通り簪からの連絡だった。

画面には、【帰ったら真の部屋に行く】と表示されていた。

 

SNSを使って結果を彼女に結果を聞いてもいい。

だが、これほど大事なことは彼女の口から直接聞きたい。

 

だから真も【分かった。待ってる】と返信して画面を閉じる。

 

 

「……ふぅ」

 

 

携帯の画面から目を外した真は、深く息をついてソファにもたれ掛る。

簪が帰ってくるまで後2時間はかかる。

その間、彼女の結果の件がずっと頭に引っかかることとなる。

 

 

「……コーヒーでも買ってくるか」

 

 

ただ待つよりは飲み物が合ったほうが落ち着くだろうと判断し、寮内の自販機へ向かうことにした。

 

 

数分たって、自販機の元にたどり着いた真はそこに見知った顔がいるのに気づいた。

教員としてスーツではなく、黒を基調とした私服姿のカナードと、ゴシックな服を纏ったクロエだった。

カナードは珍しくミネラルウォーターを購入して激しく呷っており、顔色もどういうわけか青く見えた。

 

 

「よ、カナードにクロエ」

 

「……真か」

 

「真様、こんばんわ」

 

 

一気に半分まで減ったミネラルウォーターの口を閉じてカナードが言う。

クロエも真に軽く会釈していた。

 

 

「……なんか顔色悪いぞ、どうした?」

 

「……別に、なんでもな……っ!?」

 

 

ぐっと胸元を押さえたカナードが顔を伏せる。

まるでこみ上げてくる何かを必死に押さえ込んでいるかのようだ。

 

 

「おっ、おいっ、大丈夫か?」

 

「っ……問題ない……っ!」

 

 

脂汗を滲ませながらも、必死で何かに耐えているカナード。

明らかに普通ではない。

事情を知っているであろうクロエに視線を移すと、どういうわけか彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

 

「何かあったのか?」

 

「えっ、あの……その……はい……」

 

 

なんでも本日分の授業を終えたカナードは、クロエと共にショッピングモールに繰り出していたらしい。

ショッピングモールに新しく出店した【お好み焼き屋】に彼女が興味を持ったため、夕食をかねて入店したところまではよかった。

 

しかしここからが問題だった。

 

カナードは日系人であり【知識】としてはお好み焼きという料理を知っている。

しかし当然実物を作ったことはない。

 

興味を持ったクロエも、料理のスキルも上達していたのだがお好み焼きは難易度が高かった。

 

必然、注文したお好み焼きは見るも無残な形状で食べることになった。

味自体には問題がなかったのだが、クロエは小食でありお好み焼きの量は多かった。

だから彼女が食べ残した分もカナードが全て平らげることになった。

 

元々カナードもあまり食べるほうではない。

そのため、食べ過ぎによってうずくまるほどの気分の悪さに襲われているのだ。

 

 

「……というわけです」

 

(……惚気かよ)

 

 

クロエの説明を聞いた真は、心配して損したと肩をすくめる。

 

 

「カナード様、束様に胃薬を用意してもらったほうが……」

 

「やめろ……っ!アイツがまともな薬など用意するはずがないだろ……っ!」

 

 

彼を心配するクロエに表情でカナードは訴えかける。

クロエの肩をガシっと掴んでまで、訴えかけるその様子に彼女も頷くしかなかった。

 

 

「ラキーナでも呼んでくればいいだろ」

 

「……アイツはっ、フレイ・シュヴァリーの機体整備のために引きこもっていて使えないんだっ」

 

 

ジト目の真はうずくまっているカナードをよけてから、自販機に硬貨を入れる。

電子音と共に購入したコーヒーが取り出し口に落下して拾い上げる。

 

 

「もうさ……ブレイク号で横になってればいいんじゃないか?」

 

「……そうさせてもらう」

 

 

仕事でもしようとしていたのか、カナードは苦笑して立ち上がる。

立ち上がる際にグラリとふらついていたが、そこはクロエが支えている。

 

そんな二人を尻目に、真は手に持った冷たいコーヒーをポケットに入れて真は立ち去る。

 

それから時間が過ぎて、カナードとクロエの2人と別れた真は自室に戻ってきていた。

なんだかんだ時間をつぶすことができたため、そろそろ簪が戻ってきてもおかしくはない時間帯だった。

 

 

「……」

 

 

買ったコーヒーはあまり好みの味ではない。

だが、気分を落ち着けるために口をつける。

 

 

雑な苦味に顔をゆがめた、そんな時だった。

 

コンコンと、自室の扉をノックする音が聞こえたのだ。

すぐさま立ち上がった真は、扉を開けに向かう。

扉を開くと、そこにはIS学園の制服姿の簪が立っていた。

 

彼女の眼の周りが少しだけ赤くなっている。

その理由は1つしかない。

 

 

「おかえり」

 

「うん」

 

「結果はどうだった?」

 

「中で話すから」

 

 

簪がそういったため、真は頷いて彼女を部屋に迎え入れた。

手に持っていたバッグをソファに置いた後、簪は真に向かいなおす。

 

彼女の瞳には涙が溢れていた。

しかし、その涙は悲しみからくるものではなかった。

 

 

「日本代表に、なれたのっ」

 

 

涙声を必死に抑えながらも、彼女は真にそう告げる。

 

 

「おめでとう」

 

 

それが真の心からの気持ちだった。

その言葉と表情に我慢できなくなったのか決壊したかのように、涙が零れだした。

 

 

「ごっ、ごめんなさい。さっきまでずっと泣いてたのに、まだ涙が止まらなくて……っ」

 

「気にしないって。それに嬉し涙ならいいじゃないか」

 

 

真はそういってから、簪を抱きしめる。

 

 

「本当におめでとう、簪」

 

 

彼女は真の腕の中でうんうんとうなずいていた。

 

それから数分間、彼女が落ち着くまで待っていた。

さすがに抱きしめ続けているのは小恥ずかしくなったため、彼女から離れて落ち着かせていたが。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「うん」

 

 

彼女の顔はまだ赤いが、だいぶ落ち着いたらしく声もいつもどおりのものだった。

それを確認した真は、自分の机の引き出しを開ける。

 

彼が引き出しから取り出したのは、水色の水玉模様の包装紙に包まれた箱であった。

 

 

「真、それって……?」

 

「実はさ、前から準備してたんだ」

 

 

照れて頭を軽くかきながら、真は簪に箱を差し出す。

 

 

「日本代表記念のプレゼント、受け取ってくれないか?」

 

「っ……うんっ」

 

 

驚愕の後に笑みを浮かべた彼女は、差し出された箱を受け取る。

 

 

「開けていい?」

 

 

もちろん、と真が頷いたことを確認した彼女は丁寧に包装紙を剥がしていく。

包装紙を剥いた後に出てきた箱を開けると、その中には細長いモノが入っていた。

 

 

「これって……【簪】?」

 

 

そう、箱の中には【簪】が入っていた。

形状としては一本軸の簪であり、薄桃色で作られた桜の花を模した飾りが四つ組み合わさっている。

 

 

「実はさ、それ手作りなんだ」

 

「手作りなの?」

 

 

真が照れて視線を外しながうなづく。

 

 

「プレゼントで何がいいかなって思って色々考えたんだ。食事とか旅行とかさ。でもやっぱり形に残るものにしたくて、そんな時に思いついたのが髪飾りの【簪】だったんだ。これなら形に残るし、ぴったりじゃないかなって。それで【簪】を手作りできるサイトとかあってさ、そこで注文して自分で作ったんだ」

 

 

説明していくうちにだんだん早口になっていく真は、一息入れて続ける。

 

 

「もっといいプレゼントとか思いつけばよかったんだけど……」

 

「ううん、凄く嬉しい。つけてもいい?あ、でも付け方があんまり……それに私の髪型でも大丈夫なの?」

 

「っ、あぁっ、大丈夫!簪の髪型でも付けられるように付け方は勉強してるから、教えるよ」

 

 

彼の指示のもとヘッドギアを外して机に置き、ソファに座ってもらう。

 

髪の一部をとって左耳に向けて纏め上げるように編みこんでから、ピンで止める。

最後にその土台へ簪を挿入して完成だ。

 

 

「どう……かな?」

 

 

髪をまとめ上げているためか、いつも髪に隠れている左耳が露になり新鮮な印象を与えていた。

薄桃色の髪飾りも、水色の髪の毛と反発することなく自然な印象を与えていた。

 

 

「綺麗だ、凄く……似合ってる」

 

 

他にそう表現することができない。

だからただ心に感じた言葉で真は感想を口にする。

 

 

「嬉しい……本当にありがとう、真」

 

「喜んでもらえて、よかったよ」

 

 

簪が本当に嬉しそうに頷いてくれたことが、真には本当に嬉しかった。

 

そんな彼女がぎゅっと真に体を預けてきた。

髪飾りをつける際に彼もソファに座り込んでおり、彼女が真に体を預けるのは容易だった。

 

 

「真……大好き」

 

「……俺もだ」

 

 

愛する人からの言葉に、そう返した真は彼女の右肩に手を回して抱き寄せた。

 

 


 

 

暗闇の中で、目が覚める。

見知った天井に実家から持ってきた書籍を収めた棚や、変身ベルトを納めた棚が目に入る。

そして真はベッドの中で、寝ぼけた意識を覚醒させていく。

 

 

(……夢か)

 

 

ずいぶんと久しい夢を見たと、理解した真は薄く笑みを浮かべた。

すでにIS学園を卒業して3年が経っているのに、在学中の、しかも全ての因縁が切れたすぐ後の夢を見たのだ、それも仕方ないだろう。

 

部屋の時計を見ると、時刻は午前4時。

日課のトレーニングには少し早い。

 

 

(まだもうちょっといいか……それに起こすわけにはいかないしなぁ)

 

 

捲っていた掛け布団を元に戻す。

同衾している女性、簪を起こさないようにゆっくりと。

薄いピンクの寝巻きを着た彼女は、静かに寝息を立てていた。

 

 

(……今日のトレーニングはいいかな)

 

 

本日の講義の日程を思い出して、真は二度寝を決め込むことにした。

 

それから数時間。

 

朝のニュースが居間に流れるなか、目の前にテーブルにおかれたお椀を持ち上げて味噌汁を飲む。

味噌汁のほかに、ごはん、焼き魚に漬物、まさに日本の朝食といった献立だ。

 

 

「朝は味噌汁だな」

 

「うん、おいしい」

 

 

テーブルを挟んで反対側の簪もそれに頷く。

 

 

「今日の講義、昼からだよね」

 

「あぁ。その後は特に講義もないから日出支社に行こうと思うんだけど、どうかな?」

 

「うん、私もそう考えてた」

 

 

現在の真と簪は、IS学園を卒業して同じ大学に通っていた。

真は主に工学面を専攻して技術者としての知識と技術を高めていた。

簪はスポーツ工学を専攻しつつ、国家代表選手としての活動を続けていた。

 

真は大学生として学びながらも、日出工業で続いているコロニー計画に第一人者として参画していた。

コロニー【ヘリオポリス】の建造度合いはまだ基礎工事が終わった段階だが、彼が駆る【デスティニーガンダム・ヴェスティージ】が建造途中のコロニーを縦横無尽に翔けるという映像は、コロニー計画のPVとして現在の日本で見たことのない人間がいないレベルで有名なものになっていた。

 

また大学入学と共に、大学近くのマンションを借りて同棲生活も始めていた。

互いに日出所属の身であり、簪は国家代表選手だ。金銭的な面は特に問題がなかった。

楯無が実家から出て行くことになった簪を無理やり引きとめようとして、怒られたのはもはや懐かしい笑い話となっていた。

 

 

「なら一緒に行こう。ジェーンさんが【プチモビ】を改造させろとか無茶いいそうだし、止めないと」

 

「【プチモビ】……【EOS(イオス)】の亜種みたいな機械を作ってるんだっけ?」

 

「あぁ。それに近いかな。ただ操縦方法は【MS】のそれだけど。お陰で宇宙でもIS使わなくても活動できるけど、あの人マジでそのうち本物のMS作りそうだよ」

 

 

大げさにため息をついた真に簪は苦笑する。

視線を戻した真が、何かに気づいたように口元を緩めた。

 

それが気になった簪は、彼の視線の先にあるモノを見つめる。

彼の視線は、ソファの上に置かれていた簪のバッグに向けられているようだった。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いや、今日見た懐かしい夢を思い出したんだ」

 

「夢?」

 

「あぁ。髪飾りをプレゼントしたときの夢だった」

 

 

簪のバッグの中から覗いていた薄桃色の髪飾りを軽く指差す。

彼女が日本代表になったときにプレゼントしたお手製の【簪】

大事に使用してくれているので、数年たった今でも十分現役であり、公式インタビュー等の際にも身に着けてくれていた。

流石にISの試合を行う時は外しているが。

 

 

「ヴァルキリーさんがあれつけてインタビューしてくれるとき、滅茶苦茶嬉しかったよ」

 

 

簪が学生時代に初出場したモンド・グロッソでは、射撃・機動部門で優勝しヴァルキリーの称号を得ていた。

惜しくもブリュンヒルデは逃したが、次の機会での優勝を目指して鍛錬に励んでいた。

 

 

「っ、もうっ」

 

 

顔を赤くした簪がぷいっとそっぽを向く。

その仕草に真はぷっと吹き出してしまった。

 

 

「っ、真のばかっ」

 

「ごめん、ごめんって」

 

 

手を合わせて平謝りを続ける真と、そっぽを向いた簪という風景は食事が終わるまで続いたのだった。

 

 


 

 

同日 夕方

 

夕焼けの紅が染め上げる海岸線の道を、軽快なエンジン音を響かせながら1台のスーパースポーツタイプのバイクが駆けていた。

後部座席には女性が乗っており、ライダーの男性の腰に手を回している。

 

ライダーの男性が海のほうに首を動かした後、ブレーキをゆっくりとかけてバイクが停止した。

それに後部座席の女性は首をかしげる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

後部座席に座っていた簪はフルフェイスヘルメットのバイザーを上げてライダーである男性、真に尋ねる。

真もフルフェイスヘルメットのバイザーを上げて彼女の質問に答える。

 

 

「いや、夕焼けが凄く綺麗だなって」

 

 

真の言葉に、簪も海のほうに視線を動かす。

 

夕焼けの紅が海の群青の中に沈んでいく。

その間海は紅と群青の二色で輝いている。

 

空も茜色に染まっており、時間が許す限り見ていたくなるような光景だった。

 

 

「……綺麗」

 

 

思わず簪もそう呟いてしまった。

 

 

「少し、見て行かないか?今日やることは全部終わってるし、リラックスにはいいんじゃないかな」

 

 

彼の言うとおり、すでに今日の講義は終わり日出支社での用事も済まして帰宅している途中だった。

真の予想通りジェーンが暴走しかけており、それを利香と真と3人で止めることになって少しリラックスしたい気分でもある。

 

 

「うん、いいよ」

 

 

真にそう返答した簪がバイクから降りた後、ヘルメットを外す。

バイクを邪魔にならないように停めた真と共に、海岸に下りていく坂道を見つけて下っていく。

 

砂浜に靴跡を残しながら、二人は波打ち際を歩く。

紅の光が海水に濡れた砂に反射して煌き、穏やかな波の音が耳に届く。

少し歩いたところで立ち止まって、しばし波の音に耳を傾けていた。

 

 

「こうしてゆっくりするのも久しぶりだよな。なんだかんだ忙しいし」

 

「うん。でも忙しいけど、充実してるって思う」

 

「そうだな。少しだけジェーンさんが自重してくれればホント助かるんだけどな。マジでそのうちやらかして、カナード達が敵に回りそうで怖いよ」

 

 

げんなりした表情を浮かべる真に、思わず簪は苦笑してしまう。

それから適当な雑談を交わしていると、辺りが少し暗くなったことに気づいた。

すでに太陽は沈みきっており、空は赤色の名残が群青に塗りつぶされそうになっていた。

 

 

「っと、結構話しちゃったな。そろそろ帰ろうか」

 

 

真の言葉に簪が頷く。

それを確認した真は、バイクを止めた坂の上まで戻るために踵を返す。

 

 

すると、すでに日も落ちきった砂浜の向こうから人影がこちらに歩いてくるのが見えた。

 

最初は特に気にも留めていなかった。

静かな海岸線だが、自分達の様な者もいるだろうと。

 

だが、近づいてくるにつれ目を離すことができなくなってしまった。

何故なら、2人にとって見知った人物だったからだ。

 

 

金を紡ぎ出した様な美しい金髪に、非常に整った顔の美青年。

身に着けている服は、この世界でも一部の人間しか知らない【ザフトの赤服】。

実体が存在しない幻のようなモノなのか、彼の姿は背後の砂浜が見えるくらいにうっすらと透けていた。

 

その青年が真達の目の前まで歩みを止め、微笑んでから口を開く。

 

 

『シン、久しぶりだな』

 

「レイ……っ!?」

 

「レイお兄様……っ!?」

 

 

そう二人の前に現れたのは、真の親友、【レイ・ザ・バレル】だった。

レイは2人の反応にククっと笑いをこぼした。

 

 

『お兄様か、その呼び方にはなれないな。こそばゆさを感じるよ』

 

「……お前なぁ、ついに夢じゃなくていきなり現れるようになったのかよ」

 

『気にするな、俺は気にしない』

 

 

久々のおきまりのやり取りにため息をついた真は、ジト目でレイを睨む。

 

 

『いやなに、俺の役目も終わったからな。最後くらい張り切ってみるものさ』

 

「……最後って、どういうことだよ」

 

 

彼の言葉に、すぐさま表情を真剣なものに切り替えた真が尋ねる。

 

 

『言葉のままだ、シン。こうしてお前達の前に姿を見せるのが、最後だってことだ』

 

「それは……どうしてなんですか?」

 

 

レイの言葉に、簪が疑問を呈する。

 

 

『C.E.から続く全ての因縁が切れて、共に人生を歩んでくれる人間が側にいる。それを確認できれば死人の役目は終わりなんだ、簪』

 

 

この世界に彼を送った者として、レイは真を見守り続けていた。

一見平和な世界でも、過去から続く因縁によって混乱が起こってしまった。

 

真の性格上、絶対に自ら戦いに身を投じて傷つくことになる。

できることならば戦ってほしくなかった。

そんなことのために彼を送ったのではないのだから。

 

だがそんな混乱の中でも真は戦い抜き、最後にはかつて得られなかった者を、愛する人を得た。

そして全ての因縁が断ち切れた今、彼が歩むのは彼自身の物語。死人の役目は終わったのだ。

 

2人を交互に優しいまなざしで見たレイが語りかける。

 

 

『シン、聞かせてくれ……お前は今、幸せか?』

 

 

レイの言葉に真は、自分の真横にいる大切な女性に視線を移した後、再びレイの顔を見据える。

 

 

「俺は今、幸せだよ」

 

『簪、君はどうだ?』

 

「私も、今幸せです」

 

『そうか……聞けて、よかった』

 

 

2人の返事を聞いたレイの微笑む姿が、その言葉と共に薄れていく。

以前に何度か彼が夢に現れたときはもっと長い時間話ができたはず。

 

だが今回は姿が薄れるのがとても早い。

そのことから本当に最後なんだなと、真は思い至った。

 

 

「……レイ」

 

『シン、約束しろ。俺の妹を泣かせるなよ』

 

「当たり前だろ、てか兄貴面すんなっての」

 

『言うじゃないか。泣かせたら化けて出るぞ』

 

「お前なぁ。もう少し、しみったれた別れ方してもいいんじゃないか?」

 

 

苦笑しながらそう言う真の瞳から、堪えきれずに一筋涙が零れる。

 

 

「さようなら、レイお兄様」

 

 

隣の簪も、涙声でそう告げる。

 

 

『精一杯生きろよ、二人とも』

 

 

レイもその言葉で堪え切れなかったのか、瞳から涙が零れる。

彼の瞳から涙がこぼれ落ちた瞬間、彼の姿が夜空に掠れて消え、最後に少しだけ優しい風が頬を撫でた。

 

 

「……当たり前だろ」

 

 

真は涙を拭って、夜空に笑みを向ける。

簪もハンカチで涙を拭った後に、真の手を取る。

 

 

「これからも一緒に、歩いていこう?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

 

彼女の言葉に頷いて、優しく手を握る。

簪もきゅっと握り返してくれた。

 

 

夜空に浮かぶ月と星が照らす砂浜を、真と簪は歩いていく。

 

砂の上に残る足跡は、これまで歩んできた道。

これからもきっと立場等で大変なことはあるだろう。

 

だが2人でなら、大丈夫。

きっとその足跡は消えずにどこまでも続いていくのだと、信じているから。

 

互いの手を握り歩いていく二人の瞳には――愛が溢れていた。

 

 

IS-Destiny-運命の翼を持つ少年

 

END

 




これにて「IS-Destiny-運命の翼を持つ少年」は完結になります。
時系列的には、「LAST PHASE」→「FINAL PHASE」になっています。

本当にここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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