ロキ・ファミリアに入ってダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:戦犯
時間は経ち、遠征後2週間が過ぎようとしている頃。
死者もなく遠征は終わり、無事に帰ったのも束の間、一人の少年には変化が見られるようになった。
ダンジョン内部、
(・・・もっと、力を)
ナイフに付いた血を払うように横へと薙ぐ。
遠征時、戦闘をする機会が少なかった大瀑布の流れるこのエリア。
ベルの力量と照らし合わせてみても、明らかに安全とは言えない階層である。相当な無茶をしているであろう事は、その風貌からも窺えた。
黒いコートは所々に引き裂かれたような跡が。鞘にしまったナイフも、刃こぼれが目立つようになっている。
極めつけには、いつもは白いその髪も返り血を浴び、赤く染まっている。
すれ違う他の冒険者たちが思わず二度見するような変貌ぶりであった。
唯一と言うべきか、背に背負う呪剣だけは鈍く鋭い輝きを残したままであった。
「GYAAAAAAA!!」
自分の頭上から急に聞こえた叫び声に即座に呪剣を引き抜き、逸らすように前に掲げる。
それでも衝撃を受け流しきれず、後ろへ倒れそうになる。
ーー頭をよぎるのは遠征での出来事。
抵抗もできぬままに壁へと打ち付けられ、一撃で沈んだその記憶。
「・・・ッ!あぁぁ!」
全力で後ろに足出して踏みとどまり、身体を独楽のように回して滞空しているハーピーの胴へと呪剣を滑らせる。
それだけで声もなく灰へと還るハーピー。
(これじゃ、ダメだ・・・)
呪剣を一度眺め、再び鞘へしまう。
これが自分の力とは言えないのをベルはよくわかっている。
武器が強くても、自分が弱ければ意味が無い。
募る焦りと無力感に苛まれる。
ハーピーの魔石を回収し終わったベルは、膨れ上がったポーチを見てため息を一つ。
「・・・帰ろう」
一瞬よぎった魔石を放置して進み続けるという選択肢を首を振り却下し、踵を返す。
(もっと・・・
遠征5日目。
各々休息をとり、最高とは言わずともいいコンディションで迎えた51階層以降の攻略。
遠征自体の最終目標である56階層へ向かうために再編成された遠征隊の中にベルは選ばれていなかった。
怪我から回復していたのにも関わらず、である。
その意味もわからぬほどベルは腑抜けているわけではなかった。
50階層で1日待機した後、帰ってきた遠征隊と共に地上へと上がった翌日からすぐにベルはダンジョンへと向かい、その日は帰らなかった。
翌日の昼ごろに帰るとすぐにロキのもとへ向かい、【ステイタス】の更新を終わらせて夜まで眠り、再びダンジョンへと駆け出す。
目が覚めたとき、これまでのように本を読みに来ていたアイズが寝ている真横にいて一悶着あったのはお約束である。
そんな日々が続き、遠征後アイズと会ったのはその一度きりであった。
だから、久々に聞いた声がどこか新鮮に思えた。
「ベル・・・?」
「・・・アイズ、さん?」
その変わった容貌故か、疑問形で尋ねてくるアイズが目の前にいた。
遠征時にも見た装備に自分より遥か下の階層で戦っていた事が察せられ、自分との距離に少し気が沈む。
自分と同じように1人で歩み寄ってくるアイズは、ベルであると確認し若干ほっとしたような表情をしながらこちらへと歩み寄ってくる。
「私は今帰るところなんだけど、一緒に帰る?」
「・・・はい、僕もそうしようと思ってたところなので」
丁度自身もそうしていようとしたこともあり、拒否することも無く素直に頷き2人で帰路につくのだった。
無論、アイズの誘いに対して拒否するという選択肢はベルの中には存在していなかったことは言うまでもないだろう。
▽ ▽ ▽
「うわっ・・・」
自分の部屋へ帰り、鏡を見て思わずそんな声が口から出た。
道理で街中で奇妙なものを見る目で見られたり小さく悲鳴が聞こえたりする訳だと納得する。
装備を解除し、着替えやや桶などの入浴の用意をして部屋を後にした。
黄昏の館には、団員が自由に使える大浴場が存在する。
建設された当時、タケミカヅチに東国の「オンセン」なるものを教わったばかりのロキがその伝えられたものを参考に大人数で入れる浴場を作ったのだった。
夜になれば帰ってきた団員たちが疲れを癒す浴場も、太陽が真上に登る前のこの時間帯には人もおらず、貸し切りのような状態になっていた。
「あぁ~・・・」
人によって好みが分かれるこの浴場だが、ベルは髪と身体をしっかり洗い終えてから湯船に浸かり、情けない声を出していた。
身体全体が湯に沈み、少し溢れた分が微かな水音を立てながら流れてゆく。
その温もりに身体の僅かな緊張もほぐれて行くような気がした。
(・・・ん?誰か来たのかな、こんな変な時間なのに)
脱衣場と風呂場とを仕切る扉。
硝子に凹凸をつけるようにして反対側がぼんやりとしか見えないという特殊な細工がされているその部分に、人影が写りこんでいた。
それを良く見てベルは硬直する。
上半身にもタオルが巻かれ、微かに見える男にはない膨らみ。
極めつけには硝子越しでもわかる綺麗な
ガラリと音を立てて開かれた扉の奥、髪と同じ金色の瞳とがっつり目が合った。
「・・・ベル?」
「は、はい」
「ここ、女湯だよ?」
「・・・・・・いや、えっ?」
急いで記憶を掘り起こす。
この浴場は、男女で造りが異なる。
そのため、数日ないし数週間おきに入れ替えがあるのはベルもこれまでの生活で知っていた。
だからこそ余計に気を配っていたし、入る時もしっかり男湯と書いてある入口に入ったのを覚えている。
そんな思考が回る中、目の端に写る肌色に気を取られてしまうのは仕方の無いことだろう。
冒険者という職に就いているにもかかわらず透き通るように白い肌。
何を考えているのか普通に中へと入り、こちらに背を向け身体を洗い始めると、その髪を分けた時に艶めかしいうなじがどうしても目に付いた。
「す、すいません!すぐ出ます!」
変に言い訳をすることを放棄し・・・この場合はあまりの緊張に逃げ出したいという気持ちが強かったが、すぐに風呂から上がろうと腰を浮かせた。
何よりアイズの言い分が正しいとすれば、可能性が低いとは言えほかの人が入ってきた時に大惨事になってしまう。
「待ってて」
湯に浸かる時はもちろんタオルも何も付けていないために、慌てて近くに置いていたタオルを掴んで大事な所を隠しながらそそくさと退散しようとするとそう声をかけられた。
「・・・はい?」
「どうせ誰もいないし、一緒に入ろうよ」
「でも、流石にそれはまずいような気がするんですけど・・・」
「ダメ・・・?」
身体を少し後ろに向けて悲しそうに視線を向けられる。
濡れた髪にその視線、破壊力は凄まじい。
更に、身体を洗うためにタオルをとっていてもう少しこちらに振り向けば双丘の先が・・・
「分かりました!すいません!」
「・・・なんで謝るの?」
土下座の体制で視線を強制的に下に固定する。
見たいという男としての欲求と理性との争いに軍配が上がったのは後者だったようである。
そのせいか、返答と現在の心境を何も考えずに口に出して意味不明な返答になっていたが。
落ち着かないながらも湯船へと戻り、再び至福の温もりに顔を緩める。
女性のお風呂は長いなぁとベルが感じるようになった頃、丁度アイズも湯船へと入ってきた。
明らかにタオルを巻いていない事が目の端からの情報で察せられ、首がちぎれるほどに逆方向に振り向きながらなんとかタオルを巻いてもらえた。
(・・・普通、逆じゃない?)
そう内心で思ったのは仕方の無いことだろう。
マナーの悪い行為だとは自覚しているが、ベルも既に身体の変化を隠すためにタオルを巻いている。
男として認識されるのは先のことになりそうである。
そう内心でため息をつくのだった。
「最近ずっとダンジョンに潜りっぱなしだけど、何かあったの?」
そんなアイズのさりげない一言に、やましい事は何も無いというのに少し心臓が跳ねた。
「・・・強くなりたいから、です」
力が欲しい。
何度も繰り返してきたその言葉、あの出来事以来その想いはさらに強くなった。
その為に無茶な攻略もしたし、今日までのように
「・・・そっか、そうだよね」
アイズも、ベルが無茶な攻略をしている事は知っている。
ベルの部屋で一人で本を読むことも最近は増えていた。
そんなベルの回答に懐かしむように頷いているのが印象的だった。
でもね、とアイズは口を開く。
「ずっとダンジョンにいることだけが、強くなる道じゃないと思うよ」
「・・・どういう事ですか?」
地上で誰かと鍛錬をすることであろうか。
確かにアイズとの打ち合いはベルの力となり、何度も命を救ってきた。
だが、アイズから帰ってきたのは違った答えであった。
「楽しいと思うことがあれば、気持ちも楽になって・・・良い気がする?」
コテンと首をかしげながらそう言われて、思わずベルは笑ってしまった。
なんとも要領を得ない回答である。
これはベルは知らない話であったが、ベルが入団してからのアイズは根を詰めて攻略をしていた頃に比べて成長が早い。
ステイタスという形で目に見え、他ならぬロキがそう感じていた。
「楽しい、ですか・・・」
「うん。だから、私が言えた事じゃないけどあんまり無茶しすぎるのも良くないと思う」
ベルとて、今の生活が褒められたものでは無いことは分かっている。
強くなりたいという想いとのせめぎ合いが内心で続き、難しい顔をしていると頭に優しく手が乗せられた。
「私も、ベルがそんなにボロボロになるのは見たくないよ」
仲間、家族としてであってもそう言われることは、ベルにとって嬉しいことだった。
その後気まずくない沈黙が続き、ふとベルは気になったことは尋ねてみた。
「アイズさんの、楽しいって思えた事って何なんですか?」
「んー・・・」
その問いに一瞬悩む素振りを見せ、ちらりとベルの方を向き、
「・・・内緒」
と、はにかんでそう言った。
その頬が少し染まっていたのは、湯に浸かっているからなのか。
少なくとも今の時点ではベルにはわからないままだったが、その純粋な笑みに思わずベルの顔も熱くなる、
真っ赤に染まったベルを見て、アイズは少し慌てた様子を見せた。
「ごめんね、長風呂させちゃって。そろそろ出よっか」
「は、はい!」
二人で立ち上がり、一緒に脱衣所へ行こうとした時に問題に気付く。
同じ場所で着替えるのはまずいだろうと。
元から入っていたベルを気遣ったのか、先にベルが着替えることで話が落ち着いた。
アイズは湯船へと戻り、ベルは上がろうとドアに振り返った時、再びガラス越しに人影が映った。
逃げる、隠れる、どの行動も間に合わなかった。
無慈悲にガラリと扉は開き、そこに現れたのはもちろん女性。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「・・・ベル?何故ここにいる」
叫び声をあげたのは山吹色の髪を持つ少女。
いつもベルに殺気を振りまくレフィーヤである。
それとは対照的に落ち着いた態度を崩さないリヴェリア。
訝しむようにベルを眺めるがそれは無理もない、何せここは今は女湯なのだから。
「す、すいません!!」
再び土下座へと体制を移行する。幸いと言うべきか、腰にタオルを巻いていたために最悪の事態は避けられていた。
だが、スタイルに天と地ほどの差があるとは言え、二人とも見た目麗しい女性である。
アイズの時といい、ここまで理性を保てたことは世の中の男が聞けば賞賛が上がるだろう。
最も、それを一瞬でも拝んだ事に対しての怒号の方が大きいであることは間違いない。
「なんでここにいるんですか!変態!社会のゴミ!」
「落ち着けレフィーヤ。ベル、とりあえず説明を・・・アイズ?」
容赦ない暴言を吐かれるが、ベルはそれを甘んじて受け入れる。
しかし事はまた良くも悪くも進むようで、こちらへアイズが歩いてきていた。
「ごめん、私が許したの」
(・・・いや、その言い方はちょっと不味く無いですか!?)
確かに、(間違って入っていたベルが上がろうとするのを止めて一緒に入るのを)許したのは間違いないが、そこだけ抜き取ってしまうとベルが女湯に入るのを許可したようになってしまう。
そこでベルの正面から感じ慣れた殺気が爆発する。
ダメだとわかりつつも震えながら顔を上げれば無表情にベルを見下ろすレフィーヤの顔があった。
綺麗だなぁと場違いなことを考えながらしばらく見つめ合っていると、レフィーヤの口が開かれた。
「【解き放つ一条の矢、聖木の・・・いたっ」
「止めんか、こんなところで魔法を使うな」
思わず逃げるために中腰になりかけていたベルだが、リヴェリアのおかげでひとまず危険は去った。
しかし、新たなる危機が訪れようとしていた。
今しがた魔法の詠唱を行った際、魔法の発射の都合上両手を身体の前で重ねている。
タオルから手を離した状態で軽くでも衝撃が与えられたせいでハラリとタオルが滑り落ちた。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
二度目の悲鳴が響き渡り、同時にベルの視界が暗くなった。
それと同時に背中側が自分以外の温もりに包まれる。
「見ちゃダメ」
し暗くなったのは後ろからアイズに目を塞がれているからであり、そのファインセーブのおかげでベルの目には何も映らなかった。
だが、またここでも事件が起こった。
「あっ、アイズさん、その・・・」
「?」
むにゅりと背中に押し付けられた柔らかいものに思わず声が裏返る。
しかも、アイズが巻いているタオルは先程まで湯に浸かっていた。
それはぴったりと身体に張り付いているということで、柔らかい中にどこか固いものが、と気付いたところでベルは限界を迎えた。
「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁあ!!」
と、大声で叫びながら全速力で扉の奥へ向かって逃げ出した。
そんな初々しい少年を見て、リヴェリアは大きなため息をつく。
ベルの様子を見ていると、アイズとこんな状況で二人きりになったことで少しは心境に変化が出たのだろう。幾分か顔色も良くなり声に活力が戻っていた。
先程のアイズの言葉も若干語弊があったのだろう。
「だが、それとこれとは話が別だ。後で説教だぞ、ロキ」
虚空に投げかけられたかと思われたその言葉は、しっかりと隠れていた神の耳に届いたのだった。
「アイズさん!男はみんなケダモノなんですよ!こんなところで二人きりになるなんて危ないです!」
「・・・?ベルは危なくないよ?」
「そういうことじゃなくて・・・、ーーー!」
ベルが飛び出した扉を睨んだ後、アイズに熱弁を振るうレフィーヤ。
余談ではあるが、エルフという種族自体が心を許し男性以外を嫌う風習があるが、レフィーヤのベルに対する態度はそれだけではないことは察せられるだろう。
そんな二人の延々と噛み合わない問答に、再びため息をつくのだった。
遠征のスケジュールを活動報告に載せるので参考程度にどうぞ。
見なくても全く支障はありません。