え~もしも『比企谷八幡が霊能者だったら』というコンセプトで書いたものです

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真夏の夜

 夏と言えば、と聞かれたら君たちは何を思い浮かべるだろう。

 もし、君たちが小学生であれば、いの一番に夏休みを思い浮かべるだろうか。

いや、おそらく中学生でも、高校生でもそれは同じであろう。それこそ、社会人になったとしても。

そこから海水浴やかき氷など夏と言うよりは夏休みに何がしたいか、なにを食べたいか、どこに行きたいかと言う思考に移る事は自然な流れだと思われる。

 海、花火、夏祭り、天体観測、自由研究、虫取り、避暑地、マリンスポーツ。

 まぁ宿題と言うちょっとした荷物が付属としてついてくるが、それでも一ヶ月以上の休みの対価だとするならばそれを差し引いてもプラスだ。

 だが、休みに浮かれて、熱に浮かされて、とんでもない行動や発言をする人間が出てくる。

 さて、前文であげた単語の中で、夏の定番と言う定番をわざと例にあげなかった事にお気づきだろうか。わざと、霊にあげなかった事に、お気づきだろうか。

 夏の定番中の定番であり、夏に行われ日本の文化にしっかりと根付いて根を張っている行事になっている存在。

 霊であり、幽霊であり、肝試しだ。

『肝試し』夏になると急にやりたがる学生が増え、身近に存在する廃墟や心霊スポットへ連日のように押しかける。遠出できる足があれば、少し遠いが有名なスポットにでも行く連中も存在する。

夏になればよく見かけ、良く聞く行動であり、とんでもない行動である。

はてさて、君たちは『それくらい普通で、いうほどとんでもない行動と言えないんじゃないか?』と疑問に思うかもしれない。だが、それは幽霊がいないという前提で考えているからだ。

だから、考え方を変えてみよう、前提を変えてみよう。

例えば、肉食獣がうようよ歩きまわる危険区域に、なんの武装もなく何の知識もなく入っていくと考えるなら、どれだけとんでもない事をしているか理解できるだろうか。

まぁ、別にそこに入ったからと言って、必ずしも襲われるという訳じゃない。

運良く腹八分目以上、腹十二分まで空腹を満たしているのであれば無事に生還できるかもしれないが、運悪く腹ペコの肉食獣に見つかり食い荒らされ食い散らかされるかもしれない。

これは、そんな話だ――

 

 

 

 肌を小麦色に焼くためだけに現れるんじゃないかと思うほど、休日のない社畜のごとく毎日が平日のように太陽が照りつける夏休みの昼過ぎだった。学生が待ちに待ち焦がれる夏休みだというのに、学校校舎内にある奉仕部の中に三つの人影が見えた。

まぁ、三つの人影で奉仕部内なのだからその人影とは比企谷八幡、由比ヶ浜結衣、雪ノ下雪乃の奉仕部部員の三人であるのは当然と言えば当然の思考的帰結だろう。

さて、人影の正体が分かったところで、新たな疑問が湧いてくる。

なぜ奉仕部の三人が夏休みの昼過ぎに学校にいるのかと言えば、登校日なんてものが夏休みには存在するからである。と、言う訳ではない。

総武高校は三年生になると希望者を募り、夏休みの午前中に夏期講習を開いているのである。大学受験までの残りわずかな時間を無駄にできないという事で雪ノ下の鶴の一声によって、ではなく、実のところ由比ヶ浜の誠意によって三人揃ってこの夏期講習に参加することになった。

ただ、これでは答えにもう一歩足りない。前述に記載した通り夏期講習は午前中で終了する。疑問の論点としてのなぜ午後になっても学校に残っているのか、これまた由比ヶ浜の頼みだからだ。

夏休み前、由比ヶ浜の押しに弱い雪ノ下が由比ヶ浜の必死な目に押し切られる形で夏期講習が終わった後、奉仕部で雪ノ下が教鞭をとることになった。まぁ、雪ノ下の性格的にずっと仕方ない風を装っているが、内心ノリノリだという事は二人すれば手に取るように分かっている。

「ねぇ、ゆきのん。ここなんだけど、この解き方であってる?」

「ええ、そうね。その公式であっているわ。でも、途中の計算が間違っているわよ」

「え、どこどこ?!」

 雪ノ下と由比ヶ浜の二人は椅子を横に並べ、由比ヶ浜の目の前に置かれているプリントに揃って目を落としていた。

雪ノ下手作りのプリントを由比ヶ浜は解きつつ、製作者である雪ノ下が教科書片手に躓いた問題や分からなかった問題の解説している様子を、比企谷は自分用に作られたプリントを一人で解きながら二人を横目で眺めている。

勉強と言う、学生にとっては苦行とも言えよう行動を楽しそうに笑いながら行っている二人の様子にほんの少し口角を分からないよう上にあげたのち、自分の横に置かれたタワーのように積み上がっているプリントと言う現実を目の当たりにしてため息をついた。

「あら、比企谷君。手が動いていないように見えるのだけれど?」

「うるせぇよ。つか、なんかいも言うけどよ、なんだよこのプリントの束。全部数学の問題じゃねぇか」

 比企谷は空いた手でプリントの束を上から叩きながら、雪ノ下に苦々しい表情を浮かべながら苦言を呈した。

「比企谷君、あなたはそれくらいしなければいけないレベルだと言う事が分かってないのかしら?」

 いい笑顔を浮かべた雪ノ下の威圧感に少々ひるんだものの、比企谷は気を取り直して再び口を開く。

「いや、俺は俺自身数学が苦手だと理解はしてるが、それを言うなら由比ヶ浜はどうなんだ?」

 数学プリントの束が置かれた比企谷とは違い、由比ヶ浜の目の前には受験に必要な教科用のプリントが数枚ずつあるだけで、目に見えて比企谷との差は歴然と言えた。つまるところ比企谷が言いたい事として、数学は由比ヶ浜と同レベルであることは認めるが総合的には自分の方がまだいい方である。したがって、そんな自分がこれだけやっているのに由比ヶ浜がこれだけしかやらないのはおかしい、と言いたいのだ。

「まったく、あなたは目の前にあることしか見えないのかしら。

 その点は心配いらないわ。由比ヶ浜さんには夏休み中のほとんどを、私の家で過ごしてもらっているから」

 サラリと、雪ノ下の口から衝撃発言が繰り出された。

「……言ってた秘策って、それかよ。

つか、由比ヶ浜大丈夫なのか?」

 顎が外れたように限界まで口を開け茫然と独り言を呟くと、同情した表情を由比ヶ浜に向けた。

「ん~ちょっと大変だけど、あたしが頼んだことだし。

それに、二人と同じ大学に行きたいから」

 比企谷の問いに苦笑して答えていた由比ヶ浜は、表情を真剣なそれに変えるとその目には動かし難い決意が秘められていることに二人は気がついた。

「……そう、なら私ももっと頑張らないといけないわね」

 雪ノ下はそんな由比ヶ浜に向かって優しく微笑みかけると、それにつられて由比ヶ浜も満面の笑みを浮かべ、

「うん、よろしくね!」

 そう、子供のように元気のいい返事を返した。

 そんな由比ヶ浜の笑顔がまぶしいのか、比企谷は顔をそむけ照れ隠しも混じったかのように頭を掻きながら、おもむろに立ち上がった。

「……マッ缶買ってくるわ」

「そうね、一旦休憩にしましょ」

 そんな比企谷の行動にのっかり、雪ノ下も開いていた教科書を閉じると優雅に立ちあがると、お茶受けを用意し始めた。

「あ、そうだ。

 なんかね、今日の夜に肝試しに行くみたいなんだけど、ヒッキーとゆきのんもどうかな?」

 休憩のためにプリントを片付けていた由比ヶ浜の手が止まり、いいタイミングを見つけたような表情を浮かべ、今まさに奉仕部部室から出ようとした比企谷と鞄の中からお茶受けを取り出した雪ノ下に声をかけた。

「……肝試しって、ベタすぎるだろ。ったく、言いだしたのは戸部ってところか」

「由比ヶ浜さん、遊んでいる暇が無いと自分で分かっているでしょう?」

 ドアを開けるために伸ばした手を止め心底呆れた比企谷と、手を頭にもっていき頭が痛そうなポーズをとっている雪ノ下は、さっきの感動を返してほしそうな目を由比ヶ浜に向けた。

「あ~うん、分かっているんだけど。ほら、最後の夏休みだから」

 由比ヶ浜は友達が多い。

 例えば『友達を作ると人間強度が下がる』と元人間であり、現吸血鬼もどきの人間ごときが言っていた名言がある。友達、つまるところ人と人とのつながりが増えるという事は、何かしらの制限がつくことにもなる。何かしらの枷になることがある。

 比企谷曰く、八方美人である由比ヶ浜には他人とのつながりが多い。

 だから、

「……そうね、一晩くらいならいいでしょ。

ただし、一日のノルマを少し増やすけれど、いいわよね」

「ゆきのん、ありがとう!」

「由比ヶ浜さん、熱いわ」

 真夏だというのに由比ヶ浜は雪ノ下に抱きつき、雪ノ下は雪ノ下で呆れつつも由比ヶ浜を突き離そうとはせずに好きにさせていた。

「あ、そうそう、ヒッキー。肝試ししようって言いだしたのとべっちじゃなくて、隼人くんだよ」

「……は?」

 比企谷は雪ノ下と由比ヶ浜の、ゆるなのか、ガチなのか判断に困る空間から逃走する為に部室から出ようとすると、唐突にかけられた由比ヶ浜の返答に再び手を止める事となった。

「おい、由比ヶ浜。それってどう言う――」

「やっはろー」

 二度も開けようとして開けることのできずにいた開けられずの扉となった奉仕部の扉は、アリババが呪文を唱えたかのように扉は難なく外とつながった。

 

 

 

 雪ノ下陽乃

 言わずと知れた雪ノ下雪乃の姉である。

 言わずと知れた、などと言ってはみたが、もし雪ノ下と言う名字が全国津々浦々に見受けられる山田だったり佐藤だったりとすれば、逐一言わなければただの同姓だと思われ姉だと分からないだろう。

ただ、顔つきが似ているかどうかで分かると言うかもしれないが、この場合としては体の一部分のおかげで分からないのかもしれない可能性も無きにしも非ずと言えるかもしれない。どことは言わないが。

 まぁ、名字によって家族かどうか察する事ができるってのは良くあることだ。

例えるなら、雪ノ下性が比企谷性だったとしても、比企谷雪乃だったとしてもその名字の珍しさから察することは可能だろう。

 ならこの場合、雪ノ下陽乃は比企谷陽乃となるのか。

 

閑話休題

 

「それで、今日は何の用かしら、姉さん」

 一瞬、雪ノ下は露骨に嫌そうな表情を浮かべたかと思うとすぐに露骨に嫌そうな笑みに変えて、雪ノ下は陽乃に声をかけた。そんな雪ノ下の表情を確認するがいなや、悪戯を思いついたような、いや確実に思いついた表情を見せた。

「え~ん、比企谷くん。雪乃ちゃんがいじわるするよ~」

 言葉とは裏腹に、口調と同等に、楽しげで愉しげな笑顔をその顔に張り付けた陽乃はすぐ横にいる比企谷に横から抱きついた。

普通の男子高校生であれば、陽乃ほどの美人に抱きつかれればどんなに思惑があけすけであっても簡単に騙されてしまうだろう。いや、騙される事を抵抗することなく容認してしまうだろう。しかし、この場にいるのは普通とはかけ離れた男子高校生であり、スペシャルである比企谷八幡と言う人間だ。

 それに加え比企谷は陽乃と関わる事が多いが故にこのような行動に巻き込まれるのは日常茶飯事で……あ、ダメだ、特にどことは言わないけれど体の一部を腕に押し付けられてそこらへんにいる量産型男子高校生と同等になってやがる。

「ね え さ ん」

 はてさて、いったい何に怒りを感じているのか、どこに怒りを感じているのか、こめかみ辺りに青筋を立てつつ一文字ずつ区切ってあらかさまに怒りを表現している雪ノ下が陽乃に再度来訪理由を求めた。雪ノ下のとなりの由比ヶ浜も対象は違うものの、頬を軽くふくらませて見るからに怒っています、と言う態度を取っていた。

「もう、雪乃ちゃんったら。そんなにムキになっちゃって」

 そんな雪ノ下の表情だけが見たかっただけなのだろう、あっさりと比企谷の腕から手を離し立っていた入口付近から部室の中心、まぁ雪ノ下たちの方に足を向けた。

口を開かず、ただただいつものような笑顔を貼り付け一切用件を口にしない姉に再度苦言を呈そうと口を開くのと同時に、陽乃が待っていましたとばかりに声を被せた。

「多分、ガハマちゃんからもう聞いていると思うんだけど、雪乃ちゃんと比企谷君を誘いに来たんだよ。肝試しに」

 そんな陽乃の言葉に、ほんの数分前も見せていた額に手をそえ深くため息をつく雪ノ下の姿と、そんな雪ノ下の態度に苦笑を浮かべる由比ヶ浜の二人だった。

 だが、そんな二人とは裏腹に、ひどく真面目で厳しい表情を浮かべている比企谷の姿があった。

「はぁ、私は遠慮するわ」

「ま、雪乃ちゃんならそう言うと思ってたけど」

 雪ノ下の拒否など生まれる前から知っていたかのように、気にすることなく気に留めることなくあっさりと引き、視線を比企谷の方へ向けた。向けたと言うより、初めから比企谷がターゲットだったのだろう、その目には蛇が得物を狩るような鋭い光りが宿りながらも油断を誘ういつもの笑みが仮面のごとく張り付られていた。

「じゃあ、比企谷君。

比企谷君は、どうかな?」

 さて、元来笑顔とは威嚇の表情だと言われている。

 他人が笑顔を浮かべているからと言って、知人が笑顔を浮かべているからと言って腹の中までお花畑だとは言い難い。お花畑は腹ではなく、頭か。

 笑顔の話に戻ろう。

 例えば先程の由比ヶ浜のように、一目で分かるような怒りを表情として浮かべているとすれば、怖いとしてもそれは対処のしようがある。心の準備の時間ができる。

 だが、一見して分からず笑顔だけを張り付けていたとすればどうだ。これほど怖い物はないと言えないだろうか。直接的な怖さではなく、奥底から湧きあがるような怖さ。手足を拘束された目の前に時限爆弾を置かれ、一つずつ減っていくカウントダウンを見せられているような怖さ。

 ま、今回の陽乃の笑顔は脅しとしての笑顔である。威嚇と言う訳ではないが、恐怖という観点から見るとそれほど離れたものじゃない。結局、言う事を聞かせるための表情である。

 そんな事は百も承知で、どうあがいても敗北する未来しかない事を知っており比企谷は諦めると言う選択肢しかないことを理解しているのだが、今回はどこか様子が違っていた。

「……雪ノ下さ『陽乃』……陽乃さん、その肝試しはどこに行く予定なんですか?」

 普段ならどんなに言われたとしても名前を言い代えることのない比企谷なのだが、今回は素直に従い言い直していた。そのことに由比ヶ浜以外の二人は気がつき、少々表情を変えたものの特に追及することなく陽乃は回答を口にする。

「ん~父の会社にちょっといわくつきの物件があるんだけど、そこの鍵を貸してもらったからちょうどいいかなってね」

 そう言う陽乃の手には一つの鍵が揺れ、その鍵を見た瞬間に比企谷は急いで鞄の中からスマホを取り出し、今まで見たことのない速度の指さばきでどこかに電話をかけ始めた。コールが鳴っている最中、三人の目が自分に向いていることに気がつきスマホを耳につけつつ扉を開けて部室の外に出ていった。

「なぜ連絡したか、分かりますよね」

 その部室を出ていくさなかコール先の人物が電話を取ったのか、有無を言わさぬ声を発した比企谷の声がはっきりと聞こえてきた。その声は、今まで比企谷の口から漏れ出した声よりも冷たく、背筋が凍りそうなほどに怒りが込められていた。

 

 

 

 逢魔ヶ刻が訪れ、黄昏を経由して、夜の帳が完全に落ち切った夜の本番。

一行は比企谷八幡が住んでいる地区の街外れにある古びた洋館、と言う訳ではなく、ごくごく普通の住宅街にあるこれまたごくごく普通の一軒家の前に来ていた。心霊スポットと言えば、山奥の廃墟や廃病院、薄暗いトンネルに樹海が定番だろう。

しかし、心霊スポットは意外と身近に存在する。

「やぁ、ヒキタニ君も来たんだね」

 いつものような笑顔を振りまく葉山の言葉に、比企谷に言葉を返そうとはせずに一瞥すると陽乃に目を向ける。陽乃は玄関の前に立ち、一行である比企谷を含め、葉山、三浦、戸部、海老名の五名を眺めながらちょっと不満げな表情を浮かべ鍵を手のひらでもてあそんでいた。

「もう、来てるんなら雪乃ちゃんたちも参加すればいいのに」

 一軒家の前には二台の車が止まっており、その片方には雪ノ下と由比ヶ浜の二人が今も乗っている。本当であればこの場所にさえ近づけさせないよう説得していた比企谷だったが、雪ノ下が変に……いや、いつもの対抗心が芽生えたが故にこんな状況になっていた。ちなみに、今は車の中で由比ヶ浜に勉強を教えている。

「ちょっと、結衣も来てるんでしょ。なんで参加させないのよ」

「えっと、ヒキタニ君。ほら、最後の夏休みなんだし、皆で行った方が楽しいと思うんだけど……」

 若干イラついている様子の三浦は、葉山に文句と言うか愚痴をこぼすと、葉山は困ったようにだが同じ事を考えていたようで比企谷に一言声をかけた。だが、声をかけられた比企谷は葉山達をただ一瞥するだけ一瞥して、由比ヶ浜たちが乗っている車のドアを開けてそこに二人がちゃんといることを確認していた。

「あら、比企谷君。急に入って来ないでもらえないかしら」

「ヒッキー、やっぱり参加しちゃダメ?」

 車のドアが開かれたことに二人の目線がそちらに向き、入ってきたのが比企谷だと言う事に気がつくと思い思いの言葉を投げかける。不承不承で今だ納得していない表情を浮かべる雪ノ下と少々不満げな由比ヶ浜だったが、これまで感じたことのない雰囲気を放っている無言の比企谷に二の句がつげないでいた。

車内に乗り込んできた比企谷は二人に目をやった後、後部座席の端に置いてある大きな袋がちゃんとあることを確認し、

「車から降りるなよ」

 そう、一言だけ有無を言わさぬ声を二人に残して車から降りた。

 車から降りてくる比企谷の姿を確認した陽乃は、手に持っている鍵をドアノブの鍵穴に差しこみ玄関の鍵を解く。

「それじゃあ、二人一組で分かれたら肝試しのスタートね。あ、比企谷君は私と組んでもらうから」

 そう、陽乃はニッコリと比企谷に笑いかける。笑いかけられた比企谷はいつものように苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべることはせず、淡々と黙々と無表情をつきつめていた。

そんな比企谷の様子に唇を突き出し不満そうな表情を見せつつ、鍵を開けたドアのノブを掴み玄関の扉を開く。当然ながら家の中には灯りはあらず、外にある街灯の明かりで中の様子がうっすら確認できる。

玄関から中を覗くと、正面には二階に通じる階段が、その階段横に家の奥に向かって伸びる廊下。あとは、おそらくリビングや客間に通じるであろうドアが閉まっているのが目に入ってくる。

見たかぎりの内装的にはごくごく普通の、どこにでもある一般住宅であることは論をまたないだろう。だが、そこに人の気配が、人工的な明かりが無ければ、ここまで不気味な物になるのかと感じざるをえない。

「じゃあ、ルールを発表するからよく聞いておくように。

 まず、君達二人には一階を探索してもらいます」

 陽乃はまず戸部と海老名の方へ指を差す。指を差された戸部は一瞬ビクッと体を震わせたが、少しだけ笑みを見せた。

「ッベー、マジ緊張して来たんですけど」

「ん~とべっち、とべっち。私とじゃなく隼人くんと一緒に回らない?」

「ちょ、海老名さん。それは……」

 この状況でいい所を見せようと息巻いていた戸部であったが、当の海老名はまったくのいつも通りが故に、緊張と覚悟と淡い恋心を盛大にこぼしていた。

「隼人は二階を見て回ってもらうから。それで回り終わったら一階と二階のメンバーを変えて、家の中をくまなく見終わったら私達と交代ね」

 玄関から移動した陽乃は比企谷と腕を取ると、見せつけるように自分の腕と組むと顔を近づけた。そんな陽乃の行動を鬱陶しそうにしながらも、されるがままになっている比企谷の意識は全て目の前の家に向かれていた。

「それじゃ時間も時間だし、始めよっか」

 

 

 

 第一陣である葉山・三浦ペアと戸部・海老名ペアは言われた通り二階と一階に分かれて土足で中に入っていった。手には小さいながらも懐中電灯を持ち、最低限の明かりは確保できている、最低限の明かりしか確保できないとも言うが。ただ、その明かりがあるからこそ、恐怖が心の奥底から這い上がってくる事があるのだが。

 さて、それぞれのペアが家の中に入ると同時に陽乃は玄関のドアを閉じた。

「それで、比企谷君は何がそんなに怖いのかな? もしかして、本当に幽霊がいるとでも思ってるの?

幽霊なんているわけないんだから、そこまで怖がらなくていいでしょ」

 からかうように比企谷に向かって笑いかける陽乃は、顔を車の方へ向ける。

「隼人達が戻ってきたら、雪乃ちゃんたちも参加してもらおっか。そっちの方が、私としても楽しいからね」

 いいことを思いついた、と言わんばかりに手を叩き、この言葉で比企谷がどう行動するか横目で見ながら楽しみにしていた。

「そこまでにしておけよ、雪ノ下陽乃」

 その声は、低く低く低く、重く重く重く、地を這う蛇のようにヌルッと絡みつく。

「……それは、どう言う事かな、比企谷君」

 一瞬にして顔を比企谷に戻した陽乃は、じっとりと外気の暑さからではない緊張の汗が額からにじみ出ていた。じっとりと濡らし続ける額の汗と、嫌に溢れる手汗に戸惑いつつもどうにか主導権を取り返そうと頭を目まぐるしく働かせている。

「言葉通りだ」

 しかし比企谷はそんな腹芸に付き合う気はない、と言わんばかりに言葉を吐き捨てるだけでそれ以上の事は口にしない。それでもそんな比企谷から言葉を引き出そうと陽乃が口を開こうとすると、

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「キャーーーーーーーーー!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ついさっき目の前の家に入っていった四人のうち、三人の悲鳴が家の中から聞こえてきた。声から察するに、戸部と海老名、そして三浦の悲鳴だろう。

 その悲鳴が起こることを始めから知っていたかのように、いや、こうなることが分かっていた比企谷は誰よりも早く動き出す。

まず、となりにいる陽乃の手首を掴み、今だ何が起こったのか分かっていない状態のまま引きずるようにして雪ノ下達の乗っている車まで移動する。車まで移動する間、陽乃は比企谷に説明を要求していたが、比企谷は顔色変えず無視を決め込んでいた。

「ヒッキー!」

「比企谷君、今の悲鳴はなんなの!」

「大丈夫だ」

車につくと今にも外に飛び出そうとしている雪ノ下と由比ヶ浜を押し込め、後部座席に置かれている大きな袋を片手で持ち、

「安心しろ、すぐに戻ってくる」

 そう、不安そうな二人に笑みを向けた。

 後部座席のドアを閉めると陽乃の手首から手を離し、片手で持つ袋を大事そうに抱え直す。一旦目を閉じ、すぐに目を開く。

 比企谷の行動に始終翻弄されている陽乃だったが、それでもやはり雪ノ下陽乃は雪ノ下陽乃であり、雪ノ下陽乃だ。普通の人間では到底意識を切り換えることができない時間で、確実に目線を整えていた。

「比企谷君、説明してくれるよね」

 疑問じゃない命令するような、いや、命令している口調で静かに問う。思考を切り替え冷静に見える陽乃だが、それでももう少しだけ時間が足りなかったのだろう。そこに立っていたのは仮面が少しずれ、本当の顔が垣間見える陽乃の姿だった。

「なら一緒に確認しに行きますか? まぁ、もともと連れていくつもりでしたけど」

 比企谷は今出せる程度の威圧感を放つ陽乃に首を動かさず目線を向けると、玄関に向かって足を向ける。その足取りは、知り合いの家に遊びに行くような軽い足取りをしていた。

 そんな比企谷の後ろ姿を、自分の思い通りにならない物を見るような表情を陽乃は隠すことをせずに見ている。そんなに長い距離じゃない、比企谷はすぐに玄関の前に立つとドアノブを掴んで振り返った。いつも見慣れている濁りきったその双眸は心の奥底まで見透かしたような言い知れぬ印象を受け、数秒間後に視線が外れたことでようやく陽乃はその場から動くことができた。

「開けますよ」

 その声には抑揚はなく、緊張も何も抱いていない事が分かる。掴んでいたドアノブを回し、玄関のドアを開くと、

 

 

 

 目の前にあったのは壁だった。

 いや、壁と言う表現は少し間違ってはいるのだが、それでも壁と言う感想はまちがってはいない。

ドアを開けた比企谷と陽乃の目の前には、四角く人型に切り取られた巨大な紙が玄関に立ちふさがっていた。そんな人型の両脇には、気絶している戸部と海老名の両名が抱えられている。

「下ろして元の位置に戻ってろ」

 人型は頷くと抱えていた二人をそっと床に下ろすと、すべるように家の奥に向かって移動を始めその姿を消した。陽乃は目を限界まで見開いて人型に驚いていたが、その人型に命令する素振りを見せた比企谷に向かって反射的に顔を向けた。もちろん、めったに見せない驚愕の表情と共に。

「はぁ、めんどくせぇ」

 動けない陽乃をよそに、比企谷は一人ずつ片手で襟首を持ち、開けっぱなしにしていたドアの向こう側へ移動させる。そこには音もたてず、いつからそこにいたのか分からない雪ノ下家の執事である都築が立っていた。

「その二人を車にでも乗せておいてください」

「かしこまりました」

 自分の主にするように、都築は深々とお辞儀をもって答える。そんな比企谷に仕えるような都築の様子に、陽乃の心中はミキサーでかき回したかのようにないまぜになっていた。

都築が気絶している二人を運んで行くのを確認し、持っている袋の中からスリッパを取り出し床に置くと、靴を脱ぎスリッパに履き替えて家の中に足を踏み入れる。比企谷に遅れまいと陽乃も足を出そうとするが、

「陽乃さん、あなたは他人の家に土足で上がる趣味があるんですか? あ、もちろん物理的にですよ」

 首を軽く後ろに動かし、射抜くような目線を向ける。

「そ、そんな趣味が私にあるはずないじゃない。でも、スリッパもなしじゃ足が汚れちゃうでしょ。比企谷くんが私の分のスリッパを持ってきているんだったら考えてあげなくもないかな」

「は、それこそ持ってきているわけないですよ。てか気がつきませんか、埃なんて積ってないですよ、ここ」

「え?」

 この家は何年も空き家になっており、その間誰も家の中に入っていないはずである。そして、清掃員も派遣されていない事は確認済みだった。故に、床や取り残された家具に埃がつもっている事が前提で陽乃は考えていた。しかし、玄関だけ見回してみても埃が溜まっている様子はなく、まるで人が住んでいて毎日欠かさず掃除しているように思えた。

「どういう、こと?」

 何が起こっているのか流石の雪ノ下陽乃でも把握しきれず、今は比企谷のあとをついて行くことしかできなかった。

 

 

 迷いなく階段をあがる比企谷は、階段すぐ近くの扉の前で立ち止まった。扉には手作りのルームプレートがかかっており、そこに【かなこのへや】と書かれていた。どうやら、元は子供部屋だったのだろう。

 部屋の前で目を閉じ無言で頭を少し下げ、黙祷をささげていた。

 黙祷をささげ終わったのか、ゆっくりと目を開きドアを開ける。

 

 

 

 小さな女の子が遊んでいた。

 おそらく小学校に上がるか上がらないかの、小さな女の子。

 女の子は遊んでいた、葉山と三浦を人形のように操って人形遊びを。

「あ、お兄ちゃんだぁ~」

 その女の子は部屋に入ってきた比企谷に気がついたのか、無邪気な笑顔を振りまいて宙に浮いている二人を引き連れて駆け寄ってきた。

「見て見てお兄ちゃん、新しい人形だよ!」

それは子供が親に自慢するように、葉山と三浦を比企谷に見せている。三浦は気絶しているようで完全にされるがままになっており、葉山の方は目を動かして必死に訴えていることからどうにか意識を保っている。だが、体を動かすことも呻き声を漏らす事でさえできないようだ。

「なんなの、これ」

 もう、陽乃には状況が理解できていない。

「かな、そいつらは一応だが俺の知り合いなんだ。返してくれると助かるんだが」

 女の子の目線になるように比企谷はしゃがむと、頭を撫でて言い聞かせるように言葉をかける。

「やだ!」

 しかし、女の子は見せつけるように前に出していた二人をすぐに隠すように自分の後ろへ動かし、威嚇のつもりか目の端を吊り上げて比企谷を睨みつけた。

「ほら、代わりのぬいぐるみを持ってきたから、な」

「あ、パンさんだ!!」

 そんな事は始めから想定内だったのだろう、持っていた袋の中から女の子より大きなぬいぐるみのパンダのパンさんを取り出した。女の子がパンさんのぬいぐるみに抱きついた瞬間、葉山と三浦は思い出したかのように重力に従って床に落ちたことから、どうやら女の子の影響下から解放されたと見て間違いないだろう。

「返してくれるかな?」

「うん、分かった!」

 女の子の興味は完全にパンさんに移っており、今度はパンさんを操って遊び始めた。比企谷はその間に葉山に目線を送り、その視線に気がついた葉山は三浦を抱えて陽乃の横に移動した。

「んじゃ、また来るよ」

「うん、またね!」

 その場から立ち上がり、比企谷は女の子の頭を撫でると部屋を出ていった。

 

 

 

 四人揃って家の外に出るととりあえず気絶した三人を車の中に押し込め、陽乃と葉山は今回の件を聞き出すため比企谷に詰めよっていた。

「はぁ、まず俺の肩書を話しておく。

俺は雪ノ下建設つーか、雪ノ下家顧問霊媒師なんでね」

 人の恨みは恐ろしい。

 人一人の恨みでも手に余る物を、成功者はより多く集める。それは財閥だったり名家、名士、まぁとにかく社会的地位が高かったりする人間たち。嫉妬、妬み、嫉み、憎悪、逆恨み、負の感情が集まりやすい一族は家柄は必ずと言っていいほど、例外のない例外と言えるほどに呪いを貰う。

『呪い』は『ある』

 有名なのは呪いの藁人形だが、無意識的にしろ意識的にしろ、人は人を呪っている。そんな人一人の恨み事はごくわずかなものだ、だが、十人が恨めば百人が恨めば千人が恨めばどうなるかは想像できよう。

 だから、その対抗策として霊能者を抱え始めた。

「それが、俺ですよ」

 

 

「そんな話、聞いたことない」

 比企谷の話しに唖然として聞いていた陽乃は、無理やり言葉を吐き出す。

「そりゃそうですよ、呪いなんて曖昧な話しを信じる人間は極めて少数ですからね。当主でもない人間に話すわけないでしょ。

 ああ、ちなみに、陽乃さんも雪ノ下も昔から結構な呪いを貰っていますよ。現在進行形で言えば、今この瞬間もですけどね」

 飄々とした口調で比企谷はとんでもない事を言ってのける。

そんな言葉を聞いた瞬間、陽乃は寒気を覚えて後ろを振り向いた。当然のことながら後ろには何も見えないが、それでもうすら寒い感覚は残る。

「ヒキタニ君の事は分かった。今度は今回の事を聞かせてくれないかな」

 今まで静かに聞いてきた葉山がようやく口を開く。その表情は咎めるように、その口調は責めるように比企谷にぶつけてくる。自分のグループ内の三人が気絶させられた事が原因だろう。

「別に難しい事じゃねぇだろ。本当に出る幽霊屋敷に遊び半分で肝試しに来て、怖い目にあった。ただ、それだけだ」

「そうじゃない、なぜ君は僕たちを止めなかった。それに、君はここにあんなものがいると知っていて対策を取らなかったか聞いているんだ」

 葉山は一歩詰め寄り、声を荒げる一歩まで来ていた。

「なら聞くが、俺が言って肝試しを止めたか? 『ここは本当に幽霊が出るから肝試しを止めよう』なんて言ってもお前らは馬鹿にするだけだろ。

 んで、次にここにいる幽霊を除霊やら浄霊をやって処理しておけと。はっ、死んだ人間はもはや皆じゃねぇよな。死んでんだから。

言っておくが、ただそこにいるだけの幽霊の住処に土足で踏み入れたのはてめぇらだ。所持者の許可があろうと、それは生きている奴らの言い分だ。あいつらには適用されねぇんだよ」

 だから、悪いのはお前らだ。

 そう言葉を切り上げ、葉山の前から陽乃の前に移動する。

「今回、社長が陽乃さんに鍵を渡したのはそろそろそう言った話を教えるためらしいですよ。

自分たちがいる世界をみせてくれ、だそうです。

 ああ、そう言えば言っていましたね、幽霊なんていないって。まったく、笑いをこらえるのに必死でしたよ」

 そう言っている比企谷は笑うことなく、素のままの表情だった。

「陽乃さん、これが将来あなたの受け継ぐ世界の一端ですよ」

 

 

 二台の車はそれぞれの家に向けて走っている。一台には陽乃を助手席に葉山、三浦、戸部、海老名を後部座席に乗せ、もう一台には残りの三人を。

 助手席に座っている比企谷は運転手の都築に目くばせをすると、都築はそれだけで分かったのか軽く頷いて運転席にある何かを操作した。

それを確認した比企谷は少し待ってからスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

「終わりましたよ」

『ああ、助かったよ』

「まったく、やるなら事前に言ってもらえますか」

 盛大に、聞かせるようにため息をついた。

『ははは、君の焦る顔が見れなかったのは残念だが、焦る声を聞くことができたのは僥倖だったと言えようか』

「タヌキが」

『そうでなければ、こんな椅子に座ることができないからね』

 電話の向こう側からは余裕の声が聞こえてくる。

『さて、それで娘の反応はどうだったかね』

「なかなか表現できない、味のある顔をしていましたよ」

『写真は撮ってないのかい』

「そう言う事は自分でやってもらえますか」

『まったく、手厳しい』

「社長、ボーナスは弾んでくれますよね」

『ま、こればかりは仕方が無い』

「では、また」

『ああ、苦労をかける』

 それで会話は終わり、通話を切るとスマホをしまい軽く息を吐いて体をシートに預けた。横を見ると窓の外では景色は流れ、バックミラーに目を向けるとさっきまで起きていた雪ノ下と由比ヶ浜がいつの間にか頭を寄せ合って寝息を立てている姿が見えた。

「お疲れ様です、比企谷様」

「本当に、ですよ」

 都築も比企谷と同じようにバックミラーに目線を向ける。そして、眠っている二人の姿に、笑みを浮かべた。

「お嬢様方が無事なのは比企谷様のおかげです。これからも、守っていただけると」

「……都築さんに言われると断りづらいですね」

 などと言っているが、始めから断る気が無い比企谷のことなど分かっているのだろう、都築は再び笑みを浮かべる。

「それは、ありがたい」

「俺も少し休みます。ついたら起こしてもらえますか」

「かしこまりました」

 車は静かに走り続けた。

 


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