我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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遅れてすまんませんしたーーーーッ!!
波の国篇、(一応)完結です。
今回は長めなので、小休止を入れつつご容赦を。


道標は失えど、後道失わず

 各地で火の手が上がり、血の臭いで充満する。

 もう、カラス達に遠慮の文字はなかった。

 来襲する巨大な黒船――その中から大勢の烏たちがこの波の国の地に降り立つ。

 火の国の権威の象徴たる錫杖の鳴り音は、まるで罪人をあの世へ誘おうとする死神の足音のよう。

 黒船から舞い降りてきた奈落の忍たちに加え、予め潜入していた者達までもがその殲滅戦に加わる。

 黒船から降りてきた者達と、ガトー一派に潜入していた者達、町民に扮していた者達――総勢2000人前後もの部隊が、この波の国での殲滅戦を開始した。

 

「こっちにも敵が……!!」

「逃げ場が、何処にもない!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、国を脱出しようとする抜け忍たちの前に立ちはだかる奈落の忍たち。印を結びながら立ちはだかった彼らに対し、抜け忍たちもまた術の印を結んで応戦しようとするが、更に遠くからチャクラ矢の雨による制圧射撃が飛んできた。

 咄嗟にソレの対応に追われた彼らは印を結ぶのが遅れ、烏たちの術の発動を許してしまった。

 

 ――水遁・水乱波

 

 奈落の忍たちからそれぞれ放たれた水の奔流により抜け忍たちは次々と一掃されていく。

 

「く、くそッ!!」

「やっぱり、ガトーの下に付くべきじゃなかったんだ……!!」

 

 後悔する抜け忍たち。

 大勢の烏達の群れが敵であるのに対し、彼らそれぞれには自身の味方というものはあまりにも少なかった。

 互いに出し抜こうとし、囮にしようとしたり、金という共通の楔すら失った彼らは、同時に互いに繋いでいた連携の鎖も断ち切られてしまったのである。

 その過半数はガトーカンパニーの施設にある資金や商品、資料を巻物などに封印して持ち去ろうという魂胆を持った者達だ。

 長年ガトーの下にいた抜け忍たちにとっては、今まで頼りにしていた庇護を失うことは痛手だ。せめてそこでガトーカンパニーの資産だけでも持ちだし、別の場所で金に変えてやろうと考えていた。

 故に、いち早く、それ以前に脱出が困難であることに気付いたのは、そんな邪なことを考えずに真っ先に国から脱出しようとした者達だった。

 資産を持ち出そうとする者達と、真っ先に脱出を考えた者――ガトーが倒れたことの報を聞いたガトー一派たちの行動は、大まかにこの二つに分かれた。

 後者にはまだ僅かな希望が残されていた――しかし、そんな彼らですら、来襲する奈落の船を前にして散っていく。

 生き残った者達が再び島の中に撤退し、その報を伝える事で、ようやく彼らは事の重大さを本格的に気付くのだ。

 島の内側だけではない、外側も烏の(ふん)だらけ、であると。

 

「急げ! 烏たちが来る!」

「逃げるって、何処へ!?」

「まだ奴等に見つかっていない隠し水路がある筈だ!! そこを通り抜ければ……!!」

「無理だ! その水路を使って脱出しようした奴等がとっくに……」

「じゃあ何処へ!?」

「マングローブのある街水道はどうだ?」

「……行ってみるか」

 

 奇しくもタズナと一緒にこの国にやってきたナルトたちと同じルートを頭に思い浮かべた抜け忍たち。

 エンジン付きのボートに乗った彼らは、エンジンを切りながら手漕ぎで国から出ようとする。一週間前ならばこんな慎重に行動する必要すらなかったというのに、今ではガトー一派の立場は逆転してしまっていた。

 そして、外に出た、その瞬間――

 

 彼らを待ち受けていたのは、同じくボートに乗って待ち構えていた奈落の忍たちによる矢の制圧射撃だった。

 

「くそッ、こっちにも――!!」

 

 起爆札付きの矢の雨が飛んでくる。

 直撃せずとも、爆風に巻き込まれたら一溜りもない。

 

 ――水遁・水陣壁

 

 一斉に印を組み、発生した水陣の壁の奥から聞こえる無数の爆音。

 命を拾ったことに安堵すると同時、ここの脱出路も既に押さえられているという事実に彼らはその焦りを強くする。

 水の壁が守ってくれる間までの猶予、彼らはここの脱出路も使えないと判断し、引き返そうとするが――そんな彼らの足下から、直刀の刃が飛び出してきた。

 

「なッ⁉」

 

 爆破の嵐や水陣の壁もやり過ごせる、水中という一番安全な通り道を泳ぎながら、抜け忍の真下に陣取った奈落の部隊が奇襲を仕掛ける。

 船の底を突き抜けた刃の数々は一斉に抜け忍たちの足を串刺しにしていき、機動力を奪われる。

 数人は逃れ水面の上に立つが、すかさず水中から飛び出してきた烏たちが追撃を仕掛ける。

 

「あ、あぁぁぁあッ!!」

「逃げろ、逃げろおぉッ!!」

 

 急いで煙玉を出そうとした抜け忍たちであったが、その前に奈落の忍たちが風遁チャクラを纏った仕込み刀を彼らへ投げつける。

 体中を串刺しにされ、断末魔を上げることもなく倒れていく抜け忍たち。早くに脱出路を見出した彼らすらもが、この島から脱出することは叶わなかった。

 

 

     ◇

 

 

 抜け忍や雲隠れの屍が散乱する橋の上で、ナルト達は呆然と立っていた。

 サクラは必死に目を瞑って顔を俯かせ、サスケはそっと歯を食いしばり、ナルトは烏達を率いてやって来た憧れの人を見つめる。

 タズナも状況が分からず、ナルトと同じように突如として現れた乱入者を見つめるだけだった。

 

「あ、あんた達は一体……」

 

 ガトー一派の抜け忍たちの死体を見て怯えつつも、タズナが朧に再度問うが、朧はタズナに見向きもしない。

 いや、そもそもちゃんと認識しているかどうかすら曖昧だ、とカカシは思う。

 部下の全員を殲滅に向かわせた今、この橋にいる奈落は朧を除いて他にいないが、それでもその場を圧倒する威圧は依然として損なわれてはいない。

 

「ご苦労だった」

 

 そのままカカシの傍を通り過ぎようという位置で、朧は立ち止まり、カカシの耳元で囁く。

 

「後は橋さえ完成すれば貴様らの任も終わりだ。残りの鼠共はカラス達が(じき)片づけよう」

「……はい。お力添えを頂き、ありがとうございます」

「対価は既に頂いた。……ではな」

 

 そう言い残し、朧は一瞬でカカシ達を通り去り、姿を消した。

 先に殲滅に向かった部隊の指揮に向かったのだろう。

 後は奈落に任せれば大丈夫だと思ったカカシは、自分の部下達を一瞥して身を案じる。

 そこには多くの屍を前に呆然としているサクラと、傷を負って座り込んでいるサスケ。

 そして――朧が向かっていった方向を見つめ続けているナルトの背中があった。

 

 そのナルトの背中は、まるで倒壊寸前の細木のようで、痛々しかった。

 

 カカシは一瞬だけ視線を地面に向け、拳を握った。

 

(……これで、よかったのか……?)

 

 タズナを見捨て早々に立ち去るか、ナルトたちに奈落の闇を見せる上でタズナを護衛するか。

 前者は実質取れず、後者を選択するしかなかったとはいえ、本当にこれでよかったのだろうか。前者だって、霧隠れの間者と繋がっている奈落に頼み込めば、取れない選択肢ではなかった筈だ。

 それを分かった上で尚、カカシは後者を選んだ。

 遅かれ早かれナルトは奈落の闇を知ることになる……そんなことは分かっていた。ならばなるべくナルト達が後悔しないであろう選択を、カカシは取ったつもりだった。

 

 しかし、あの背中を見て、自分の選択は本当に正しかったのだろうかという思いが湧いてしまう。奈落には感謝している。自分の部下達を助けてもらった上で、タズナを守らせてもらったのだ。

 結果としてカカシ班がタズナを護衛し、奈落は別目的で動いたという体裁を保ったままで、奈落は自分達カカシ班の援助に動いてくれた。

 感謝してもしきれない、そこは確かだ。

 

 ――だから、これでよかったんですよね、ミナト先生。

 

「……なあ、先生さん」

 

 己の選択の是非を頭の中で自問している最中、依頼主のタズナの声によりカカシの意識は現実に帰る。

 

「何でしょうか、タズナさん?」

「……あんた達には申し訳ないと超思っとる……嘘の依頼を出すばかりか、子供たちに、こんな超酷なものまで見せることになっちまって……だが、もう一つ、気がかりなことがあるんじゃ……どうか、付き添ってはくれんか?」

 

 冷や汗でびっしょりの頭を下げ、カカシは頭を下げる。

 カカシは、タズナが何の件で自分に頭を下げてきているのか、一瞬で理解できた。

 

「町の方、ですか?」

「ああ……さっきのガトーの言う事が正しければ、町の方には既に……」

「……分かりました」

 

 カカシもタズナも、あの町で何が起こっているかということくらいは理解できていた。

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()ということくらいは……それでも、念のためタズナはこの目で確かめておきたかったのだ。

 タズナの頼みを了承したカカシ班は、急いでタズナと一緒に町の方へ向かった。

 そこには、大量の死があった。

 

「あ、あぁ……」

「こ、こんなことって……」

「……ッ!?」

 

 確かに、最悪の事態は避けられていた。そこには、波の国の人たちの死体はどこにも見当たらなかったのだから。

 だが、それはとてもだが見れた光景ではない。

 その光景を見慣れてしまっているカカシはともかく、他の四人の反応はとてもだが良くはない。

 ナルトやサクラは言わずもがな、サスケはうちはの事件を思い出したのか、目を驚愕に大きく見開いたままギリっと歯を食いしばっている。

 

 そこにあったのは、ガトー一派の者達の、大量の死体だった。

 

 皆、人型という原型は残しているものの、そこにはもう生前の面影なんて存在しない。

 烏達が、それらの死体を貪っているのだ。

 血の跡だけが残されている場所もあることから、既に丸ごと咀嚼されてしまった死体もあるということは想像に難くない。

 

「あ、あぁ……」

 

 タズナは、涙を流しながら崩れ落ちる。

 そこにある感情は、悲しみと安堵の二律背反だった。

 ……自分達波の国は、確かに救われたのだと。

 ……だが、その代償なのか、波の国の地は、血の色に染まってしまっていた。

 今まで虐げられてきた波の国の住民たちが流した血なんて比べ物にならないくらいの、悍ましい外道たちの血で染まっていたのだ。

 

「誰がこんなことを……まさか……」

「みんな、あの人達がやったっていうの……?」

 

 顔を青ざめながら言うサスケとサクラ。

 最初は、ただ退屈で簡単な任務に不満を持っただけだった。

 そしたら特別にCランクの任務を任せられ、ようやく本格的な里外任務につけるのかと思えば、実は嘘の依頼で、すごく危険な任務だということが分かって、それでもタズナを守って見せると誓った。結果として任務を遂行することはできたが、誰もがこんな光景に遭遇するなんて想像だにしていなかった。

 人の命は、そんなに軽いものではない筈だ。

 簡単に奪われていい筈がないのに、まるでゴミ処理をするかのように、惨殺された死体でさえ烏に貪られ、その存在の痕跡すら許されないかのように消されていく。

 こんなことがあっていいはずがないのに、当然のように、目の前でそれが行われていたのだ。

 

「……なんで、だってばよ……」

 

 ナルトが、俯きながら体を震わせる。

 

「イルカ先生が言ってた事って……こういう事なのかってばよ……!」

 

 これが、国直属の忍たちがやることなのか。

 今まで、自分は一体この組織の何に憧れてきたというのだ。

 ただあの人の役に立つことばかりを考えてきて、その実何をやる組織かなんて、ナルトは正直あまり考えていなかった。

 

「あの人たちは、こんなことを……何回も、やってきたっていうのかってばよッ!?」

「……ナルト……」

 

 カカシは、どんなことをナルトに言えばいいのか分からなかった。

 こうなることは、分かっていた筈だった。

 

「……違うんだよ、ナルト」

「カカシ、先生?」

「こんなことをやってきたのは、何も奈落だけじゃない。霧も、砂も、雲も、岩も、そして木の葉も……大戦中は、こんな光景は、日常茶飯事だったんだ」

「ッ!?」

「あの大戦で、オレは多くの仲間を失った。だが、失ったのは敵の方だって同じなんだ。……こんな風に死んでいくのは、珍しくなんてなかった」

 

 カカシの言葉に、ナルトは今度こそ言葉を失う。

 奈落が闇の組織として認知されているのは、あくまで終戦後に設立されて、目立った争いがない中で平然とそれを行ったからに過ぎない。

 大戦中であれば、表も裏も関係ない。表も裏も、全てが血と闇に染まる地獄だったのだ。表裏で模様の違うコインを泥の池に投げ入れれば、表裏関係なく泥に染まって模様が見えなくなるように、そこに表裏の差異なんてなくなってしまうのだ。

 表裏がはっきりあるのは、平和な時代のみ。奈落はその平和な時代の裏で行ったからこそ、闇の組織として認知されたに過ぎないのだと。

 

「先生も……」

 

 俯いてカカシの話を聞いていたナルトが、ゆっくりと口を動かす。

 

「カカシ先生も、いっぱい殺したのか? こんな、風に……」

「……ああ。戦争中も、戦争が終わった後も、たくさん……殺してきたさ……」

 

 奪われるだけじゃない、奪った数と奪われた数……カカシにとってどちらの方が大きいかと言われれば、間違いなく前者と答えるだろう。

 終戦直後の、各地に燻っている火種をかき消し、暗殺し、粛清する日々。その火消しに動いていたのは何も奈落だけではない。木の葉の暗部もまた、奈落と組んで色々な汚れ仕事に奔走していた。暗部だけではない。おそらく暗部ではない一般の忍だって事情を聞かされないだけで知らず知らずの内にその手を闇に染めてきた筈だ。

 

 英雄というのは、とても難儀なものだ。

 カカシの父のように自分を英雄として祀り上げてきた里から殺された者もいれば、朧のように今も尚闇に手を染め続ける者もいる。

 だが、平和というのはようやくそれで形作られる。

 そんな光景を、カカシは幾度となく見てきた。

 

「それでも、俺たち忍は歩き続けなければならないんだ。奪ってきた分も、奪われて来た分も、全部しょい込んでな……」

「……それが、カカシ先生の忍道なの?」

「……さあな。オレが決めたのか、それとも誰かからか決められたものなのか、もう分からないよ」

 

 困ったように笑い、肩を竦めるカカシ。

 だが、ナルトには、カカシが心から笑っているようにはとても見えなかった。同時に、カカシ先生も同じなんだ、とナルトは悟る。

 白もカカシも、己が何者なのか分からないまま苦悩して、それでも今日まで生きてきた。

 

「そうだな、あえて言うんだったら……ナルト、仲間であるお前達は絶対に死なせないこと……それが、オレの今の忍道かな」

「カカシ先生……」

 

 おどけた様な笑いを引っ込めて、真剣な眼差しでそう語るカカシを見て、ナルトは一つ、分かったことがあった。

 カカシや白の忍道も、結局は他の誰かがあってこそのものなのだった。

 それは守りたい者であったり、目指すべき者であったり、人によってそれは様々なのだろう。

 なら、自分は――

 

「じゃあ、オレは、何を、目指せばいいんだってばよ……」

「……」

 

 守りたい人なら、すぐに思い浮かぶ。

 だが、目指したい場所は――

 

「火影も、あの人の隣も、どれもなくなっちまえば……オレは、一体何を目指せばいいんだってばよ……!!」

 

 真っ直ぐ、自分の言葉を曲げない――だが、今の自分には曲げられる言葉すらもがないのだ。

 また、胸の内が(うつろ)となっていく。

 あの時と同じだ――認められたいと思っていた里の人を助けて、その助けられた人から化け物と罵られた時と、同じだ。

 

 それでも――

 

 それでもだ――

 

 ナルトは、まだ彼への想いを捨てきれないでいた。

 

 三回だ。

 三回も自分はあの人に助けてもらったのだ。

 

 他人が自分のことをどう思っているかなんて、結局分かりっこなんてない――白にも言った自分の言葉が、あろうことか自分にも返って来る。

 

 ――三回も助けて貰ってんのに、自分の言葉は、あの人に届いてなかった。

 ――目の前であの人が部下に出した命が信じられなくて、必死に声をかけたのに、あの人は自分に見向きもしてくれなかった。

 

 分からない。

 あの人が自分のことをどう思ってくれてるのか……あの人がどんな世界を見て、どんな忍道を掲げているのか……

 

 己が進むべき道すらもが……深い霧で覆われて……分からなくなる。

 

「一体……どうすれば、いいんだってばよ……」

 

 もう、何もかもが分からない。

 

 

     ◇

 

 

 ――ガチリ、ガチリ……。

 

 ガトーが波の国の本拠地として置いていたアジト――そのアジトの一室にあるタンスの中に、一人の女性が必死に声を押し殺し、震えていた。

 女性は、善人とはとてもだがそうは言えぬ生涯を送って来た。

 親から独り立ちをした当初は、まだ真っ当な人間だったかもしれない。しかし、魔が差したのか麻薬の売買に手を染め、やがてその手腕を見込まれてガトーカンパニーにスカウトされ、今では麻薬を売買してきたノウハウを生かし、このガトーカンパニーの新商品である兵器を売買する手筈を具体的に考える職についていた。

 だから、いずれ自分に天罰が来ることは分かっていた。

 分かっていた筈、なのに……それでも、こうなるなんて、誰が予想できただろう。

 

 ――ガチリ、ガチリ……。

 

 タンスの中で、女性はただただ震え続ける。

 タンスの扉の隙間から見える、その光景に、ただただ怯え続けていた。

 

 ――さっきまで、見知った(もの)が。

 

 ――見知らぬ、(もの)になっていた。

 

 共に働いていた、ガトーカンパニーの同僚たちが、皆血を流して動かぬ物と化していたのだ。

 そして、その見知った者が見知らぬ物となり、さらに、見知らぬ(もの)たちがそこにはいた。

 見知った者を見知らぬ物へと変えた、見知らぬ者。

 

「これで全てか」

 

 見知らぬ者たち――黒い僧服のようなものを身に纏い、身の丈ほどある錫杖を携えた集団――の一人がそう言うと。

 

「……ああ」

 

 女性が隠れているタンスの一番近くにいた、見知らぬ者がそう答える。

 その者の言葉に、女性は一瞬、安堵した。

 どうやら彼らは、これで全て片付いたと思っているようだ。

 だが、本当の最後である自分はまだこうして生きている。

 つまり、ここで息を潜めていれば、自分は生き残れると確信()()()()

 

 その直後。

 

()()で終わりだ」

 

 一番近くにいたその見知らぬ者が、そう言いながら、女性の隠れているタンスの方へ、振り返り。

 

 悲鳴を上げる前に、終わった。

 タンスの扉を開けられることすらなく、扉の隙間を縫うように刀を突きさされ、女性の世界はそこで断絶した。

 

 

 島中のガトー一派の殲滅を終え、そしてアジトの中に籠っていた残党たちすらも皆殺しにした奈落の忍たち。

 さきほどまで惨殺現場となっていたアジトは、既にボーボーと音を立て、霧の靄と混ざった奇妙な火を上げながら燃えていた。

 火を放った張本人である奈落の忍たちは、遠くからその光景を見上げ、全ての証拠がなくなっていくのを見守る。

 在庫に置かれていた兵器は全て爆破し、アジトにあった資料や設計図は全て燃やされ、無へと還っていく。

 ガトーの野望の象徴であったそれは、音を立てて崩れていった。

 

「よくやった」

 

 そんな彼らの背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 すると、彼らは即座に振り返り、その者の姿を認めた。

 

(かしら)!』

 

 一斉に片膝を突き、頭を下げる。

 頭と呼ばれた人物――朧は三度笠を上へずらし、その顔を彼らに見せる。

 

「これで終わりだ。(かばね)の奴も無事任務を終えた。お前達も船へ撤収するがいい」

「……(かしら)は?」

「第七班が任を終えるまではここに留まる」

「……分かりました」

 

 先頭にいた男が返事すると、彼らは立ち上がり、朧に一礼した後、燃えるアジトを背に立ち去って行った。

 そんな彼らの背中を見届けた朧は、燃えゆくアジトを見つめる。

 原作ならば到底見ることのない光景が、そこには映っていた。

 ……というより……

 

(……やりすぎたかな……)

 

 今更になって自分の所業を後悔するバカが、ここにいた。

 既に修正しようのないくらい物語を歪めてしまっている自覚はさすがにあったが……。

 

 ――知ってるか? これ、原作じゃあ主人公たちの初の本格的な里外任務なんだぜ?

 

 どう見ても、そんなイベントで見る光景ではない。

 原作においてもただでさえ敵側である筈の再不斬と白の死でさえ彼らにはショックだったというのに、今回は人がまるでゴミのように死んでいくのだ。

 そんな光景を、あろうことか主人公たちに見せてしまった。

 朧にとっては大戦中の木の葉のブラックワークのせいで見慣れた光景であるにしても、これはさすがに酷過ぎる。

 

(そもそも何でよりにもよってナルト達の波の国篇の任務と重なるんだよ……おかしいだろうッ!! 呪いか何かかよッ!! もう嫌だお家帰りたーいって……あ、お家(奈落)も地獄だった……)

 

 朧にとっての火の国は、(奈落)(木ノ葉)も地獄でありました。

 おかげで目の隈は未だに取れないどころか、むしろ酷くなっています。

 前世のお父さん、お母さん――オレは一体どこで間違えたのでしょうか?

 

 木ノ葉にいればブラック上層部からのブラックな命令、奈落にいれば部下からの訳の分からない尊敬の目線での圧死地獄である。

 もういっそ死にたい。

 死んだ方が絶対楽になれる。だが結局死ぬ度胸もなく生き足掻く始末である。

 

 なら――何故、今も彼は奈落に留まるのか?

 ……結末がどうなるかはともかくとして、重責から逃れるのならばそれが一番だというのに、何故彼はそれをしないのか?

 

 

 それは、彼にも分からない。

 否、考えようともしていないし、気付かない。

 

 

 ――彼はどうしようもないバカであったが、ある一点においては憐れだった。

 

 

 何故なら――

 

 

     ◇

 

 

 タズナの嘘の依頼から始まり、ガトーカンパニーの壮大な野望に巻き込まれ、最終的に奈落によるガトー一派殲滅を目にしてしまった第七班の、過酷な初の国外任務。

 ガトー一派が奈落により一人残らず殲滅され、技術の漏洩とそれにより招かれるであろう戦乱を事前に防いだ奈落であったが、その光景を目にしてしまった七班たちのメンバーの心の傷は、計り知れないものとなった。

 

 ガトー一派の脅威が消え、奈落の船がこの島から姿を消してから二週間。

 

 奈落の手により保護されていた町の民衆たちは、密かにガトーカンパニーが建造していた地下の施設で眠らされていたのだ。

 奈落の忍たちに幻術をかけられ、その施設のベッドの上で眠らされていた。

 

 本来はガトーが自分の所業がバレた時の為の避難所として建設した施設であったが、これに目を付けた奈落が施設の管理者に接触。

 元々施設の管理者はガトーカンパニーに所属する者の中で、波の国の人々を虐げることに引け目を感じていた数少ない一人であり、奈落の忍から刃を突き付けられ脅されたことがトリガーとなり、奈落に協力することを決意したのだった。

 

 ガトーには虚偽の報告を行い、奈落の忍に刃を突き付けられ脅されつつも、心の何処かでは波の国の者達への償いのチャンスだと考えていたそうだった。

 

 町民たちが助かったのは、表向きにはその管理者のおかげとされ、タズナ一家を除いた波の国の町民たちが奈落の影を見ることはなかった。

 

 そして――

 

 橋が完成し、ようやく国外の人々が船を使わずに波の国を行き来できるようになった。

 その橋の上で、タズナ一家とタズナの部下である大工たちが、ナルト達第七班を見送っていた。

 

「ナルト、サスケ、サクラ、そして、先生さん。今回のことは、すまなかった。そして、ありがとう。お前達を酷い目に遭わせてしまった儂が言うのも何だが……儂は、依頼を受けてくれた木の葉の忍が……お前達でよかったと、超思っとる」

「いえ、こちらもお世話になりました」

 

 感謝の念を述べるタズナ。

 彼も今回の出来事には思うことがあったのか、お世辞にも純粋に喜んでいると見て取れるような表情ではない。

 今の彼には、今回の出来事で、嘘の依頼を出した事に関してカカシ達に対する負い目が尋常じゃないものになっていた。それこそ、原作とは比べ物にならないくらいには。

 カカシもそんなタズナの気持ちを察してか、その話には言及しないようにはしているが。

 

「……ナルトの兄ちゃん……」

「……あ、イナリ……」

 

 一方、イナリがナルトの方へ声をかけるが、ナルトは浮かない顔で反応する。

 それが、気まずい空気を産んでいた。

 なるべく元気な姿を見せるように努めていたナルトであったが、今回、三人が受けた中でもナルトの心の傷は深かった。

 二度目の、己の生き甲斐を、見失ってしまったのだから。

 

 イナリは、ナルトにどんな声をかけていいのか分からなかった。

 タズナとは違い、イナリとツナミは奈落によるガトー一派虐殺を本格的には目にしていない。だから、ナルトたちの心の傷が分からなかったのだ。

 それでも、今のナルトは、普段からナルトに明るい面を見てきたイナリからは信じられないくらいに落ち込んでいた。

 だが、かける言葉が見つからないのだ。

 

「そ、その……イナリ……母ちゃん、無事でよかったな……」

「う、うん……ナルトの兄ちゃんも、みんなも……」

 

「「………………」」

 

 言葉が、続かなかった。

 暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはイナリだった。

 

「その、兄ちゃん、また、遊びに来てくれる?」

「……そ、それは……」

 

 言われて、ナルトはイナリの背後にある波の国の地を見つめる。

 今となって、ナルトにとって波の国という場所は、木ノ葉の里以上のトラウマとなってしまった。

 多くの血を浴び、多くの血を見て、そして、己の道標を見失った場所となったのである。

 

「……ぃちゃん……」

 

 自分は、これからどうすればいいのだろうか。

 

「……兄ちゃん……」

 

 自分は、これからどんな忍道を掲げて、生きていけばいいのだろうか。

 

「兄ちゃんッ!!」

「ッ⁉」

 

 向こうの波の国を見つめ、考えに耽っていたナルトであったが、イナリの声により現実に意識が戻った。

 さっきまでオドオドしていたイナリであったが、今度は決心を固めたのか、はっきりとした声でナルトに語り掛けた。

 

「兄ちゃんに、何があったのか知らねえけど……オレ、兄ちゃんが、父ちゃんの鉢巻き持って帰って来た時……すげえ嬉しかったんだ!! 父ちゃんを英雄だと言ってくれた兄ちゃんが、帰ってきてくれて……オイラの中の、父ちゃんを、取り戻してくれて……」

「イ、イナリ……?」

 

 またポロポロと泣き始めたイナリに戸惑うナルト。

 そんなナルトにお構いなく、イナリは続ける。

 

「父ちゃんは、ちゃんと、オイラの中に帰って来たんだって……だから、オイラにとって、ナルトの兄ちゃんはすげぇかっこよくて……だけど、実はオイラと同じ泣き虫で……そんな兄ちゃんと、友達に、なれて……う、うわわああああんッ!!」

 

 これ以上ナルトに泣き顔を見せたくなかったのか、ナルトから顔を背け、ツナミの方に抱き着いてしまった。

 ツナミは驚きつつも、しゃがみながらイナリを抱き止め、イナリの代わりにナルトに向き合った。

 

「まったくこの子は……ナルト君、私からも礼を言わせて。父さんを、私達を救ってくれてありがとう。イナリの友達になってくれてありがとう」

「……イナリの、母ちゃん……」

「ナルト君が、どうしてそんな顔をしているのか分からない。だけど……私達はナルト君に救われたということだけは、忘れないで」

「……うん……」

 

「これからこの国にもお金が入るようになるだろうから、おいしい食材がいっぱい買えるようになると思うわ。だから、今までよりもおいしい料理を振舞えると思うの。今、食べさせてあげられないのが残念なのだけれどね……」

 

 すすり泣くイナリの頭を撫でつつ、ツナミは困ったように笑った。

 

「だから、ナルト君」

「……」

「困っていたら、いつでもここに来なさい。私が力になれることは少ないけれど……今度は、修行とかそういうのはなしで、ナルト君にもっといっぱいおいしい物を振舞いたいから……」

「うんッ、うんッ……」

 

 ナルトの頭の上にポンっと手を乗せて、ほほ笑むツナミ。

 その笑顔が何だか眩しくて、既に手を血に染めてしまった自分に向けられているのが、何だかむず痒くて、嬉しくて、ナルトは零れてきた涙を咄嗟に袖でふき取った。

 

「ハッハッハッ!! 確かにのぉ!!」

 

 そんなツナミの話を聞いていたタズナが嬉しそうに笑う。

 

「修行の後のナルトの食いっぷりときたら超傑作だったのぉ!! 食ったり吐いたり、またあんな様子を超見てみたいもんじゃ!!」

「お、おっちゃん、オレってばそんな食い意地張ってねえってばよ!!」

 

『ハハハハハハハッ!!』

 

「あんたらまで笑うなぁ!!」

 

 タズナに続き後ろにいたタズナの部下の大工たちまでもが笑い出し、ナルトは涙目になりつつ彼らに怒鳴り付ける。

 何故自分だけ笑い物にされるのだ。食いまくっていたのはサスケだって同じだろうに、何故自分だけ……。

 恨めしそうにサスケを睨み付けたら、先ほどまで自分と同じように浮かない顔をしていたサスケが、目を瞑って静かに笑っているのが見えた。

 サクラもタズナ達に感化されたのか、先とは打って変わってほほ笑んでいる。

 

「……へへっ」

 

 続いて、少しだけナルトも笑った。

 ナルトだって、タズナがただただ自分をからかっているわけではないという事くらいは分かっている。

 いつでも食べに来い、いつでも遊びに来いと、そう言っているのだ。

 

 少しだけ、自分の(うつろ)が埋まっていくのを、ナルトは感じた。

 

 ――ああ、そうだ。

 

 彼らの笑顔を見て思う。

 確かに、道標は見失ってしまったけれど。

 それでも、この笑顔だけは、自分が必死に道標へ向けて目指した結果なのだ。

 見失えど、そこまで歩いた道に意味はあるのだ。

 

「オレ……タズナのおっさんを、守れたんだな……」

 

 嘘の依頼で里の奴等が何と言おうとおっさんを守る――自分は、その言葉だけは確かに曲げていなかった。

 だから、今はそれを喜ぼう。

 

「イナリ、イナリの母ちゃん、おっさん……ありがとうな!! また、遊びに来るってばよ!!」

 

 少しだけ元気なったナルトは、今できる精一杯の笑顔を、自分達を見送るタズナ達に返した。

 後にこの完成した橋に、自分の名前が付けられるということを、ナルトはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、さらに数時間後。

 

 

 

 

 

 

 ナルト達を見送ったタズナは家の中でイスに座ってくつろぎつつ、今までのことを振り返った。木の葉に嘘の依頼を出し、この国に連れて帰って来てから、色々なことがあった。

 忍の世界の辛さ。想像以上にえらいことになっていたガトーの企み。そして奈落とやらの介入。血に染まった波の国の地。勇気を取り戻したイナリ。活気を取り戻した町民たち。

 本当に、色々あった。

 そして――

 

「あの子たちには、超つらい目に遭わせてしまった……」

 

 俯き、タズナは懺悔するかのように呟く。

 ナルト達を連れてきたこと自体は、後悔していない。偽りの依頼から始まった関係であったが、それでも彼らでなければイナリはここまで立ち直らなかったと思っているからだ。

 だが、それでも、タズナがあの三人に抱く負い目は大きかった。

 

 忍とはいえ、彼らはまだ子供だ。

 

 本来ならば戦いに身を投じることなく、野原で遊んで駆け回っているのがお似合いな子供達なのだ。

 なのに、そんな子供の内から、自分は彼らをこんな過酷な戦いに巻き込んでしまった。

 戦いを終えた後のあの三人の表情が、タズナは忘れられなかった。

 

「特に、ナルトの顔は儂から見ても酷かった。今朝は元気に国を出て行ったが……あれは、一時的なものじゃろう」

 

 タズナは、ナルトに対して何もしてやれなかった。

 ナルトだけは更に深い理由で思い悩んでいることが、タズナの目から見ても分かったからだ。

 だから、何も言えなかった。

 いや、何も言わなかった。自分は、最低な大人だった。

 

「どうすれば、あの子たちに償える。わしは、どうすればいいんじゃ……」

 

 どうすればいいのか――ベクトルは違えど、タズナの悩みはナルトの悩みと同じように、そんな言葉で言い表すことができた。

 思えば、初めてあったときの自分のナルトに対する対応はひどいものだった。それでも、あの子は自分を守ると誓ってくれた。そして、その言葉を実行してくれた。

 なのに、自分はあの子に何も返せていない。

 一体、どうすればいいのかと思い悩んでいた、その時だった。

 

 

「なら、償えばいいじゃない。――貴方の命で」

 

 

 突如、背後から聞こえた声。

 首にひんやりと伝わる、冷たい鉄の感触。

 

「い、一体誰じゃ――」

「振り向かないで。振り向いたらその首、斬り落とす」

 

 幼さすら感じる若い女性の声でありながら、しかし有無を言わさない静かな威圧に、タズナは振り向こうとした首を動かすことができなかった。

 同時に、鉄の感触が、先ほどよりもわずかに強く、首にめり込むのがタズナには感じられた。

 自分は今、後ろにいる女性に、刀で首を切り落とされようとしているのだと、タズナはようやく悟る。

 

「今から私の質問に一字一句聞き逃さずに答えて。それ以外のことを喋れば、殺す。……いい?」

 

 タズナはごくり、と息を飲みつつ、顔を僅かに振って頷いた。

 

「ではまず最初に、何故あなたがこんな事をされているのか……心当たりはある?」

「……」

 

 タズナは暫し考える。

 この女性は最初に、罪を償ってみるか、と問うてきた。

 それはつまり――

 

「……儂がアイツ等に、嘘の依頼を出したことか?」

「ついでに言うと、そのおかげで私達は作戦を大きく変更せざるを得なかった。本来ならさっさと狸ジジイの首を取って、そいつ等に寄生する害虫も駆除して、それで終わりだった」

「それは……お前さん、もしかして――」

「質問に対する答え以外は許していない。次余計なことを言ったら首を刎ねる」

 

 あの黒い連中の仲間か、と聞こうとした途端、女性の脅しによりタズナは疑問の言葉を中断せざるをえなかった。

 

「次の質問――貴方は何故、一人で国を飛び出してきてまで、木の葉に依頼しに行ったの? 貴方の行動で、貴方の周りの人間までもが危機に晒される危険性があったのに、なぜ?」

「それは……」

「貴方一人で背負うつもりだった? 皆に叫弾されるのも覚悟の上? そんな屁理屈は許さない。答えて」

「……儂は、ただ皆に、もう一度思い出して欲しかった。あやつを、儂の義息子、英雄カイザのことを」

「……英雄カイザ、かつてD地区を救った男のことね?」

「そうじゃ。あやつがガトーの手下に殺されてから、この国の町民たちは変わってしまった。イナリもツナミもみんな……儂はあいつらにもう一度、立ち上がる勇気を持って欲しかったんじゃ」

 

 活気を失ってしまった町民たちを思い出し、タズナは当時の悔しさを思い出して拳を握る。

 

「英雄というのは、死んだらそれで終わりじゃない。例えカイザの奴が死のうとも、アイツの意志を継ぐことはできる筈じゃ。皆が勇気をもって立ち上がればできる筈だったんじゃ。そうでなければ、カイザの死は無駄になってしまう……儂はそれが超嫌だったんじゃ……!!」

「……」

「だから、せめて儂はこの島の町民に祈った。あの橋が完成するまでは、我慢してくれと。諦めないでくれと、希望を持ってくれと!! それまでの繋ぎが必要じゃった、橋が完成するまで儂を守ってくれる超つえー奴等が!! だから、儂はギイチの奴に頼み、一人で木の葉に向かった……。

 だが、儂は忍の世を超なめておった。あの子たちのおかげで、儂らは救われたというのに、儂はあの子たちを傷つけるだけだった……辛い現実を見せてしまった、だけだった……」

 

 涙を流し、身体を震わせながらタズナは必死に答える。呆れたように溜息を吐きつつ、女性は次の質問をする。

 

「次の質問よ――あなたは、これからどうするつもり?」

「……どうする、とは?」

「貴方は必死に木ノ葉に依頼して、彼らをここまで連れてきた。貴方は彼らを傷つけてでも、この波の国の希望を紡いだ。けれど、あの子たちにとっては、ここはさぞかしトラウマとなるでしょうね。

 ……貴方は、そのままでいいの?」

「それは……」

「あの子たちのトラウマも上塗りするくらいに、ここを素敵な国にする。貴方たちの勇気とやらで、この地に染み込んだ血を上塗りして、彼らに、この国が好きだと言われるくらいにまでにする。それが、貴方があの子たちにできる償いじゃないの?」

 

 女性の言葉に、タズナはハっとなる。

 

「貴方たちがここで立ち止まれば、あの子たちの努力も、貴方の抗いも、全て無駄になる。……そうじゃないの?」

「……ああ、そうじゃな。お前さんの言う通りじゃ」

「ならもう一度聞く。貴方は、()()()()()()()()()()()

 

 再度、同じ質問が投げかけられる。

 もし次、同じように言い淀んだら今度こそ首を刎ねられると、タズナは確信していた。

 だが、もう迷いなんて必要なんてなかった。

 

「そうじゃな。儂はあいつらに、いつでも来ていいと言ったが、それは甘えだった。たとえ儂ら一家にだけは心を許していたとしても、この国に付けられた傷は消えんじゃろう……儂はあいつらに知ってほしい、この国は超素敵な場所なんだと!! ガトーに支配されていた時しか知らぬのが勿体ないと思うくらいに、ここを、いい国にしてみせる!! まずは漁業を中心に各国との輪を作り、そして……!!」

「もういい。黙って」

 

 タズナの言葉を遮り、辛辣な言葉をかける女性。

 ……しかし、首に食い込んだ鉄の感触が、僅かに緩くなっていくのを感じた。

 

「今の言葉、忘れないことね。もし貴方が少しでも立ち止まる素振りを見せれば、その〇〇(ピー)切り落とすから」

「あ、ああ、分かった」

 

 女性の口から発せられたピー音に戸惑いつつも、タズナは返事を返す。

 

「じゃあ、最後の質問。これにイエスと答えるなら、私は貴方から剣を引く。……いい?」

「ああ……」

「今まではあの子たちに対する償いに関しての話だったけれど、今度は私たちに対する償いについて」

「……」

「取引よ。これを飲むならば、私達の件ついてはチャラにしてあげる」

 

 急に取引と言われ、訝しむタズナであったが、すかさず女性は続ける。

 

「貴方たち家族はこの波の国において唯一、私達と雲隠れの介入について把握をしている。……ここまではいい?」

「……ああ」

「なら――」

 

 暫し間を置き、女性は取引の内容を説明する。

 

「貴方たち家族には、雷の連中の言い分を退けるための証人になってもらう。これを飲むなら、私は貴方から剣を引く。

 さあ、答えて? イエスか、ノーか」

 

 その答えに、タズナは――

 

 

     ◇

 

 

 波の国の関門から出て、後にナルト大橋と呼ばれる橋を渡ってこの国から出て行こうとする女性の姿があった。

 チャイナドレスのようなスリットが入った、白い熨斗目のような着物を身に纏い、三度笠を被る女性。

 長い紺色の髪をたなびかせ、陶磁器のような白い肌、無機質な目と相まって、まるで人形のような可愛らしさと大人としての魅力を併せ持つ美女であったが、彼女の放つ空気は大凡人を寄せ付けるものではない。

 女は橋を渡り終わり、火の国への道である山道に差し掛かった、その時。

 

 女性は、どこから巻物を取り出す。

 そこから一瞬で得物たる長鞘の刀を口寄せし、引き抜こうとして――

 

(むくろ)、殺気を解け」

「ッ、(おぼろ)?」

 

 その手を止め、声がした方へ振り向く。

 そこにはいつものような奈落の首領服ではなく、編み笠を被った旅衣装を纏った朧が。

 いつものような合口拵えの小太刀ではなく、普通の刀を腰に差した姿で、立っていた。

 傍から見れば忍者ではなく、どこにでもいる浪人にしか見えない風貌だった。

 

「……とっくに帰ったと思っていたけれど、まだこんな所にいたの?」

「お前がどちらを選ぶのかを見張っていた。結局、斬らなかったようだが……」

「……そう。貴方の気配を今まで感じ取れなかっただなんて、私も修行不足ね」

「経絡を操り、チャクラの放出を完全に遮断していた。無理もなかろう」

「……相変わらず反則ね。化け物並のチャクラをして、気配はおろか感知も許さないだなんて……」

 

 表情に若干の呆れを含みつつ、女性――(むくろ)は刀を巻物に封印し、懐にしまった。

 

「貴方に言われた通り、後悔しない方の選択を選んだつもり。あの男を許したつもりなんてない……ただ、貴方の言うように、殺すくらいなら最後まで利用した方がいい――そういうことでしょう?」

 

 骸は思い返す――朧の伝書烏に書かれていた文の内容を。

 その御魂、天のために焦がしてからで遅くはない――と。

 

「貴方は最初から私に斬らせるつもりなんてなかった。ただヒントを与えて、態々私の判断を待っていた」

「違うな」

「……?」

「お前ならば斬らないと、ただそう判断しただけだ。あの男に利用価値を見出していたのは事実だが」

 

 自分はタズナを斬らない――その判断に、文の内容は一切関係ないのだと、骸は朧がそう言っているように聞こえた。

 尚、実際は――

 

(いやいや、殺すくらいなら最後まで利用した方がいいって、確かにそんなニュアンスも含んだけれど……さすがにそこまで考慮してないから。さすがにタズナたち家族を証人にするって発想オレには思い付かなかったから!! ただノブタスは根っこは優しいから、なんだかんだ斬らないだろうなー、とか思ってだけだから!!)

 

 実際はもし骸がタズナに斬りかかろうものならば、全力で阻止する腹積もりで、遠くから白眼で2人の様子を観察していたのだ。

 骸がタズナを斬らないと判断するまではこの男、心臓バックバックだったのである。とうの骸本人はそんな朧の気など知りようもないのだが。

 

「だが、あの親子を証人にする判断にたどり着いたのは見事だった」

 

 そして、この男はあたかも自分も同じ判断をしていたかと言わんばかりのことを言うのである。そんな男の実態を骸が知るよしもなかった。

 

「別に。あの手の輩は良心の呵責に付け込めば簡単に丸め込める、そう教えたのは貴方でしょう?」

 

 褒められることじゃない、と言いつつ、朧からそっぽを向く骸。

 顔に出ているわけではないが、実はちょっぴり照れていた骸であった。

 実際、骸がタズナに対して提案した取引はかなり狡猾なものだった。タズナの負い目はあくまで奈落ではなく、カカシ班に向けられていたものだ。

 その負い目をうまく奈落の方にも向けさせ、取引に誘導したのだから。

 第七班にだけに負い目を抱いているままのタズナでは、その罪悪感のあまり最終的には骸の刃をあっさりと受け入れていたであろう。

 

「……帰ったら、また大忙しね」

「仕方あるまい。殿も重い腰をあげるだろうが、我々の最終的な手出しは実力行使が必要な時のみだ」

「あの色黒ジジイはそれをやりかねないでしょう?」

「里同士ならばともかく、国家間の直接的な問題となれば、雷影もそう好き勝手はできん。己の政治的不利を力付くでねじ伏せようものならば、雷の国の大名からも見咎められよう」

「影の名の前じゃ、飾りの大名なんて何の意味も成さない。だから火の国では奈落が設立されたのでしょう?」

「自国内のみでの議題ならばな。だが、今回はガトーの問題を巡り、多くの国が議会に参ずるだろう。そこで横暴を敷こうものなら、雲隠れの信用は大きく瓦解する。そこで下手を打つほどあの男は愚かではない」

「……だといいのだけれど」

 

 朧としては雷影と顔を合わせるのは気まずくて個人的に超勘弁なので、雷影が実力行使に出る事がないことを祈るばかりだ。……とはいえ、今回は国家間同士の問題。里同士の長が顔を合わせる五影会談とは勝手が違う。そこで横暴を敷くほど雷影は図太くはないだろうと朧は思っていた。もし実力行使に出てきた場合は、ボコして、活性の全点穴に毒針突き刺し、活性と毒の侵食の繰り返しによる生き地獄を最悪味あわせるつもりだが。

 ……そんなえげつないことを考えつつも、朧は骸を連れて火の国を目指す山道を歩いた。

 途中、骸の歩幅が心なしか狭くなっているのはきっと気のせいだ。

 

 だが、気のせいでもなんでもなく徐々に歩幅を狭めていた骸は、不意に立ち止まった。

 

「ねえ、朧。少しだけ聞いてもいい?」

「……なんだ?」

「私がまだアカデミーを卒業していなかったのにも拘わらず、貴方は私を里から連れ出した。その後――うちはの事件が起こって、私はイタチの凶刃から逃れた」

「……」

「ただの偶然かと思ってた。けれど、貴方はあの後も頑なに私を木の葉へ向かわせようとしなかった。今回もそう――水影と会う時は、頑なに私を会わせようとしていなかった。……違う?」

 

(……どうしよう、バレてーら)

 

 真っ直ぐに己の目を見つめて問う骸。

 今まで妙に勘違いをされてきただけに、このように核心を突くような言葉を言われると、朧は今度こそ何も答えられないのである。

 

「否定はしないのね。ねえ一つだけ聞かせて――貴方は一体、何を知っているの?」

「……何の話だ?」

「うちはの事件が起こった後ならば、私を木の葉に近付けさせないのは分かる。だけど、水影と会わせないのはどうして?」

「……」

「霧隠れはうちはと何等かの因縁があった。貴方はそれを知っていたから、私を水影から遠ざけた。私に変な疑いがかからないように……」

「元より写輪眼は危険視されてあるべき血継限界だ。如何に聡明な水影といえど、見せぬに越したことはなかろう」

「……そうやって、貴方はまた誤魔化すのね……」

 

 表情一つ変えずに言ってのける朧であったが、対照的に、骸の表情は少し悲しそうだった。

 

(またそうやって、貴方は黙って私を守ろうとする。本当に、馬鹿な人……私はもう子供じゃないのに……どうして話してくれないの……どうして、頼ってくれないの?)

 

 先に歩いて行った朧の背中を見つめ、骸は僅かに俯く。

 結局、彼は答えてくれないのだ。

 分かるのは、ずっと昔から、そして今も、自分は彼に守られているということだけだった。

 

「いつになったら、話してくれるの?」

 

 後ろから問う骸の声に、朧は答えない。

 ……代わりに、袖に仕込んでいた何かを取り出しているのが、骸の目に入った。

 

「……ッ!?」

 

 そのさり気なく取り出した何かは、朧の手中に収まり、後ろにいる骸に向けてこれと言わんばかりにアピールしていた。

 

「……そんなもので、誤魔化さないでッ……」

 

 飛び付きたい衝動を抑え、我慢する骸であったが、朧は振り向かないまま、袖からさらにこれ見よがしに同じものを取り出し、手に二つ、それを持って骸に見せつけていた。

 

「いい加減に……ッ」

 

 さらにもう一つ、朧は袖の中から取り出して。

 

 

「ハムッ」

 

 

 ついに我慢できなくなったのか、朧の手の中にあったポンデリングに飛び付いたのだった。

 朧の手からポンデリングを奪い取った骸は、頬張らせつつ、それを咀嚼する。

 世界は違えど、やはり彼女はポンデリングの魅力には逆らえなかった。

 

「モグ、モグ……仕方ないから……モグ……今日はこれで……モグモグ……勘弁……ゴクリ……してあげる」

「喋るか食するかどちらかにしろ」

 

 行儀悪いぞ、と朧は骸の頭を軽く叩いて注意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

(あっぶねー、何とか誤魔化せたわ。念のため袖にポンデリング常備しておいてよかったー)

 

 まさか原作知識です、なんて言える筈もなかった朧に隙はなかった。

 骸相手ならばポンデリングを差し出せば何とかなるというのが、朧が骸を相手する内に得た教訓である。

 ……銀魂の(のぶめ)とどこまで差異があるのか分からなかったので当初はポンデリングが有用か測りかねていたが、どうやらここの骸に対してもポンデリングは有効らしい(たまに気分が違うのか、ポンデリング以外のドーナッツを要求されることがあるが)。

 

 そんなどうしようもないことを考えつつ、隣でポンデリングを頬張る骸を一瞥しながら、彼はそんな彼女と共に奈落の拠点へ帰巣するのであった。

 

 

 ――彼はどうしようもないバカであったが、ある一点においては憐れだった。

 

 

 何故なら――彼が奈落に居続けているのは、今の彼には、前世との繋がりがNARUTO以外ではそこしかなかったからなのだ。

 漫画の世界だとはいえ、前世ではそれなりに好きだったキャラと同じ容姿になって、そのキャラが率いていたのと同じ組織を設立してしまって。……ある意味俯瞰する立場にいる彼にとってみれば、奈落や骸を始めとして銀魂キャラは、NARUTO以外の、前世との唯一の繋がりだったのだ。いまやNARUTOの世界で過ごした時間の方が多いからこそ、そしてこれから多くなればなるほど、それに縋る気持ちは強くなっていく。

 

 忌避しながらも、まるで蜘蛛の糸に縋るが如く。

 

 それこそが彼が奈落に居続ける理由であることに、彼自身は気付いていなかった

 




波の国篇、とりあえず完結です。
いやー、ようやく連載開始してから四年、一度エタりつつも再開してようやくここまでこれました。
これまで付き合ってくれた全ての読者様方、ありがとうございます。

感想・評価、お待ちしております!

天照院奈落のどんなところが好き?

  • 錫杖を使っているところ
  • 弓を使っているところ
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