剣術。
日本古来より、室町時代よりも以前にその源流は存在したとされる。
獣の棒振り術を精神美により礼法とした型、それ即ち剣術と呼ぶ。
名も知れぬ者から大業を打ち立てた者たちまで、数多人間が人斬り術を芸能事へ消化していく。
幾代もの者たちが更なる技を、更なる強さを求め、銃と云う新兵器の時代が到来しようと鍛え続けたものだ。
日本剣術には三本の流れあり。
一つは、陰流。二つは中条流。三つは神道流と云う。
この三つを、三源流と云う。
三源流を基礎とし、幾百、幾千もの剣術は生まれた。
だが、その流れの多くはか細く、歴史的淘汰の中で埋没するものも多く存在する。
現代に残る剣術は、その汎用性、伝達性において秀でてよかったのだろう。
数多くの人間により重ねられた術。――剣術。
しかしその流れより零れ落ちるものは存在する。
それは稀代の天才が一代にして作り上げる絶技。弟子がいくら鍛錬を重ねようと受け継ぐことはできない。
一代限りの才能。一代限りの必殺剣術。
数多の人々が鍛錬により作り上げる剣術とは非なる剣。
所謂、魔剣。
突発的に生れ落ちた天才たちが、その天稟を持って一代にして創り、一代にして消え逝く。
誰もがその技を会得すべく精進を重ねただろう。しかしその技術を得たものは現在に措いて確認はされていない。
歴史の奔流に押し潰され実体を失った技術――残るものは一際は煌くその脅威だけが後世へ語られる。
一刀流、伊東一刀斎――「拂捨刀」「無想剣」
一代でありながらその生涯で二つもの魔剣を生み出した鬼才。愛人に欺かれ刺客に寝込みを襲われ際、反撃により産まれた秘太刀「拂捨刀」。鶴岡八幡宮に参籠し無意識のうちに敵を斬り悟りを得た「無想剣」。他にも中条流の達人鐘捲自斎通宗より自流の極意、妙剣、真剣、絶妙剣、金翅鳥王剣、独妙剣を会得したとされる。
その魔剣の数は誰よりも多く、弟子にも小野善鬼、古藤田俊直、神子上吉明らが居たとされるがその剣の一つとして後世に伝わっていない。
真新陰流、小笠原長治 ――「八寸の延金」
小笠原長治が海の向こう明に渡り、習得したとされる魔剣。その魔剣は、間合いを伸ばす技法とされているが詳細は失伝により定かではない。間合いが伸びるという事は殺傷可能領域を延ばすことに他ならない。常勝無敗、数多くの敵を屠ったとされる技は他の魔剣同様、失伝してしまった。しかし後世で白井亨が「八寸の延金」を復元した、しかし、白井亨の「八寸の延金」はあくまで復元技であって直伝技ではなかった。果たしてそれが真に「八寸の延金」なのか。今では読み方すらわからない幻の技である。
巌流、佐々木小次郎――「燕返し」
天空を翔る燕を切り落としたとされる魔剣。空を高速で飛ぶ燕を切り落とすことは不可能に近い、佐々木小次郎は水面近くを飛ぶ燕を飛び上がるところで斬ったと推測されるが、詳細は不明である。舟島の決闘で二天一流の開祖、宮本武蔵と立ち会ったとされ、三尺余りの野太刀、備前長船長光、通称物干し竿を引っ提げ決闘を望んだとされる。
魔剣の伝説は数多くある。
しかしその一つとして後世に明確に伝わったものはない。
だが。
魔剣を生み出す「者」が居れば魔剣は自ずと現れる。
要は天才が生まれればいいだけなのだ。
魔剣を生む天才は、二一世紀に生まれた。武田赤音という名を持ち産まれた。
武田赤音。
流儀は、
魔剣の名は――
* * *
織田家老の陣幕で双竜が居た。
片方は天へとも翔る龍力を剣鬼に捥がれた龍。
優艶さは失われ、うら若き筈の柔肌は歳不相応にやつれていた。
「壬月さま。本当に大丈夫なので?」
叡智の龍は語りかけた。
陣幕を覆い潰す、闘気を滾らせる武芸の龍に。
「なに、ちとばかしたっぱの足りぬ餓鬼だ」
「ですが壬月さま!! ......あれは、あの業は、到底人知の及ばぬ極地。剣聖卜伝と同じ――」
「剣を覚えたばかりで善悪の区別もままならん阿呆だ。わっぱのままで、ああなっては手の施しようは一つ」
柴田は言葉はじめを強めていった。
それは自身を鼓舞する為でもあった。自分自身分かっていた。
あの小僧、赤音の業は突出しすぎている。若くして人斬りの剣筋を得て、活人を選ばず殺人を選ぶ意味。佐々の銃にも臆さず、滝川の絶対的術理より抜け出す判断力。
大業を成す筈の剣である。
柴田にはそれが許せない。
煌く才能を、醜悪な欲望へと貶める赤音が許せない。
主を思い護る為に興じる御前試合。赤音の剣を見れば見るほど、
(判らなくてもいい。ただ――)
許せないのだ。
――戈を止めると書く、それ即ち武である。武を理解せぬもの、武を貶める獣なりや。
武道を生活の糧とする者にとって、その中でも更に堅実な柴田権六壬月勝家にとって、赤音は武を貶めるに畜生に他ならない。武道は人の道であり精神性を高める芸能だ。過去より連綿と受け継がれてきた業と精神を後代へと伝え、自身らよりも先の世代に繋げるものだ。
それを赤音は穢している。殺人剣として外道へと墜ちたのだ。
ならば、言葉は要らず。手ずからその性根を去勢する他に道はない。
「壬月さま。くどいようですが、彼の剣は人知を超えております。お家流と会得せず、自身の力のみで、あの剣を」
「魔剣を作ったか...凡俗でもなぞれる型であっても、その振りは寸先の闇、か」
赤音の魔剣。
一踏みにして二の太刀をも可能とする。天空を切り裂く剣鬼の太刀。
脅威ではある、脅威ではあるが壬月のお家流には敵う者は数少なく、それこそ神霊を呼び戻すお家流だけであろう。
武道の竜、破砕の鬼――鬼柴田。
荷車に載せられた得物を手にする。それはひと目で戦斧と見分けがつく。だがあまりにも分厚く、大きく、巨大すぎた。銘を金剛罰斧と云う。
仁王を罰する斧。護法善神さえも失墜させる、その斧で、仕手の力量を持って。
「......餓鬼には手痛いが荒い仕置きが必要だ」
最後の贄を前に赤音は立っていた。贄の名前は柴田壬月勝家。
その両手に握られた斧は、あまりにも常軌を逸していた。
「金太郎よ。本当にそれ扱いきれるのか?」
「舐めてもらっては困るな。私からしてみれば、
「生憎、殺陣には慣れたんでね」
「そうか。幾人も斬ったか。......その剣に大義はあったのか」
「剣に大義は必要ねえだろ。剣はただ振られ、人を斬る。それだけの物だろ」
その一言に柴田の眉は微かに動いた。
「そうか。――ならば!!」
それ以上の言葉は必要なかった。
(そうか、この狂った御前試合はお前が仕組んだのか)
元より久遠の死狂いの試しは、柴田の仕組んだ暗殺計画の内。
赤音は今の織田には不穏分子である。この御前試合も俺を追い出す、違う、殺す為に興じられている。
史実で語られる織田信長のように一人に対し圧倒的に不利な条件を出す、そのように無茶苦茶な所業と思い今まで付き合ったが。
(お前の思惑だったのか)
赤音は思ったのは理不尽に対する怒りでも、殺意でもない。
昂ぶり。
剣鬼は求めている。至極の練磨を、己を凌ぐ者を。
ただ求め討つだけ、ただそれだけを求め前へ進んでいる。
後ろは要らない、前さえあればいい。
「武を穢すもの!! 身をもって武をしるがいい!!」
――武。
柴田の云う武がどれほどもものか、もしそれが正々堂々と云うのであればすでに柴田は反していよう。だが、しかしだ。もし正面切って果たして来たのなら。正しき武なのか?
いいや。武とは卑しきもの。
どんな時でも勝ちを得るために剣を取る。礼の満ちる場においても、刃を手にすれば勝ちは取れる。そのようなことしか、考えぬのだ。
武の本質、純粋な勝利欲。
赤音も同じである。勝利ことしか頭にはない。
柴田は戦斧は構える。
股を大きく割り、常識外れの戦斧を腰だめに構える。
左足が前に出ている。剣を使うものではありえぬが、柴田の得物は剣ではない。
(左からの薙ぎか、振り下ろしか...)
二種の攻め手、対策は通常であればあるが。
厄介な物理的問題がある。
柴田の戦斧の大きさ自体が問題となってくる。
戦斧の大きさ、巨大すぎる。柴田が扱いきれているのが不思議なくらいに。
得物の大きさは間合いを稼ぐには充分過ぎる。槍と同様に膨大な距離を獲っている。
それに加え、あの大きさあの重量は“かぜ”で受け止めようものなら即座に折れよう。
(どうするか...)
勝機は自然発生するものではない。自ら作り出さなければ生まれることはなく、勝機を獲られよう。
あの巨大な戦斧を想定した戦斧の組太刀はやることはない。だが、それに近しいものは刈流の形稽古で存在する。
赤音は未だに“かぜ”を鞘より抜いていない。
この勝負、間合いを読まれたくはないのだ。相手の圧倒的な範囲に対抗するものは、幻惑の間合い。
居合術。
対手より己の間合いを隠し剣筋を隠す。得意とは言い難いが、出来ない事はない。
早足で駆け出す。
鯉口に手を掛け、柴田との間合いを縮める。
急激な局面の変化に、柴田の筋肉は硬く強張っている。赤音はその肉体の変化を見逃しはしない。急速な状況変化は人間に焦りを生じさせる、それが命のやり取りで極限に高められた集中力の中でなら。
今の柴田には、赤音が縮地術と同じ速度で動いているように感じてしまうだろう。
柴田の視野が狭まっていたが、この動きと同時に大きく広がる。
人間は視界に頼りすぎている。それ故に視界の縮尺によって、行動が左右される。
柴田は左足を踏み込む、右肘が赤音の眉間と同じ高さに上がる。
左腕が赤音からは全く見えない。
(...振り下ろし!!)
このまま行けば間違いなく、赤音は頂点より砕断されよう。
戦斧の間合いに入る。風を叩き割るうねりが聞える。
途端、赤音は後ろに跳んだ。
滑るようにして後方に退避し、柴田の戦斧を避ける。後は攻撃終わりの柴田を抜き打ちにて斬り捨てる。
―――刈流 奔馬
獲った。と赤音は確証を得ていた。
しかしそれは淡すぎる期待であった。赤音は常識を当て嵌め過ぎていた。
相手の戦斧の威力を軽んじ、戦斧の威力が通常の物と同じに見てしまっていた。
「ッ―――――!!」
あまりの出来事に赤音の脳は反応しきれなかった。
全身を打ちつけた「爆風」、体を転がし衝撃を殺していく。
頭がはっきりしない。何が起こった。
「舐めてもらっては困る。貴様のためにわざわざ金剛罰斧を降ろしたのだぞ」
「それほんとにただの斧か?」
「ああ、ただの鉄の斧だ」
そうただの鉄の斧である。
だが、金剛罰斧の振りは斧を越えている。
振り下ろされた地面は大きく抉れ、深々と突き刺さっている。
抉れた地面を見て、ダイナマイトが炸裂したといわれても疑いはしない。
何たる火力、何たる威力。柴田の膂力、もはや人のそれとは全くの別物。
言うなれば――羆。
「鬼柴田じゃなくて、羆の柴田に名前変えたほうがいいじゃねえか?」
「ふむ、羆か。的確な名であるが羆は殺せる。鬼の名は不滅成り」
右足が動く。左足を軸に体を右回転させる。
腕、背筋の筋肉がうねるのを服の上より感じ取れる。
抉れた地面が悲鳴を上げ、擦られる金剛罰斧に土が剥ぎ取られる。
赤音は後方へ跳び避ける。何の技でもない、ただ避けた。
先程まで居た場には、命を破砕する嵐が通り過ぎていた。
赤い小袖が靡きを感じ今だ存命であることを理解する。
今だ鞘に収まる“かぜ”の鍔に親指を掛けた。これほど得物を出し渋るのは赤音にとって珍しい事である。
赤音は再度駆ける。
柴田は瞬く間に右手と左手の握りを反転させている。斧のような得物だからこそ出来る芸当だ
だが柴田とて武士、基本姿勢は崩す事はありえない。
最初の構え。股を大きく割り、右手を柄頭、左手を柄腹に持っていた。
この姿勢こそ、柴田の戦闘の基本姿勢の筈だ。
しかし今の構えはその反転。
体に染み付いたものが崩れれば、剣筋のブレにも繋がってしまう。
慣れぬ姿勢で剣筋にブレを生じさない一撃。――胴薙ぎ。
腰ための大振り。この一撃は薄皮に掠りでもすれば肉諸とも持っていかれるだろう。
柴田の一撃は斧で行う裁断ではない。台風となんら変わらない、そこに起きてしまった災害だ。
嵐はすぐ側まで来ている。
赤音は嵐の下を、滑りぬける。
「っ!?」
視界より赤音が消えた事に柴田は驚嘆の表情を浮かべていた。
とうの赤音は頭上を通過する金剛罰斧の下。
右足を伸ばし、後ろに体を倒す。打者が一塁に向け滑り込むのと同じ、スライディングだ。
体勢の金剛罰斧に当たらぬように低く、両足の裏が地面に接地させ滑る。
右足先が柴田の爪先を叩いた。間合いに入った、後は討ち取るのみ。
頭上の金剛罰斧はすでに左方へと抜けた。頭上の安全は確保されている。
体を跳ね起こし、右膝を立て、体重を前方へ飛ばす。
同時に抜刀。
滑り込みから繋げる座の居合。
―――刈流 青嵐
着座からの抜刀技術は世界広しといえども類例がない。
しかし日本剣術はその着座からの抜刀技術が存在する。それは如何に武が卑しいかを形にしている。
武とは卑しきものなり。
着座している局面など、どんな場においても――相手が刀を握っていないではないか。
剣に大義は有らず、あるのは勝利への醜い欲求のみ。
“かぜ”を完全に抜くと同時に、刃を反転させ峰を相手に向けた。
水月の高さに刃を合わせ打ち込む。
が―――鉞鬼はそれを是としなかった。
赤音が刀を握る右手の下より、足が伸びてきた。
(なにッ!!)
柴田は自らの体軸を己から崩したのだ。
軸無き剣は、力が入らず本来の切れ味も活かしきれない。
それに加え、今の柴田は金剛罰斧に体を振られている状態にある筈――
「ふっん!!」
蹴り上げが小手を打ち、赤音の手の中より“かぜ”が離れてしまう。
左足を踏み込んだ柴田は、右拳を赤音の顔面へ打ち込んだ。
赤音は着座状態で、前後左右に体のがうまく利かない。
腕で防ぐ――正しい判断ではあるが、柴田の豪腕に赤音の細腕は障子紙程度だろう。
赤音はふと疑問に思い、周囲を見渡した。
その疑問は金剛罰斧の所在であった。
もし柴田が金剛罰斧を握っていたなら、このように殴る事はできず、その前に赤音の青嵐に腹を打たれていただろう。だが最も動きの枷であった金剛罰斧が柴田の腕にないのだ。
僅かな間、一秒にも満たない僅かな時で周囲を見渡し、見つけた。
(そうだよな。胴薙ぎの終わりに――投げ捨てたんじゃあなぁ)
頭に強い衝撃が襲い、赤音は昏倒した。
* * *
「それまで!!」
久遠は声を張り上げ、鉞鬼を止めた。
止めなければ、鉞鬼が剣鬼を殴り殺してしまうからだ。
忠実な鬼は血に染まった手の平を止めた。
「壬月、何故そこまでやる。勝負は顔に一撃入れた時点で付いていたであろう」
主の問いに鉞鬼は臥していた。
真意はすでに見抜いている。だが、その口より言わせなければならない。
「答えぬか!! 権六!!」
その怒声に鉞鬼は口を開いた。
「......この者は半妖と相違ありません。昨夜の鬼斬りを見て、確証を得ました。直ちに斬り捨てるべきです」
「この試合はそのためか?」
「――はい」
沈黙が包み込んだ。決して長い時ではない、だがその場にいるものすべて永久の時に感じられた。
久遠は沈黙を破った。
「猿、赤音を金創医の元につれてゆけ」
「は、はいぃぃ!!」
まるで鳴きそうな声で袖にいた少女は、一刻も早くこの場を離れたいと云わんばかりに、赤音を連れて織田の館を抜け出した。
久遠は踵を返し、結菜に幕を閉じるように指示を出した。
そして後ろに控える柴田に一言だけ云った。
「一ヶ月の減俸じゃ。
そう云い残した。
鬼は土壇場が庭に変わるまで、その言葉を深く聴いた。
そして心中で嘆いた。妖怪を懐に入れてしまったことに。
「――......御意」
ようやく御前試合終わりました。長かったです。
ある意味の燃え尽き症候群的なものになってしまいそうです。
さて!! 次回から美濃攻略だぞ!! その前に詩乃の恋愛的攻略? 墨俣一夜城の戦略的攻略? それ以前に剣丞隊に取って代わる部隊?
うるへぇ!! こちとら主人公の武田赤音は天下の鬼畜外道だ!! 正攻法だけじゃねえ、レイープ、虐殺。選択肢は選り取り見取りだ!!
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。