戦国†恋姫~不死の刃鳴~   作:我楽娯兵

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新たなる巣窟

 暗所をただ歩み続ける。

 そこは風一つ吹かず、暑くもなく、寒くもない。

 そして漠然と、直感が夢である事を言い当てていた。

 赤音は“かぜ”の柄頭を握り締め当て所なくただ前へ進んだ。

 或とき一つの死体を見つける。首がことりと転がった女の骸。

 骸の顔を覗き込む。その顔はよく知っていた。

 奴に、伊烏にくれてやった女だ。

 眼を患い、ひび割れた遮光器が光が刺す事のない空を見上げていた。

 よくよく周りを見れば骸の山ではないか。

 誰も彼もよく知っている連中ばかりだ。

 鹿野道場の門弟、滝川商事に仕える衛士達、袋にした矛止め会、それに混じる犯した娘。

 彼の者達は謳う。

 赤音への呪詛、怨念。こちらに来いと。

 

 ――赤音。

 

 呼び声を辿りそれを見つける。

 

 ――ねえ、赤音。どうして来てくれなかったの?

 

 血の気を失った骸が赤音の裾を掴み縋り寄る。

 

(哀れだな。弓)

 

 それは生きていた頃とはまるで違う、愛人の姿であった。

 ゴミのように踏みにじった兇徒(テロリスト)にゴミのように踏みにじられる。

 存外、悪くない姿だ。綺麗に袈裟懸けで両断され、赤い中身を見せびらかしていた。

 因果応報だ。

 報いは来たのだ、帝都を牛耳る為に積み上げた烈士ども(テロリスト)骸が無念を吐いたのだ。

 

 ――どうしてッ.....

 

 俺は微笑みかけた。

 その微笑みは自分でも理解できるほど健やかであった。

 云った。躊躇なく、ただ自然体で。

 俺を取り巻く滝川が邪魔になったからだ、と。

 “かぜ”抜き放ち、縋りつく女の背に突き立てる。

 

 ――どうして...赤音っ。

 

 俺にとっては寄り道に他ならない。

 奴を待つために、「昼の月」を完成させた伊烏を待つ為の暇つぶしだ。

 俺は剣鬼。求めるものは己を越える業を持つ敵のみ。

 その敵が目の前に居たのなら、周りにあるものは不必要だ。

 敵が前に居り、刀と五体さえあれば他の何もいらない。

 誰も彼もが、俺にとって不必要になっただけだ。

 だから捨てた。だから一人になった。

 

 ――許さない。

 

 許されようなどと思わない。

 

 ――報いを受けさせる。

 

 死人が見えることなど、所詮ろくでもない夢だ。

 無は無へと帰れ。麗しき情婦。

 男である事を運命づけられた哀れな乙女。

 弓、お前は俺の道すがらの小石でしかなかったんだ。

 にわかに腹部にじわりと重くなる。何事かと見下ろせば、腹より紅色の紐が垂れ下がっていた。

 襟元を濡らす感覚が胸元へ広がる。

 白シャツは下へと赤く染まった。首元に手を当てると溢れ出る赤があった。

 

 

   ――...赤音――

 

 

 振り向けばそれらはいた。

 主を護れず斃れた隻腕の戦鬼。剣を理解できぬ糸目の愚物、矛止め会士たちと滝川衛士。

 赤音が死へと追いやった者たちが立ち並び、怨念を赤音へ送っている。

 先頭に立つのは云わずともわかった。

 伊烏義阿。

 右肩から左の脇腹にかけてばっくりと刀疵が刻まれ、致命傷を与えている。

 皇塔で斃れた伊烏の姿であった。ただその違和感はその隣にいた。

 伊烏の傍らには見知らぬ者が立っていた。

 いや知ってはいる。だが何故この夢に現れる。

 日本の魂を体現した将。それは赤音に手を差し伸べ云う。

 

 ――大帝は君を所望している。

 

 死人が世迷言を垂れ、剰え死した大帝へ隷従を云ってくる。

 ふざけるな。

 赤音は心裡で吐き捨てる。

 死人はあの世で閻魔の裁きを受けるか、さっさと転生でもなんなりすりゃあいい。

 他人の夢にまで出てくる執念さ、此岸に残した理想であの世逝きを拒み続ける亡者。

 未練たらたらで何がしたい。

 そう思った最中、ふと赤音自身にもそれが云える事に気づく。

 俺の願いは果たされている。

 伊烏との死合いは果たされた。伊烏との死合いは果たされた筈だ。

 なのに何故、彼岸への道程へ逝かないのか。

 久遠に仕えるからか、所詮口約束だ。逃げてもいい。

 だが残っている。何故だ。

 困惑しているとき、伊烏の死体は口を開いた。

 

 ――必ず、必ずお前に、復讐を。

 

 現世にて顔を合わせることは絶対にない。

 しかしその言葉は、確実に復讐を果たすという色が見えた。

 死者の言葉に耳を澄ませる。

 復讐の睦言。愛への罵声。

 

 ――ああ、伊烏。お前はいつの時代でも最高だ。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「......やってらんねぇ」

 

 眼を覚まし、見上げた天井はこの時代で始めて見たものと全く同じものであった。

 ただ身体的な差異として、赤音の顔面には包帯が巻かれていた。

 目許を除き、鼻周りを集中的に。

 基本、鼻呼吸であるから息がし辛い。

 痛む鼻先。

 骨折はしてはいないが酷い事には間違いないだろう。

 滝川に切られた右腕にも包帯が巻かれ、衝撃が伝わる度に激痛が奔った。

 これだけ傷ついたのは何時以来か、鹿野道場での稽古か。

 違う。三十鈴を斬り捨てた後、伊烏と死闘をした後が最後だ。

 

「あ、そうか」

 

 それ以来、刀疵は受けた覚えがない。

 骨折や捻挫はあるが、刃はこの身には受けた事がなかったのだ。

 となれば疵を与えた滝川は赤音のセカンドバージンを奪った者になる。

 何の因果か、その名は「滝川」

 支障はないが同一名は気が向いてしまう。

 己の手で、判断で、赤音を愛した女――瀧川弓と同じ姓をもっているのだ。

 瀧川商事の呪いと言われれば納得しよう。実際に赤音は東京を半ば支配していた大企業の瀧川商事を兇徒(テロリスト)「矛止の会」に売り渡し、壊滅させているのだ。

 その際に弓は死んだであろう。よくはしてくれた。

 衣食住、金銭にも困らず、平均以上の生活を提供した女を、唯一つの死合いのために見殺しにしたのだ。

 呪われて当然だ。怨嗟が産まれなければそれこそどうかしている。

 赤音は実感で感じ取っている。肋骨の僅かな痛みで。

 ただ一人、咬牙切歯を晴らさんと赤音の前に立った戦鬼は居た。

 半棒という武具を使い東京において「剣匠二十四傑」と呼ばれる無類の武人の一人。

 威名を「悪竜」名を八坂竜騎といった。

 赤音が唯一覚える、道端の小石の名前だ。

 死に体と等しい肉体で、進取果敢に立ち向かってきた。

 主を護りきれなかった無念が、主を売り渡した男娼(ツバメ)への憤慨が、老体を戦鬼へ転身させ即応能力と云う赤音の剣聖紛いの能力をすり抜け一矢報いたのだ。

 今だ癒えぬ肋骨の痛みは老獪の重圧だ。

 真新しい滝川の刀疵や柴田の殴打などより、より思いが、重みが籠もった一撃であった。

 剣士の矜持を捨てても赤音に報復を果そうとする気概。敬服に値しただろう。

 迎合の概念を捨てた赤音であっても強烈な印象が今だ付きまとっている。

 顔も腕も肋骨も、全身が軋み、ぷちぷちと筋が音を立てていた。

 運動といえるものはこの体で長らくやっていない。

 久遠の云うとおりであれば、赤音は一週間ずっと蒲団に横になっていたのだ。

 御前試合や鬼との死闘も、寝惚けた体には激務(ハードワーク)である。

 だがどうにも違和感は拭えない。

 ――体が重い。

 ずっしりと何か覆い被さっているような。霊的なものではないことは確かである。

 重圧乗る体を動かし、起き上がり襖を開ける。

 渇きと飢えを覚える。

 思えばまともの食事を取ったのは鬼と出会う夜以降に取った覚えがない。

 朝とて早朝の訓練で汗を掻き、その後すぐ御前試合の達しが来たのだ。

 腹の中に物を入れ動き回れば、食物によって中身が掻き回されてしまう。

 その結果、動きを鈍らせ負けたとなれば言い訳にもならない。食わなければそのような事にはならないのだ。

 と言っても赤音は四無行を勤める苦行僧ではない。殺しもすれば食らいもする。

 空腹に耐えかね、人の居る方へ飯のある方へ目指し行く。

 

「あ、赤音さまっ!!」

 

 後ろより幼げな呼び声が背を突く。

 振り向けば、奇異な少女が居た。

 両手に水が入った桶を持ち、赤音が立って居る事に慌てふためいていた。

 瓢箪の髪留めとサイドテールが印象的な少女だ。

 健康的な肌色と活発さを感じさせる雰囲気があったが、その右腕には包帯で覆われていた。

 脇下から手の平まですっぽりと巻きつけられている。

 火傷や刀疵の治療と言うわけではないようだ。微かな汚れはあれ、滲出液や血の痕は一つとしてなかった。

 

「駄目ですよ。怪我人がいきなり動いちゃっ! 包帯を換えますから戻ってください」

 

「包帯の交換より、...まず飯を頼む」

 

「へ...? あっ! は、はい。ただいま!!」

 

 水桶を置き、慌しく台所へ少女は消えていく。

 俺は桶を拾い、部屋へ戻り水で空腹を紛らわせた。それからすぐに飯は届いた。

 

「ど、どうぞっ」

 

 土鍋が一つ。蓋を開け中身が見えた。

 碗に入った汁に白い団子のようなもの、出来立てで湯気が立ち、具と言うものは見当たらない。しかしそれは何よりも旨そうに見えた。

 白の団子が碗に盛るれ渡される。箸を取り、白い団子を掻っ込む。

 物凄く、水っぽい。ネチャネチャとした触感、所々にあるしっかりとしたうどんのようなこし。

 風味、味、すべてをトータルで感じ一つの食物へ棄却する。

 それは蕎麦であった。

 そう、蕎麦であった。長く麺状の蕎麦と云うわけではない。言うなれば「蕎麦練り」であった。

 これは当然であった。現代人のよく知る蕎麦、即ち「蕎麦切り」は江戸時代になってから出来た物だ。

 慣れ親しんだ啜る蕎麦は今だ開拓されていない食であり、現状、そば粉を使用した食品加工はこれに限られる。

 ネバっぽく決して旨いとはいえない。だが、空腹の調味と慣れた味、現代の味「蕎麦」を感じられ一味も二味も旨く、美味に感じられた。

 蕎麦練りに貪り付き、碗に入った物を平らげてしまう。

 

「そんなに急いで食べたら喉に詰まらせちゃいますよ?」

 

 少女の言葉に俺は耳を貸さなかった。

 動物と同じように、礼儀作法関係なくただ食べる事に集中していた。

 土鍋の中の団子は数を減らし、残るものは赤音が持つ碗に残るものだけ。

 にわかに障子に陰が映り、襖が開く。

 

「お目覚めのようで」

 

 最後の蕎麦練りを喰らいながら、横目で新たな来客者を見た。

 

「帰蝶か...何だ?」

 

 仕切りの手前に座り、平伏しいていた。

 赤音は聞く。

 

「放逐か?」

 

「いいえ。この度の試合、赤音様のお力は存分に久遠は見ておられました。先の柴田殿との試合、得物を捨て、拳による乱闘はあまりにも無作法と」

 

「く、くく、あははははははッ!」

 

 赤音は笑い出してしまう。

 なんて、なんて馬鹿な女だ。

 

「あいつは俺を家臣にしたいってのか? 一人を斬ったから欠員の補充か? 怪しいだけのこの俺を、本気で言ってるのか久遠の奴は」

 

「久遠は、赤音様あなたを夫にと」

 

「ははははは、は、は...は?」

 

 帰蝶の一言で愉快な笑いも止まってしまう。

 この女、今なにを言った。重大すぎる事を朝飯感覚でいいやがった。

 夫だと。

 会って日を一日跨いだだけの男を、夫にするだと。

 

「あいつほんとに頭大丈夫か」

 

「形式上の夫と、云っておりました」

 

「形式上?」

 

「久遠は髪上げの儀を終え長らく経ちます。しかしながら今だ夫を取られない。そのため周辺国より」

 

「次男坊共が送られてくるか......俺は虫除けか」

 

「端的に言ってしまえば」

 

 納得はいった。

 悪い虫を寄せ付けない為に、更に性質が悪い虫ではあるが虫除けには最適である。

 他家の血を入れるとなれば相応の覚悟はいるであろう。と云うよりも久遠が他人に抱かれるような玉ではないだろう。あれが淑やかな姿など想像できようか。

 一応の夫、実際は家臣。必要な時に横に座っていればそれなりの体裁にはなる。

 首輪は一時期、後は放任と言ったところか。

 

「俺はこれからどうなる」

 

「長屋をただいま用意しております。それが出来るまではこちらに寝泊りを」

 

「仕事はどうなる。戦なんて等分ないだろう」

 

「久遠より赤音様を中心とした衆をお与えになると」

 

 赤音が従える衆、赤母衣衆や黄母衣衆のようなものだろうか。

 

「暫くの間、そちらに居る雑司、名を木下藤吉郎秀吉、通称ひよ子が身の回りの世話をいたします。お好きに使いまわしてください」

 

「へ? え、ええぇ! よ、よろしくお願いします。お頭!」

 

 木下藤吉郎。

 もう驚くのも疲れた。この娘、ひよ子は後の豊臣秀吉か。

 

「お、お頭」

 

 ひよ子は赤音の顔を覗き込み、表情を窺っていた。

 自分自身でわかる。ああ、俺は今笑っている。

 心底おかしくて、笑ってしまっていた。

 ――この世界はどれだけ狂るへば気が済むのだ。

 

 

 

 *  *  *

 

 

「ええ、ええ。そちらは手はず道理に。――簡単ですよ。あのお姫様は男遊びにしか興味がない」

 

 とある男は稲葉山城で一人虚空に話しかけていた。

 傍から見れば狂人の振る舞いそのものであるが、その手にはこの時代の人間には理解できないものが握られている。

 

「ええ、飛騨守にはいい傀儡です。判りました。不死帝都は必ずや」

 

 遠間でも話せるそれを切り、男は薄ら笑いを浮かべていた。

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