戦国†恋姫~不死の刃鳴~   作:我楽娯兵

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咎人衆

「はああああっ!」

 

 気の抜けるような叫びを上げながら、木刀を振り上げたモノが無謀に突っ込んでくる。

 左右にも同様に木刀を持った者達が赤音を囲んでいた。

 二尺二寸の木刀、赤音の手と対敵する者たちは大凡同じ長さのモノを持っていた。

 一歩、大きく踏み込む。

 木刀を円陣形に一閃する。攻撃を主とした動きではなく、敵との正確な距離そして位置を測るためのものだ。牽制的な意味も持つ。

 敵対者達は明らかに剣術を知らない、子供の棒振りに近いずぶの素人だ。

 と言って舐めてかかればそれは驕りと云うもの。

 話として若い剣道家と古流の達人が真剣で立ち合った結果、剣道家が達人をなます斬りにしたと云うものがある位に過小評価は命取りとなる。

 瞬時対応可能な赤音に一太刀も当たらないにしろ、鍛錬を軽んじるほど赤音も捻くれてはいない。

 充分に距離を取り、勝機を作り始める。

 正面に立つ一人、赤音は刀を振り上げる。指の構えではなく大上段を取る。

 あまりにも攻撃的過ぎる構えに、赤音の正面に立つ者は肝を握られ防御に意識を集中させてしまう。

 だがそれが狙いであり、勝機の一つ。

 敵は三人、背後の二人どちらかが動く。

 右に足先を擦る音。無防備に見える赤音の背はまさしく撒き餌の餌だ。

 大上段に構えた体を反転させる。

 釣られた敵対者はその動きに驚きを隠せない様子。体が震え、反応が一瞬だけ鈍った。

 その反応を狙っていたのだ。

 右肩より木刀を打ち込む。肉を打つ感触、その先にある骨の硬さ。

 手加減はしている。打身、悪くて骨折程度だろう。

 人を打つ感覚を楽しむ間も無く、忙しく動く。

 もう一人、後ろに控えるものに立ち合う。

 右袈裟懸けを狙い振り上げられている木刀。

 混戦の中、刃のどの辺りに接触するのか分かっていない。

 刃にすら当たらない。良くて拳に当たる。

 赤音は振り下ろさせる前に迅く胴を切り上げる。

 その動きに連ねるように、切り上げの勢いのまま大上段に構える。

 正面にいる者はあまりの速さに反応が追いついていない。

 瞬く間である。赤音は木刀を振り下ろし、正面に控えた対敵者の鎖骨、打ち割った。

 轟き響く、苦痛の絶叫。

 当たり前だ、鎖骨は肩の元を支える重要な部位だ。片腕を失うのと同等、尚且つ治るまでに途轍もなく時間が掛かる。

 割られた者は地面をのたうち回る。あまりにも醜く、哀れである。

 同僚に引きずられ、金創医の元へと連れ行かれて行く様は、サーカス小屋のピエロよりも見事な道化を演じている。木刀を放り投げ、水桶の水を飲む。

 振り返れると容赦のない赤音に玉を縮み上がらせる侍共がいた。

 溜め息がでた。何も殺そうとしているわけではない。

 得物のが駄目なのか?

 この時代、訓練も道具と言えばもっぱら木刀だ。

 現代は竹刀だが、その元となる上泉信綱が考案した袋竹刀が全国で使用されだしたのは江戸に入ってからだ。

 いっそ赤音が作ったと云ってしまえば早いが、歴史の干渉、上泉信綱の業績を掠め取るようで気が引けてならなかった。それに加え人とは痛みがなければ学ばぬ生き物。

 安易に竹刀を渡して棒立ちする案山子になられては何の意味もない。

 

「さて...どうするか...」

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「赤音様、いくらなんでもやりすぎですよ」

 

 昼時、店の一角を陣取った赤音とひよ子。

 赤音は蕎麦がきを貪り、ひよ子は向かいで茶を入れていた。

 ひよ子の視線は赤音を非難する色を有しており。先の行い、教練の際に兵の鎖骨を打ち割った所業を諫めていた。

 赤音は一瞥もせず、ただ蕎麦がきを貪り続ける。

 あれの切っ掛けは些細な事だ。

 赤音の体型と容姿、人を食った傍若無人な態度が戦場帰りの荒武者達の気性を逆撫でしたのだ。

 態度や容姿での揉め事はよくある。滝川衛士にもそういったような理由で絡まれたことはある。

 無論そういった者たちは剣鬼に返り討ちとなる。

 もう過ぎたことだ。過ぎたことを思い返そうとも無意味だ。

 しゃしゃり出た蚊を何匹潰したかなどだろも覚えていないように、幾本の骨を割ったところで覚えていない。

 久遠の命によりそれなりの部隊を持つこととなった赤音。

 桶狭間より消耗し、近隣諸国との衝突が頻発する尾張。

 兵の損耗も激しい限り。減れば隊の組み替えは多く行われ、そして赤音に与えられたのはいわば余り者達。

 素行不良、やる気の欠く者共が集まるお飾り部隊。

 所詮、「一応」の夫である赤音に部隊指揮が勤まる訳がないと踏んだのだろう。

 舐めてくれたものだ。

 一概に捻くれ者が人の上に立てないと思わないでほしい。こう見えて滝川衛士どもを率い矛止め会を壊滅させたのだ。細かい指揮は丸投げであったが。

 それ以前に赤音の部隊、と云うより尾張の兵共の錬度の低さに驚かさせる。

 滝川衛士の錬度が高すぎると言う点で見劣りしているが、それを無しにしても低い。

 一番に殺しに対する心持が違いすぎた。

 兵どもに殺す「気迫」はあっても、殺しにたする「気概」がない。

 この微々たる差が、道場稽古と戦場稽古の大きな差を作り出していた。

 こうなってしまえば抜け出すのは至難の業だ。

 一度心から死を間近に感じる他に抜けるか、赤音のように近しい者を殺すかして「死に対する心持」を付けなければ戦場では走る木偶の坊だろう。

 無意味な人員消耗は国力にも影響を及ぼすだろう。未来の日本のように人口はそれまで多くない。

 徴兵される兵士達は普段は農民、田を耕し米を献上する者たちだ。

 その働き手が減るのは痛い。一人の多さが大きく拘る時代だ、なんとしても「死に対する心持」を付けさせなければならない。

 

「なんだい旦那。辛気臭い顔して、うちの蕎麦がきがそんなに不味いかい」

 

 ひよ子の注文した品を持ってきた娘がいた。

 いわば看板娘、よく足を運ぶ「一発屋」の娘、お清だ。

 看板娘であまりいい思いでは赤音にはない。どこかの蕎麦屋のねーちゃんのように出会い頭に噛み付かれないだけまだましである。

 

「いいや、うまいよ。来る度に美味くなってる」

 

「そりゃあどこかの誰かが来る度に蕎麦がきしか頼まないからねぇ。作る機会が多くて美味くもなるさ」

 

 他の物も頼めと催促めいた口調であった。

 しかし赤音は断固として蕎麦がき以外頼む気はなかった。

 何故だかわからぬ。無性に蕎麦が食いたいのだ。

 ソバを使った料理、もっと言うなら蕎麦切りが食べたい。

 蕎麦屋のねーちゃんにいくら悪態を付かれド突かれ様とも、あの店のたぬき蕎麦が恋しかった。

 

「赤音様、蕎麦がき好きですね...」

 

「蕎麦がき以外食べてるとろ見たことがないよ...」

 

 ひよ子とお清は小声で話しているが赤音には丸聞こえである。

 反論する気にはなれなかった。

 話している内容は大低当て嵌まっているし、こっちに来てから蕎麦もの以外を口にするする気になれないのだ。

 米を食べようとも何故か口に合わない。魚も、豕も、まるで満足できなかった。

 唯一だ、唯一蕎麦だけが口にあった。過去にいる弊害か、それとも別の何かか。

 どちらにしろ今の赤音にはさして問題はなかった。

 

「赤音様。先日話した件ですが」

 

「あ? えぇと。そうだ。部隊の名前だったな」

 

「何かいいものは浮かびました?」

 

 昨日より久遠より部隊の名を決めろと急ぎ催促が来たのだ。

 元よりお飾り部隊、与太郎衆にでもしておけと云った一も二もなくひよ子(、、、)が付き返してきた。

 もう少しまともな名前を考えなければ部隊としての格好も付かない。

 分かってはいるがネーミングセンスに関しては、俺は生来より才はないことをよく知っている。

 

「殺戮幼稚園なんてどうだ?」

 

「却下です」

 

「万策尽きたな」

 

「発想が物騒すぎますもっといい名前付けましょうよ。赤音様なら赤色に因んだ名前なんて」

 

「赤に因んだ名前なんて幾らでもある。織田の赤母衣衆に武田の赤備え。赤に因んだモノなんて腐るほど転がってる」

 

「じゃあ...?」

 

「もっと...こう...聞いたら絶対忘れねえようなもんがいいだろ」

 

「悪名は嫌ですよ?」

 

「思いつき次第だな」

 

 赤音は椀に残る最後の蕎麦がきを食らう。

 腹も満たされ、席を立ち店を出る。

 銭はすべてひよ子に管理を任せており、物は持ち合わせていない。支払いは勝手にひよ子が済ませるだろう。

 暖簾(のれん)を抜け、ふらふらと長屋へ戻り始める。

 

「まってくださいよー!」

 

 ひよ子の情けない声に溜め息がでた。

 農民の娘だろ、体力はあるものと思っていたが、女子は所詮女子であった。

 歩幅を少しだけ緩める。首だけを回し、ひよ子が付いて来ているか後目で見た。

 赤音と同じ先は細く、恐らく太刀は扱いきれぬだろう。

 これが本当に農民上がりの侍とは摩訶不思議な世の中もあったものだ。

 何より不思議なのは、右腕に巻かれた包帯が解けた姿を見てことがなかった。

 四六時中着けると言うわけにもいかないだろう。包帯をするという事は負傷している筈だし、何より不恰好だ。

 この時代に来て約二週間。ひよ子の右腕の包帯が汚れているところも見たことがない。

 刀疵なら血が滲み、火傷ならば黄色い染みが着く、膿もでるだろう。

 だが一度たりともそういった汚れは見たことがない。こまめに変えるにしても、汚れを気づかせないとなると相当な頻度で取り替えている事になる。

 

「ひよ子。その腕いつになったら治る」

 

「え? えぇ...と」

 

「いつまでもそれだと不自由だろ。夏だし蒸れるだろ」

 

「い、いえ! 大丈夫です。...そんなに酷い...ものでもないですし、...傷って訳でも」

 

 口篭もりつつ話すひよ子の姿はどこか後ろめたい様子であった。

 赤音もそれ以上訊く気はなかった。興味の薄いものを根掘り葉掘り聞き出すのは趣味ではない。

 赤音は後目で歩いていた為、走る子供に気づかずぶつかってしまう。

 子供は転びはしなかった。謝りもしなかった、大通りの人混みにのなかに消えていく。

 

「ひよ子、今日は縁日か?」

 

「いえ、違うと思いますけど」

 

 大通りへ足を向ける。

 人を掻き分け、ふとそれが見えた。

 先頭を馬に跨った佐々の姿、その両脇を部下が固め、その後ろには縛られた下手人が続いていた。

 幾人も連なるように歩き、甲冑姿の者やぼろ布を着る者も居た。

 ただ判ったのはその下手人たちは、今川の敗残兵たちであること。

 清洲の民に混じっていると、農民達があいつ等へ向けられる思考の流れが汲み取れた。

 

(落武者...野方図に暴れたか)

 

 風に訊く噂では四日前に桶狭間の敗残兵がお縄を食らったと。恐らくこいつらだ。

 踵を返し家路へ急ぐ、が。

 

「ん? あッ! おーい! 赤音ー!」

 

「......チッ」

 

 軽い舌打ちが出てしまう。

 目聡く赤音を見つけた佐々の呼び声があった。

 仕方なく、佐々に適当に手を振ってやった。――しかし。

 

「照れるなよー! 出てこーい!」

 

 遠慮知らずの馬鹿は俺を表に出そうと躍起になっていた。

 これ以上無視して後で絡まれるのも億劫だ。大人しく出ることが最良である。

 人混みを掻き分け大通りへ出た。

 視線が僅かに集まる。新参の赤音は清洲の民にあまり知られておらず、向けられるものは一つ。

 赤の小袖の女顔――傾奇者(かぶきもの)。否定は強いてする気もない。

 

「赤音、鼻の調子はどうだ!」

 

「頗る順調だ。体も問題ない」

 

「部下に稽古を付けているんだって? 調子はよろしくないと訊くぞ?」

 

「知ってんなら訊くなよ」

 

 それとなく挑発的な言い方であった。

 赤音が表を歩くようになり、時折顔を見せに来る佐々。

 こと在る事にこの調子でつっかってくる。赤音が察するに先輩風でも吹かせたいのだろうが、ただ苛苛させるだけである。

 悪意はなくとも面倒を見られるという事が居心地が悪く仕方がない。

 教練はこうのほうがいい。財政面はこうだ。備品の備蓄はどうだ。いわれなくともひよ子に任せている。

 同期はいるが後輩を持たなかった影響だろう。ここは一歩赤音が大人になるしかない。

 

「この下手人どもどうすんだ?」

 

「土壇場に着き次第、刎ねる。頸は晒して仕事は終わりだ」

 

「ふーん...えらい数いるな」

 

「そうだろッ! 捕縛するのに苦労したんだぞ」

 

 佐々の話を聞き流し、下手人の顔ぶれを見ていく。

 誰も彼も疲れ切った目をしていて。殺されることを安堵していた。

 諦めに近い表情で罰せられることを喜んでいるようであった。

 ――普通。普通の人間たち。

 罪を受け入れ、罪として終わらせようとしている。世俗を生きる人間の表情だ。

 後ろへ向かい。そいつを見つけた。

 そいつは獣であった。

 髪は短く剃り上げら、がっちりとした筋肉がさらせれいた。

 丸太のように太い足はがっちりと地を掴み、指は万力のようにも見える。

 背は他の者よりも二回りも大きく、まるで毛を剃られた熊である。

 そして何よりも獣に近づけていた眼光。

 雰囲気では己は反省しています。だから如何様にもしてほしいと言った感じだ。

 だが眼は違う、眼では生きようと、どうやっても生きようとしている。

 獣の瞳、人の目ではない。これは他よりもぶっちぎっていた。

 

「そいつが気になるか?」

 

「ああ、一番な」

 

 佐々は武勇を話すような調子であったが、赤音は本人と話をしたかった。

 俺はそれの前に立ち、見上げるようにそれを見た。

 巌のような獣。熊の如き覇気。

 ふと先程まで考えていた悩みが溶解した。

 ――そうだ。簡単じゃないか。下手人どもを手下にすれば実戦はすぐにできるじゃないか。

 これは人を殺している。一度殺した者はまた一線を越えることは容易い。殺しにたする「気概」はすでに備わっているではないか。

 

「佐々。こいつ俺にくれ」

 

「はぁ? 何いってんだ。無理に決まってんだろ」

 

「無理か?」

 

「当たり前だ。下手人を雇用したなんて民に対して示しが付かないだろう」

 

 まったく、頭の固い馬鹿はこれだから困る。

 俺は熊を見上げ訊く。

 

「おい、お前俺の下に付く気ある?」

 

「罰を受ける身なれば、その要望は叶えられませぬ」

 

 詭弁を吐く動物だ。言葉を思えてしまい悪知恵が付いてしまっていた。

 舌打ちが出てしまう。佐々に聞く。

 

「おい、こいつ何した、どうやって相手を殺した」

 

「え? ええっと...確か無抵抗の民に袈裟懸けから斬って左腕を落とされたんだ。それが原因で相手が死んだって」

 

「そうか」

 

 赤音は一言そういい。“かぜ”を抜いた。

 白刃が煌く。一閃が空を撫で、熊の左腕に線を入れた。

 紀元前に存在した王国の法にこういった一節がある。

 

 ――目には目で、歯には歯で――

 

 現代では「やられたらやりかえせ」の意味になりやすいが、その一節は法にすれば究極の公平性を生み出す。

 清洲の町に血が舞った。ごとりと落ちる熊の腕、苦悶の咆哮が町に響く。

 民は静まり返った。赤音の所業はあまりにも身勝手であったが、斬った相手が下手人である事に戸惑っていた。

 

「赤音様ッ!!」

 

 ひよ子が人混みより抜け出てきた。

 赤音はもう一つの悩みの答えが浮かんだ。

 

「ひよ子、今日は運がいい。任された部隊の準備は全部整うぞ」

 

「え? ええ」

 

「名前はそうだなぁ」

 

 赤音は楽しそうに考え。そして決めた。

 

「咎人衆。下手人を中心にした部隊だ」

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