戦国†恋姫~不死の刃鳴~   作:我楽娯兵

14 / 14
墨俣一夜城 下

 暗黒を下り、赤き剣鬼が墨俣へと降り立つ。

 前方に先導する川並衆の筏が二隻あり、後方の二隻をひよ子が先導した。

 筏に積載された資材は、城を築く物ではなく、幾本物槍や刀、それを佩びる者たちの武具。

 長良川を半ば沈没気味に下り、ようやく墨俣へと辿り着いたのだ。

 暗く見通しが利きにくい墨俣に一匹の隻腕の熊が躍り出る。陣乃介である。

 陣乃介の身には武具と云うものは見に纏っておらず、毛を毟られた羊の如く哀れであった。

 眼を暗闇に凝らせば他にも獣達は川辺に群がっていた。

 どれも精強な肉体を誇る、世間で弾きだされたろくでもない咎人ども。

 それらは赤音の命で先行し身を潜めていた。行儀良く集合を終え整列していた獣には賞賛の言葉を与えよう。咎人は動き出し筏に積載された武具を急ぎ下ろし佩びる。

 裸に剥かれた哀れな(けもの)は、牙を得て初めて野蛮な(けだもの)に姿を変えた。

 墨俣の地に野放図に設置された木材たちは事前に流し置いていたものだ。

 怪しまれはしたが、下流の漁業組合の名を借り無理に通し続けた。

 決して城を建てるもと思われない「補強用木材」の木材。

 それだけでは城などできない木材、小屋を立てるには充分な竹材など。

 城に必要な金物と柵を作る丸太が無いのだ。だが金物と柵を作る丸太は今届いた。

 

「急げ急げ...」

 

 陣乃介は小声で咎人衆を急かせ筏の金具を外し始める。

 五隻連なり川上より流れてきた筏群。是こそが柵、筏そのもを柵へと転じるのだ。

 必要以上に突き立てられた釘や金具を筏より引っこ抜き、丸太を陸へと持っていく。

 いちいちすべての物を一斉にやろうとするから手間取るのだ。事前準備は何事も大切だ。

 

「一夜で城が建つのは恐ろしだろうなあ」

 

 赤音は月夜に照らされた朱の小袖を躍らせ、足取り軽く戦地へと降り立った。

 勝機はあるのだろうか。あるだろう。

 すでに終わりの軍勢が国境に兵士を進め始めている。早朝には援護に来るだろう。

 今夜と明け方近くが勝負となる。

 

「戦争だ戦争だぁ」

 

 カチンカチンと“かぜ”を打ち鳴らし、高鳴る心臓に顔を歪めた。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「すまぬな半兵衛...私は今天下に興味はない」

 

 上座に腰下ろす主、斎藤義輔凉彌龍興。

 脇に男娼(ツバメ)を侍らせ、静かに抜き身の刀を眺めていた。

 容貌は従姉妹の帰蝶様と瓜二つ。髪を伸ばし一つに纏めれば区別がなくなってしまうだろう。

 平伏する竹中はまるで野望と云う気概を見せぬ主にほとほと嫌気を差し始めた。

 まるで肥えて太った豕だ。

 欲望に身を任せ肉欲酒欲を存分に食らう。自生を知らぬ獣が所業。

 訊くと所に寄れば男娼(ツバメ)にすら政に口出しされる始末。もはや救いようは無かった。

 これ国主など。

 

(どうりで飛騨守(ひだのかみ)のような無能が蔓延るわけですね)

 

 私を、竹中半兵衛詩乃重治を気に食わないのだろう。

 義龍の頃より斎藤家には忠節を尽くしたが、龍の子は龍には成れぬようだ。

 酒に酔わされた全盲の愚者。今の詩乃に龍興の姿はその様にしか捉えれなかった。

 飛騨守にいい様に使われ、忠誠篤い美濃三人衆をも政務より外す迷走。

 どうにも成ればよい。

 竜骨腐る船にいつまでも乗り続ける者はいないだろう。

 禄を返上し陸中にでも逐電する算段を考えている最中、龍興は思い出したように訊く。

 

「半兵衛、飛騨守が侍らせるあの糸目の男。あれは誰だ」

 

「糸目の...あぁ、あれでしたら昨月より飛騨守殿の補佐を奉じております」

 

「名をなんと申した。なかなか気の訊く男だ、褒美を馳走してやろうと思う」

 

 あの小策士――竹中は内心で毒気づく。

 あの男は竹中の記憶によれば現れたの三月前。

 飛騨守の小言に嫌気をきたしながらの登城の際に、あれはいた。

 仕官した者に大物が掛かったと城内は騒ぎになったのを記憶している。幾ら肉体労働者が増えようとお頭の回らない木偶の坊では意味をなさい、書類や報告をきっちりこなしてくれるかと杞憂していたのを覚えている。

 だがその名前は登城のたびによく聴いた。

 腕が立ち、そこそこに頭も切れる。剣の冴えには縁のない竹中とって腕が立つよりも頭が切れるという事に関心を覚え、ふと顔を見に赴いたのだ。

 居たのは飄々とした糸目の男。

 一見して無害そうな男であった。顔も悪くない、腕も立つとなれば嫁も寄ってくるだろう。

 話をと思い名乗り、困ったときがあれば手を貸すと言った。

 そしてあれは答えた。

 

 ――いえいえ、あなたに遭えてようやく分かりましたよ――

 

 その意味はよく分からなかった。

 ただ分かったのは、こいつはよからぬ者であるという直感。

 数日後、それが飛騨守派に属した事はすぐに知れ渡った。みな口々に言う、何故あの無能にと。

 その日を境に飛騨守派の動きは活性化していった。

 手始めに龍興に台所の取り付きどこぞより手に入れた鮮魚などで胃袋を握りだしたのだ。美濃は地理的に内陸が故に鮮魚は行き届きにくい。血の滴るような赤身の魚を持ってきたときは竹中も驚かされた。

 普段の献立には決して出ないものが出れば嫌でもこれを作った者が気になるものだ。台所に降り誰が供したものかと問いただせば出てきた名は、斎藤飛騨守。当然そのような知恵あの愚昧が出てくるわけはない。糸目の小策士の仕業である事は誰の目にもわかる事であった。

 それを起因に飛騨守は龍興のお側近くに擦り寄り始め、今では男娼(ツバメ)を送り、政に口を挟ませているのだ。よく出来た野望の筋書きだが、唯一分からないのが糸目の小策士が表に出ず飛騨守を立てるのかという事だ。あれなら充分に指揮を取れるはずなのだ。何故に。

 ふと囁かれている噂があった。

 ――糸目の小策士は竹中半兵衛詩乃重治に恨みがあると。

 竹中はあれと会ったのは登城した際に話しかけた一度きり。それ以外にない。

 糸目の小策士は一家諸共、竹中に根斬りにされたなどと云う真実無根の噂も一掃しよう。

 たった一度きりなのだ。しかしなんらの因縁はある。

 飛騨守派にあれが属しだして一段と竹中に対する飛騨守の嫌がらせが増たのも事実。

 それは徐々に苛烈に成ってきている。屈辱を思い出し、憤りを今でも覚える。

 時がそれ程立っていない分、その怒りは生々しく心裡に潜んでいる。

 竹中は平伏したままその名を言った。

 

「渡、渡四郎兵と云う男です。」

 

 龍興の反応は薄く、渡の名を聞いているのかどうかの判断が付かなかった。

 刀の鑑賞を終えたとき斎藤家には凶報が舞い込んだ。

 ガチャガチャと具足を鳴らし兵が走りこんでくる。

 息せき切らしたそれの邪魔にならぬように脇へと避けた竹中は、静かに退室する。

 僅かに報告の内容が耳に入る。

 

「申し上げまする! 墨俣に、墨俣に城が!!」

 

「落ち着いて話さぬか。なにを言っているのかわから――」

 

 足を鳴らさず静かに擦って歩く。その足取りは僅かに興奮を覚えた。

 墨俣に城――こんなに浮世離れな報告を訊いたのは初めてだ。報告に来た兵士の頭を疑う方が先に立つだろう。だが兵士に偽りを言う権利はない、いう理由もないのだ。

 となれば本当に墨俣に城が建ったのだ。あの兵士の慌てよう、間違いない。

 走っていい場まで降りたとたんに竹中は駆け出した。

 一度たりとも墨俣の地には城を建たせた覚えはない。建っては成らないのだ。

 それを一夜にしてその将の顔を見てみたい。その旗元に集う兵士達を見てみたい。

 いったいどんな軍勢か、織田の手勢か、それとも武田? 越後の竜? どれでもいい。

 この国はすでに腐った蜜柑だ。

 誰かが摘み取り棄てなければどんどん腐っていく、食えるものでも腐らせる悪性だ。

 私まで腐らされては溜まったものではない。

 墨俣を望める物見櫓に上がりそれを見た。見事な城がそこにあった。

 どこから持ってきたかわからぬ。がっしりとした丸太が綺麗な境界線と成り仕切っていた。

 幾つも点在していた資材が消えている。もしやこのために事前に?

 集団を率いず爪弾きにされた一個体は旗を揚げていた。

 君主の旗、言わずとも分かる五つ木瓜の紋は織田軍勢を示していた。そして共に立てられた紋は今までに見たことがない。

 白布に赤で×印。今までに見たことのない初めての印。

 

「あれは――」

 

 旗の下で腰を吸えた男がいた。

 その顔は中性的で見方によっては女だ。長く伸びた髪を一つに纏め当世具足は殆どつけていない。

 着けている物と言えば籠手手甲、脛当と鉢金位なもの。そしてこれでもかと主張する真っ赤な朱色の花柄小袖を羽織、刀を携え座り込んでいた。

 見紛うはずがない、あれには見覚えがあった。

 飛騨守に辱めを浴びたその日に墨俣にいた男。オオサンショウウオを吊り上げ困り果てていたあの男だ。なんとも奇妙な出会いか、なんと因果な出会いか。

 敵と言葉を交わした事があるなど、そしてこの美濃の歴史にて起こりえなかった墨俣に城を築く男と出会っていたなどとは。竹中の心裡であの男が気になった。逢いたい、そう思えるほどに。

 見下ろした先には無能の飛騨守が出陣の支度にまごついていた。兵の一人が出陣の催促をしようやく動き出した。あれは補佐の渡がいなければ本当に何も出来ぬ。

 竹中は武運を祈った。飛騨守ではない、名を聞かなかった敵の将に。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「さーて。奴さんようやく一軍率いてきたなあ」

 

 黒々とした一団がようやく墨俣に入った。

 赤音たち咎人衆はすでに陣形配置も済ませ、いついつでも迎撃の準備が整っている。

 早馬も走らせ、援軍が到着するまで程よく叩くだけだ。

 

「お、お、お頭、」

 

 震えた声で下知を求める転子の顔面は蒼白であった。

 転子には川並衆の指揮だけしていろと言い渡してある。そのほうが適切と思われた。

 突貫でこの計画を押し通した為に、咎人衆と川並衆の顔合わせが済んでいないのだ。

 赤音も川並衆にどういた人間がいるのかは知らない。となればよく知る人間に指揮を任せたほうが確実だ、こっちはこっちでよく知る人間を動かしたほうが勝手もいい。

 ひよ子は織田より与えられた正規の足軽を、転子は川並衆、陣乃介には咎人共を。

 それらすべてを総括するのが俺だ。

 とまあそうこう考えているうちに目の前は真っ黒に染まった。

 柵の周りには竹を束ねた簡易的な盾を敷き、ある程度の対弾性を上げている。

 初めになにを起こす。矢かそれとも槍か、赤音の考えを美濃勢はことごとく裏切ってきた。

 一人の屈強な武人が前に躍り出た。

 

「此度の築城見事なりッ!! これどの速さで城が建つ事罷り成ったためしなし!!」

 

「......」

 

 赤音が腰を上げる。

 “かぜ”の鯉口を切り、真っ直ぐ城門へと向かう。

 思ってみないというより庭先で餓鬼が遊んでいるようなものを見ていた陣乃介が、その異常行動にようやく気づき制止に入った。

 

「ちょ、ちょ旦那。どこ向かうんで」

 

「ん? ちょっとあの馬鹿斬ってくる」

 

「な、なにいってんすか。大将自ら表でるとか訊いた事ないですよ」

 

「お前はあれだろ頭が出たら矢でヤマアラシみたくされるって言いたいんだろ?」

 

「――――」

 

「言いたい事は分かるけどよお、このままじゃあこっちの士気も変な事になっちまう。集団と集団がぶつかる勝敗はぶっ飛んでいる度合いで決まるんで、それこそ忠義心全開の言われた十の事を二十で返す機械みたいな連中じゃない限り『壊れる』ってのは大事になってくる。それがあれ見ろよ」

 

 赤音は名乗りを挙げる阿呆に指を差す。

 陣乃介はそれを見て思う。いい的になっていると。

 

「あれじゃあ的だ。見るからに狂れてる――狂れてるから自分たちが見劣りしちまう。負ける事必至じゃね? ならさっさと敵の首挙げて晒して腸ぶちまけてこっちはもっと狂れてるって見せつけねえと」

 

 陣乃介は黙り込んだ。納得したと取っていいだろう。

 僅かに赤音は作戦を伝え、ちょっとそこまで散歩するような足取りで赤音は美濃勢の前に出る。

 

「主、名前はなんと言うのだ!!」

 

 騒ぎ立てた美濃武者が問い。赤音が答えた。

 

「織田家家臣咎人衆棟梁、赤音だ」

 

「大将の御出ましとは――、我の名は陰山一景。その首戴き申す!!」

 

 陰山一景と名乗ったその武人は馬を駆り、一直線に赤音の首をとりに来た。

 高度優勢は陰山にある。武装は長槍、腰に佩びる二本差し。

 足場は砂利道、赤音は圧倒的に不利。

 赤音は“かぜ”を陽の構えに、体勢を低く敵へと駆け寄り敵の馬の左へと抜けていく。

 槍がうねり、穂先が赤音の脊柱を突き貫かんと刺し込まれる。

 左へと避ける、驀進する馬の足を抜け最中に身を捻じり、天に向け“かぜ”を振り上げた。

 馬が苦悶の嘶きを上げ横転する。腹の下を抜けた赤音は転がり体勢を立て直し陰山の頸へと奔った。陰山は愛馬の腹を割られ人とは比べ物にならない図太い腸に足を取られながら、身を起こし槍を構える。

 構えるが遅い。

 顔を上げる時には既に眼前に赤音の拳があり、その顔を拳骨が打ち抜いた。

 鼻骨が折れ、鼻筋より白い小骨が皮膚を突き破り出ていた。

 視界が揺れ動き、足許が覚束なかった。瞬間、喉元に槍の柄が押し当てられた。

 背中合わせになった陰山と赤音は、陰山を背負うようにして奪い取った槍を器用に使い、締め上げていた。老婆が孫をおんぶするかの様な姿で赤音はゆっくりと締め上げていく。

 息が続かない陰山。対格差では断然の有利があり振りほどくのは容易であったが。

 それは矢庭に降り注いだ。

 視界の端で煌いた敵の刀。

 何事かと思考を廻らせた瞬間に、白昼の空に黒い無数の点が入り込んだ。

 なんだ? そう思い、眼を凝らす前にその正体が分かった。

 ――狂っている。きっと俺の下で赤音と名乗った男女は笑っている。

 空に映り込んだそれ、それは敵陣より放たれた無数の弓矢であった。

 真っ直ぐ美濃勢と陰山、赤音諸共呑み込んだ。

 死の雨が降り注ぐ。腹に矢を受け膝をも射抜かれる、何本も体に矢を受け初めて自分が赤音の盾(、、、、)に使われて言うことに気づいた。

 元よりそういう腹だったのだろう。一騎打ちに見せ掛けた、矢の一斉掃射。

 見事に騙された。大将が前線に居たら誰がその前線に矢を撃てようか。思うまい誰が想像しようか、こんな狂った作戦。

 何本目かの弓矢が陰山の左目を射抜いた。後頭部に抜ける衝撃、それと同時に熱さが抜けた。

 体を暴れさせ左目に生えた弓矢を引き抜いた――途端、先程と同じ衝撃が後頭部を襲い視界が閉ざされる。理解するそれは両目を射抜かれた証拠であった。

 

(狂人め...っ!)

 

 存分に力を発揮できず、陰山一景は文字通り蜂の巣にされた。

 

 

 

 

 赤音は事切れた骸を降ろし棄てる。

 眼前に広がっていた美濃の軍勢は慌てふためいていた。

 陣形はバラバラに崩れ、足軽は後ろに下がり始めている。いったいどれだけこの死体に人望があったのか、そして現在指揮を取っている人間がどれだけ信用されていないのか如実に表されていた。瓦解した烏合の衆、これだけ崩れれば後は簡単だ。

 “かぜ”を天に掲げた、それが合図。後ろより陣乃介の野太い声が上がる。

 

「打ち捨てじゃあぁああッッ!!」

 

 雄叫びを上げた獣たちが檻より放たれ、野を駆ける。

 首輪が元より外れた狂犬たちは、打ち捨てじゃ打ち捨てじゃ、と歓喜の声をあげ一直線に敵陣のど真ん中を駆け抜ける。敵陣に入り込んだ殆どが赤音が見つけた咎人、野伏(のぶせり)などを生業とした無頼漢たちだった。落ち武者狩りを得意とした獣の一派だ。

 その者たちは武器は鋤や釿など、正規の戦場ではそうそう見ぬものばかり。

 武辺も何もあったものではなかった、やたらめったら殴りつけ踏みつけ殺める。そう教えたのだ、赤音が教育したのだ。武を知る獣は後ろに控えている。

 墨俣の一角で盾を構えた兵士たちが一団となり後ろへと下がっていた。赤音はそれを指差した。

 野放図に暴れている咎人の一部がそれに気づき、荒波のように襲い掛かる。

 盾に飛び蹴りをかます者も居れば、槍を器用に使い盾を飛び越える者も居る。総崩れとなった美濃の一団にやけに小奇麗な格好の娘が居た。

 

(あれか)

 

 脇に控える陣乃介も赤音の視線の動きを逐一判断し理解し始めた。

 赤音の歩幅は徐々に大きくなり、奥で団子となっている娘の首を狙う。

 団子も崩れ、娘への道が開かれた娘と目線が合い驚きと混乱で情けない顔になっている。

 その顔ももう浮かべられない、何為す暇を与えず喉笛に“かぜ”を突刺。

 

 ――――刈流 旋

 

 兇刃が命を刈り取る瞬間、刃が交わる。

 人影より伸びた刀が“かぜ”を払い除け、それが躍り出る。

 黒装束に面頬、当世具足にしては奇妙なほど軽装。どこか既視感(デジャヴ)を覚える。

 対峙した敵は下段へと構え、大きく股を割った立ち姿。動く。

 小手を狙った切り上げ、軽く踏み込み切り上げを受ける態勢に。

 左手を僅かに体に寄せ“かぜ”を振り下ろす。

 敵対者の力が勝り、“かぜ”は打ち返され峰が右肩を軽く叩く。体を掛かる前進する運動エネルギーを止めることなく、敵の左へと抜け右腕を前に押し込んだ。

 “かぜ”の切先が敵の首元に伸びる。顎の下に滑り込んだ刃。

 

 ――――刈流 吹流し

 

 喉笛を捕らえ確かな手応えがあった。

 大将頸は目の前にあった。吹流しより小波に技を繋げる直後、体が動く。

 意志とは無関係に、視界で捉えた意志が捕らえないような微細な情報を紡ぎ合わされ、緊急事態と肉体は判断する。膝を折り体が倒れる。

 途端、先程まで首があった位置に兇刃が薙ぐ。

 ――誰か、俺の首を狙うモノは。

 後ろ眼にそれを捉え、眼を剥く。

 

(馬鹿な――)

 

 背後の敵、首を斬った筈の黒装束の武者だ。

 確かに“かぜ”は喉を切り裂いた筈だ、なぜ立っていられる。

 混乱する時間も戦場は与えなかった。

 鏑矢の音が立ち昇る。上がった場所は美濃勢の背後、旗が僅かに見える。

 織田木瓜の旗印、その中に混じる加賀梅鉢、角立て七つ割り四つ目結。

 和奏と犬子の増援が今ほどに来た。

 倒れた態勢から体を転がし、身を起こす。“かぜ”を構え、黒装束の武者と立ち合いを再開しようとする。が、既に黒装束の武者は姿を晦ませていた。

 ついで大将もいない。

 舌打ち、いいように逃げられた。

 優勢は今だこちらにある。和奏たちと合流すればもう安心だろう。

 “かぜ”を鞘に戻し、小袖を掃う。

 赤音は踵を返し陣内に戻った。




今年の投稿はもう終わりです。
さあ、寝正月だ。来年もよろしくどうぞ御贔屓の程をお願いを申し上げます。

誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。