戦国†恋姫~不死の刃鳴~   作:我楽娯兵

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歪な成立ち

「気を確かに持て。命あれば何とでもなる」

 

 織田久遠の慰めが、赤音の心に刺さるようであった。

 赤音は織田久遠の屋敷に連れ戻されていた。

 外の風景を見て、半ば絶望し、膝を突き空を眺めていたのが余程無残に見えたのだろう。

 

「貴様は五体満足で生きておるではないか。何故そこまで落ち込んでおる」

 

 落ち込んで当たり前である。

 赤音は理解した。理解してしまった。

 この時代は、室町時代。俗に言う下剋上の世なのだ。

 まるで、ここの居る時代に居ることを実感できなかった。

 滝川商事の社長室で寛いでいるようにも思える。

 すでに滝川のビルは、赤音が矛止の会に売り、存在しないのだが。

 

「......実感でねぇ」

 

 うわ言のように赤音は呟いた。

 己は今、戦国の世に居り、目の前にいる少女が織田信長なのだ。

 酒の狂言にはなろうが、実際問題は大事である。

 無駄な思考が多すぎる。物事を整理しよう。

 第一に赤音は今、過去にいる。来た方法などは恐らく現段階では見つけられないだろう。

 第二に目の前にいる娘は織田信長だという。性別が逆ではないか。

 これは赤音の居た2005年代で性別の記録が逆転したのだとしたら納得はできよう。

 前田利益の性別は女性であるという説もあるぐらいだ。立場を見据えれば男性であったほうが有効に物事は運ぶ。

 第三にだ。何故、赤音はその織田信長の屋敷にいる?

 整理をつける度に、不明な点はいくつか明白にはなった。何時までも取り乱すものではない。

 だが、

 

「わけがわからん」

 

「なにがだ?」

 

 顔を覗き込む娘に猜疑的な視線を向けるしかできなかった。

 

「何だその目は」

 

「お前が織田信長だと信じられねぇ」

 

「っ、(いみな)を呼ぶとは無礼であろう! 我のことは織田久遠と呼ぶが良い」

 

「はぁ?」

 

 別名と、久遠を抜いて呼ばれるのは無礼だそうだ。

 真名――この見知らぬ世は霊的人格と名を結びつけて考えているそうだ。

 武の礼法以外知らぬ赤音にとって、然して問題ではない。しかしながら、礼法は人を金型に納める方法としては最も有効な手段であり、それを逸脱するものは総じて爪弾きに遭う。ある程度は赤音の知る著名人の呼び名は控えたほうがいいと判断する。

 

「お前の名を聞いておらんな。なんと言う」

 

「武――」

 

 舌先まで己の名前が出ていたが言葉に詰まった。本当に言っていいものか。

 武田赤音。

 赤音の名は兎も角、家名に問題を抱えていた。

 武田――この時代ではビックネームだ。武田家の者と勘違いされてもかなわない。

 この時代、百姓は姓を持たないという事は多々あったそうだ。

 

「赤音」

 

「赤音か。女子のような名前だな」

 

「言うな」

 

 当分の間は武田の名は伏せておいた方が得策だと思われた。

 

「赤音よ。今後はどのように暮す。腕に自信はあるように見えるが、どこぞに仕官するのか」

 

「充当に行けばそうなるな」

 

「デアルカ! ならば赤音よ。提案する我の家臣とならぬか」

 

 夢のようにトントンと物事が進む。

 だが、赤音も莫迦ではない。百万円当選しました口座番号を教えてください、と言われても誰も教えないと同じだ。いい話には大方相手側に徳がある。

 

「住む場も、飯も、金も、我が工面しよう。そのように美しい小袖は用意できぬが着る物も用意しよう」

 

 魅力的な提案だ。

 ここままでは滝川に居たときとはなんら変わりがないが。今度は警護兼愛人ではない、家臣だ。

 家臣となるという事は刀を使う。刈流兵法中伝ではあるが赤音には即応能力と場数がある。本物の「戦」にも役立つだろう。伊烏を討ち果たした世界で生きるにはちょうど良い口実だ。

 笑っていた。頬を吊り上げ、三日月型に口を歪め、剣鬼の憫笑を「久遠」と名乗る少女に向けた。

 毒を食らわば皿まで――腹を切ろうと、己を知る者すべて滅殺しようと、赤音の脳裏にはそれはある。両手を血で濡らし、心部の恥を雪いでいた。穢れは呑み過ぎた、腹を下すこともなかろう。

 

「まるで鬼の面構えだな」

 

「お前は鬼を従えるのか?」

 

「馬鹿を言え、我の配下には人しかいない。貴様も人だ、人であるから我は軍門の誘うのだ」

 

「いいね。お前みたいなのは今まで逢ってこなかった。――仕官してやるよ」

 

「そうか! ならば披露だ! 日取りは何時にする明日か明後日か。我は早期に終わらせたいのだが」

 

「任せる」

 

「そうか、ならば明日だ!」

 

 まことに忙しい娘だ。

 何事かを言っているが、赤音の耳には入っていなかった。

 刀を握り人を斬る――赤音にそれ以外の意味はなく、それ以上にもそれ以下にもなる気はなかった。

 愛刀ではないが腰に挿した柄頭を握る。新たな世界、新たな意味。

 己の意思で駆動するのではない。他人の意思で駆動するのだ。――真の意味で刀になるのだ。

 しかしながら心の奥底には突っかかりがあった。

 人としての意思が物に成り下がるを否定している。それと同時に得も言われぬ渇望があった。

 情欲にも似ている。

 伊烏、伊烏、嗚呼、伊烏。お前はどこまでも心を焦がしてくれる。

 死していようと、屍人は同じ空の下で息をしているように感じられる。

 

「――だ。我はまだ公務が残っておる。夜には戻る、そのときはその小袖やほかの事を教えてもらうぞ! 絶対だぞ、約束だからな!」

 

「はいはい」

 

 外見だけ成長した子供のようだ。だが今この時本日を持って赤音の仕手だ。

 縁側に出て蒼穹を眺めた。どす黒い剣鬼は戦国の地でも健在であった。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 夜の帳はとうの昔に下りていた。清洲城の一角で久遠は公務を終わらせてた。

 赤音――田楽狭間に現れた、織田でも、今川でもない野武士。

 異装の出で立ちの中性的な青年。年齢は恐らく久遠より上。

 久遠は公務の最中も、赤音のことを考えていた。それは男性的魅力からくるものではない。ただ純粋な子供心からの好奇心と、君主としての人の本質を見抜く特性からだった。

 長穿き(ズボン)や革履きは南蛮由来の製法で作られているが。あのように完成度の高いものはない。

 南蛮狂いとまで云われる久遠だから分かる。あのようなもの誰も作れない。

 小袖も然り、柄も造りも、生地でさえもこの世の物とは思えない。物としての完成度がこの世界の基準ではない。

 天上人――その単語が浮かぶが、君主の特性はそれを否定した。

 赤音の本性。

 あれはすでに空っぽだ。精魂のすべてをどこかに棄てて来てしまっている。

 織田に仕官したのも恐らくはその埋め合わせに過ぎない。

 純粋な剣鬼――刀である事が存在理由。

 刀は武士そのものであり魂。悪く言ってしまえば人斬り庖丁だ。

 そんな刀にあれは、赤音はなっている。そんなもの人のあり方ではない。

 万民を照らす異端児(きりんじ)にとってありえてはならない。

 赤音を、人に戻さねばならい。それが君主の役目であり務め。

 

「久遠様」

 

「壬月か。入れ」

 

 暮夜近い時に久遠を尋ねてきたのは、家臣の一人。

 柴田壬月勝家。

 信頼の出来る家老であり、真面目一本の硬派の武人。

「鬼柴田」の異名を持ち、戦闘面でも役に立つ。

 壬月は左手に提げた、一振りの刀を置いた。

 

「おお、待っておったぞ。二刻かと思ったがなえらく掛かったな」

 

「刃毀れ、多く見受けられたとか」

 

 壬月はそういい座った。

 

「ん? どうした?」

 

「あの者をお手元に留めておくおつもりで」

 

「ああ、なかなか面白きやつよ。剣の才もある」

 

 壬月は沈黙した。そして言った。

 

「あの者は即時放逐させるべきではありませんか」

 

「なぜだ。あのような者沿うそういようものか。――一応は訊く。話せ」

 

「......久遠様はその刀を見ましたか」

 

「透かし見程度だがな。なかなかの物だ。二尺三寸三分鎬造り。赤音に合わせた良い刀だ」

 

「これを砥師に渡す際、刀身を見ました。背筋が凍えましたぞ」

 

「なぜだ?」

 

「これは人斬りの刀です。物打に寝刃が付き、化粧研ぎは皆無といっていい、ふくらに付いた欠けは骨を両断した証。男娼(ツバメ)が持つには物騒なもの。......申し上げます、田楽狭間に居る前、彼奴は人を斬っておりまする。あのような者をお手元に置くのは危うきかと」

 

「鬼柴田ともあろうものが“男娼(ツバメ)”ごときを恐れるとは、珍しい事もあったものよ」

 

 久遠は笑って見せた。

 壬月は眉を動かさず、ただただ主のお側を憂い警戒を強め沈黙した。

 あの男は居てはならない――久遠の側近くに置けば、妖魅の毒娼は久遠を、織田家を滅ぼす。

 長年の武士としての勘が、生存を叫ぶ動物的直感が、異物として赤音を捉えていた。

 なんとしても家を、国を、同志(なかま)を護らなければならなかった。

 しかし、君主はその毒を良薬に作り変えようとしていた。

 それ自体はいいことだ。だが今回は作り変える毒が悪すぎる。

 煮ようが焼こうが、叩こうが引こうが、どうにもならない。誰も変革を起こせない、すべてを否定し、嘲り、斬り捨てる。完璧に孤立した一つの存在。

 人間世界のはみ出し者。

 壬月には赤音がそう見えて仕方がなかった。

 長い沈黙を破り壬月は云った。

 

「久遠様。あの孺子(こぞう)めと、真剣を用いた御前試合の許可を戴きたい」

 

「ほう......物々しいではないか。我の心眼を信用できぬか」

 

「そうは申しませぬ。奴が私の警戒心に触れるものか、それともただの男娼(ツバメ)か、区別いたしく」

 

「......ふっ、ふはははははは。嗚呼、お前がここまで頭を下げるのは久しく見ないな。そうまで頼まれれば断るわけにもいかぬ。良かろう。その御前試合、我の屋敷の庭を使え」

 

「はっ。日取りは何時に」

 

「そうだな...明日だ。家老たちに披露すると同時に、赤音を我の『一応』の夫に立てる」

 

「なっ!」

 

 あまりにも乱暴な決め事であった。

 夫。髪上げ(せいじんのぎ)を終わらした久遠で家を護ると同時に、家督を継がせる者を孕まねばならなかった。その相手が決まる事自体は指して問題ではなかった、本来なら手放しで喜び、祝宴を開いていただろう。

 だが今回は違う。どこの馬の骨とも知らぬ男を夫に、そしてそれは「一応」の夫なのだ。

 外より見れば問題だ――織田の棟梁は男娼(ツバメ)に誑しこまれた。面子に拘る問題だ。

 

「お待ち下さい! そればかりは、そればかりは踏み留まりを!」

 

「何だ壬月? 我が嫁ぐのは悲しいか」

 

「悲しい悲しくないの話ではございませぬ! 出自も分からぬ者を家に取り込むなど持っての外! それに久遠様は一応の夫と申された。側室を設けられるのは男のみ、女人が男を囲うなど聞いたこともございませぬ!」

 

「だから我がその始めてを開拓するのだ。なに、本当にやつの子種を貰い受けるわけではない。力で我を物としようものなら主らが成敗しよう」

 

 久遠の云うとおり主に何かあれば即座、家老共が赤音を切り殺そう。だがそれ以上の憤りは主の奔放さだった。三馬鹿ならいざ知らず主に手を上げるほど、壬月も愚かではない。しかし誰ぞを正す方法など拳骨以外知らぬ。

 ただ臥して、考えを変えていただくよう頼むのみであった。

 けれども今回はあの男娼(ツバメ)の手綱を握れる機会が与えられた。

 明日の御前仕合。手加減は不要、死せばよし、死さずとも奴の思いの刀はへし折れる。

 武者の闘志が煮え湯のように滾る。久遠はそれを見抜いている、主のために身命を捧げる家臣を邪険にも出来ないことは壬月は解っていた。

 すべての配下の者の為、あの男には忠義心の人身御供となってもらう。

 壬月の思考が纏まりだした時、凶報が訪れた。

 慌しい足音とともに家老の一人が襖を開けて入ってきた。

 丹羽麦穂長秀。

 織田家家老の一人で、壬月と並び立つ双竜の一匹である。

 余程焦り走ったのか頬に白露のような汗が流れていた。取り乱す事とは無縁の麦穂にとってそれは珍しい事この上ない。

 

「何事だ。麦穂」

 

 久遠もそれは感じ取っていた。何かが起こったと。

 

「申し上げます、鬼の襲来です」

 

「......ほう、壬月」

 

「はっ」

 

 立ち上がった壬月。その思考にはすでに赤音という存在はなかった。

 主に害を生す害獣を処断するのみ――一個の荒武者(キリングマシーン)がそこに居た。

 もとより重い空気があったその場に、更なる重みが圧し掛かる。

 

「金剛罰斧をここに」

 

 声と共に侍従たちが得物を持ってきた。

 それは到底、人が扱いきれぬ超重量の戦斧であった。

 握り柄と刃が同等の長さを持ち、刃の厚みは常識を外れていた。

 常人ならば持ち上げる事すら出来ぬ斧を、壬月は掴み――持ち上げた。

 

「行って参ります」

 

「行って参れ、吉報を待っておる」

 

 戦斧を担ぎ上げ戦地に赴く、古来より受け継がれる鬼退治だ。

 鉛のように重い空気を佩びる壬月の背は――酒天童子を屠った坂田金時と同じ英雄の覇気があった。




次回、戦闘描写を書きます。奈良原さんのような忠実でリアリティー溢れる剣術描写は出来ないと思いますがご容赦を。

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