戦国†恋姫~不死の刃鳴~   作:我楽娯兵

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織田館御前試合:序幕

 早朝の和庭で赤音は刀を抜いた。

 二尺三寸三分鎬造り、玉獅子目貫に刃文二重取り。

 僅かながら減量をして戻ってきた半身は、重みは違えど確かに――一輪光秋“かぜ”であった。

 織田館は騒音と言える騒音は皆無に等しい環境、鳥の(さえず)りと、水の潺々(せんせん)、日光のみが時刻を教える。近代的、いや、未来的なモノは何一つない。

 小さく息を吐く。時や時代をなど問ても、返ってくる返答は、物狂いと問い返すか、沈黙。

 過去への在居。

 己は未来人と云おうと、この時代、この世界にとって未来は一刻先かよくて一生。

 自身の死したその先は無い。果て無き時を夢想する、人生の暇はないのだ。

 それと同じで、赤音自身も余裕はない。居る筈のない、逆行などする筈の無い「時」を遡ってしまっている。余裕など疾うの昔に消え失せている。

 己の身一つ、刀一本で生き残る時代。銭は必要だが、21世紀の時代に比べれば重さはない。

 米と力、農法と武術――飯と殺しが、この時代の生きる価値。家族や親類、人間関係など後に付随するものである。

 本質を突き詰めれば、誰しもがそうに違いない。

 もし違うのであれば、それは過度に滅菌された環境で育ち、清く、正しく、拘束的な教えを受けているに違いない。それは最早人間とは程遠い。

 汚れ、歪み、拘束されずに居るからこそ、人は人らしくある。

 薄く細く息を吐き、踏み込む。

 笛のような風切りが鳴り、虚空を斬る。

 

 ――小波。

 

 脳内で術名を反復し云った。

 すでにこの教練は不要である。達すべき事は成功し、成すべき事は既に成された。

 魔剣の完成。

 武田赤音の、武田赤音しか使えぬ魔剣。一子相伝も出来ぬ、一代限りの絶技。

 一足踏みにして二太刀を放つ。荒唐無稽な技ではあり、誰しもが準える事が出来る形。

 何故それが魔剣と成ったのか。魔剣に成りえたのか、それは赤音自身の特質にある。

 即応能力――緊急時に際し、驚くなどと無駄なプロセスを赤音の体、脳は省く。

 瞬きや、瞳孔収縮、などは脳の別領域にやらせておけばいい。肉体を支配する反射神経の指揮下に肉体を隷従させ最適の行動を最速にて為す。タキサイキア現象に非常に近い先天的能力。

 これにより凡作の剣術は、魔剣として昇華される。

 その威力、その速度、その脅威はあまりにも絶大。最強に近い魔剣「昼の月」を失墜させるほどに。

 無人の庭に幻影が一つ。

 赤音の願望の結晶――己の焦がれた相手。切り殺した情愛。

 

(来い......赤音!)

 

 幻影が叫んだ。それは報復の剣鬼。

 居合腰で疾走する。赤音に向かい殺意を漲らせ、月は昇る。

 蒼天に昇る月は怪奇の証。いつ昇るとも知れぬ月は暗黒を纏い、夢想の先より這い出した。

 赤音は想う。

 幾度も斬ろう、幾度も殺めよう、それが願いだそれがお前だ。

 お前が俺を想い、俺がお前に勝利する。後を追え、追っている間は俺を想い続けるだろう。

 斯くも歪んだ愛ではあるが、俺たちにそれ以外の表現はありえなかった。

 お前が征き、赤音が待つ。

 いつも変わらず、そうあり続ける。伊烏、お前はどんな(きもち)を抱いていた。

 踏み込み“かぜ”が鳴る。花を散らす、風の音。

 焦がれた幻影は空を翔ぶ。天空に上った暗黒は、怪奇をものにした満月。

 鯉口より抜かれる刀の音がしっかりと赤音の耳に届いた。本当に鳴っているわけではない、幻聴だ。だが、赤音には聞える。

 あの月光に照らされた東京タワーでの死合い。伊烏との戦いの記憶が。

 空転し、放たれる兇刃。

 “かぜ”が吹き上がる――

 

「赤音」

 

「っ......」

 

 やにわに呼び声を聞き己の世界が閉じた。

 伊烏の幻影は陽光に溶け、刃は上がらず地を指し示していた。

 呼び声の主を見た。屋敷の縁側で赤音の主が居た。

 朝早く起き、眠気も取り切れてないのだろう。目許にはうっすらと隈があった。

 脇にはなかなかの貌をした侍女が控えている。主の久遠との仲はよろしく見える。

 寝床での相手も勤めているのか。邪な考えがふと浮かぶ。

 貌と体だけでなら、あれは赤音にも上物である。我ながら下世話な考えしか浮かばぬ。

 

「鬼を切った翌日も元気だな。よほどの剣鬼よ」

 

「鬼は従えねえじゃなかったのか?」

 

「真性の鬼と後天の剣鬼とでは性質が違おう。主は人だ、人だから家臣として篭絡したのだ」

 

「篭絡、ねえ...」

 

 あれを篭絡と呼んでいいものか。選択肢を絞られて、自身に有益な提示をされれば誰もが靡こう。

 刃を収めた。本差が戻った赤音は真の意味で無敵に近い。

 すべてを笑って斬り棄てる。それで構わない、今は目の前に居る織田久遠こそ赤音と云う刀の主なのだから。

 

「鋭き剣気を放ちよる。五人ほど相手をしても生き残りそうだ」

 

「武士道は死狂ひなり、一人の殺害を数十人して仕かぬるもの」

 

「数十人は行き過ぎであろう」

 

「試すか?」

 

 赤音は訊く。久遠は僅かにたぢろぐ。

 己では気づかなかった。久遠の瞳に映りこんだ己の顔。

 なんて顔だ――これでは鬼と同じではないか。炯炯と光らせた眼に吊り上がった口元。

 反射によりようやく気づいた表情に、誤魔化す様に口元を摩り隠す。

 悪い癖だ。あまり見せてよいものではない、内面が表に出てしまう。

 久遠が咳払いを一つ。

 

「赤音、行水をして来い。程よく汗もかいたでだろう」

 

「そう、だな」

 

 己を見下ろした。

 上半身を開けさせ、うっすらと汗が胸板を伝う。

 身に纏う直垂(ひたたれ)は鬼籍に入った久遠の父のものだ。

 久遠の言う通り、このままでは些か汗臭い。放置すれば異臭となるだろう。

 

「結菜。案内してやれ」

 

「分かったわ」

 

 久遠は後ろに控える侍女に命じた。

 侍女は静かに返答した。赤音を見た、僅かばかり懐疑的、と言うよりは嫌悪感の見える表情を覗かせた。

 

「赤音さま。こちらに」

 

「ああ」

 

 侍女の後に付いて行く。

 織田の館は非常識なほど広い。建築に措いて上に積む発想が皆無に等しいこの時代、権威を示すにはその概観と広がものを云う。時代の変化を大きく感じさせる一点の一つだ。

 機能を追及するあまり、冷たく、人工物的な印象を抱くビル群とは違うこと感じさせる。

 しかしながら武家屋敷はビルと同じく威圧を放つ一方で、内より見ればちゃんと人の住む家であることが分かる。木材と石材の違いなのだろうか、それともただ単に赤音の感受性が捻くれているからなのだろうか。

 そうこう考える内に井戸近くまで着ていた。

 直垂(ひたたれ)を脱ぎ捨て、縁側を降りる。

 全裸ではあるが恥じる事はなかった。幾人も女を抱けば恥も消える、見られて羞恥に染まる粗末なモノは持ち合わせていない。

 井戸水を掬い上げ、桶をひっくり返し頭より被る。

 凍えるような冷たさが肌を覆い、汗の臭気を洗い流す。

 再度、水を被る。長い髪より水が滴り落ちる。頭を僅かに振る、犬が雨水を払うように水が散る。

 屋敷に戻るが、着る服と体を拭く布が無い。

 どうしたものかと考えていた。ふと背を撫でる感覚があった。

 

「動かないでください。水を拭きに苦うございます」

 

 それは久遠の脇に控えていた侍女であった。

 亭主関白を是てしているかのようであった。ふと思えばこの娘は昨日取り乱し突き飛ばした娘ではないか。

 気立ての良い娘だ。しかしだ役割に准じてはいるが、その顔は赤みを佩びている。

 

「未通女か」

 

 赤音は躊躇い無く聞いた。

 

「......はい」

 

 背は拭きり終わった。後は前だけ。

 生娘に陰部を拭かせるほど、悦に浸るほどの余裕は今は無い。

 侍女の手拭いを奪い取る。

 

「...あっ」

 

「未通女にモノを拭かれる程幼稚じゃねえよ。俺の服はどこだ」

 

「...ここに」

 

 綺麗に畳まれた衣服。小袖もしっかり衣桁に掛けられている。

 和服を着るのいいが、やはりどこか頼りない。イシマ主義の影響を過分に受けた世代ではあるが、和服だけはどうにも容認できなかった。

 侍女を部屋より退かせ、一人となる。

 前を拭く。長穿き(ズボン)とシャツを着る、小袖を羽織り、長い髪を一つに纏る。

 “かぜ”本差とし脇差に昨夜鬼を切り倒した刀を差す。

 完成するのは一匹の生き物。人であり、武士であり、剣鬼であり、毒虫であり、妖。

 本調子――まではいかなくともそれに近い状態である。

 荒々しく戸を開ける。戸の前に控える侍女は驚いた表情を浮かべていた。

 

「俺はこれから何をすればいいんだ」

 

 乱暴な問いかけに戸惑い、言った。

 

「表に久遠が待っております。これより清洲の城にて評定がございます。その際、家中の方々にお披露目と」

 

 あくまで静粛に、整然と答える。赤音は娘にただ一言いった。

 

「悪かったな」

 

 その一言が不自然にすら思えた。相手もそのように思えたのだろう。

 先程とは別の驚いた表情があった。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 織田の館を離れ、着くは清洲の城。

 応永12年に築城。斯波、織田、豊臣、福島、尾張徳川家と名のある者の手に渡った城。

 だが今は築城間もない新城だ。

 赤音はその新城の一室に居た。久遠とは離れ、ただ一人待たされる。

 ――将棋でもあれば。

 と思うが果たしてこの城に将棋版は存在するのだろうか。

 赤音の知る将棋が確立されたのは16世紀後半頃。今がちょうど将棋のルールの改変時期なのだ。

 平安将棋と赤音の知る将棋が同時期に二つ存在している。大変面白い状況である。

 “かぜ”を肩に掛け、外を眺めながら柱に凭れた。

 静かなる間。日光が差し込み、ジリジリと足を焼いていた。

 不快ではないが、少々熱い。身を捩った、指先に当たる刀の鞘。

 “鬼斬紅”――もともとこの刀は戦向きではない。観賞用に近い。しかし赤音はこの刀で鬼を切った。

 久遠曰く、銘の無い刀では格好がつかぬ、そうだ。

 怪異を屠った褒美として渡されるが、持っていても仕方がない、邪魔もいいところだ。

 ある時に来客が、というよりは呼び出しが来る。

 

「久遠さまがお呼びです。御支度を」

 

 赤音は立ち上がった。比類なき、殺意にも似た剣気を放ちながら。

 

「......」

 

 呼びに来た女は何も云わなかった。けれども赤音の放つ剣気は敏感に感じ取っている。

 腰に下げる刀は虚仮威しはないだろう、身の硬直がそれを示唆させる。

 言葉を交わすことなく部屋を出る。

 ここ最近、いつも娘子の背をよく見る。平常であれ、警戒の一色であれ。

 暫時、城の中を歩き評定の間に辿り着く。

 

「遅かったではないか。座れ。麦穂、赤音」

 

 上座に鎮座する久遠、左下座には一人しか座っていなかった。

 それには見覚えがあった。昨夜、鬼のを切り殺した際、偶然であった女だ。

 

「家老の二人だ紹介しよう。柴田壬月勝家と丹羽麦穂長秀だ」

 

 ここに連れて来た丹羽麦穂長秀は、伏し目がちに会釈をする。決して歓迎しているという訳ではないようだ。一方の柴田壬月勝家は殺意漲らせ、敵意しかない視線を赤音に向ける。

 

「挨拶もなしか?」

 

 ドスの利かした声で、柴田は云った。

 鬼柴田の名に恥じぬ気迫である。昨夜の姿はしっかりと覚えている。忘れる筈もない。

 常識外れ、非常識なほど巨大な戦斧を担いだ姿。――「鬼」の鉞と評していいだろう。

 

「赤音」

 

「赤音? 女子のような名前だな」

 

「悪かったな金太郎。女みたいで、この女気を分けてやりたいよ」

 

 売り言葉に買い言葉。赤音の煽情的な口調は、柴田壬月勝家の気性を的確に逆撫でした。

 

「壬月、しばし待て」

 

「......」

 

 怒りを抑え、鬼は気を納める。

 小さな溜め息を吐いた久遠、頭が痛そうに赤音を見て言った。

 

「赤音よ。お主が今朝方いった言葉、忘れては居らぬな」

 

 今朝方いった言葉――印象に残るものは一つしかない。

 

「武士道は死狂ひなり、一人の殺害を数十人して仕かぬるもの」

 

「そうだ。――その言葉に嘘偽りはないか」

 

 赤音は笑った。満面の笑みで、云った。

 

「刀の使い方は仕手次第だ。俺の仕手は久遠お前だ。好きに使え」

 

 その宣言に、久遠は言葉を詰まらした。

 

「そうか。ならば命ずる、これより我が館にて真剣を用いた御前仕合を供する。枷を科す、殺すでないぞ。その上で武士道は死狂ひなり、体現して見せよ」

 

 一本の刀が抜かれる。鋭利な諸刃ではあるが、人を斬るには充分すぎる切れ味を持つ剣の鬼。

 吊り上がった口からは、怪物の笑い声が聞えてきそうであった。

 その場に居る武人二人は警戒を強め、久遠は無表情を貫いた。

 剣鬼は己の価値はそこにしか輝かないことをよく知っていた。

 血を啜り、骨を断ち、無念を喰らい、骸を見下ろす。

 斬鬼の価値が視界を曇らせているとも知らずに、鬼はその価値に陶然と笑った。




次回より織田館御前試合を五話続けて投稿します。
長いです。五話が全部戦闘の描写です。
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