戦国†恋姫~不死の刃鳴~   作:我楽娯兵

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大変長らく御待たせ致しました。


第参試合 猛狗十文字槍

「あれは討つつもりでやったのか。赤音よ」

 

 自陣の椅子に腰掛ける赤音は、燻る邪気を水で流し呑んだ。

 

「貴様!! 聞いているのか!!」

 

 吼える柴田を横目に柄杓の水を啜った。

 

「煩せぇよ。尾張の武士は休憩も与えちゃくれねぇのか?」

 

 悪態を付き柄杓を帰蝶に投げて渡す。椅座した赤音は二度目の死線で滴る汗を拭い取った。

 裡を打つ血の高鳴りは正常に戻っている事を確認する。

 

「赤音」

 

 久遠の呼び声に赤音はようやく反応を示した。

 顔を上げた赤音の表情は自身では把握していなかった。だが久遠の表情の凍りつき様、柴田の強張った筋肉を見ればその表情がどの様なモノかは一瞬で汲み取れた。

 笑っているのだろう。

 自他共に認めて然るべき醜悪な笑顔。

 人を斬るべきくして生また、生まれでて当然の笑顔。

 矛止の会を滅却した時も、瀧川商事を売った時も、「悪竜」八坂竜騎を屠った時も、――伊烏義阿を斃した時も。

 これは人が知性を獲得するずっと以前に、動物としての生命を歩んでいた名残に違いない。

 獲物目の前に威嚇、もしくは捕食を行う貌。自然的で野蛮な笑顔は同族嫌悪に近い心の揺さぶりを起こさせる。

 人である久遠は、半鬼に身を堕した赤音に伺う。

 

「......先程の試合。危うき殺意が見えたが、いかようか」

 

「試合? これが試合? 御前試合って冠した敵討だろ。銃は使うわ、手裏剣、挙句には助太刀もあり――ちゃんちゃらおかしいな」

 

 赤音の言葉には棘があり、その棘は邪道を串刺しいた。

 

「俺はお前の刀だ。どんな使われ方をしようと文句は言わねぇ、嬲りたいならいくらでもしろ。裸にひん剥いて弓矢の的にでも、試し切りの相手にでもなるよ。でも俺が立つ試合を穢す事だけは断じて赦さねえ」

 

男娼(ツバメ)風情が......ッ。御館様に意見するか!! 御前試合を穢すか」

 

「真剣を使ってる時点で御前試合じゃね。殺陣が見たいなら左遷なりすりゃぁいいだろ」

 

「双方もうやめよ!!」

 

 柴田、赤音の諍いに痺れを切らした久遠は一喝する。

 

「この御前試合、赤音の言うとおり真剣を用いた事は異例である。火槍を用いた佐々、横槍を入れた滝川、この二つ形式を逸脱した事は詫びよう」

 

「御館様!!」

 

「壬月は黙っておれ」

 

 壬月を黙らせ、久遠は鬼を見据える。

 鬼は黙って久遠を見ていた。醜悪な笑顔は消えず三日月があったが、その心裡は笑えぬほどに煮え騰がっていた。

 

「赤音、一つ聞かせろ」

 

「何だ?」

 

「先の戦い――主に首を獲るという意志はあったか」

 

「.........」

 

「どうなのだ」

 

「――僚友幽明境を異にする事罷り成らぬ」

 

「そうか......、なれば何故(なにゆえ)滝川雛一益を斬った」

 

「斬ってはいない。胸の皮一枚、獲った」

 

「その根拠は。あの(しる)の溢れ様、死して然る可きではないか」

 

「失血で死ぬならそれまで。死線を潜り、見下す死気を抜く者こそ僚友だ」

 

 ――兇刃に斃れる者は戦友ではない。

 赤音の力を示す試合ではある、しかしすでに赤音自身が織田家家臣を篩に掛けている。

 そう取られてもおかしくはない発言を平然と云った。

 柴田の表情は無表していたが、象の如き筋肉は如実に忿懣を顕にさせている。

 久遠は再度伺う。

 

「貴様に殺意はあるか」

 

「道具に情心不要。仕手のお前に振られるだけだ。活人剣殺人剣、お前の判断で相応な物になってやるよ」

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「織田赤母衣衆筆頭、前田又左衛門利家、通称犬子! 赤音殿! 尋常に勝負!!」

 

「浪人、赤音」

 

 短い挨拶。子犬と対峙し、赤音は戦闘の態勢に移行した。

 相手の得物。それは、

 史実「槍の又左衛門」の通りに、槍。

 佐々や滝川のように奇々怪々な道具を使わず、平凡な十文字槍である。

 子犬に合わせ、極僅かに柄は通常のものより短く感じられる。

 槍。それは人類が毛皮を着て狩猟生活をしていたときより脈々と続く武器。

 剣との唯一の差異、それはただ一点、柄の長さ。

 その一点に違いによって槍は、白兵戦用武器最強を冠するまで昇華されている。剣よりも間合いは長く、懐近く潜り込まなければ、刺し殺されるか、殴り殺される。

 僅かな生存の工夫は、武道の素人とて一刺必殺の武人とする。

 

「両者、構え」

 

 柴田の声により織田館の庭は三度土壇場となる。

 鍔を親指で押し、鯉口を切る。

 赤音は初めて、“かぜ”を指の構えではなく、地の構えを取った。

 三・四間(6メートル)。前田は十文字槍を長く持ち、右に構え穂先をしっかと向けていた。

 間合いは圧倒的に不利、しかし引き際は果てなく遠い。

 ならば勝利を貪欲に貪るのみ。

 

「始めッ!!」

 

 開始の号。先んじて動くは――赤音。

 無策の特攻、という事はない。ある程度は前田の次行動は予測していた。

 槍であるなら突き? まさか。そのような安直なものではない。

 勝ちを取るならば、点である突きの攻撃より、面積の多い、斬撃を放つ。

 狙う部位は何処か、腹? 首? 否。

 武人として主の庭を素性分からずの者の血で穢すことは極力避けるはずだ。

 なれば――

 

「やッああああ!!」

 

 必然と足を刈り取りに掛かる。

 動きを止め、倒れた所で一刺し、すべては終わる。

 脛を狙い振られた十文字槍。長く握った槍の穂先は遠心力により必要以上の殺傷速度を得ている。

 脛刈を潔く受ける剣鬼ではない。事前の対策は既に取られている。

 “かぜ”指の構えではなく、下段、地の構えを取ったのはこれにある。

 脛に迫る穂先を、“かぜ”の峰は掬い、払い除ける。

 掬い上げ、赤音の頭上に掲げられた“かぜ”は次行動を可能とさせている。

 大上段に構えられた“かぜ”、赤音と前田の距離、二間を優にきっていた。

 袈裟懸けより、狙う。左足で地を叩いたとき。前田も動いた。

 矮躯は微かに屈み、後ろへと跳んだ。

 距離が開く。

 その距離は槍を滑り込ませるには充分すぎる隙間でたった。

 跳んだ前田は着地と同時に、槍を赤音の水月へ一突き。

 それは赤音が地の構えを取った時点で、と云うよりは足刈を払われる前程の術だ。

 掬い上げられ、もしくは防がれた時点で行われる。

 ふと耳に声ともつかぬ風の音を感知する。

 

 ――鎌鼬

 

 技の名をもそりと呟いていた。

 赤音の丹田に冷たき気、死の気配が丹田の奥底を握っていた。

 

(......糞ッ!!!!)

 

 悪態を心裡で付く。

 こんな易々と、こんなあっ気なく、俺の命はくれてやれるものか? 否!!

 死してはならない。この場で死ねば、この場で臥してしまえば、伊烏、お前との戦いが無意味となる。

 お前を倒して終幕か、穢れを晒して終わりか。そこまでで俺の生涯が終わっていたのならそうであっただろう。

 だが俺はこうして、地を越え、時を越え、生きてしまっている。

 ならば死合に措いて斃れるのは、伊烏、お前との戦いを侮辱する事に他ならぬ。

 体が動く。思考を超越し、自然的に。

 大上段に構えた“かぜ”で十文字槍を切り落とす。

 穂先は水月を穿つことなく地を抉る。

 右膝で柄を押さえ付け、右足を踏み込み前田との間を躙り縮める。

 押さえ付けた大槍は赤音の体重を受け、柄は軋みを上げる。勝機を得たり。

 右方より前田の逆小手を狙う。しかし“かぜ”が接地する面は物打ではなく峰。

 手の甲の骨を砕く、片腕で大物(やり)を扱うのは困難を極めよう。

 僅かな動きが右膝に伝わる。衣服が擦れ、長穿き(ズボン)の裾が回転している。

 

「ッ!!」

 

 それは前田が槍を引き戻していたのだ。力任せに、穂を自分の下へと引き戻している。

 赤音の態勢を崩す為か、そんなことは出来ない。赤音の姿勢は現状安定を極め、ちょっとやそっとでは倒れる事はないだろう。

 では何故戻す。――前田は今だ赤音の脛を刈り取る事を諦めていはいなかった。

 ぎらりと光る閃光が脳裏に浮かぶ。

 後方より迫る大蛇(やり)の頭。その鰓には鋭利な鎌が生えている。

 柄を押さえる右足より飛び上がる。左足が地面より離れる間、革履きの底を十文字槍の鎌が削る。

 前田の間合いが急激に縮まる。

 槍は遠間より命を一突き、もしくは柄により殴り殺す、この二種の長中距離のみのが槍の間合いではない。

 柄は確かに邪魔になるが、穂の近くを持てば充分な脇差となる。

 槍の穂は刀と変わり打ち込まれる。

 

「ぐるるるるる」

 

 可愛らしい声で唸る前田であるが。その膂力、あまりにも強大。

 首筋に鍔迫り。このままでは押した負け、倒される。

 赤音は膝を折ってしまう、上方(マウント)を取られるの近い。

 この娘、見た目より、術理あり、力強い。

 子犬とは最早呼べない。猛犬のそれだ。

 前田の力は更に増し、穂が首に到達するのは目前であった。落とされてはならない。

 赤音は体をえびぞりに跳ね上げた。肘鉄を前田の鳩尾に掛かるようにして押し退ける。

 身を起こし、“かぜ”を握り直す。

 敵方、前田又左衛門は鳩尾の肘鉄が効いたらしく、昼にでも食べた物を吐き戻していた。

 

「グるるるるルルルルッ!!」

 

 唸り声ですら、人の理性を窺わせぬ、「狂犬」の声と変わり始めている。

 陰の構えを取る。

 このまま長引かせるのは心臓、元より命も風前の灯だ。

 槍の自在な間合い、猛犬自身の力、妙な小細工がない分――手強い。

 薄く長く息を吐く。

 次局、槍の遠間を突破(クリア)せねば次はない。

 嘔吐も止まり、こけた頬の前田は槍を向ける。動く。

 颶風の一突きが赤音の爪先を狙う。執拗に足を、脛を狙う。

 長物の特性に漬かり過ぎている。槍の柄を切り落とし、地へ穂の進路を変更させた。

 股下に落ちた、穂先を押さえ動こうとした途端。槍の穂は跳ね上がる。

 

「ッ!!」

 

 平凡な下突き。その奥に隠された、握りの術。

 前田の柄の持ちからにある。右手は柄尻を握り、左手はその近場に。

 常人であるなら、持ちにくく中間を持つであろう。柄を長く持つことは間合いは稼げ、最大の威力を発揮できるが、慣性等の法則により動作は緩慢になりやすい。

 突撃戦、ジョストならば長持ちは間合いを稼ぎ、馬上の機動力で蹂躙せしめるだろう。

 しかしこれは一対一、相手の武器は刀、間合いを計算し、柄の中ほを持っても充分すぎるほど。

 先程に揉み合いの白兵へと突入した時点で、柄を長く持つ意味は少ない。

 そう――少ないのだ。決して意味を失ってはいないのだ。

 この技は本来、初手にて使うべきものだ。しかしこの局面にて使った事が、赤音の、武士の意表を突いた。

 右腕は力点と成り、凶悪な稼動機械に変貌を遂げる。左手は支点となり穂を跳ね上げる。

 十文字槍の鎌は赤音の肛門入り、睾丸を割り、腸を裂くだろう。

 師を持たず、野犬は主人を得て奉公の理を判ったとき初めて発生した業。

 

「我流――猛狗ッ!!」

 

 猛犬の牙は武士の股を裂くのは論を俟たない。

 が、今回ばかりは相手が悪い。脳よりも疾く、肉体が反応する――鬼が相手なのだから。

 赤音の僅かに引いていた左足が擦れ動く。“かぜ”右手で握り、体は紙一重で半身に転身した。

 穂先が捉えたのは股ではなく遥か上、逃げ損なった耳朶であった。

 “かぜ”の刃縁を柄に沿わせる。前田との距離を急速に縮める赤音。

 反撃を試みようと前田、しかし間に合いはしない。猛犬の牙である穂は、“かぜ”が柄を縦に天へ押し上げていた。

 ――まだ間に合う。

 穂を後方へ寝かせ、石突きを使い打撲を狙う。

 担ぎ上げた十文字槍、石突きを赤音の顔面目掛け打ち出したが――捉えられず。

 屈みこんだ赤音、飛び上がるようにして鉤型に曲げた腕が前田の喉元を打った。

 

「がっ...あッぁぁ......はぁ...が」

 

 喉を捉え、押し圧すした赤音は、腕を輪状に前田の首を締め上げる。

 

「あっ...あぁ、が...っ」

 

 徐々に弛緩していく。これ以上締め上げれば首を折りかねない。

 ゆっくりと力を緩め、前田が失神した事を確認し急いで離れる。

 凡常このようなものは使う事はない。しかし組討の試練にて失神するものは幾人かはいる。

 ――痛くなければ学ばない。

 動物的心理であり、原理だ。赤音もその原理には逆らえない。

 赤音はその幾人に入り、絞め落とされた。

 その後を聞くが、一生涯拭いきれぬ恥を掻いたのは笑い話とてしたくはない。

 自身が嫌な事は他者にはするなと親に教わった通り、これだけは他人にはしたことがなかった。

 今回ばかりは御仏も赦そう。

 

「勝負ありッ!!」

 

 柴田の声で「槍の又左衛門」との試合は終わる。

 庭に汚臭が漂い、小袖が汚れていないか確認する。土汚れさえあれ、赤音の予想しうる最悪は付着していなかった。安堵し、“かぜ”を鞘に収める。

 心裡で失神してしまった前田に詫びよう。組討をかけたことに、女人であれ男人であれ恥をかかせたことに。

 

 ――刈流組討 蛍籠。

 

 二度と使う事はないだろう。

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