戦国†恋姫~不死の刃鳴~   作:我楽娯兵

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麦穂「私には未来が見えるわ!!」
赤音「なんだとならば喰らえっ!! Magical Blade『NOON MOON』!!」
麦穂「That is NOON MOON!!」
一同「NOON MOON!!」



赤音はNOON MOONは使えません


第肆試合 一寸先の魔刃

 陣幕を押し退け、四度目の土壇場に足を踏み入れる。

 疲労は若かき体に徐々に蓄積し始めていた。

 毒の如き疲労を気力で潰し、症状を押さえ込む。赤き剣鬼は更なる強敵、更なる贄を求め足を進める。

 疲れに犯される身ではあるが、その息使い、眼光は、醜悪な色を放っていた。

 傍よりに見えれば、赤音の歩行(スッテプ)は遊戯にでも遊びに行く町娘と見紛う。

 裡より染み出る瘴気は、外皮によって美艶な女人と見て取れよう。

 陽光に照らされる赤音は絵にはなるが、夜刻と間違え這い出た鬼である事には変わりはない。

 陣幕の奥、土壇場に立つ贄を捉えた。

 すらりとした細身の女。豊満な胸を下げ険しげな表情を浮けべてはいるが、奥底の母性的な性質は落ちきっていない。これが「鬼」柴田と対なる双竜、「鬼」五郎左とは笑わせる。

 立会い丹羽は名乗りを上げた。

 

「丹羽米五郎左長秀、真名を麦穂と申します。尋常にお手合わせを、赤音殿」

 

「......」

 

 赤音は答えなかった。

 幾度も名乗りを上げ、果ては娘らを倒すのだ。

 疲れにより億劫となり始めてもいた。だがそれを理由に逃げ出すことも負けることも許されない。

 自分自身が、いや伊烏義阿が許しはしないだろう。

 剣によって繋がった、復讐の赤い糸。

 たかが一個の命のために、たかが一人の女のために、怒りで我を忘れ古今東西を奔走し、憤怒により眠れぬ夜を明かし、俺を切るためだけに魔剣「昼の月」を完成させた馬鹿な男。

 馬鹿で、愚かで、愛おしい。復讐に取り憑かれた剣鬼。

 里心(ホームシック)ではないが、赤音の唯一あの時代において追想を感じさせる相手。

 剣によって繋がる、まさにそれは恋愛も、性交も、子をなし生涯添い遂げる長き時間を一瞬に濃縮した時である。その時間は倫理も性別も関係はない――何者にも囚われない時間。

「愛しいから殺す」なんて冷静に考えて精神病的なことはいう気はない。ただ単に伊烏を、伊烏と(、、、)死合った記憶は何物にも代えがたい記憶である。もし願い叶うのならもう一度彼と死合いたい。

 しかしそれは叶う事はない。――代替の相手を斬る事でしか慰めは訪れない。

 

「両者構え」

 

 “かぜ”抜き、指の構えをとる。

 相手方、丹羽長秀は腰に吊る剣を抜いた。

 その剣は奇妙な形状をしていた。

 日本刀特有の刃の反りは殆どなく、切先が僅かに反りを描いていたる。

 柄頭の形状は円筒状で先が丸まっており、手貫緒を通す穴が開けられている。鍔には飾り気がない、柄には柄巻きではなくなめした牛皮の様なものを貼り付けている。

 さも驚こう、あまりにも古い刀、いやそれは刀と呼ぶには古すぎる。

 儀式用刀剣――丹羽の握る太刀は飛鳥の時代より掘り出された方頭大刀ではないか。

 奇怪な構え。右腕を内側へねじり畳み込み、脇を絞めた。

 方頭大刀を横に寝かし、紫宮の高さに持つ。左手を柄頭へと添える。

 薄く長く吐く息遣い。赤音とまったく同じ、息を吸っている間は反応が鈍くなる。

 切先から左肘まで真っ直ぐに伸びた一線。

 その構えはまるで見たことがない。いや一度だけ。

 鹿野道場のテレビにて一度だけ似たような構えを見た。

 それは五輪(オリンピア)の祭典の一つの競技。

 

(......西洋剣術(フェンシング)

 

 この様な場でこのようにして立ち合うとは誰が思おうか。

 西洋剣術――数々の伝説を生み、現代への石橋を作り上げる欧州(ヨーロッパ)の地にて産まれた剣術。

 多くの歴史、伝説、技術を生んだ地で産まれた剣技、その実フェンシングのような競争(スポーツ)の一種となっていたもの以外、実践的な剣術は「失伝」している。

 神秘に包まれた神話(レジェンド)の剣術。ロングソードや、大型武具であるツーハンデッドソード、小型の物ではダガーのようなものも一括して西洋剣術と。

 日本のように造りこそ違いあれど、一本の規定された刀剣に独自派生した武術があるかすらわからない。すべての物を一括して西洋剣術であろう。受けや流し、攻めの術理に共通性が見られるだろうが、刀剣の使用用途が違えばその動きすら根底から変わってこよう。

 海を越えた先に芽吹いた剣術。そこで生まれし刀剣は日本で生まれる剣とはまるで違う。

 切断を重視する日本では、その切れ味を鋭利にする為、頑丈さはもちろん、日本刀特有の反りの形状により脅威的な切断能力を有した。

 対して、西洋剣はその逆にあった。

 風土として欧州(ヨーロッパ)は陸続きの土地である。陸が続くのであれば人の行き来がある、人の行き来があるなら、そこには戦がある。広大な土地には日本とは比べ物にならない膨大な人口を有している、相対的に戦の規模も日本とは比べるまでもない。

 何千人、何万人、両手両足の指を優に越える数の人間が鎧甲冑を身につけ身をぶつけ斬り合うのだ。必要とされ刀剣は、分厚い全身甲冑(プレートアーマー)を斬り砕く頑丈性、盾をも破砕する重量。

 分厚く、刃など欠けても重量で叩き切る。そういった理念において切れ味はなくとも、「重み」と「速度」で圧し切るのだ。

 大雑把な剣術に思えるが、西洋剣術はそれだけではない。

 大型の物から小型の物まである――斬る事を捨てた剣術は、「線」ではなく「点」を選び取った。

 刺突剣(レイピア)――日本では生まれ得ない西洋独自の刀剣。

 刺突(つき)という一点の殺傷に特化した剣である。刺突の技能は一部流派を除き重要視はされていない。

 刀の本分は「斬る」ことにあり、「突く」事は槍の本分である。一概に刀で刺突を行わないわけではないが、刀の形状がそれの邪魔をする。斬る為に持ちえた反りが。

 対し刺突剣(レイピア)は反りはなく、刀身も細身。対手の振りで曲がるわうねるわ、これほど頼りなく斬る事のできぬ剣はない――しかしだ、それにも意味はある。

 刺突剣(レイピア)は斬る事を専門とはしていない。刺突剣(レイピア)は刀と違い相手の体に最初に接地するのは切先のだ。仕手の腕しだいで、弾丸の貫通性をも超えよう。

 点攻撃へと集約された(エネルギー)、刀の線攻撃のように接地面が少ない分、抵抗もなく体を抜く。全身甲冑(プレートアーマー)の隙間を抜き、命を穿つ。

 突きの究極――西洋剣術(フェンシング)

 過去の遺物たる方頭大刀を使う理由も頷けよう。方頭大刀が造られた飛鳥の時代は、平造りや切刃造り直刀を主体としている。反りがなく赤音の持つ刀のような切れ味は望めないが、神速の突きならば刺突剣(レイピア)のように打ち出せよう。

 寸毫でさえ判断は誤れない。もしそれをやってしまえば――心臓を抜かれよう。

 両者硬直し、微動だにしない。気迫にようる体力気力の削り合い。

 

「......」

 

「......」

 

 赤音は待った、時は待つことを知らず、一定して同じ流れを続ける。

 相手は突く、体格差に措いて負けている赤音。

 ――狙われるは喉元。

 一点に(エネルギー)が集中した切先を抜けば、勝機は取れる。

 突きを物打ちにて横に払い除ける。間合いを詰め、横へと構えられた“かぜ”の峰で首筋に打ち込む。

 これにて試合は決する。

 赤音、丹羽は動く事はなく相手を見据え続ける。

 

「.........」

 

「.........」

 

 機はあと僅か、丹羽の確証として齢の差が仇となった。

 

「.........っ...」

 

 丹羽は歳を数え二十五となる。赤音は二十二。

 その差が、たったの三年の差が試合の勝機が赤音に傾いた。

 

「――――ッッ!!」

 

 気を噴出した赤音。

 応じるようにして丹羽も動いた。その動きは想定していた通りの――突き。

 丹羽へと体を撃ちだした赤音。それを迎え撃たんと喉仏に突き立てられた剣先。

 “かぜ”は吹き荒れる。

 方頭大刀を切り払い、間合いを縮めた。

 鎬がぶつかり微かな火花を散らす。

 払い除けた、あとは峰打ちで決する。

 

「っ!!」

 

 丹羽は悟っていたのか。払い除けると同時に後方へと、跳び逃げた。

 ありえない。――ありえてはならない。

 後方へと跳んだ丹羽の判断速度は常人のそれとは一線を画している。

 刺突とは必殺でなければならない。仕損じれば、伸びきった右腕は二の太刀を放つ事ができず、切り倒される。

 死地より生還する方法は二つ。組討覚悟の当身を使う事だ。

 正しくはある。が、体格差で有利であれ前試合で組討を会得している事を知っていて仕掛けるのは――無謀過ぎる。

 なればもう一つ。突くと同時に後方へ跳ぶのだ。

 しかしこれは、刺突が当たらぬのだ。逃げを前程と考え、突く。前方へ突く体重は逃げる為に浅く踏み込む必要がある。ならばその突きは完全には伸びきらぬ、生ちょろい突きで対者に当たらず、当たる寸前で後ろへと剣は下がる。

 しかし丹羽の剣は違った。

 全力で刺し、全力で逃げたのだ。

 完全に体重の乗った殺傷には充分な威力を持った突きを放っておきながら、“かぜ”の届かぬ安全圏へと逃げれているのだ。

 もしそのような事を可能にするならば、赤音のように即応能力を持ちえる者しかいない。

 ありえぬ――

 赤音の即応能力は唯一(オンリーワン)の物だ。類似するものあれど、全く同じはありえない。

 遺伝子に瓜二つがないように、赤音の能力に瓜二つはない。

 赤音は序盤へと戻った土壇場で再度息を吸い直した。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 張り詰める空気を肌で感じながら、久遠は麦穂赤音の試合を離れた陣にて見ていた。

 殺伐とした戦場の空気。並みの者では肝を潰すであろう。

 

(......赤音よ、麦穂のお家流は難儀するぞ)

 

 言い知れぬ剣気が辺り一帯を包み込む。

 

「く...久..久遠ッ」

 

「お!? なんだ。結菜?!」

 

 御前試合に熱中――もとより赤音が凶気に走らぬよう監視していて嫁である結菜の声が聞えなかった。

 少しばかり強めの語彙でようやく意識が試合より剥がれた。

 

「なっなんだ。何事か?」

 

「ごめんなさい、邪魔しちゃって。来客が――」

 

「来客?」

 

 云われる同時程に陣幕の裏がごたついている音を聞く。

 荒々しい足音。肌の同士の擦れる音。ばさばさと節操なく擦れる広袖の音。

 

「殿おるかッ!!」

 

「何だ? 森、ここは戦場ではないぞ」

 

 菊のように色鮮やかな髪、豊満な肉体を裸同然に放り出し野性の眼光を輝かせる女人。

 織田家家臣。家臣と云うより猟犬と呼ぶに相応しい。

 森家当主、森三左衛門尉桐琴可成その人であった。

 

「わし等の酒を何の手違いかこっちに送ったそうだ。あるか殿」

 

「ああ、あの酒か。今朝ほど大樽に入った酒が届いたのは主らのか...まったくとんだ蟒蛇よ。結菜、大樽を荷車に積んでやれ」

 

 結菜へ酒の積み込みを頼み。来客を見た。

 珍しい事が起こっていた。

 桐琴の表情が失われている。狂犬が見ていたのはただ一つ――御前試合であった。

 赤音と麦穂、動くことなく膠着が続いている。

 

「殿......あれはなんだ?」

 

「ん? あれか。新参を試したいと壬月が申しておった、今はその試しだ」

 

「そんなことを聞いてんじゃない。あれは(、、、)何だ」

 

 桐琴は腕を上げ、その指でそれを指した。

 まるで人ではないような言い方で――赤音を睨みつけていた。

 

「赤音。我の『一応の夫』とする者だ」

 

「『一応の夫』――怪異の嫁とは酔狂を申すな......」

 

 桐琴は赤き鬼を凝視しながら一言だけ云った。

 

「丹羽はこのままだと斬られるぞ」

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 丹羽米五郎左長秀は冷静を貫いた。

 対手、赤音。その剣は洗練されている。剣術の質が麦穂の知る戦場の剣ではない。一対一を想定した剣である。

 この世でそのようなもの仕官者なれば、ただの傾奇者(かぶきもの)と思っていた。

 がそれは厚い人皮を被る姿であり、裡は武士である。

 初手、方頭大刀の突きを見抜く思考力、その動きを捉えた反応速度。どれも抜きんでていた。

 だが、米五郎左には勝てない。

 今までの試合を見ていて理解できる。――赤音の剣。それは理によって詰められた心理の剣。

 同じ盤上で、柴田や三若のような根性論で戦うことは麦穂には出来ない。

 理解の追いつかぬものは、会得しようと徒に時を浪費するだけである。

 ならば己の得意とするもので、己が得意とする方法で敵を打ち倒すのみ。

 理によって詰められた剣術。日本刀の専売特許、線攻撃を捨て、方頭大刀の点攻撃を選んだのもそのが理由である。柴田のような常識外れの膂力は麦穂にはない。三若たちのように若さ溢れる気力も枯れ始めた。残されたのは理論によって凝り固まった頭と、それと同様の「お家流」のみ。

 先程の突き――払われ次に峰打ちが来ることは、刃が触れる僅か前に悟った。

 動きを感じ取った(、、、、、、、、)

 血に刻まれた呪い(まじない)――一子相伝の流儀。

 未来を読み、未来を歪める。

 お家流――闇夜灯明。

 滝川の蒼燕瞬歩や柴田のお家流のような派手さはこれにはない。

 与えられたものは、ただ未来(、、)を読み取る事であった。

 麦穂にとって未来とは見えぬ明日に不安や希望を抱くものではない。見て、感じて、頭で朗読するようなもの。

 確定して存在する絶対的なもの。それが未来なのだ。

 これを応用すれば、未来が見えるのであれば――剣筋が見える。

 剣筋が見えるのであれば――先の先は決して取られる事はない。

 麦穂の父は云った――勝機に四種あり、と。

 先の先、先、先の後、後の先と云う。

 先の先、それは油断もしくは裏をかかれ隙を見せている機。

 先、それは攻撃に意識が移り、体も攻撃準備で固まり、防御がおろそかになる機。

 先の後、それは攻撃を繰り出している最中、防御のしようがない機。

 後の先、それは攻撃を防いだ直後、体勢を立て直すまでの無防備な機。

 この四機の奪い合いが戦いでり剣術であると、師でもある父はそう申した。

 麦穂にとってそれは何よりも判りやすい解説であり、振って斬れば人は死ぬと漠然と云われるより端的に理解できた。

 対した赤音は押しの剣を好む――麦穂の見立てがそういった。

 ならば取るべき気は先、もしくは先の後。

 赤音は動いた。

 担ぎ上げた刀。頭の奥底に姿が映る。

 麦穂の袈裟を斬り撫でるものがあった。僅かに体が硬直した。

 斬られてはいない――それは赤音が飛ばした剣気であった。

 担いでいる刀、両腕で握っていたはずの柄には右手が鍔元を握っているだけ。

 左腕を柄より抜き、斬る動作と錯覚させたのだ。

 

(――晦まし...応じない)

 

 未来の見える麦穂は、その動きを読み取っている。

 ただ武士として反射的に身が固まってしまった。

 距離は充分にある。息を吸い、薄く長く吐き出す。

 

(笑って、...いる)

 

 そう、笑っている。

 赤い剣鬼が笑っていた。

 何かに気づいたように、さぞ愉快そうに笑っていた。

 ――途端、動いた。

 地を蹴り、走る。

 一足一刀の距離まで縮ませるまでまだ間はある。

 麦穂は一刀ではない一刺だ――一刀より越える間合いを有している。

 突くと頭で理解した瞬間、一寸先の未来が読み取られる。

 先程の晦まし同様、袈裟より駆け斬る気だ。

 ならばその太刀を受け流し、背に抜け心臓を一突きにすれば済む。

 

(この試合獲らして貰う)

 

 退避する間も失われてしまう。しかし未来は見えている、後は体を併せるだけ。

 袈裟を狙い、刀が切り下ろされる。威力速度ともに脅威である。

 方頭大刀で受け、傾け流す。――後は背へ抜け刺すのみ。

 

「―――――――――ッッッッ!!!!」

 

 思考が失われる。脳を打った明確な幻影(みらい)

 麦穂が対応できる間は、その太刀を受けた時から残されてはいなかった。

 気を吹いた赤音。

 股下より、閃光が走る。その光は間違うことはない――その光は、赤音の刀。

 

(何故振れる?)

 

 振れるはずがない。赤音は右足より踏み込み、袈裟より切り込んだ。

 この時点で殺傷に必要な(エネルギー)は貪り尽くされている。

 二の太刀を振るには二歩目を踏み込む必要が確実にある。

 しかし赤音は踏み込んでいない。振ったその場で二の太刀を振っている。

 

(ありえない)

 

 そう。ありえない。

 一踏みにして一の太刀二の太刀を振るなど。

 それは剣術を超越している。

 そうはもう――――

 

 

 

――魔剣――

 

 

 

 方頭大刀が切り上げられ、打ち払われる。

 腕より離れた方頭大刀は遥かの池へ墜ちていった。

 対者赤音。その姿は――

 

――空を切り裂くように刀が天を指し示していた。

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