【アメストリス南部に、その大富豪はいる。
国内でも多くの鉱山を有するその宝石商は、専らダイヤモンドを産出して売り捌く事を生業としていた。
宝石商「マリネラ」――代々その産業を営む家はマリネール家。
当代の主は、弱冠10歳の子供であった】
「旦那様」
「要はダイヤは炭素から出来てるんだから、他の宝石より比較的構造がわかりやすいんだ。炭素は地球上の生物・無生物問わずあらゆる物質に存在しているといっても過言ではない」
「へー」
「旦那様」
「だから理屈でいえば、この柱や壁だってダイヤモンドになれる。まぁ300gの灰から1カラット……200mgがやっとだがな」
「それで旦那様は専ら錬金術の中でも炭素を研究なさってるんですね。説明的台詞を有難う御座います」
「旦那様!」
「何だ煩いぞ」
部下に錬金術の簡単な手解きをしてやっていた時の事だ。矢鱈と煩く呼んでくる部下に返事をしてやる為に顔を上げれば、その部下は、誰かを伴っていた。
誰かというか、ぼくの知り合いで長い黒髪の男なんてひとりしかいないが。
「おお、バンコランじゃないか。相変わらず軍服を着ずにスーツで通している人間がどうした」
「その台詞はなんなんだ……いやそれよりもどうしたもこうしたもあるか、この3日前に落とした腐れ豚まん」
開口一番、だいぶ失礼な物言いをした南方司令部の少佐は、机に向かっていたぼくの前に何かしらの書類を叩きつける。それを確認する前に、更に少佐――バンコランが、両手で机を叩く。乱暴な奴だ。
「ひどいいいようだな」
「お前ほど酷い奴があるか! お前、『国家錬金術師になりたい』といって私に仲介を頼んだだろーが!」
「えっそうだったんですか旦那様?!」
部下達が驚いた顔をしてぼくを見る。ぼくはといえば、憤慨しているバンコランの顔を笑いながら見上げていた。
「あぁ、そういえばそうだったな」
「『そういえば』……?! ふざけるなパタリロ! こうしてわざわざこの私が書類だって用意してやったのに、なぜ指定した日に司令部に来なかった!」
「それなんだがな、バンコラン」
その辺りにあった耳掻きを取り出す。そういえば最近耳掃除をサボっていた。先端を耳の穴に突っ込みながら、憤怒の表情を見せているバンコランを見上げる。
そういえば忘れていた。
「やっぱりやめた」
「頭に風穴空けられたいか貴様!」
「ちょ、少佐落ち着いて下さい!」
「旦那様?! だから国家資格って何の話です!!」
「何の話って」
我を忘れて怒り、懐から拳銃を取り出して振り回し始めたバンコランがぼくの部下に取り押さえられている。それを眺めながら反対側の耳も穿っていれば、先程錬金術の手解きをしてやった部下が慌てた様子で尋ねてくる。何かおかしい話だろうか。
「国家資格って、あれ凄い難しいんでしょう?! 最年少は12歳だって訊いてますけど、旦那様は10歳でしょう、記録を上塗り出来ますよ!? それなのにやめたって」
「そうですよ旦那様、あれって凄い豊富な研究費を国から支給されるんでしょう!? 金にがめつい超守銭奴な旦那様がやめるってどういう事態です?!」
「お前今月減給。ぼくもそれに釣られたんだがな」
「減給」の一言で泣き出した部下の前で、耳掻きを更に突っ込んだ。どうにもムズムズする。
「旦那様、耳からミミズが……」
「おぉ本当だ。しかしよく考えてみろ。折角立てた理論を軍に提供しなければならないんだぞ」
片方の耳から出て来た虫を引っ張り出す。それをゴミ箱に放り、ぼくは話す。
先日開発したのは、炭素に関する理論だ。
先程部下に説明していた通り、300gの灰から1カラットのダイヤモンドが錬成出来る。これはダイヤモンドが炭素から出来ているからだ。現在ぼくが社長を勤めているマリネラは、鉱山から産出されるダイヤモンドを工業用・宝飾用で売り出している。特に北方軍のブリックズでは戦闘用機械鎧の為にダイヤモンドを買い取ってくれるから良いお得意様だ。
しかし鉱山というのは資源に限りがある。今は豊富に産出されているダイヤモンドも、いつか尽きるかも知れない――それを考えると、人工でダイヤモンドを作るという方法を考案しておいた方が良いと考え、理論を研究していた。結果、理論は成立し――その矢先にバンコランから「それなら国家資格を取ったらどうだ」と誘われたのだ。
『国家資格を取れば貪欲で強欲で業突張りのお前の大好きな金がたくさん貰えるぞ』
『物言いに刺がありすぎるが確かにそれはいいな!』
――と、話をしたのが1週間くらい前だっただろうか。
「『国家錬金術師になれば研究しているだけでオゼゼが貰えるんだな!』といっていたのはお前だろうがー! 大体お前は昔から」
「そ、それで何でなんです!?」
「だから、国家錬金術師っていうのは、『軍の狗』といわれるだけあって、研究の成果は全て軍に提供しなければならない。それがどういう事かわかるか?」
「あ、もしかして」
「そうだ」
掌を打った部下に重々しく頷く。
「つまり、人工ダイヤで金儲けが出来なくなる訳だ。
豊富な研究資金は惜しいが、マリネラのこれからを考えると涙を呑んで諦めざるを得なかったんだ。あとお前にその事を伝えるのは電話代が勿体なくて」
「お前のせいで危うく大総統直々の辞令でクビを飛ばされるところだったんだ!! 1発撃たせろー!!」
「キャー!!」
とうとう部下の手を振り払い、バンコランが拳銃を取り出す。ぼくは慌てて耳掻きを放り出し、部屋から飛び出した。ゴミ箱を蹴った事で先程のミミズが部下の顔に張り付いたのはご愛敬である。
パタリロとバンコランがいなくなった後、荒れた部屋を片付けながら誰ともなく呟く。
「あの旦那様が目先の欲に囚われないって……」
「……そういえばそうだな」
その言葉ももっともで、床に散らばった本を取り上げながら僕は顔を上げる。
自分達の上司であり主人であるパタリロは、誰よりも金にがめつい。だから一瞬、先程のパタリロの言葉に頷いてしまったものの、何かしらの違和感を覚えた。その正体は、彼の言葉にある。
「旦那様っていえば、目先に釣り下げられた金に迷いなく飛びつく方だ。どんなに遠大な事を考えていても、『豊富な研究資金』という言葉によく釣られなかったなぁ」
「いやでもちょっと待て、国家錬金術師って人間兵器として戦争に投入される事があるよな」
「? 確かに6年前のイシュヴァール殲滅戦が良い例だが……それがどうしたんだ」
アメストリスの南部にあたるこの辺りだと比較的縁の薄い話だったが、7年の長きに渡り続いていた東部の内乱を平定すべく殲滅作戦が敷かれ、国家錬金術師が投入された。「焔」「豪腕」「紅蓮」「鉄血」――様々な二つ名の錬金術師達が参戦させられたという。
誰かが言う。
「もし旦那様が国家資格を取得したら、旦那様もそれに参戦させられる可能性があるという訳だ」
「え? 旦那様の錬金術に戦争向きのなんてあったか」
「それがあるんだ。人工ダイヤを作る時は、凄い圧力や火力が必要でな」
そういえばこの宝石商の中でも錬金術に比較的詳しいから、パタリロの助手のような事をしていた覚えのある同僚が言う。
「考えてもみろ、天然モノでも武器にも転用出来るくらい堅固で丈夫なダイヤを作り出すんだ。天然モノなら何億年もの間地層でゆっくりと圧縮されて固まって出来たダイヤを一瞬で作り出せるんだぞ、それがどれぐらいの攻撃力を持つか。あの国軍の事だ、うまく軍用に転用出来るように研究を命じてくる筈だ」
「だよなぁ……旦那様もさすがに戦争はイヤだろう。まだ10歳だし」
腕を組んで頷く。
幾ら彼の最年少国家錬金術師とはれそうな程の天才といえど、自分達の主人はまだ「ティーンエイジャー」にすら含まれない程の幼い子供だ。やる事こそ物凄く過激だし金儲けに余念がないしかわいくないしで色々面倒で人の形を取った天災のような輩ではあっても、積極的に戦争に参加したいとは思わないだろう。
そう思って頷いたのに、目の前の同僚は眼鏡の奥できょとんと目を瞠る。
「いや、そういう事じゃなくて」
「は?」
「で、戦争に参加しても、多少の報奨金は出るとしても、大部分は軍からの給料に含まれるだろ」
「……まぁ、だろうな。その為に普段から高い金払ってるんだし」
言われるままに取り敢えず納得したから頷く。
他の奴が言う。
「その上、戦争といえば『死の商人』が銃や爆弾を売って金儲けも出来る」
「つまり、自分達が戦っている横で、他の奴が金儲けする訳だ」
「……あぁ、成る程」
どうやら自分は、自分の上司に対して推察が足りなかったらしい。
「……旦那様が耐えられる訳がないな。自分は大して儲けられないのに、他人が稼ぐなんて」
『金儲けは大好きだけど、他人に儲けられるのも何よりも耐え難い』
――世の中、こんな錬金術師ばっかだったら国家錬金術師の制度は成立しないだろうな。
「逃げるなパタリロー!!」
「キャーキャー!!」
再び戻ってきて部屋を逃げ回り始めたパタリロやバンコランから身を隠しながら、僕は思った。
多分、みんなも同じ考えだろうな。そんな事も思った。
End.