【艦これ×結界師】墨村提督は多くを語らない   作:駒由李

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墨村提督は多くを語らない

 本能が告げていた。それを見てはいけないと。それは結界師として生まれた事で更に培われたもの。

 理性が告げていた。それを見なければならないと。結界師として生まれた。その理由に由来するもの。

 悲鳴を上げたのは、その両方。

 それは同時に、産声とも転じた。自身の中で生まれた、「それ」の名は。

 

 

 

 

 その鎮守府が擁する港、昼下がりの波止場。そこにひとりの青年と、ひとりの少女が立っていた。海軍二種軍装に身を包んだ、上背のある男だ。肩章の星の数と、制帽の下の顔立ちが相反する。漸く三十路に達した頃だろうか。彼は年若い将官だった。帽子からはみ出した黒々とした髪は、潮風にもめげずに痛み知らずだった。

 隣の少女は、その髪質が遺伝だと聴いていた。正反対の色の長髪を靡かせた少女の名を「叢雲」という。彼の初期艦であり、秘書艦である。彼女は苛立たしげに腕組みしながら、「で」と声を低める。

「それで、提督。その軍の有力スポンサーとやらはいつ来る訳。陸路を採るのが今の常識でしょ。何でこうして、ぼーっと波止場に突っ立ってる訳」

「もうそろそろの筈なんだけどね」

 いいながら、提督と呼ばれた青年は懐中時計に目を落とす。既に予定時刻を20分程オーバーしていた。この鎮守府の司令官と秘書艦が揃って波止場に立っていたのは、深海棲艦と戦う為に戦後も残された、日本海軍の重要なスポンサーのひとりを迎える為だった。当初は青年がひとりで迎えるといっていたものの、話を聞いた叢雲が「そういう訳にいかないでしょ」と礼儀と安全を鑑みてついてきたのだが――生来あまり気の長い方ではない。叢雲は飴色の目で、海と空をきつく睨む。

「海路を採るっていう割には、他の鎮守府の艦娘が護衛についてくるって話も来てないし。空路を採るならここで待っていたって仕方ないでしょ。今日日海上を飛行艇で走ったら深海棲艦に撃ち落とされるのがオチでしょ」

 彼女の語る言葉は、島国の日本が現在抱える交通事情の憂患だ。人類が深海棲艦に制海権を奪われて久しい。海上を通過する国際便の界隈の警備はどの国でも一層厳しく、昔は1番速い交通手段だった海路は、現在一般人は最も取れない手段となっていた。それに肯く青年は、懐中時計を胸ポケットにしまうと再び空を見上げる。制帽のまま、手で日を翳して遠くを見遣る。その仕種に、叢雲は首を傾げた。

 まるで、そのスポンサーが海から飛んでくるようだ。

 強ちそれが間違いではなかった事を、彼女はその聞き慣れた銃声により知る。鎮守府の制海海域からは外れているものの、その双眸が遠くの異形――それと、人影を見遣る。

 だから、叢雲は目を疑った。その隣では、青年が全く構えた様子もなく眺めている。それを、叢雲は指差していった。

「ちょっと、提督!」

「なんだい叢雲」

「私の見間違いでなければ――あれ、人、よね」

「正確には人間と深海棲艦の駆逐艦だね。ま、あの程度ならあの人の敵じゃないよ」

 そういって、青年は制帽を脱ぐ。年齢よりも幼く見える顔。帽子を被る時に上げられていた前髪が重力に従った。その名字の通りの「墨」色の髪と目をした青年は、やがて沈黙した海。そこから「飛んで」やって来る人物に制帽を振った。声を張り上げる。

「おーい、七郎さん。扇七郎さん! 僕はこっちですよー!!」

 七郎と呼ばれた青年――そろそろ中年に差し掛かったような、しかし若々しいスーツの男性が、青年の呼びかけに顔を上げる。刹那、再び海から顔を出した駆逐イ級が男性の手振りに合わせて「潰れた」のを、叢雲は確かに見た。

 唖然。そのまま海上を、鞄片手の男性は飛んできた。文字通りだ。鳥が滑空するように、滑らかな動作で。見張り台の高さから降りてきた男性は、重さを感じさせない仕種で波止場に降りた。間近で見ると、上から下まで仕立ての良いスーツと革靴だった。提督よりはやや小柄だが、十分に長身の、「風が吹いているような」爽やかな鼻梁の男だった。服や靴が潮風で傷んでいないといいが。あまりの目の前の事態に思考停止に陥っていた叢雲の前で、男性――七郎は、色の薄い頭を掻きながら、苦笑いする。提督が「25分遅れですよ」と怒ってみせていた。まるで、今の出来事も何もなかったように。それに七郎は答える。

「悪いね、利守君――今は墨村提督か。途中で空母ヲ級に出会してね。艦載機を落とすのに手間取っちゃって。それと、はじめまして。『叢雲』さん。話は彼から聴いています」

「……えぇと、貴男が、その、今日来るっていってたスポンサーの」

 差し出された手を、ほとんど催眠にかかったように握り返す。男の美貌に感銘するよりも、ただただ叢雲は、艤装もなしに飛んで、あまつさえ深海棲艦を容易く殲滅して来た事に畏怖していた。しかも、この人を喰ったようなところのある提督とファーストネームを呼び合う仲とは! ――それに、七郎も、提督――利守も、肩を竦めた。

「うん。彼が扇家現当主の七郎さん。扇家は色々やってるからね。軍のスポンサーも仕事のひとつなんだよ。特に、深海棲艦の殲滅任務に当たっている鎮守府へのね。今日は彼は視察に来たんだよ」

「お構いなく。出来れば僕は艦娘の女の子に鎮守府を案内して欲し……」

「あ、叢雲。扇さんは僕が案内しておくから、暫く指揮権は君に移譲しておくよ」

 目の前のやり取りは、ごく日常的で。どうやら七郎という男は女好きの気があるようだという事と、利守に庇われたという事実だけを、この時の叢雲は漸く飲み込めた。

 漸く自我を取り戻した叢雲が利守を質問攻めにすれば、彼は涼しい顔で答えたものだ。

「海の怪物が、ずっと昔から僕らを脅かしているんだ。フライング・ヒューマノイドが実在したって不思議じゃないでしょ」

 これにとうとう、叢雲は言葉をなくしてしまった。そして彼女の中で、ある強い認識が刻まれる事となる。

 ただでさえ得体の知れない墨村利守海軍少将。彼が海軍に入隊した事で、1部の空母艦娘の艦載機の運用法に「式神」が導入されたと聴いている――そんな若くしてこの鎮守府の司令官を任されている彼が、もっと得体の知れない秘密を抱えているようだ――と。

 

 

「彼女、すっかり魂が抜けちゃったみたいだけど。大丈夫かな」

「仕事は出来る子ですから。それより七郎さん。とっとと仕事をやっつけちゃいましょう。それで、今日は『本当』はどういったご用件で我が鎮守府にいらしたんですか」

 波止場から叢雲が立ち去ったのち。それまで沈黙を保っていた男達は、漸く口を開く。若い頃より色の薄い髪を短くした七郎は、今も尚異性からの受けが良かったし、彼も本能的に異性を好む。幼い少女に衝撃を与える事は本意ではない。しかし、歩き出した利守は素っ気ないものだ。制帽を被り直した彼は、スポンサーに対して礼を尽くすつもりなどないようだ。片手を差し出すと、七郎が鞄からひとつの大きな封筒を取り出す。ところどころが凸凹なそれを怪訝そうに見遣る利守に、七郎は鞄を閉じながら笑う。相も変わらず嫌味のないのが嫌味な程の笑顔だ。

「君に頼まれていた例の件に関する報告書。僕からのと、正守さんからのだよ。それに君のお祖父さんとお父さんと良守君と時音ちゃんからの手紙が同封されてる」

 刹那、利守の顔が苦み走る。受け取った封筒を揺さぶると、確かに紙の重なった分厚い音が、波の飛沫の合間に聞こえた。それを小脇に抱えると、利守は再び前を向きながら溜息を吐いた。どこからか、女性の高い声が聞こえてくる。1部の休みの艦娘達の声だろう。海軍に入って10年、異性だらけの環境にもすっかり慣れてしまった。そんな感慨に耽りながらも、苦言は呈する。

「公私の書類を一緒くたにしないでくださいよ」

「君にとっては、海軍に入った事自体が『私事』だろ」

「否定はしませんけどね。それにしたって、時姉もみんなも、郵便代までけちらなくても」

 後半はひとり言に近い。利守はそれでなくとも、こういった形で七郎と会うのには不満があった。

 海軍士官学校に入ってから、1度も実家に帰っていない。会うのは、海軍と密かに関係を結んでいる裏会、その若き幹部の長兄ぐらいなものだ。そも、学生時代の友人にすらろくに会っていない。同窓会の知らせは来るが、1度も顔を出していなかった。今、親しく連絡を取っているといえるのは、この気紛れに仕事をサボる口実に「海軍への視察」と自身の所属する部署へ飛んでくる七郎ぐらいなものだ。曰く、「正守さんが心配しているから」――20年前の裏会の刷新以来、利守の長兄と七郎の交友関係がそれなりに続いている事は知っていた。気付けば前後して良守とも親しくなっていた七郎は、家督を継いだあとも何かと墨村家へと遊びに来ていた。その流れで利守とも知己を得るようになったのだが、まさかこんな形で付き合いが続くとは。男兄弟の末子同士で、気質に共通する部分は否定しない。しかしそれで彼と本当に親しいかを肯定したくはなかった。それは嘗て七郎の兄である六郎が、実家で働いた狼藉にも起因していた。既に六郎が正式に謝罪をした、と随分前に正守から聴いてはいても。

 それ以上に、自身が海軍にいる理由と覚悟。七郎の、大事に育てられたがゆえの根の素直さは、利守にそれを揺らがせそうになった。

「けちっている訳じゃなくて、僕から渡せば忘れたふりが出来ないから確実に読むだろうって。正守さんからの入れ知恵だよ」

「……正兄め」

「僕がいうのも罰当たりに程があるけどね。家族とは、生きているうちに親しくしておくべきだよ。亡くしてからじゃ遅すぎる」

 長兄への恨み節をぶつける、刹那。七郎の言葉に振り向く。フェンスの扉に手を掛けた時、背後の年長の友人は、立ち止まっていた。風が凪いだのは、屹度気のせいではない。支配者の心の裡に、風は共鳴していた。

 利守は、謝罪ののちに床に伏せった六郎の話を聞いていた。元より、無理な異能の施術により、長くはないと知っていた。だから、その予想は当確と理解した。

「六郎さん、とうとう」

「今朝、家の者が起こしに行ったらね。……本当は、昨夜のうちに、亡くなったんだ。呼び出されてね。六郎兄さんは『一郎兄さん達と一緒の釜で茹でられる覚悟は出来てる』っていってたよ」

「……彼らしい」

 面識は、ないに近い。それでも、六郎の為人は、負のイメージが強くとも察していた。独特のプライドの高さ。それが優しさや不器用さを覆い隠して歪ませてしまったらしい事は、大人になってしまった今ならわかる。10才のあの日の怒りは、持続させるには、それよりももっと巨大なものへの憎悪に注がれてしまった。今いわれるまで、六郎の事はすっかり忘れていた程だ。そして、結局自分は2度と会う事のなかった彼へ心中で追悼する。

 彼を、彼らを歪ませたのは、嘗ての裏会という架空の楼閣。その頂へ登ろうとして、それが砂で出来ていると知り落ちていった者達は400年の歴史の中で星の数程いただろう。逢海兄弟に突き落とされ、この世の地獄を見ながら死んだ者達。彼らの無念は降り積もり、革新から20年経った現在も、完全なる再建には至っていない。

 その「手伝い」、あるいは「尻拭い」「後始末」と呼ばれるものの一端を担っている利守も、道の遠さに時に倦んでしまうほどに。

 あれは10代に入ったばかりの頃。逢海兄弟の抱えていた膨大な記録。あの事件で何も出来なかった幼い自分を慰めようと、その整理を買って出た。その最中の事だった。結界師の自身でなければ気付かなかっただろう、隠された部屋。

 そこにあったのは、裏会が古くから日本の首脳に食い込んでいた事実の一端。特にその中でも新しい方の記録――明治維新以降の日本海軍が、深海棲艦との戦闘をはじめて経験した事に端を発する、裏会の「スポンサー」として提供した「極めて重大な戦力」についてだった。

 それを読み終えた時だ。利守が、海軍に入る決意を固めたのは。修史が動揺し、繁守や良守達が理由を問い質し――記録を見た正守が肯いてしまったそれを、利守は今なお脳裏に強く刻んでいる。

「それにしても、叢雲さん、か。彼女はやっぱり、普通の人間の女の子にしか見えないね。あそこで走り回っている子達も」

 その事実を知ったひとりの七郎が、話題を変えるようにいう。しかしそれがあまり離れた話題でない事は、七郎がフェンスの扉を閉める音を耳にしながら利守は気付いていた。ふらふらと離れていった秘書艦の姿を思い出しながら、七郎が何をいいたいかを利守は察していた。だから、利守はあえていう。

「人間ですよ。ちょっと筋細胞の耐荷重や、それを支える骨密度が常人の数十倍が普通なだけで、それを利用して艤装の反動に耐えられるだけです」

「それに、『代々』、その名を冠する軍艦の『記録』を保有する女性なだけ、か」

「えぇ」

 声を、限りなく低めた。誰の――艦娘の誰にも届かぬように。

「『苗床』にされたのは、裏会から供出されて提供した巫覡の女性達なんですから。逢海兄弟――月久の指示によって」

 それはこの上なくグロテスクで醜悪な事実だった。利守の、漠然とした将来の目標など、根底から掻き消してしまった程に。

 

 

 

 

『これは、いわば神降ろしだ』

 極秘裏の事である。「それ」との戦闘後、発見された事実に裏会へ要請が入った。当時の国からである。

「巫覡の素養がある、出産能力のある女性に協力要請」

 天文学的数値の謝礼金と、それ以上の威圧。飴と鞭。裏会を通じて、彼の組織と直接は通じていない家にもその話は伝わった。

 自分達が制海権を賭けて敵対する「者達」。それと敵対するには、同じモノを。

「荒御魂をヒトの血筋に降ろす巫覡の女性、一夜妻が必要だ」

 既に国――名言はされていなかったが、軍では一般人や軍人などに「それ」を試みていたという。その結果、偶々、神社の家系の女性軍人が「それ」を成功させたという。

 それまで存在を黙認していた裏会に働きかけたのはその為だ。軍事の火力と、オカルトの異能を必要とした。

 従わなければ潰す。飴と鞭、当時の月久は従う。表面上は渋々と、内心では心躍らせ――金はあればあるほど良い。ましてや国防に食い込めば、裏会の勢力はそれだけいや増す。月久にとっては、ただのうまい話でしかなかった。

 この「提供」に痛みを覚えるのは月久ではない。自分が摘んで放り出す、身元のない巫覡の女性達だったのだから。幸い、裏会にはそんな女性など掃いて捨てる程にいた。

 かくして裏会からの「協力」により、「艦船血統」が成立・増殖された。のちに深海棲艦と名付けられた敵から得た、ヒトならぬ「それ」を腹に宿し、ヒトの形を与えられるのは巫女の力だった。

 提供は1度で終わらなかった。その後も巫覡の女性が一定数集まれば提供され、最後は逢海兄弟が決裂する寸前まで記録が残っていた。海軍側も裏会の存在を忘れる程に、「艦船血統」――艦娘の血を安定させた。

 トップがすげ替えられたのち。裏会側がその事実を再認識したのは、古い記録を洗い直していた、裏会幹部の末弟によるものだった。

 

 のちに、その末弟は海軍士官学校に入学。卒業後は破竹の勢いで功績を挙げ、若くしてある鎮守府の司令官に任じられた。

 遠い先祖に、裏会が金と引き替えに売った女性を持つ艦娘達を部下とした。

 

 

 

 

「正兄や良兄、時姉ちゃん。それに、母さん。お祖父ちゃんや時子お婆ちゃん。あの人達でも取りこぼしてしまったものがある。それを、あの日の僕は知ってしまったんです」

 七郎を通した一室。手ずから淹れた茶と茶菓子を供した利守は、窓の外。バレーボールをトスしあう幼い少女達を眺めて、語る。その口調は穏やかで、それでいて冒す事を許さない。艦隊の指揮を執る時の彼もこうなのだろうか。七郎は、制帽を傍らに置く利守が湯飲みを片手に語る言葉に、想像する。彼の出世が早かったのも、納得がいく風情だった。

 まだ、30才になったばかりだ。それなのに、利守の心はその事実を知った時に老け込んでしまった。それを、七郎も、その事実を利守を通して知った正守も気付いていた。だから、頻繁に利守を気遣うのだ。

 年老いた彼が、役目を終えたと思った時に、人より早くこの世から飛び立ってしまうのではないか。そんな懸念を、目の前にしても抱いてしまう。利守は、茶を一口含めたのちに、いっそ穏やかな程に、苛烈な言葉を語る。

「嘗ての裏会が犯した罪。それがこうして堂々と晒されている。こんなのを放っておくのは、吐き気がするんです。だから僕は海軍に入る事を決めたんです」

「今の艦娘達が、自分達の先祖についてたとえ覚えていないどころか、知っていなくてもかな」

 茶菓子を口にする、七郎はいう。一応の説得を、正守には常に頼まれていた。折角、烏森の番人という役目を終えた、墨村家の可愛い末弟。彼が自ら戦地に身を投じるのを、間流の者達は常に憂えている。七郎はそれをよく知っていたから、テーブルを挟んだ年少の友人に語りかけた。

 けれど、墨色の双眸は、予想通りの答えを返す。拒絶という名の答えだった。

「七郎さん。貴男は間時守に、扇家のはじまりについて教えて貰ったそうですね」

「……興味深い話だったよ」

「たとえそれを知らなくても、貴男はいずれその力で、自分の神様を殺したでしょう」

「……」

「関係ないんですよ。僕がそうしたいから、そうしているだけです」

 似ている、と思った。茶を啜り、七郎は思い出す。20年前、まだ若かった自分。彼の元にやって来た、あの長い黒髪のうつやかな女性。心の決して揺らがないと言い切った彼女は、この利守の母親でもあった。あるいは兄弟の中で1番、守美子に似ているかも知れない――正守と良守の為人を知る今となっては、七郎はそう思うのだ。1番守美子と接する時間の短かった彼こそが、1番彼女に似てしまったと。

 湯飲みを置いた。利守が、墨色の双眸で見据える。

「僕は生涯、軍から離れません。たとえ僕が現役中に深海棲艦との戦いが終わっても。この日本海軍の存在は、嘗ての裏会の罪の証なんですから。これが僕が、人として出来る事なんです」

「……やっぱり、君は守美子さん似だ」

 父親を想起させる顔立ちをしながら、語る言葉は彼女の「遺言」ととても似ていた。

 「女として、妻として出来る事はなかった。だからせめて人として」と言い残したという彼女に。

 

 

 

 

 客が来ていたという。その話を隼鷹が聞いたのは、既にその客を利守が見送ったのちのようだった。夕暮れの波止場。酒の肴に、手慰みに作った式神の艦載機を眺めていれば、1羽のカラスが彼女の視界を横切ったのだ。

 そのカラスの胸元に白抜きの正方形が見えたので、それが利守の放った式神だと看破した。やがて歩いてきた利守にそれを告げれば、「酒を飲んでてもさすがというべきか」と、利守は苦笑し、ポケットから1枚の紙片を取り出す。色は違えど、カラスと同じ正方形の印が刻まれたそれは、すぐさまカラスに変じた。そして隼鷹が遊ばせていた艦載機と並行して飛びはじめる。それに笑う隼鷹に、立ったままの利守は、崩れたように笑んだ。

「幸せそうで何よりだよ」

「なんだい、お得意の皮肉かい。提督」

「心からの言葉だよ」

 いいながら、カラスを指に止める。その姿を見上げると、この提督がまだ若いのだと思い出す。制帽の下の墨色の眼差しは遠くとも、茜色の水平線を真っ直ぐに見遣るそれは澄んでいた。

「君達を幸せにするのが、僕達の役目だから」

 

 利守は、多くを語らない。謎が多い人だとも、こうして苦もなく式神を繰り出せる事実も、のちにフライング・ヒューマノイドの友人がいるだという噂までまとわりつく始末だ。それでも隼鷹は、酒の手を止めてこぬ彼は、少なくとも自分達に仇を為す司令官でない事だけわかればいいと思っていた。それが彼の心底からの望みであるとも、ひょっとすれば、隼鷹は察していたのかも知れなかった。

 

 

 

 

(語らずとも、今の君達が幸福であればそれでいい。それが僕が果たせる義務だから)

 

 

 

 

End.



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