霊夢が魔理沙にクッキーを作ってあげる話です☆

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 Is that so?


普通の女の子

 ばきばきばき、どさん。

 最後に聞こえたのはそれくらいだったと思う。

 

 

 意識はある。うすぼんやり。前後は不明。今、目が開いており森の中にいるのはわかる。時刻不明。年中薄暗い森の中で少ない日差しの所は自分の家かアリスの家位。暗闇に包まれていないから、きっと朝から昼にかけてだろう。

 音は聞こえる。嫌になるほど鮮明に。胸からどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんとまるで自分の身体全部が心臓になってしまったかのように機械的な動きが止まらない。周りの音が聞こえない。

 感覚はない。首から下が鉛漬けになったように動かない。漬物石を載せられた感覚はこんな感じなのか。違う、自分が漬物石になってしまったのか、最初から動かないものが首から下に付随している。

 においはない。鼻から空気を吸おうという行為が行えない。鼻の奥が、そこに繋がる喉から奥が、そこに繋がる胃も肺も、全部何かねばねばした液体で詰まっている。奥底から泡のように上がってくるものを口から吐き出して、かろうじて開いた隙間から出したものを戻そうとよじっている。

 

 

――――ああ、私は死ぬんだな。

 

 どんな馬鹿でも、直感でわかる。自身の身体の全体を認知できないほど満身創痍。魂を繋ぎ止める肉体が、もはや繋ぐ術を持たないのが何もないからこそ理解できる。

 原因は何だろう。意気揚々と飛んでいた中、何かが目に入ったような、それだけだった気がする。

 飛行の勢いから自分の身を防護する魔法の何かを忘れていたか。小さな塵や虫から防護する魔法。急な光から保護する魔法。空気抵抗によって生じる不利益を緩和する魔法。

 ただ空を飛ぶだけでもいろいろ必要であり、それを慣習的にやっていて。その日はたまたま家のカギをかけ忘れてしまった時のような、よくある様なイージーミス。

 それだけ、かもしれない。単純にイタズラ妖精の仕業かもしれない。命というものが軽い奴らは、相手の命の重さを知らないから。

 とにかく、操作不能に陥った自分を迎えたのは高速で大木にぶつかる生身と、きりもみで自由落下した先の大地。そこには言われるような、母のぬくもりはなく、ただただ厳しさしか待っていなかった。

 ……それならば、さっさと終わってほしかった。ただただ目覚まし時計のように鐘を鳴らし続ける自分の心臓、何も変わらない見る景色。口も動かなければ頭も動かない。成す術なし、という奴だ。

 魔理沙は元々覚悟していた。親元を離れ、師を離れ、人の住まう所に適さない森に居を構え、形はどうあれ妖怪の敵となる行動を始めようと思った時から、自分はベッドの上で死ぬことはないと。もちろんそれにあこがれる時期が来るかもしれないし、それが来たときにはすっぱりとこんな稼業からは足を洗うことを予定はしていた。

 

――――だけど、こんなに早く来なくてもいいじゃないか。

 

 未練なんか掃いて捨てるほどある。まだ何も成し遂げていないし、まだ遊び足りないし、まだ命を危機に晒していたい。そんな悪態を吐けるということなのだから、きっと私はまだ誰もうらやめるような人生を送れていない、と頭によぎる。

 共に、嫌に敏感になった感性が、『彼ら』が近づいていることを知らせる。もう目も耳も機能していないのに。においも肌の感触も感じる器官が壊れているのに。

 魔法の森には妖怪は少ない。妖怪が潜む環境じゃないからだ。

 妖獣は多い。蟲も多い。それらは自然であり、畏れによって生まれるものではない。ただただ環境に適応した、強くあるために、なるべくしてなった知性無き者達。

 魔理沙はいつもそいつらの厄介になっていたから、もしベッドの上ではない最期なら、きっとこの自然に帰るのだとおぼろげながらに考えていて、その度に布団で震えることがあった。

 いつか自分が空腹を解消するために、自分の身体を喰らうだろう。自分の興味を解消するために、自分の身体を弄るだろう。自分の暇をつぶすために、自分の身体を玩ぶだろう。

 だから、表には出さなくとも人一倍に畏れていた。畏敬が無ければ、何もできないと思っていた。

 

――――信仰なんて、生存本能からすれば薄いものなんだな。

 

 曲がりなりともそれらに依る者である友人たちの顔が浮かぶ。ひとり。ひとり。ええっと。

 まとまらない。空の白と、身体から溢れる赤しか浮かばず、丸い顔しか思い出せない。脳も、動きが鈍くなってきた、くだらない考えができる程度には。

 

「……まり、さ?」

 

 なんだか、どこかに置き忘れていたようなものを持ってきてもらった、探していた物を持ってきてもらった時に似た感情が浮かぶ。ああ、私の名前だ。それを運んできたお前は誰だ? 確認しようにも、何も動かない。何も動かせない。

 声と共に、『彼ら』は去った。ということは、それよりも力も知性もある者だろう。誰だろう、そんな者がこの森に居ただろうか。居はするが、都合よくあらわれるだろうか。

 

「……死ぬのか?」

 

 覗き込んだ顔は、見覚えはあるが、わからなかった。視線の焦点が遥か彼方に飛んで行ってしまって全く調節できる気がしない。薄い黄色系統の髪色、赤いアクセントが3つ。

 見ればわかるだろうに、何でそんなことを聞くのだろう。自分を知るコイツは、死を知らないのだろうか? 少し生きていれば、必ず立ち会うはずなのに。大なり、小なり。死を目の当たりにしないはずなんて。

 もしくは信じられないのかもしれない、今の私のように。いつも快活な自分が今目の前で死に瀕していることを受け入れられないのかもしれない。何と優しい事か。

 ああそうだよ、だから助けるか助けるか助けるか殺すか選んでくれ。今無様に生にしがみついている、自分の意思と関係なしにしがみついてしまっている今から解放させてくれ。

 言葉はとうに出なくなっているので何とか顔と目で訴えてみるが、目の前にいる誰かは全く理解してくれていないようで、変わらず首をかしげながら私の顔を覗いている。

 

「私。人が自分から死ぬ姿、初めて見るよ」

 

 視点を変えて観察する様に、反対から回り込んで私の顔を覗きこむ。手を近づけ、無遠慮に汚れているであろう体をぺたぺたと触る。きっと触っているはずだが、それによる感覚はわからない。かろうじて見えるぼやけた腕の輪郭の先が、私の身体があるだろう場所に手を伸ばしているから。

 ひとしきり触り、きっと赤くなっただろう手を見る。

 

「私、どうすればいい? ……どうして、ほしい?」

 

 もにょもにょと丸い輪郭の下の方が動く。先ほどまで血の濁流の中でも聞き取れてた言葉が、ついに聞こえなくなってきた。

 いつまでも何もしない目の前を、何もできない私は感覚だけこみ上げる吐気に耐えながらも脳味噌の奥底にあるはずの記憶をたどっていた。

 アリス、ではないはずだ。アイツだったら迷わず私を使うだろう。

 フラン、でもないはずだ。……こういう時、吸血鬼が何をしでかすか想定できない。

 ……掬える記憶の中に、赤と黄の二つを満たせそうな奴は他にぱっとでない。妖精にもいたような。妖怪にもいたような。

 

「やっぱり……あるべきままがいい?」

 

 目の前のが、顔を近づけてくる。呼吸が、吐息がわかれば、分かるのだろう。

 ただ、今何も感じない。排出する物が無くなったのか、爆音のように響いていた鼓動は急に鳴りを潜めていった。意識にも視界にも、白い霧が混じってくる。

 霧。そうだ、目の前のに初めて会った時もこんな霧がかかっていたような。なんか、手なんか広げて。

 

「ねぇっ、どこ!? 魔理沙ッ! まり」

「げっ」

 

 霧がかった世界に、一筋光が差し込むような感覚。物を言わせず、私という中に遠慮なく入ってくる存在。いつもは逆で、私があいつに割り入っているのに。全く、いつも遅いんだから。

 必死な表情がみるみる強張っていく。上気して赤いはずの肌が血の気が失せるように引いていく。まるで今の私を真似るかのように。

 

「わ、私じゃないよ! 来たときには最初からこうなってて!!」

 

 言い訳をする目の前のの横を、信じられないものを見るような眼をして近づき、留まる。持っていた御幣も落とし、どうすればいいのかわからないといった顔を浮かべている。

 こんな状態になっても、私は霊夢を理解できた。いつもみたいに、からかいどころを探してやるように。それでもいつもは見つけられなかったあいつの隙が、今では両手両足の指が足りなくなるくらいに見つけられる。

 傍らまで近づき、力を失ったように膝を着いて。目に涙をいっぱいに浮かべて覗き込む顔は、とても博麗の巫女とはいえなかった。目の前の、私の現状だけでいつもの地に足着かない風体はどこかへ飛んで行ってしまったようだった。

 

――――やっぱり、ダメなのかな。

 

 心のほんのどこかで、霊夢なら来てくれる。霊夢なら何とかしてくれるというのがあった。私の中でも、霊夢はどんなことでもなんとかできるという力があると思っていた。そんな彼女でも、何もできないと思って顔を歪めている。

 生者を死者にすることはできるが、死者を生者にすることはできない。ちょっとした言葉遊びでならできるが、リンゴが木から落ちる様に変えられないこの世の理だ。人間という枠に収まる事だけは逸脱しないように決めた以上、その理は避けられない。

 

「……ひっ、う、うえっ、うううぅぅっ」

 

 ……嗚咽を押さえ込んでも止まらず、それでも溢れ出す感情は涙となって溢れてる。私がこうさせてしまった、罪悪感が湧いてくる。最も、今更どうしようもないけれど。……けれど、私が死ぬことで泣いてくれる人がいること。嬉しいのか、悲しいのかわからない。浮かび上がる顔の羅列、皆の顔はどうなるのだろうか。

 

「…………えっと、霊夢、その」

「……何で、ルーミア、、どうしてよ、ねぇ……」

 

 あぁ、そうだ。霊夢が行ってくれたから思い出した。小さな黄色い髪、赤い瞳と赤いリボン。手を広げていたシルエット。

 

「あんたが見つけたのが最初ならっ、あんたが助けてあげればよかったじゃないっ、誰か呼んでたら、こんなっ」

「無茶言わないでよ! それにっ、こんな」

「やめてっ!!!」

 

 怒った時にも聞いたことの無いような大声が、霊夢の小さい口から発せられる。何で、怒っているんだろう。さっきまで泣いていたはずなのに。

 

「……魔理沙、助けてあげるわ。私には何もできないけど、きっと紫なら助けてくれる。永遠亭なら何とかしてくれるかもしれない。早苗のとこも、きっと奇跡を起こしてくれる。私は助けられないけど、魔理沙の今を封印すれば、死ぬ前に着けるはず。魔理沙は苦しいかもしれないけど、ちょっと痛いかもしれないけど我慢して。魔理沙が居なくなったら、私、私っ」

 

 霊夢が私の身体を、頭をぐいっと持ち上げる。宴会で酔っ払った時、片付けの邪魔になる私を蹴飛ばす時よりは優しいけれど、それでも痛い。動かせなかった体が急に動いたことで、喉に詰まっていた何かが他の出口を求めてどこかに排出されていく。

 胸の中に詰まっていたどろどろとした液体が減っていき、奥にあった空気が抜け出ていく。頭を持ち上げられて、今の自分がどうなっているのか客観的に見ることができた。瘴気にまみれていてもそこは森だったはずなのに、無限に湧く墨汁をぶちまけたような草の染み。自分の身体についていた、ついていた、しまわれていた、しまっていたはずのなかみ。

 霊夢は助けようとがんばってくれているみたいだけど、めのまえの現実をみて、とてもじゃないががんばれなくなってしまった。

 わたしはどうやって立てばいい? ごはんを食べたあと、それはどこにしまえばいい? またそらをとぶための箒、どこをのせればいい? がんじょうな八卦炉はこわれなかったけど、それをもつところは壊れてしまった。

 

「魔理沙っ、今、助けてあげるからっ」

 

 きゅうにめのまえがぼやけてきた。さっきまでしっかりきこえていたはずのこえがきこえなくなってきた。それでもたすけてくれようとしてくれる霊夢に、がんばってくちをひらいて、

 

 

 

 

 

 けれど、なにをいえたか、わかんない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女がいなくなっても、幻想郷は変わらない。

 悲しむ人はいれど、笑う人はいなかった。その程度には彼女は愛されていた。

 ほんの少しだけ、幻想郷からやかましさが減った。

 里の道具屋が、ほんの少し営業を休んだ。忌中の札は、張られなかった。代わりに、香霖堂にその札が張られた。

 紅魔館の蔵書数が少し増えて、変わらなくなった。

 妖怪の山の侵入者を告げる声が、減った。

 里の中を飛び回る陽気さが一人分減ったこと以外では、それくらいしか変わらなかった。

 人形遣いも魔法使いも半妖も吸血鬼も妖精も天狗も河童も現人神も妖怪たちも、大きくは変わらなかった。

 ただ、巫女はいなくなった。

 

 

「ちょっとー、クッキー焼けたけど食べるー?」

 

 魔法の森の一角、古い家で声がする。かつての外観からは考えられないほど、物置のように雑多なものに溢れていたその住まいは綺麗に片づけられ、以前まで住んでいた少女と違う少女たちが住んでいる。

 一人が寝室に声をかけると、少し寝ぼけた様子の声で、

 

「あー、食べるー。今いくよ」

 

 パタパタという音を出しながら、飛び出してくる。その少女は室内であるにもかかわらず、つばの広い黒のとんがり帽子をかぶっていた。

 

「おいしいね」

「お粗末様。今日は、帰ってくるの?」

「そのつもり。それじゃあね」

 

 互いに簡素な声かけだけ。とんがり帽子をかぶった彼女は、すこし伸びた髪をゆるくくしゃくしゃにすると、箒を片手に家を飛び出した。

 飛んで行った様を、残った少女が見送る。

 

「さて、掃除でもしようかな」

 

 住まいが変わろうと、やることは変わらない。習慣になったそれを解消するかのように、飛んで行った彼女と似たような箒を持って庭を掃除する。誰も来ない、と知りつつも。

 

 住んでいる少女の一人、霊夢。

 一人の妖怪を博麗としてでなく、霊夢として退治しようと。否、感情のありのままをぶつけようとして、結局できなかった。そしてそのまま、彼女は博麗の名を捨てた。巫女として動けず、激情に駆られても動けなかったみじめさから。

 神社は、きっとまた別の巫女が現れ、何事もなかったかのように博麗の巫女が過ごすだろう。そのころには、周りも彼女が博麗霊夢だということを忘れ、自分もただの霊夢だと思いだす。友を失い、それでもどこかに友を重ねている間に。

 他人に迷惑をかけた。まだ顔は覚えている、胡散臭い妖怪に一番迷惑をかけていると思っている。でも、あの一瞬で霊夢という心が、博麗を越えてしまった。

 博麗の巫女霊夢以上に、少女霊夢の心には普通の魔法使いの友人が入り込んでいた。誰も、それを責めることはできなかった。あの時、いつも感で何とかしていた異変の時以上に、なにかが霊夢の心を掴んだ。博麗の巫女のままでありたかったなら、それに従うべきではなかった。

 

 ただ、それだけだった。ほんの少し感が鋭く、だから最期の言葉を聞いても、どうすべきか迷ってしまった。

 そして、彼女なりに結果を省みて、博麗の名を捨てた。巫女として妖怪に関わることはなく、ただ霊夢として、関わるようになった。

 友人が、人と妖怪の関係を保ったのだから。

 妖怪は人を食べる。そういう者も居る。その類はえてして、その人間性を欲しさに喰らう。

 だから、今日の夜に帰ってくるはずの妖怪を、普通の妖怪を受け入れる。

 

 それは、残酷でもなんでもないはずだ。幻想郷は変わらない。















「……喰わせてやれ……」





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