高校生になった女の子が入部したファンタジー研究会。ただ本を読んで過ごすだけ、だったつもりがまさか異世界に行かされて......?

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ファンタジー研究会

※この小説は部活で決めた三題(部活もの、サングラス、ダンス)に基づいて書かれています。そのため展開が突飛な可能性が高いです。

※その他の注意点はプロフィールをご確認ください。

 

 

お花畑。そう、一面のお花畑。比喩でも何でもない。別に私の頭の中がお花畑というわけではない。色とりどりの花が乱れ咲き、蝶が舞い、魔物が襲いかかってくる。

魔物が襲いかかってくる。

大切なことなので、というわけでもないが、違和感を抱く人もいるだろう。そう、魔物である。

私は軽く剣を振るって、魔物をあしらう。と、隣にいる部長が、私に声をかけてきた。

「あらあら、やっとこの世界にも慣れてきたってところかしら?」

「というより、憧れだったので......すごく楽しいです」

私は笑顔で質問に答えた。それに満足したように、

「ふふ、そう言ってもらえるとこの部活を立ち上げたかいがあったってものね」

嬉しそうに部長は言った。いいながらも、その表情は見えない。魔物に向かって一心不乱に矢を射ているからだ。その矢は、全くそれることなく正確に敵の急所をついていく。その手際をみると、相変わらず凄い、と感心せざるを得ない。

先ほど部長はこの活動を「部活」と呼んだが、まさにその通りなのである。これはあくまで、高校の部活動。部活動により異世界に飛んで、部活動により魔物と戦っているのだ。

何せこの部の名前は「ファンタジー研究会」。このような剣と魔法(といっても魔法はこの世界で見たことないのだが)の世界を研究するという部活なのだ。中学生から諸事情でファンタジーの世界にはまりこんでしまった私にとっての、天国。それがなぜ研究ではなく体験になっているのか、というと、これは若かりし頃の部長(当時高校一年生)が時同じくして入った男子と共にこの異世界への扉を体育館裏に見つけたから、らしい。なぜ体育館裏に、というツッコミをしてその後部活に無事に出てきた生徒はいない。

ちなみに部長と二年前に一緒に入った副部長は、今でもこの異世界に残ってずっと旅しているとか。当然授業には出ていないので、高校からは既に退学扱いとされている。

ただ、ずっとこの世界にいたいと言うのもわかる。なぜなら、ここはファンタジーを夢見た人にとってには、まさに聖地。天国だ。私だってここに住み着いてしまいたい。

なお、ここの時の流れは特殊らしく、どうもこの世界での一日が元の世界での一時間のようだ。そしてこの世界で体に起こった変化というのは、元の世界に戻った際にリセットされる、らしい。これは部長が元の世界でいうところの一週間ずっと異世界にこもっていた時にわかったらしい。本人曰く体に大怪我を負っていたのもリセットされたので嬉しかった、と言っていた。また自殺もしてみたそうだが、入口に戻されただけって言ってた。

この世界は、どうやら私たちの体にも何らかの影響を及ぼしているらしい。今私が持っている剣は、相当の重さがある。具体的にいうと、教科書をパンパンに詰め込んだ鞄くらいには重い。これは決して適当ではなく、はじめこの世界に連れてこられた(拉致された)時に、鞄を持ちっぱなしだったからわかっていることだ。それを軽々と振り回せるというのは、私に力が強くなる何かがかかっているのだろう。

服装だってそうだ。ブレザーにブラウス、スカートの制服状態から、この世界に入った時点で甲冑に身を包んだ騎士みたいな格好になっている。その甲冑は、決して防御力が高いわけではないのだが、軽くて動きやすい。

部長は、他にも影響があるのよ、と笑っていたが、これ以上自力で世界の影響を見つけることは出来なかったので諦めた。ちなみに部長の服装だが、非常に簡素な黒のローブである。頭にはさきっぽのとんがった帽子。所謂魔女の見た目であるが、それだけにローブの襟にかけてあるサングラスが異様に浮いていた。ここだけファンシーさの欠けらも無い、ヤクザがかけていそうな黒塗りのサングラス。何であるのか聞くのはためらわれた。

それ以外に特に変わったところは見られない。私の平均程度の身長も、部長の小学校低学年男子のようなスタイルも、全く変化はない。

それは土日二日間を使った冒険の時だった。私たちはいつも通り体育館裏から異世界に飛び立った。どうやらこの世界のつなぎ目は、以前世界を出たところまで行けるようで、簡単に言うとセーブ機能のようなものがついていた。だから、前出た時にいた古城のところから冒険は始まった。ちなみに私たち以外の部員はこの異世界に旅立つわけでもなく、普段使っている狭い部室でファンタジー小説を呼んで考察をしている。正直私たちよりもファンタジー研究会していると思う。

部長さんが前に足を進め、城の扉に手をかけた。ぎぎぎ、と錆びたものが擦れて出るような、ちょっとだけ不快な音が出て、大きな扉が内側に開いていく。それは、私たちを招き入れるように。

外は晴れていて(といってもこの世界で晴れ以外の天気は見たことがないけど)、とても明るかったのだが、中に入ってみると、窓があるはずなのに真っ暗だった。部長の顔も見えないほどの暗さ。その暗さに、ちょっとだけ恐怖を覚えつつ、私たちは先に進んだ。

何も見えないため、手探りで進んでいく。がさがさ、という感じで。ざっ、ざっ、ざっと、三人分の足音が響く。

「部長、何かわかりますか?」

「いいえ、何も分からないわ......そうね、明かりをつけないことには。ちょっと待ってて」

部長はそれだけ言うと、一瞬歩みを止めた、みたいだ。足音がひとつ減ったからそう判断した。

......え?

私がとんでもないことに気づいたその瞬間、背後から光。驚いて、後ろを振り向いた。

そこには、体から光を発している部長、がいた。けど。それだけではない。

三つ目の足音の正体。骸骨の魔物が部長の背後にいて、襲いかかろうとしている--!

「部長!」

「あら、どうかしたの? 私が魔法使ってるのを見て驚いて」

「いいから後ろっ!」

部長を無視して私は骸骨に切りかかる。ダメージを与えられるとは思えない。相手は死体、こういうのは浄化とか成仏とかさせないといけないって相場は決まってる。だから、骸骨は確かに吹っ飛んだけど、すぐに立ち上がってきた。

「カラカラカラ......」

骸骨の手の先から、何かが飛んできた。何だろう......魔力のような、よくわからない塊......。と、とにかく避けなければ、と思って。

あろうことか、躓いて、転んでしまった。何かの塊は、正確に私に飛んできて、

立ち上がる瞬間の私を、狙い撃ちした。

と、急に体が動き出す。自分で、制御できない。まるで踊っているような、そんな感覚。そう、私は踊らされる魔法をかけられたのだろう。

嫌だ。私は。踊りたくない。そんな、待って......。

急に、私の意識は。消え去った。

 

「う......」

「あ、やっと起きたわね」

視界がぼーっとする。頭がくらくらする。一体ここはどこだろう......。

「あ、あの......」

「何も喋らないで。今、回復魔法をかけるからね」

部長の手から、柔らかい光が放たれた。その力が私の中に染み込んでいき、視界が、頭が回復していく。

と、あることに気がつく。

「......部長、それ」

「サングラスよ、どうかしたかしら?」

部長の顔には、普段は襟にかけられているサングラスがかかっていた。いつの間に、というより、それをかけている部長の姿を見たことがなかったのでなんとなく新鮮な感じと、かけている部長の姿が少しヤクザのようで怖い。そういえば、部長の顔がわかるほど周りが明るい。どうやら部長を中心として僅かな光が発せられているみたいだ。

回復して体温が上がってきたのか、辺りの気温がちょっとだけ低く感じる。金属製の鎧が冷えきってしまっていた。

「あ、その......えっと、そのサングラス」

「昔、貴女に、この世界の影響のお話したわよね?」

「え、あ、はい」

質問しようとして、逆に質問された。

「あの......確か」

「ええ、私はあの時他にも影響があるって言った。その一つがこれで、それよ」

私の頭の中に「?」が浮かんでくる。これ? それ?

「ああ、これのことよ」

部長がくいっ、とサングラスを上げた。持ち上げた瞬間だけ、光が消える。

「この世界はね、それぞれ特殊な力を発するためのファクター......因子を持ってるのよ。例えば私はサングラスをかけることで魔法が使えたり」

「あ、あの、私のは?」

部長の言葉を遮って聞いてしまった。最後まで聞くべきだったのかな......。

しかし、そんな私の心配をよそに、部長は話し続ける。

「貴女は踊ることによって力が発揮されるみたいね。今回は躍らされたから意識が飛んでたみたいだけど、自分から踊ればもしかしたらコントロールできるんじゃないかしら?

意味のわからない理論ではあるが、それよりも先に。

なぜ、ダンスなのだろうか。

どうして、ダンスなのだろうか。

よりにもよって、ダンスだなんて......。

「......」

「あら、どうかした?」

「......何でもないです」

部長が首をかしげたようだが、私は答えずに、先に進むよう催促する。

ダンス。どうして。

私の頭の中に、小学生の頃--私がファンタジーなんて知らなかった頃の記憶が浮かび上がってくる。

週五回のダンスレッスン。幼稚園の時からやっていたこと。全く苦にせず、大人でも踊れないようなステップを踏んでいく、天才少女の私。アクロバティックな動きをしていく私。そして、ダンスをしている間、そしてしばらくは普段のおとなしい私とはまるで違う性格の私。そう、それは昔の私。

その才能は周りの嫉妬を生んだらしい。

小四の頃だろうか。レッスンで一緒だった子とクラスが一緒になった。

その子はいろんなことをやってきた。靴に画鋲なんかは当たり前くらい、いろいろと。でも、いじめにしては珍しく、仕掛けてくるのはその子ひとりだけ。周りの子は、どちらかといえば私を擁護する側に回ってくれた。だから、私が才能を自慢することはなくなった。守りが崩れるのが嫌だったから。

いじめられても、周りが守ってくれる。原因は自分にあるのに。いじめても、満たされない。むしろ、周りから自分が悪のような扱いをされる。どちらが精神的に辛かっただろうか。

その子は、小学校卒業の年に、死んでしまった。屋上から落ちて。

小学生が自殺なんて、と思うかもしれないが、これは事実。周りから孤立していて、社会的に否定されるべきことを続ける。私には想像出来ないが、きっと死ぬほど辛かったのだろう。そして、それほど、

ダンスができた私が、嫌いだったんだろう。

結果、私はこう思い始めた。

「私がダンス出来ることで、周りは不幸になる」

今思ってもおかしな事だと思う。でも、現実として今でもダンスができない自分がいる。

もっと言えば、私の性格にも問題があったのだ。自慢さえ、しなければ。喋らなければ。

私は、中学に入ってから、ほとんどしゃべらなかった。ずっと、教室でも、異世界へと逃げ込んでいた。それが、高校に入って、この部活があると知って。入部していろんな異世界を知りたい、と思って入ったら、体を持って知る方法があって、この世界は楽しくて、でも、最大限楽しむには、部長の言う通りなら自分が嫌いなことをしなきゃいけなくて。現実って、残酷だ。

 

私が暗い表情をしているのに気づかないまま、部長の先導で二階へ登っていく。外から見た限り二階建てであったので、ここは最上階、ということになる。ここに何もなければ、城を出て今回の活動はお開き、となるだろう。

階段を上ってすぐの大部屋。奥の玉座に、誰かが座っている。

人間。この世界にいないはずの、男の人。頭をすっぽりと覆う兜に全身を隈無く守る鎧、二本の太い剣。光が弱いせいでよく見えないが、まるでそれは騎士のような格好。ただひとつはっきり見えるとすれば、左の手首につけられている金色の何か。はっきりとは見えないが、金属製......少なくとも布のリストバンドではなさそうだ。そして、今までの敵とはまるで違う......威圧感。例えるなら、筋骨隆々の体育教師の前で他人の怪我につながるようなことをした時のような、恐怖。

いや、それより。そんなことより。

部長が「今までに見たことない」と言っていた、「身をつけている」「人の形」の魔物。骸骨でない、生きている人間をそのまま魔物にしたような、そんな生命体。私も、結構この世界に来ていると思っているが、見たことがない。ちら、っと部長の方を見ていた。

部長は、私が予想していたのと違う表情をしていた。見たことがない、という驚きの表情ではなかった。絶望、驚愕、いろいろな負の感情が混ざりあったような、見たことのない表情。瞳だけは、サングラスに隠されていて見ることができない。

「......部長?」

私は聞かずにはいられなかった。一体、部長はなぜそのような表情をしているのか。驚き以外の感情がなぜ、発生しているのか。もしかして、部長は、

この魔物を、知っているのか。

「......どう、して......」

部長の口から漏れ出た言葉。その一言で、私は部長がこの魔物を知っていることを確信した。

「部長! もしかして、知って」

「どうして、貴方が、そんな......」

私の質問には答えず、部長は魔物に問いかけた。

「ねえ、何があったの......? 教えて、この二年......いえ、もっと長い時間は、貴方をどうしてしまったの?」

二年。その単語が私の記憶を揺さぶる。何か、部長が言っていた気がする......。

「貴方がこの世界に残ると言って、冒険して、その結果......ねえ......っ!?」

言葉を言い切る前に、魔物が何か縄のような、細長いものを飛ばした。その縄は、正確に部長に飛んでいき、正確に彼女を縛る。それを確認すると、魔物は縄を引き寄せる。部長の体が浮いて、凄まじいスピードで魔物に引き寄せられていく。

魔物は部長を左手で受け止めると、そのまま部長を床に叩きつけた。

「い......ぎっ......」

「......」

床を凹ませるほどの力で叩きつけられ、部長は悲鳴すら上げることも出来ず気を失ってしまった。

......私に、この世界をプレゼントしてくれた、部長が。

私の中で、理性と感情の戦争が始まった。

あの魔物を倒さなければいけない。部長の敵......私が、討たなきゃいけない。いや、部長はまだ死んでいないし、何より踊るなんてこと、私にはできない。ううん、そんな事言っている場合じゃない、それに、踊らなきゃ、私も危ない。本当に、その必要はあるのか、私では、敵わないのか--。

私に向かって、縄が飛んできた。これに捕まれば、私も部長と同じようになってしまうだろう。紙一重でその縄を躱すと、私はそのまま魔物に切りかかる。

柄を魔物の兜に押し当て、魔物の体勢をわずかに崩す。立て直す隙を狙って、全力で剣を振り下ろした。キィン、という音が部屋にこだまする。

鎧には、傷一つついていない。それどころか、剣を振り下ろした隙を狙われ、魔物に当て身を食らってしまう。ただ、私の体勢を崩すのだけが目的のその攻撃は、しかし圧倒的な質量をもって私を襲う。

転ぶのだけは回避できた。一瞬下に向けた視線を再び魔物に向けると、目の前に魔物の踵。それが何であるかを理解する前に、私はそれに吹き飛ばされた。

やはり、勝てない......のか?

そう思った瞬間。私の中で何かが吹っ切れた。

負ける......のは嫌だ!

空中で体勢を立て直し、壁に足をついて剣を構える。そのまま壁を蹴り、魔物に向かって一直線に飛ぶ。想定外だったのだろうか、魔物の反応が一瞬遅れたのを私は見逃さない。鎧に思いっきり剣を叩きつける。ミシッ、という音が鳴り、魔物がわずかにのけぞった。

それを見た私は、踊るように魔物に切りかかった。いや、踊っていたのだ。

剣舞。一度だけ、舞台稽古でやった記憶がある。それに、実物も、舞台だが、見たことがある。その記憶をアレンジし、戦闘に踊りを組み込んでいく。

右に左にステップを踏み、相手を撹乱して、相手の予想を外すように攻撃をしていく。ガードが右に偏ったところで左から攻め立てる。

魔物が後ろに引いた。私もそのまま追い立てて行く。

と、魔物の右の拳が私めがけて飛んできた。その攻撃を、私は飛びながら左に回転することで難なくかわす。敵の顔は見えないが、この時相手はどんな反応をしていただろうか。

回転することで遠心力を含ませた攻撃を、魔物の兜に叩き込んだ。ピシ、ピシッ、と、兜にヒビが入っていくのが見えた。

 

「......ぅ......あ、れ......」

部長が目を覚ました。

私の隣には、副部長がいる。

やはり、魔物の正体は副部長だったようだ。兜を破壊したあと、彼から邪気のようなものが飛んでいくのが見えた。そして、鎧とリストバンドが崩壊し、その場に倒れ込んだのだった。

「部長、大丈夫ですか......?」

「......すまねぇ」

彼は、申し訳なさそうに部長に話しかけた。

「......気に、しないで、私は、大丈夫だから」

そうとだけいい、部長は私に前かけてくれた回復魔法、だと思う、を自分にかける。

しばらくすると、部長はすっと立ち上がった。

そんな部長に、副部長が声をかける。

「......この世界から、出た方がいい」

「どうして?」

副部長が、真剣な顔で言う。

「......この世界は、既に邪悪なものに乗っ取られている。俺を操ってたのもそいつだし、このままだと二人とも......」

『それ以上言うのは許しませんよ?』

「! その声は......っ!?」

思わず叫んでしまった。声だけが、聞こえた。姿は見えない。だが、まずい気配だけは感じられる。世の中のすべての負の感情を背負っている何かがすぐ近くにいるような、そんな感覚で、ついさっきまでの副部長の時に感じられた威圧感とは比べ物にならない。磔にされて、四方向から刺される寸前のような恐怖感を与えてくる。

見えないものに対する恐怖。だがそれは幽霊に対するそれのようにいないのにいると思って感じるものではない。そこにはっきりいるとわかっているのに見えない、その恐怖。

様々な恐怖が私を襲ってくる。

「......いや、怖い......」

思わず口に、出してしまった。すぐに目を閉じ、頭を振ってかき消す。

そして再び目を開けると、私の目の前に、漆黒の瘴気。

「!? まずい......っ!」

部長が腕を軽く振るった。その指の先から、柔らかい光が飛んでくる。それは私の前の瘴気に当たり、相殺する。

「姿を現しなさい!」

部長がサングラスからビームを放った。いや、比喩ではない。そのままの意味で、サングラスから、ビームを放ったのだ。

ビームは、直前の空間を、そして大部屋の奥の壁を切り裂いた。と思うと、すぐにそのビームはかき消されていく。

かき消された先に、何か、見たこともないようなものが具現化されていく。部長の放つ光が強いおかげで、よく見える。

漆黒の塊。それは、そこだけまるで月の隠れた夜の空間のような、漆黒。それが、ぐちゃぐちゃの形で、そこにいる。

と、その漆黒は、うねうねと動き出し、なにか人の形と変化していった。

『......ふぅ。この形になるのも久々ですが......』

漆黒の塊はそれだけ言うと、右手を上に掲げた。そのまま、指を鳴らす、ような仕草をする。

何も、起こっていない......ような、気がする。

が。その漆黒は言った。

『......私は神となりました......この世界は私のもの。もはやこの世界の法則を曲げることなど容易。そうですね......例えば今貴方達の法則を変えて、死ねばそのままな体にしたり......』

「!?」

反応したのは部長だ。が、私も驚いたのは同じ。

今までの私は、死んでも帰還させられるだけ、という気持ちがあったから、戦えていたというのは否定出来ない。それが、突然目の前に突きつけられた、死。圧倒的な非日常。その非日常こそがファンタジーの醍醐味、のはずなのに。

私の足が、震えている。ファンタジーの醍醐味に対面したから、そんなわけがない。死に対する恐怖。どうやら二人も同じ気持ちのようだ。

『やはりこれは怖い......くふふ。それでは戦いましょうか......』

......?

私は、その人形の漆黒のセリフに、僅かな違和感を抱いた。

前半、少し声が小さかったような......? 何より、自信というものが全く感じられない。

と、考えていると、漆黒は目の前まで迫ってきていた。視認すると、すぐに空中で一回転しながら後ろに飛ぶ。

今は考えても仕方がない。とにかく、全力で戦わなければ。

着地と同時に、剣を抜く。と、部長が奥で魔法を構えているのが見えた。どうやら大魔術をやるらしい。なるほど、なら私のやることは......こいつを引きつけ、魔術に気づかせないこと。

「......やってやる!」

ダンスのステップを踏み始める。今はある程度の攻撃をかわして、牽制程度の攻撃をすればいい。そうすれば、部長さんがやってくれる......

「はぁぁっ!」

思いっきり、しかし敢えて漆黒の左側の空間に切りかかる。もちろん漆黒には命中しない。

『剣すら命中させられない弱きもの......つまらないですね』

何とも退屈そうな声を出す漆黒。だがそれは、先程のよくわからない声と同じく、何となく余裕のない声。

何故、なのか。世界の法則すら歪めることの出来る生命体が、一体何に対してそんな余裕のない、言ってしまえば怯えたような声を出すというのか。

「はっ!」

軽いステップを踏んで、飛びかかるように剣を振り下ろす。もちろん当てるつもりは無い、威嚇のつもりの攻撃。当然漆黒には当たらず、反撃される。その攻撃を、私はわざと食らってみることにした。

漆黒が、その体の一部を棒状にして振り下ろす。それを私は自分の剣で受け止め、その時敢えて剣を持っている右の方の脇腹に露骨な隙を作ってみた。果たして漆黒は左足で私の右の脇腹に蹴りを入れてきた。

......思っていた通りだった。その一撃はとても軽く、私に痛いと思わせることすらできないものだった。そう、この漆黒は弱い、のだ。弱いから怯えているし、私たちに対して死ぬという事実、いや事実ですら怪しいが、を突きつけて脅した。弱いから、それだけの理由で強がっている。

何となく、その気持ちがわかるような気がした......と思うと、この魔物を倒すのを躊躇ってしまう。

だが、部長達はそんな気持ちは微塵もないようだった。

「もういいよ、ありがとう。さあ、喰らいなさい!」

部長の描いた魔法陣から、太陽のように凄まじい光を放つビームが飛び出してきた。その軌道から逃れるようにステップを踏む。

漆黒は、部長の魔法をもろに食らってしまった。結果は......言うまでもないだろう。

結局、この魔物は一体何だったのか......全く見当もつかないでいると、副部長が話しかけてきた。

「しかしこいつもかわいそうなやつだ......王のように生きたいってだけで虚勢張ってよ。自分には人を操るしか能がないってのに」

「......」

虚勢を張る。誰にでもある気持ち。でも、結果としてその気持ちは魔物の身を滅ぼしてしまった。もっと素直に生きていれば、こんなことにはならなかったのに......。

「俺に取り付いたことで、変な知識を吸収してしまったんだろう。どうやってすれば人を怖がらせることができるか、とかな」

副部長の顔には、哀れみの表情が浮かんでいた。

......ん?

「ってことは副部長......もしかして、貴方そんな雑魚に取り憑かれ」

「あ、あれは不意打ちだったんだ!」

言い切る前に副部長が被せてきた。

そういえば、副部長が「世界は奴の手の中」とか言ってた気がする。これを誤魔化していたのだろうか?

「必死でごまかそうとして......あなたのことですもの、どうせ油断して情かけて放っておいたりしたんでしょう?」

「ぐっ......と、とにかく一旦帰るぞ」

「ええ、お話は帰ってからね」

「もういいだろ......!」

 

この後も、何回も異世界に行った。特に目的もなく、ただ異世界の、ファンタジーの世界を楽しむために。

ただ、それだけではない。踊ることに楽しみを感じた私は、そのままの勢いでチアリーディング部に入った。もちろんダンスとは全然違うし、何年もやってなかったから初心者同然だけど、楽しめたら私はそれでいい。

副部長はというと、退学になったので定時制の高校に通いながら、部活の時間になるとこっそりと学校に侵入してくる。何故かバレることはない。

とにかく、あの一件以来、私は色々なことを楽しめるようになった、気がする。

 

「さあ、今日もあっちの世界に行くわよ」

「はい、部長!」




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