八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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2回ほどいろいろありましたが、なんとか最終回を迎えることができました。
最後まで勘違いは添えるだけになってしまいまして申し訳ありません。
ただ、黒乃の物語を終わらせることができたのは本当に嬉しく思います。
それでは最終話、とくとご覧あれ。


最終話 果たされた誓いの先に

「……はぐれたみたいだね」

「ああ、またはぐれたみたいだ」

 

 某日某所、兄妹らしき人物2人が雑木林の開けたスペースでそう呟いた。年頃は恐らく中学生。どちらも純粋な日本人といった黒髪黒目で、とても端正な顔つきをしていた。いわゆる美男美女というやつ。きっと、学校では多くの異性からもてはやされるのだろう。

 

「ったく、毎年毎年どうしてこうなるのか」

「まぁまぁ、これもある意味お祭りの時の定番って言うかさ。ほら、我が家的に」

「そんな定番は投げて捨ててやりたいよ……」

 

 兄のほうは心底呆れた様子で遠くを眺め、妹はそれを宥める。しかし微妙にフォローにはなっておらず、兄は難しい顔をして項垂れてしまった。どうやらこの様子をみるに、家族で祭りに来てはぐれてしまったのだろう。このスペースは集合場所と考えられる。

 

 項垂れる兄とは対照的なのか、妹は屋台で購入した人形焼きを頬張りながら少し遠くの祭囃子に耳を傾ける。すると、それにともなってバタバタとした音が混じり始めた。それに草木をガサガサかき分ける音も聞こえるし、誰かが近づいて来るのは容易に想像がついた。

 

「兄さん! 姉さん!」

「ほら、心配しなくてもみんな集まり始めたよ?」

「いや、明らかにただごとじゃないだろ。どうした、なにかあったのか?」

 

 奥から顔をみせたのは、これまた端正な顔立ちの少年だった。発言からして、兄妹の弟にあたるのだろう。兄と比べると色は白く線は細め。それは男前というより美形と形容するにふさわしく、努力次第では女性に見せることも容易だろう。

 

 そんな美少年はなにを慌てているのか、かなり急いで集合場所までやってきたようだ。線は細いが体力がないわけではないようだが、それほど急いでいたのか息が切れてまともに話せない。妹、ないし美少年にとっての姉が背中をさすっていると――――

 

「母さんが、頭の悪そうなのにナンパされている……」

「ホントにただごとじゃねぇ! 相手が誰だか解かってないのかよ……! 父さんはその場か?!」

「いや、はぐれた隙を狙われたらしい」

「そうか、なら父さんのとこ行って時間稼ぎしててくれ! 俺は母さん連れてくる!」

「ああ、死人が出る前になんとかしなければ!」

「2人とも、気を付けてねー!」

 

 美少年の言う母親は年若く見えでもするのか、どうやら男に声をかけられているようだ。それを聞いた途端に兄は血相を変え、だんだんと話が物騒な方向へ向かって行く。浴衣を着ていて動きづらいだろうに、手早く役割を確認し合うと兄と弟はすぐさま駆け出して行く。

 

 会話内容が物騒だったのにも関わらず、少女は変わらず呑気な様子で2人を見送る。一気に人が減って寂しくなったのか、その場におしとやかな仕草で腰を下ろした。そうして2人が帰るまでなにをしていようかと夜空を見上げていると、今度は騒がしい声がそこらへ響いた。

 

「呼ばれなくても飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! ……って、姉ちゃん1人?」

「ううん、さっきまで3人だったよ」

 

 雑木林から元気に飛び出して来たのは、何故か2匹の小型犬を背負った、先ほどの少年とほぼ同じ顔立ちの少年。だが中身がまるで違うこの感じからして、恐らくは双子かなにかだろう。ツッコミ待ちでボケをかましたはいいものの、姉1人しか居ないせいでどこか不満気だ。

 

 そこで事情の説明を端的に受けると、ほぉ~とかへぇ~と呟いて聞いているのだかそうでもないのだかイマイチ解からない。そして全ての説明を終えると、なにごともなかったかのように姉の隣に腰掛けた。すると、向いてくるのは姉の残念そうな視線。

 

「なにさ?」

「加勢しなくてもいいのかなって」

「え~……だってナンパするって絶対に不良じゃん? 怖いし、しんどいから俺はパス――――って、痛い痛い痛い! なにすんの、ホワイトファングにブラックハウンド!」

「「グルルルル……!」」

「もう、シラタマにアンコでしょ。そうやって変な名前で呼ぶから懐かないんだよ」

「変じゃないですしー! かっこいいですしー! けど痛いぃぃぃぃ……!」

 

 少年が弱腰な発言をすると同時に、白い犬が頭に噛みつき、黒い犬が爪を立てた。すると抗議の意味を込めて名前を呼んでみるも、どうやら少年のみが勝手に呼称している名らしい。正式名称シラタマである白犬と、正式名称アンコである黒犬は攻撃を続けた。

 

「シラタマもアンコも、ママを助けたいんだよね?」

「「ワン!」」

「解かったって、行きますよ行きますってば! そんじゃあ最強合体! 俺、ケルベロスモード!」

「「ワンワン!」」

「……やっぱり、仲いいのかなぁ? う~ん……」

 

 少女が優しく語り掛けると、2匹とも肯定するかのように可愛らしい鳴き声を上げる。これは観念せざるを得ないと思ったのか、少年は渋々な様子ながらも立ち上がる。そして頭に乗っていた2匹を肩に乗せ直すと、その状態をケルベロスモードと称して走り去って行った。

 

 仲がいいのか悪いのか解からない1人と2匹。いつもの光景ながら、少女は首を傾げながら小さくなっていく背中を見守った。それからしばらく1人になるも、そう長い間を置かずに弟2人と愛犬2匹が父親を連れて戻って来た。少女はそれを満面の笑みで出迎える。

 

「おかえり、みんな!」

「ああ、姉さん。どうにも人混みに流されたらしくてな」

「悪い悪い、手間かけさせたよな」

「でもそこは流石我が親愛なる弟! すぐに見つけちゃってさ、俺そんなすることなかった!」

「自慢気に言うことか。それに兄貴面をするなといつも――――」

「またまた照れちゃってこのー!」

「……今度覚えていろよ」

 

 双子兄は心底から誇らしそうに双子弟の手柄だと胸を張るも、その双子弟は姉とでは接する態度がまるで違う。コンプレックスでもあるのか、はたまた単に苦手なのか。そんなことお構いなしに肩を組んで来る双子兄に対して苛立ちを覚えていると、父親からお咎めが入る。

 

「こら、2人ともそれくらいにしとけよ」

「へ~い!」

「……ああ」

「ところで、母さんはどうした?」

「お兄ちゃんが探しに行ってるところだよ」

 

 父親は双子の頭を強めに撫でるようにして窘めると、双子兄は元気に、双子弟は渋々といった様子で返事をする。そしてそんな弟を更に宥めるかのように、アンコのほうが頭へと乗った。愛犬の片割れに任せようと考えたのか、父親は嫁の所在を問いただす。

 

 すると、呑気な顔して空気は読めるらしい。少女はナンパされていることをキチンと避け、父親に心配することはないということを伝える。しかし、このまま時間がかかれば父親は探しに出てしまうだろう。兄に対して早く帰って来てと祈っていると、そのタイミングで兄と母親が姿を見せた。

 

【姉弟のフリをしなくても】

「いや、その方が簡単だし――――っていうか、母さんは頼むから見た目の若さを自覚してくれよ。息子の俺ですらアラフォーには見えないからな」

 

 母親の手を引く長男は、そんなことをボヤきながら集合場所へと近づいていた。視線の先に自分たち以外が集合しているのを見て、とりあえず作戦は成功したのだと胸を撫で下ろす。繋いでいた手を離すと、後は夫婦でどうぞと母親を父親に引き渡した。

 

「よし、これで全員そろったな」

「はぐれてたの父ちゃんじゃね?」

「うるさい黙ってろ。今日は2人にとって大きな意味があるんだ」

「ママから少し聞いたけど、女の子としては羨ましい限りだよ」

「なに、運命の相手なんて待ってりゃ現れるさ。それより、始まる時間だぞ」

 

 自分の周囲に集った己の妻、愛息、愛娘、そして愛犬。それらをひとしきり見渡すと、父親は朗らかかつ爽やかな笑みを浮かべた。双子兄はすかさずそれにツッコむも、双子弟にピシャリとシャットアウトを喰らう。そんな2人をよそに長男と長女もまたやり取りを繰り広げているが、次の瞬間――――夜空に大輪の花が広がった。

 

「「ワン!」」

「たぁあぁあぁあまやぁあぁあぁあ!」

「うるさいと言っている。というか、なんだその無駄ビブラートは」

「えっと、なんかもう1つあったよね。かさや?」

「確かかぎや、だったかな」

「えっと、じゃあ……かぁあぁあぁあぎやぁあぁあぁあ!」

「……姉さん、別にビブラートは作法じゃないんだぞ」

 

 花火が始まったことに明るい表情を更に明るくさせた双子兄は、花火に向かって絶叫――――というよりは、ビブラートを効かせながらたまやと叫ぶ。それに触発されたらしい長女も、もう1つの掛け声であるかぎやを叫ぶ。……ビブラートを効かせながら。

 

 どうやら本気でビブラートを作法かなにかと思っていたらしく、長女はキョトンとした表情で違うの? なんて言っている。双子兄とはベクトルの異なる天然っぷりに、長男と双子弟は頭の痛そうな仕草を見せた。シラタマとアンコの犬2匹ですら呆れた様子だ。

 

 そんな子供らのやりとりを、父と母はとても愛おしそうに見つめていた。そしてふと視線がぶつかり、2人は少し笑みを零しながら身を寄せ合う。そしてしばらくその様子を眺めてから、母親はゴホンとわざとらしく咳払い。その声が聞こえたのか、子供たちは母へ注目した。

 

「シラタマ、アンコ」

「「ワン!」」

一冬(かずと)秋十(あきと)

「ああ」

「オッスオッス!」

千夏(ちなつ)百春(ももはる)

「うん!」

「おう!」

「……あなた」

「……ああ、黒乃」

【今年も約束守ってくれて、お母さんはとっても嬉しいです】

 

 家族の名前をそれぞれ呼び、呼ばれたものはそれぞれの特徴を示すかのような返事をしてみせる。そして最後に言葉ではなく表示された文字を見て、双子弟を除く全員はニッと悪戯っぽい笑みを浮かべ――――水臭いぞと軽く黒乃を小突いて見せる。

 

「やっぱ家族って最高ってかさ、母ちゃんは最高の母ちゃんでさ!」

「秋十、気持ちは解かるけど落ち着こうな。兄ちゃんそういうとこ心配だぞ」

「……百春兄さん、言って聞くなら俺は苦労しないさ」

「まぁまぁ一冬、双子なんだからそう言わないの」

「千夏姉さん、双子だからと一緒くたにされるのが嫌と何度――――」

「俺は一冬のこと大好きだぜ弟よーっ!」

「クソっ、これだから秋十は……! やれ、シラタマ、アンコ!」

「「ガルルルル!」」

「アーッ!?」

「おい一冬! この双子は本当……。ほらシラタマ、アンコ! 噛むのは止めてやれ!」

 

 少し放置したらすぐこれなのが織斑4兄姉妹(きょうだい)の特色である。一見すると喧嘩――――というか、実際にほぼほぼ喧嘩なのだが、黒乃は息子娘のやり取りを愛おしそうに見つめた。織斑4兄姉弟のまとめ役、頼れる長男な織斑 百春。おっとり天然だが心優しき長女、織斑 千夏。ハイテンション元気ボーイ、次男の織斑 秋十。クール&堅物真面目な末っ子、織斑 一冬。みんな自分がお腹を痛めて産んだのだと思えば、本当に愛おしくて仕方がなかった。

 

 一冬がシラタマ&アンコを使役したおかげ? せい? で注意はかなりそれた。それを好機と言わんばかりに、一夏は自らの妻である黒乃を今度は強く抱き寄せる。そして心底から幸せそうな笑顔を見せあうと、一夏はポツリポツリと昔のことを語り始めた。今では遠いが、つい昨日のことのように思い出せる。2人にとってこの花火が特別なものとなったあの日、花火の元で誓いを立てたあの日のことだ。

 

「約束、守ってくれて感謝するのは俺のほうだよ」

【そうかな?】

「そうだよ。だって、こうして一家の約束になったんだからさ」

 

 あの日の誓い。黒乃が己の死期が近いと察していたからたてられた誓い。この花火を、必ず毎年一緒に見に来るという誓いだ。思い出すと共に半ば自暴自棄であったことを恥ずかしく思うのか、黒乃は少しだけ照れながら一夏を見上げた。

 

 でも、それこそ本当に嬉しく思う。まさかそれが実現するとは思っていなかったのだから、その反動で喜びもひとしおだろう。守れるようになった。だから守り続けていたら、いつの間にか織斑家の恒例行事になってしまっているではないか。黒乃は率直に思う。これは奇跡の産物なのだと。

 

【これからも守ろう。あなたと守っていきたい】

「……ああ、もちろんだ。いつまでも守るさ。約束も、黒乃も、あの子たちもな」

【愛してます】

「俺もだ。愛してるよ、黒乃」

「ちょっとそこのバカップルならぬ馬鹿夫婦! そろそろ長男は手ぇ貸して欲しい感じだぞ!」

「おっと、これは有言実行しないとな。少し待っててくれよ、母さん」

【はい、あなた】

 

 いつまでも変わらないやり取りだった。きっと、2人はその身朽ち果てるまでこんなやりとりをし続けるのだろう。夫婦の仲が良いのは結構。だが長男曰く時と場所は選んで欲しいようだ。百春は怒気と焦りが混じったような声で叫ぶと、それに反応した一夏は子供たちの輪の中へ入っていった。

 

 小さく手を振りながらそれを見送った黒乃は、チカチカと周囲を照らす花火を見て何かを思いついたようだ。そして携帯のカメラを家族の輪へ向けると、タイミングよくシャッターを切る。するとそこには、花火の鮮やか光に包まれ、幸せそうにはしゃぐ愛すべき家族たちが映っているではないか。

 

(見てるかな、黒乃ちゃん。私、幸せだよ)

 

 黒乃が心の中でそう呟くと、花火の騒音に混じり――――よかったね、お姉さんと……そう、聞こえた気がした。まさかね。なんて、黒乃はどこかおかしそうに小さく鼻を鳴らし、自らも愛すべき家族の騒ぎに身を投じるのだった。

 

 

 




かなり前の夏祭り回、誓いの花火というタイトルにしたのは全てここへ繋げるためです。
一夏と黒乃があの日語った家族設計を完全再現しつつ、2人がずっと約束を守り続けてきたことを表現するためです。
百春、千夏、秋十、一冬に関してはもう少し掘り下げたかったのが正直なところ。
気力が湧けば、番外編かなにかでそれぞれをメインにした話でも書ければ……いいなぁ。

なにはともあれ、紆余曲折はありましたがこれにて本編は完結です。
これまで応援してくれた皆様、本当にありがとうございました。
可能なら、またどこかでお会いすることはできたらと思います。
それでは。

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