やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
この小説ではわりとガチで勘当を言いに来てる可能性もあります。
「………」
空気がピシャリと変わったのがすぐにわかった。それは目の前のしほさんはもちろん、両隣の姉住さんも菊代さんも同じだ。
西住流の師範代、そして後継者、更には西住家に仕える者、この三人に向かって俺が言った言葉は侮辱のようなものだろう。
それもあえて黒森峰が…ではなく、西住流が…と言葉を選んだのだ。実質、黒森峰は西住流のお膝元なので間違っちゃいないが。
「…何が言いたいの?」
しほさんが静かに俺に問いかける。動揺する様子は無し…か、いつぞやか戦車喫茶で煽ったら簡単に釣られてくれた逸道さんとは違う。
…つまり、それだけ厄介だという事だが。
「ほぼほぼ戦車道を1からスタートした無名校が、去年西住流を倒したプラウダに勝ったら…どうです?戦車の質も数も、練度だって黒森峰よりずっと下なのに…ですよ」
かつては盛んだったといっても、それはあくまで過去の栄光だ。
強い戦車は全部売り払らわれ、再開した時に残っていたのは売れ残った余り物の戦車と、初心者しか居ないメンバー。
「そして、それを率いている隊長が西住、西住流の娘なら、どこに西住流の名を汚す要素があるんですか?」
西住が西住流に相応しくない…と、この人は言ったが、この戦力で準決勝まで来た時点で俺から言わせれば…、いや、世間的に見ても西住流の強さは充分伝わる。
戦い方でいえば西住流のそれとは違うだろうが、そもそも大洗の戦力では西住流の戦術はとれない、それくらい、この人ならわかってるだろう。
「…あの試合はあの子の甘さが招いた結果よ」
「なら今回リベンジ出来ればなんの問題もないですね、なんせ黒森峰の力も借りずに…ですから」
俺は去年の決勝戦にどうこう言うつもりはないが、仮に西住が悪いとするにしても、今日勝てば去年のリベンジを果たした事になる。
「おまけにそうなれば今年の決勝は両校共西住流、西住流の強さを世に知らしめるのに、これ以上の結果は無いはずです」
世間的にみれば黒森峰だろうが大洗だろうが、どっちが勝っても今年の戦車道全国大会は西住流がワンツーをフィニッシュだ、いや、もちろん大洗が勝たないとダメなんだが。
なんかもう他の高校から苦情でも来そうな気がするが、そこは知ったこっちゃない。
「それでも西住を勘当するっていうなら…それはもう西住流の師範代としてじゃなくて、単なる私怨じゃないですか?」
それは母親としての、いや…母親だからこそ娘にはより厳しくなるのかもしれない、この人の立場の場合は。
古くから続く西住流の者として、娘には母親としてより厳しく振る舞う必要もあるのかもしれない、そこは単なる俺の想像だ、実際の所はわからないが。
西住に勘当を言い渡すのが、西住流の立場としてなのか、母親としてなのか。
「…撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れ無し、鉄の掟、鋼の心、それが西住流」
「そして…勝つ事が西住流、ですよね?」
西住流とは勝つこと、強きことを尊ぶ、それなら…勝ちさえすればこの人も文句は言えないはずだ。
「…行くわよ、まほ、菊代」
「お母様…」
「試合を見るわ、西住流の者として」
結局、しほさんは俺の言葉に答えこそ返してくれなかったが、試合は見てくれるようだ。
勘当を言い渡す為に来たのでなく、西住流の者として、その先は結果を見て決めるのだろう。
「わかりました奥様、では比企谷さん、また後程」
菊代さんは俺に丁寧に頭を下げると、しほさんの後に続いた。後程とは言われたがもう正直いっぱいいっぱいなんで勘弁して下さい。
「………」
姉住さんがこちらをじっと見ている…やだ、怖い。久しぶりに人一人殺せるくらいのにらみつけるが発動してる気がするけど、怖いからまともに顔を見れない。
まぁあの西住流を侮辱した言葉を言ったのだ、当然だろう。
「どうしたの、まほ?」
「いえ…なんでもありません」
しほさんに言われ、姉住さんも後に続く。結局、姉住さんとは一言も言葉を交わさなかった。まぁすぐ隣にあの母ちゃんが居たしな。
もし仮に姉住さんとここでネトゲの話とかしたらあの母ちゃん、どんな顔するのかね…?
いや、SAO(戦車・アタック・オンライン)は日本戦車道連盟が監修してるゲームなんだし、西住流が関わっていても不思議じゃない。…ねーか。
姉住さんとも気まずくなったし、あー、うん、こりゃ八幡のフレンド枠減っちゃったな。
三人を見送って完全に姿が見えなくなったのを確認する。え?一緒に見ないのかって?見るわけないでしょ…、殺す気か?
「…はぁ」
もうそのまま冷たいのも無視して雪原にぺたりと座り込んだ。
マジ怖かった…なんだよあの緊張感、本当にラスボスじゃねーか。
…とはいえ、これでやれる事は全部やった。
「…試合、見るか」
ここから先は彼女達の戦いだ。
ーーー
ーー
ー
「………」
しかしなんかもういろいろありすぎて体力なんてほとんど残ってない、体力ゲージで例えるならヒュンケルさん。いや、あれは減らないけど。
本当に回復の泉とかないの?この寒さもあって肉体的にも精神的にもボロボロなんですけど。
まるでどこぞの世紀末救世主が如くふらふらと観客席を歩いているとふと、なにやら目立つ椅子に屏風みたいな壁、そしてティーセットを持つ二人が見えた。
「あら、どうかしたのマックス、ふらふらよ?」
「か、回復の泉…」
見つけたのは聖グロリアーナのダージリンさんとオレンジペコである、いや、本当にやっと見つけたよ。
ダンジョンの奥地へとボロボロになりながら進んだ先にようやく見つけた回復の泉の快感、RPGを嗜む者なら誰もが味わった事があるのではないだろうか?
「…回復の泉?」
「たまに…いえ、よくマックスさんの言っている事がわからなくなる時がありますね」
よく、とかペコちゃん辛辣!いや…今はそんな事よりも体力の回復が先決だ。
「すいません、とりあえずマックスコーヒーをホットで」
「うちは喫茶店じゃありませんわよ…」
「もうマックスさんも慣れちゃってますね」
そりゃもちろん驚きませんよ、そもそも途中まで一緒だったんだし来ているとは思ってました、むしろ居なかったらどうしようかと思うレベル。
いや、まさかこの人達が癒しになるなんて夢にも思いませんでしたけどね。
「まぁよろしくてよ、ふふっ…初めてかしら?こうしてあなたからお茶に来てくれるのは」
「え?…あ、すいません」
そう言われてみれば確かに、いつもはダージリンさんに誘われて、その流れで参加していたな。
なんかもう、あまりに自然に居るだろうなと思ってしまい普通に参加してしまった…、まいったな、さすがにちょっと図々しいか。
一回戦の姉住さんじゃないんだから、もうちょっと空気を読まないと。
「邪魔ならどっか行きますけど…」
「そんな事はないわ、あなたも変わったわね、あの子達の影響かしら?少し妬けちゃうわ」
「いや…その、そうですかね?」
だからからかってるんだろうけど急にそんな事言わないで!ほら…回復の泉が必要だっただけだから。
もう!からかい上手のダージリンさんったら!!
「ふふっ、紅茶が美味しいわね」
しかしよくわからんが、ダージリンさんの方はなにやら上機嫌なようで良かった、追い出される事はなさそうだ。
「準決勝、見に来てくれたんですね」
「えぇ、そちらの問題は片付いたかしら?」
大洗が負ければ廃校になる件についてはこの人も知っているのだろう、どこから情報を仕入れたのか知らないが、さすが英国流である。
「まぁ、半々と言った所ですかね」
大洗の戦車道メンバーがその事実を受け止めた。こうなると後の問題は勝てるかどうかだが、それはやってみないとわからない。
「その…ありがとうございます、いろいろと」
俺をプラウダまで連れていってくれた事もそうだろうが、この人もいろいろと裏で動いてくれていたのだろう。
「あら、私はただ、せっかく紅茶を送った相手が今年で居なくなってしまうのが寂しいと思っただけよ、公式戦で戦う約束も残ってますし」
あぁ、そうか…結局今年の戦車道全国大会で大洗と聖グロリアーナが戦う事はもうないのか。
そして大洗は負ければ廃校になる、そうなると聖グロリアーナと戦う事はもうないのだ。
「夢を捨てる時、この世は存在しなくなるものよ、マックス」
確かこれはチャーチルだったか…、本当にこの人好きだよね、チャーチル。
オレンジペコにダージリンさんのいう言葉はだいたいチャーチルだと言われた事もあったな、ペコちゃんマジ辛辣ゥ!!
「大洗が優勝した時には…そうね、試合をしましょうか?今度こそ、お互い全力のね」
「あぁ、それは良いですね」
うちの戦車道チームの連中だってあの練習試合の時とは違う、きっと良い試合になるだろう。
「私達が勝ったら聖グロリアーナに来てくれるかしら?」
あぁ、それはちょっと何言ってるかよくわかんないです。
「さて…」
ダージリンさんが紅茶のカップをカタリと置くと、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。…何やってんだこの人。
「そういえばアッサムさんとローズヒップはどうしたんです」
「ローズヒップは聖グロリアーナの優雅さと気品さのお勉強中よ、教育はアッサムに任せてあるわ」
それってつまり再教育じゃないですかー、やだー。
いや、二回戦のあの様子を見てたら正直妥当だと言うしかない、あの暴走戦車娘相手に教育してるアッサムさんも大変だな…。
まぁそれは良いとして、俺の問いに答えながらもダージリンさんは未だにキョロキョロと辺りを見渡している、本当にどうしたんだこの人。
「…さっきから何やってんですか?」
もしかしてツッコミ待ちだったのかな?だとすれば放置しといた方が良かったのかもしれない。
「いえ、いつもならここで他の学園艦の方が来るでしょう?少し警戒してるのよ」
別に警戒する必要は無いと思うんだけど、確かに一回戦は黒森峰、二回戦はサンダースが来てたな。
よくよく考えたら毎回なんだこの観戦組によるお茶会は、異文化交流ってか、いろんな学園艦の交流の場になっちゃってる。
…俺必要かね?それ。
「…考えすぎじゃないですか、こんな北の方までわざわざやってくる物好き、なかなか居ないでしょ?」
まぁ俺としてもあまり人が増えるのは喜ばしくない、黒森峰からは姉住さんが来ていたがあの母親が居る以上、あの人が自らこっちに来る事はないだろう。
パターン的にはアンツィオ高校とか来そうな気がするけど、あの学校貧乏だしここまで来るのは経済的にも難しい。
「それもそうね」
ちなみにダージリンさん、あなたもその物好きに該当しちゃってますからね?
「ようやくですね、ダージリン様」
「えぇ、ここまで長かったわ」
…いや、いったい何がですかね?ダージリンさんがいつもよりずっと上機嫌でちょっと可愛いじゃねぇか。
「どうぞマックスさん、こちら暖めたマックスコーヒーです」
と、オレンジペコがティーカップに暖めてくれたマックスコーヒーを入れて持って来てくれた。
「あぁ、悪いな、いただきます」
自分で注文しといてなんだが、この手際の良さはありがたい。オレンジペコからマックスコーヒーの入ったカップを受け取ろうとして…。
「甘いだけでは世の中生きていけない、でも、人生に甘いものも必要だろう」
そのカップは俺ではなく、突如として現れた継続高校、神出鬼没な怪盗紳士、がルパン三世ことミカさんが受け取った。
「…どっから沸いて出たんですか?」
「甘い香りに誘われてね」
「蟻ですよ、それ」
「…なんだか戦車の時より厳しいね」
そりゃそうだ、人のマックスコーヒーを強奪したのだ、これは重罪である。
「もうっ!ミカ、また勝手に…、あれ?この人達、聖グロリアーナの…」
そんでもって保護者のアキも登場である。ミッコは見当たらないが、本当にいつの間にか居なくなったと思ったら、いつの間にか居るって継続高校の連中、俺以上にステルス能力高ぇな。
「継続高校のミカさん…、あなた、彼女とも知り合いなのかしら?」
「えと…まぁ、知り合いというか…」
被害者というか…。
「何しに来たんですか?」
「もちろん大洗の試合を見に来たんだよ、見届けにね」
「あなたが他の学園艦にそこまで執着するのも珍しいわね」
ふむ、ダージリンさんはミカさんも知っているのか、まぁ秋山曰く、継続高校も戦車道界じゃなかなか有名らしいが。
いや、そもそもミカさんって人が有名なだけなのかも知れん、キャラクター的にもインパクト強いし。
「あ、あの…ごめんなさい、ミカが勝手に…」
と、ここでアキが謝ってくる、本当に保護者だなぁ、この子も。
「ほらミカ行くよ!あまり他の人達に迷惑かけない!!」
うん、少し心苦しい所はあるがミカさんはアキに回収してもらおう、この人の相手をするのはなかなか疲れそうだし。
そう毎回恒例の各学園艦による異文化交流の流れになってたまるか、ダージリンさんも何も言わない所を見ると俺と気持ちは同じだろう。
「あの…ダージリン様」
「なにかしら?ペコ」
「その、お客様です」
そんな中、オレンジペコがダージリンさんに声をかけてきた、お客様?誰か知り合いでも来たのかと思ってチラリと見てみると。
「はじめましてダージリン殿!私、知波単学園の西 絹代と申します!この度は強豪校であらせられる聖グロリアーナの隊長であるあなたにご挨拶に来ました!!」
ビシッと背筋を伸ばして敬礼しているのは…少し前、俺に突撃の天啓をくれた例の残念さんだった。
「…知波単学園?」
はて、どこかで聞いた事があるような、見た事くらいはあるような名前だが、高校生戦車道では有名な所なのだろうか?
しまったな、あきペディア先生は今試合中なんだよな、いや、アキなら今ここに居るんだけど。
「知波単学園は一回戦の黒森峰の対戦相手だった所ね、彼女は確か…副隊長、だったかしら?」
と、代わりにダージリンさんが答えてくれた、まさかのダジペディア先生の誕生である。
あー…そういえば秋山から試合の映像見せて貰ったな、あまりに衝撃的な内容だったんですぐに思い出せた。
なんせ試合開始してちょっとしたらすぐに全車両で一斉に姉住さんの本隊に突撃をかまし、完膚なきまでに叩き潰されていた。
つーか九七式中戦車チハでティガーⅠに特攻とかクレイジーにも程がある、特攻野郎Aチームかよ。
「ちなみに知波単学園は千葉県にある高校よ」
千葉…、なんだろう?その県名を聞くと胸が熱くなるな、まるで第2の故郷というか。むしろ本当の故郷なんじゃないかとさえ思える、味噌ピーとか美味いよね。
「いえ、先輩方が引退し、力不足ではありますがこの度は隊長に任命されました!!」
「あら、それはおめでとう」
って事はこいつ、たぶん同じ年だろうが知波単学園の隊長なのか、二年で隊長ってなると西住と同じだな。
「そんな肩書きに意味なんてないさ」
「…継続高校の隊長じゃないんですか、あなた」
「私はただ、必要な時に必要な事をしているだけさ」
その必要な事が、わざわざこんな所で人のマックスコーヒー強奪して飲んでる事なんだろうか…?
「…なるほど」
え?何が?何がなるほどなの西さん?
「深い!流石は継続高校のミカ殿!…ちなみに今のはどういう意味なんですか?」
「「「…………」」」
俺とダージリンさんとミカさんは無言でお互いに顔を見回した、たぶん気持ちは三人共同じだろう。
俺もミカさんもダージリンさんも、タイプは各々違うがわりと捻くれてるというか、真正直な物言いはあまりしない。
今のやり取りを見ただけでわかったが、西と絡むと絶対面倒臭い事になるだろう。
「…さて、そろそろ行こうか?アキ」
あっ!汚ねぇ、一足先に逃げる気だこの人。
「ペコ、二人に紅茶をお出ししてあげて」
「…はい、ダージリン様」
と、ここでダージリンさんが回り込む。この人はもう逃げられないもんね、むしろ逃がさない気かよ、怖いな。
「え?い、いいんですか?」
「もちろん、大事なお客様ですもの」
「やったよミカ、久しぶりに暖かい飲み物が飲めるよ!もう少し居ようよ、ね?」
「…そうだね」
アキから落とすとはさすがだ、これではミカさんも逃げられないだろう。
こういう時に発揮されるのがぼっちの強みだ、この場はもう、ステルスヒッキーの独擅場ッスよ。
そろりそろりとこの場から立ち去ろうとする。
「どこに行くのかしら?マックス」
普通にバレてた!?やっぱりこの人には敵いそうにない…。
「なんだかよくわかりませんが…今の三人の動き、勉強になります!!」
いや、確かにあの一瞬のやり取りはお互いの心境がいろいろ複雑に混ざりあって出来た高度な牽制のやり取りだったんだが…、君、本当にわかってる?
「あの…ところであなたは?」
あー…まぁそうか、ダージリンさんもミカさんも高校生戦車道界じゃ有名なんだろうが、俺は単なる一般人だもんな。
「彼は大洗の生徒よ、少し話してみたらどうかしら?いろいろと参考になる事があるかもしれないわ」
…それ、絶対俺に押し付ける為だけに言ってますよね?
「なるほど…では改めまして!私、西 絹代と申します!!」
「えと…まぁその、比企谷 八幡だ」
「男性ながらダージリン殿にそこまで評価されているとは…、今日は勉強させて頂きます!!」
評価っていうか、本当に押し付けられただけな気がしてならない。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします!!」
うん、とりあえず女の子が簡単に男の前でふつつか者とか言わないよう勉強しような。
準決勝も結局、学園艦異文化交流じゃねぇか…。
予告ですがもちろんお姉ちゃんの出番はちゃんとあります。
久しぶりに出会った訳ですし、お姉ちゃんも試合中にまた登場させますんでどのタイミングになるかお楽しみに!!