やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
無課金でも遊べると良いなぁ…、そういうのは某英雄召喚ガチャゲーでお腹いっぱいだよ。
「えっと…今の降伏条件って」
「私達が降伏してしまうと…比企谷殿がプラウダに行く事になる、という事ですね」
「まるで織田家に人質として出された若き日の徳川家康のようだ」
降伏勧告を告げたプラウダの生徒二人が帰って行った後の大洗メンバーは騒然としていた。
プラウダ側の提示してきた降伏条件は全員の土下座、そして何故か比企谷のプラウダ高校への捕虜なのだ。
「やっぱり…あのロシア語の言葉を本気にして恋に!?」
「それはさすがに急すぎないか…?」
「わかんないじゃん!恋って唐突に来るものなんだからね!!」
「来た事…あるんですか?」
「だから唐突に来るの!!」
もちろん、今回の降伏勧告はカチューシャが比企谷をシベリア送りにする為に事前に考えていたものではあるが、プラウダ高校での御茶会のやり取りを知らない彼女達にはそれを知る術はないだろう。
「んで、どうするの?西住ちゃん」
「…私達は今相手に囲まれていて、一斉に攻撃されたら怪我の可能性もあります」
戦車道の競技に使用する戦車は特殊なカーボンによって安全には配慮されてはいるが、それも絶対ではない。
そして、それを西住みほはよく知っている。
「でも…私はみんなで戦車道を続けたい、八幡君も一緒に最後まで」
降伏を受け入れれば少なくとも怪我人の出る可能性はなくなる、だが、そうなれば彼はプラウダ高校へ交換学生として過ごす事になる。
期間こそ限定されるだろうが、大洗で一緒に戦車道をやる事も出来なくなるだろう。
「だからみんな…力を貸して下さい」
しかし、戦車道は彼女だけでは出来ない、西住みほは大洗の戦車道メンバーに声をかけた。
「答えは決まっている!徹底抗戦だ!!」
西住みほの言葉にいの一番に答えたのは河嶋だった。
「河嶋先輩…」
「か、勘違いするな西住、そもそも負ければ我が校は廃校なんだから降伏なんて出来る訳ない!…比企谷の事はついでだ」
「桃ちゃん素直じゃないなぁ…」
「ううううるさい!あと桃ちゃんと呼ぶな!!」
顔を赤くさせて怒鳴る河嶋だが小山は怒鳴られながらも嬉しそうに微笑んだ。
「江戸城無血開城にはまだ早いぜよ」
「まだこちらのサーブ権は残ってます!!」
「だいたい、あんな目付きの悪い生徒を他の学校に行かせたら大洗の風紀が疑われるわよ!!」
「私達もがんばります!!」
「やってやるぞな!!」
大洗戦車道メンバーの中に降伏を受け入れる者はいない、みんなが奮起し、声を上げる。
「どうやら心配する必要は無いみたいだね」
「…はい!!」
西住みほは角谷の言葉に嬉しそうに頷き、心の中で呟いた。
ー八幡君にも、聞かせてあげたいな。
それは今ここに居ない、ひねくれてて、他人からの言葉を素直に受け入れようとはしない彼へ向けての言葉。
決して一緒に戦える事がなくても、私達は一緒に戦ってる。
「降伏はしません、最後まで戦い抜きます。…ただし、みんなが怪我しないよう慎重に判断しながら」
まだ試合は終わっていない、だったらまだ戦える、頑張れる。
「修理を続けて下さい、Ⅲ突は足周り、M3は副砲、寒さでエンジンのかかりが悪くなっている車両はエンジンルームを暖めて下さい、時間はありませんが落ち着いて」
西住みほは各チームに修理の指示を出す、普段戦車の修理や整備をしてくれている自動車部のメンバーは今この場に居ない。だが、彼女達はこういう状況を想定し、事前にその自動車部から修理のノウハウを教わっている。
「…我々は作戦会議だ!!」
幸いにもプラウダは降伏の猶予として三時間もの時間をくれた、与えられたこの時間で大洗は今の劣勢から勝利までもっていかなければならない。
「問題はこの包囲網をどう突破するかだな」
「敵の正確な位置がわかれば良いんだけど…」
西住みほと生徒会のメンバーは地図を広げて今後の作戦を練る。
「…偵察が必要だけど、こんなに天気が荒れていたら」
吹雪はまただんだん強くなってきている、そんな中を偵察に出るのは危険である。
「西住殿、偵察ならお任せ下さい!!」
だが、秋山は自分からその危険な偵察役を買って出てくれた。
「優花里さん…ありがとう、でも…一人じゃ危険かも」
「だったら私も行こう」
「エルヴィン殿、よろしいのですか?」
「もちろんだ、グデーリアン」
エルヴィンが立候補し、秋山と共にチームで偵察に出る事になった。
「この広さだともう一チーム必要ですね」
とはいえ一つのチームだけで吹雪の中を偵察に出るのは厳しい。
「だったらそど子、冷泉ちゃんと行って来なよ」
「私が冷泉さんと!?」
「確か二人共視力が2.0あったし、仲も良いしね」
「仲良くなんてありません!それとそど子って呼ばないで下さい!!」
「文句言っている暇があるなら行くぞ、そど子」
「何よ!あなたなんて冷泉麻子だかられま子の癖に!!」
そんな冷泉と園のやり取りを見ながら、やっぱり仲が良いんだなぁ…と西住みほは少し微笑んだ。
とはいえここから大洗は逆転に向けて、修理と偵察、そして作戦を練る事になった。
この三時間を一時も無駄にしない為に。
ーーー
ーー
ー
「…ふぅ」
俺はダージリンさん達が陣取っている聖グロリアーナ仕様の観客席から一人離れた所に居る。
どこに居るかって?トイレだけど何か?
いや、こんな時に何やってんの?って怒られそうだけど言い訳をさせて欲しい。
この寒さもあってマックスコーヒーが進みに進む、だがそうなると当然やってくるのがこの生理現象だ。
俺はもう本当はずっと我慢していた。ダージリンさんからドヤ顔で格言言われていた時もミカさんから意味のいまいちわからない掴み所のない言葉聞かされていた時も、西から突撃がいかに素晴らしいかを熱心にて語られていた時も、すごく尿意を我慢していた。
俺は長男だから我慢できたけど次男とかだったらきっと我慢出来なかっただろう。
しかしようやくこの辛さから解放された、というかダージリンさんとか絶対俺より飲んでるのによくトイレ近くならないよね。
手を洗ってトイレから出る。
「比企谷」
…入り口で姉住さんにエンカウントしてしまった。
あぁ、この人もトイレかな?たぶんこの人も長女だから我慢出来たのだろう、そうなると試合中の西住が心配だな。
「…どうも、偶然ですね」
などと冗談を言ってる場合ではない、試合前の一件もあり、出来れば会いたくない人である。
「いや、君を探していた、ダージリンにここだと聞いて待たせて貰っていた」
ちょっとー、ダージリンさん何さらっとバラしてるの?この人もこの人でよく男子トイレの前で待てるよね…、やっぱり天然さんなのかよ。
「少しいいか?君と話がしたい」
なんだかサンダース戦の前のやり取りを思い出すなぁ、しかし今回は前回のようにいかないだろう。
なんせ西住流に対してあれだけいろいろ言ってしまったのだ、西住流の後継者であるこの人からすれば「…屋上行こうや、久々にキレちまったぜ」くらい思われてもしょうがないだろう。
基本的にこの人無表情で超怖いんだよ、西住流ってさすがに格闘術とかないよね…?
「…まず礼を言いたい、君のおかげでお母様がみほの試合を見てくれている」
「え?あ、いや…」
身構えていた所にある意味で不意討ちの、姉住さんからの感謝の言葉に戸惑ってしまう。
お礼?あぁ、お礼参りでもされるのかな、やっぱり身構えなきゃ駄目じゃねーか。
「まだお母様の判断はわからないが、少なくとも試合が終わるまでみほの勘当を決定する事はないだろう」
…そっか、ちゃんと見ててくれてるんだな、あの人も。
「しかし良いんですか、西住流に対してあんだけ好き放題言った奴にお礼なんて言っちゃって?」
「…それとこれとは話が別だ」
別って事はそっちはそっちでしっかり根に持ってるって事じゃないですかー、やだー。
「だが、お母様がみほの勘当の話をした時に私には何も出来なかった、だからこそお礼を言いたい」
この人も西住流の後継者としていろいろと責任があるのだろう、きっと…姉としての思いだって。
…それとこれとは話は別、か。
「…お礼を言うのはまだ早いんじゃないですか?見ての通り、大洗は大ピンチですし」
「…そうだな」
やっぱり姉住さんの目から見てもそうなんですよね、まぁ素人目の俺から見ても大洗の劣勢は充分わかるくらいだ。
…もしこの試合に負けたら、今度こそ言い訳の余地なくあの母親は西住を勘当するだろう。
「だが、まだ試合は終わっていない」
勝利の秘訣は諦めない事、そして、どんな状況でも逃げ出さない事だとこの人は言った。
「…勝てますか?大洗は」
「みほはマニュアルにとらわれない、臨機応変に事態に対応する能力を持っている、黒森峰の頃からそれは感じてはいたが、上手く引き出す事は出来なかった」
それはたぶん、単純に西住と黒森峰とでは相性が悪かったのだろう。
黒森峰の…西住流の戦い方といえば統一された隊列による電撃戦だ、言い方を悪く言うなら完璧なマニュアルによる完璧な戦い方、とでも言った方がいいか。
「だが、大洗で戦車道を再開したみほはその才覚を充分に発揮している、みほの判断と…チームが心を合わせて戦えば、まだ試合はわからない」
それに比べて今年戦車道を再開したから仕方ないとはいえ、大洗のマニュアルの無さっぷりよ。まぁだからこそ、西住ものびのびとやれているんだろうが。
…それにしても。
「…妹の事、よく見てますね」
「当然だ」
当然なのかよ、しかも即答とくればどんだけこの人妹の事好きなの?いや、俺も小町の事好きだけどさ。
結局勝負は最後までわからない、という事だ。殲滅戦と違ってフラッグ戦は相手のフラッグ車を撃破すれば勝ちのまるで将棋だなルールを採用しているのだから。
さっきトイレに行く前にチラッと大洗から偵察に出る秋山達が見えた、この三時間で上手く戦況を立て直す事が出来ればいいが。
…三時間かぁ、長いなぁ。
試合前と違って試合中のこの三時間とあっては俺に出来る事は何もない、本当にただ待つだけでそれが非常にもどかしい。
吹雪いていて寒いし、またマックスコーヒー飲んでトイレが近くなりそうだ。
「ーーくちゅんっ」
「…え?」
え?なんだろ今の可愛らしいくしゃみ、いったい誰が…?もちろん俺ではない、こんな可愛らしいくしゃみするわけない。
「………」
俺ではないのなら、今この場にはこの人しかいない、目の前の姉住さんである。
「寒いんですか?」
「…何がだ?」
いや、そこですっとぼけられても…。
まぁ本人が誤魔化したいなら俺も深く突っ込むのはよそう、触らぬ神に祟りなし、ともいうしね。
「…はくちゅんっ!」
…誤魔化したいなら目の前でくしゃみするのは止めて欲しい、突っ込み待ちなんだろうか?
まぁ寒いよね、俺は聖グロリアーナによる回復の泉効果でホットなマックスコーヒーを頂けているのでまだマシだが、この人はあの母ちゃんと一緒に見ているだろうし。
つーか、姉住さんに限らずこの寒さの中スカートとかみんな軽装すぎない?見ているこっちが寒くなってくるまである。いや、見てる分には全然良いんですけどね。
このままほっておけばこの人、風邪でもひくんじゃないかな?もし大洗が決勝で黒森峰と戦う事になるならその方が都合は良いが。
「………」
腕を組んでいるその姿は格好よくて絵になるが、さっきのくしゃみを見た手前寒さを我慢しているようにしか見えない。
…どうせ決勝までまだ日はあるしな、ここで風邪ひいても決勝までには治してくるだろう、うん。
「…使いますか?」
ポケットの中からまだ封を開けていない使い捨てのカイロを姉住さんに向けて差し出す。
「…良いのか?」
いや、なんでそこでちょっと驚かれてるんですかね…。
「まぁ、その…沢山持って来てたんで、少しは荷物減らそうかなって」
あとは…あれだな、小町に持たされたからここで渡さなかったらあとで何言われるかわかったもんじゃない、あいつ妙に姉住さんになついてたし。
はっ!もしかして俺から妹を奪うつもりじゃないよね?
「…そうか、そういう事なら頂こう」
姉住さんはカイロの封を開けて両手で包み込む。
「暖かいな…」
いや…だからね、西住といい、姉住さんといい、そういうちょっとした仕草が健全な男子高校生には毒なんですからもう少し自重してくれません?この姉妹。
思わず恥ずかしくなって姉住さんから目を背け…その視線の先に見覚えのある人物を見つけた。
「どうぞ、私に構わず続けて下さい」
いや…何をですか菊代さん? つーかなんでこの人ここに居るの?
「菊代さん、どうしてここに?」
「まほお嬢様を探しに来てまして、偶然」
本当に偶然ですか…やっぱり家政婦って決定的な瞬間を見てしまうものなんだろうか?
「カイロを渡そうと思いましたが…必要無いようですね」
あぁ、この人も姉住さんの事心配してたんだろうな、あの母ちゃんが横に居たし、渡すに渡せなかったのか。
どんだけ恐れられてるんだよあの人、しかも本人はたぶんノーカイロで平然とこの寒さの中で仁王立ちしてそう。
「お二人も知り合いだったのですね」
「いや…まぁ、知り合いというか」
「そういえば大洗で比企谷とは知り合ってるんですね」
「えぇ、みほお嬢様とお二人で帰られる所を」
「…みほと二人で、ですか?」
怖い怖い、姉住さんがむっちゃ怖いんだけど、なんか目がギラギラしてるよこの人。
「はい、お二人で1つの傘を使って、仲良く」
「…ほう」
目がギラギラしてるどころかもう瞳術開眼してるよ!妹に近寄る者を抹殺する気ですかあなた。
…このシスコンさんめ。
「いや、まぁ…雪降ってましたし、西住が傘忘れたんで風邪とかひかれたら困るでしょ?」
なんでこんな言い訳みたいな事言わなくてはならないんだろうか…、いや、言い訳じゃなくて真実なんですけどね。
「…そうか、みほが世話になった、このお礼いずれ返す」
やっぱりお礼参りですよね!?なぜか全然ありがたく感じない、日本語って不思議!!
「このカイロも大切に使わせて貰う、ありがとう」
「…それ、使い捨てですけどね」
余っていた物だったし、そんな有り難がる物じゃないと思うけど。
「まほお嬢様、そろそろ…」
「そうですね、比企谷、私達は戻る」
「はい」
「…君も来るか?」
「はい?」
え?冗談だよね?思わず聞き返しちゃったよ。
「…いや、なんでもない、決勝戦で待っている」
…やっぱり冗談か、いや、この人が冗談言うとは思えないし、聞き間違えだろう。
しかし一回戦の時といいオンラインゲームの時といい、なんの前触れもなくいきなりやってくる人だ。
…これが西住流か。
ーーー
ーー
ー
「まほお嬢様」
比企谷八幡から別れて少し離れた所で菊代はふと立ち止まり、西住まほに向けて振り返る。
「まほお嬢様が望むのなら、戻らなくても…、奥様には私から上手く話しておきますから」
「…いえ、お母様も待っています、戻りましょう」
表情を変えないまま、西住まほは歩き出す、その手には先ほど彼から貰ったカイロが握られていた。
「…暖かい、な」
少しだけ…その口元を緩めながらぼそりとそう呟いた。