やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】   作:ボッチボール

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学園艦内で秋山は実家暮らし、武部と五十鈴とみほはたぶん寮暮らしだとして冷泉って聖グロリアーナとの練習試合前をみると何故か一軒家に住んでるんですよね…。
彼女の両親やお婆さんの事考えるといろいろと想像はできそうですけど、そこら辺の理由が今後明らかになる事はあるのかな?


その朝に、冷泉 麻子はもう一度布団に潜る。

それは決勝戦に向けての練習も進んだある日の事だった。

 

「お疲れ様でした」

 

「お疲れ様です」

 

練習が終わり戦車から降りて一息つく戦車道メンバー達、今日の練習はここまでか、よし!解散!!

 

…てな訳にもいかなくて、こっから片付けが残ってるんだよなぁ。むしろ俺の仕事はここからがメインとなってくるので気が滅入る。

 

戦車の種類ごとに分けてある弾薬をガラガラと運ぶ。新たに戦列にポルシェティーガーが加わった事は大変喜ばしいが、強力な88㎜砲の砲弾は強力な分、普通に重くて力仕事に汗も出てくる。

 

「良い汗かきましたね」

 

秋山が楽しそうにそう言っているのが聞こえるが、そんな良いもんじゃないと思う。これがスポーツの汗と労働の汗との違いなのだろうか?

 

いや、そもそも戦車なんてエアコンもないんだし、準決勝、雪原の会場からも離れ、この初夏の暑さで戦車内は軽いサウナ状態だ。

 

こりゃ戦車道がマイナーになっていった理由もわかるなぁ…、確かに今時の女子高生がやる武芸ではない。

 

しかし…汗ね。うん、なんで男女で「汗をかいた」って言葉はこう…感じる響きが違うのかね?

 

まぁそれだけ彼女達が真剣に練習しているという事だ、決勝戦に向けて練習の密度も濃くなってきたからな。

 

「私、戦車に乗り始めてから痩せたよー」

 

…なんで武部はこうタイミングが良いのか悪いのかわからんが、不安にさせるような事を言うのか…。ちゃんと練習してるよね?まさかダイエット扱いなの?

 

「…そういえば、私も少しだけ低血圧が改善されたような」

 

「血行が良くなったんでしょうか?」

 

「血の気が増えたのかな?戦車乗りって頭に血が昇りやすい人多いし」

 

え?そうなの?西住が言うならそうなんだろうが…つまり戦車乗ってるとキレやすくなるって事にならない?

 

ついカッとなってやられないようにしよう…。

 

ん?いや…それよりも気になる言葉がこの会話の中にあったぞ。

 

「冷泉、さっき低血圧が改善されたって言わなかったか?」

 

「ん?あぁ、少しだが寝起きが良くなった気がする」

 

…そういや起こしに行った際、既に起きてる事が何度かあったな…基本寝惚けてるが。

 

「ならもう朝起こしに行く必要はないよな?」

 

「…………………………………え?」

 

いや、え?じゃなくて、なんでそんな絶望的な顔をするのか。

 

「な、なぜだ…?」

 

「いや、冷泉のばぁさんにも甘やかすなって言われてたし、いい加減自力で起きる習慣を付けとけ」

 

あと…もうすっかり慣れてしまってアレだけど、毎朝異性の男が起こしに行くって状況、よくよく考えたら相当アウトだし。

 

「ぐぬぬ…」

 

恨むような目で俺を見てくる冷泉。いや、なんで俺が悪者みたいな扱いなの?

 

「八幡君、麻子さんが可哀想だよ…」

 

いや、だからなんで俺が悪者みたいな扱いなの?

 

「そうは言うけどな。もしこのまま、朝自力で起きられないままだったら、一番困るのは冷泉だぞ?遅刻しまくって卒業出来なくなる」

 

「遅刻なら戦車道の特典でチャラにできるだろ」

 

ムスッとした表情で拗ねたように言う。もう取り消してもらえること前提で計算してるのがこいつらしい。

 

「それで今までの分が取り消されたとして、来年どうすんだよ…」

 

「確かに、このままの状態が続けば、今までの遅刻が免除されたとしても…」

 

「来年にはまた遅刻日数が貯まってしまいますね」

 

五十鈴と秋山がうんうんと頷く。西住もおろおろしているが、俺の言いたい事もわかるだろう。

 

「さ、沙織…」

 

冷泉は頼みの綱であろう武部に懇願するように声をかけた。

 

「駄目だよ麻子、ちゃんと起きないとお婆ちゃんも心配するんだから」

 

なにこのおかん感、略してお感。武部と冷泉は幼なじみだがそこら辺は厳しいんだな。

 

…そりゃそうか。そもそも武部が冷泉を甘やかして毎朝起こしていたら、冷泉の遅刻がこんなに貯まるはずないんだし。

 

つまり、この場で冷泉の味方は零となった訳だ。

 

「ちょうど明日は朝練も無いしな、という訳で自力で起きて学校に来てみろ」

 

「…比企谷さんの意地悪」

 

なんとでも言うが良い。やったぜ、これで合法的に仕事が一つ減ったという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「あれ?お兄ちゃんおはよー、なんで居るの?」

 

翌日の朝、起きて来た妹にいきなり鋭利な刃物でぶっ刺されたような切れ味の言葉を聞かされた。

 

「おい小町、俺が家に居ちゃ悪いか?なんなら今後もずっと家に居る予定なんだが?」

 

「うん、悪いから将来的には出てってね」

 

やめて、そんな目でお兄ちゃんを見ないで!将来の事とか考えたくもないから!!

 

「いや、お兄ちゃんこの時間ならもう学校行ってるし…」

 

あぁ…その事ね。冷泉を起こす必要がなくなったから、こうして朝ゆっくりとマッ缶片手にティータイムと洒落混む事が出来るのだ。

 

早朝から始まったこの一人聖グロリアーナ状態は、「こんな格言を知っていて?」と呟いたところで返事も返ってこない。

 

あっ、ちなみにうちの両親だが、もう仕事に出掛けている。社畜って本当に悲しいなぁ…。

 

「冷泉さん…起こしに行かなくていいの?」

 

「いいんだよ、そろそろあいつにも自力で起きてもらわんとな」

 

時計を見れば、まだ時間的には全然余裕はあるが…ちゃんと起きれただろうか?

 

「………」

 

「そんなに気になるなら様子見に行けばいいのに」

 

「いや行かないし。せっかくこうやって朝ゆっくり出来るんだからな」

 

「…お兄ちゃんの性格ならこの場合寝てるでしょ。それをわざわざ朝早く起きてるって事は、やっぱり気になってるんじゃないの?」

 

「………」

 

いや、なんつーか目覚ましもセットしてないのに自然と目が覚めてしまったのだ。身体に染み付いた習慣というか。

 

「それに冷泉さんも、お兄ちゃんに起こしてもらいたかったりとか!!」

 

「いや、それってただ単に横着なだけだろ…」

 

「…わかってないなぁ。この場合はお兄ちゃんってのが重要なんだよ、今の小町的にもポイント高いかも!!」

 

なにそれ?俺のこの腐った目は起きがけに見るにはなかなかキツいもんがあると思うんだけど…。前に朝、顔を洗いに洗面台の鏡見て自分でもドン引きしたくらいだ。

 

いや、そう考えたら確かに良い眠気覚ましにはなるかもしれないけどね。あぁ、俺に起こしてもらいたいってそういう事。

 

「なら明日からは小町の事も起こしてやろうか?」

 

「あ、それは別にいいから」

 

ちょっと小町ちゃん、真顔で拒否するの止めてね、お兄ちゃん傷付くから。

 

これでも昔はたまに起こしてやってたんだけどな…、すっかりその必要もなくなったか…。兄として嬉しくも思うが、同時に少し寂しくもある。

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

ジリリリ…とけたたましくなる目覚まし時計を順番に止めていくと、冷泉 麻子はむくりと布団をかぶったまま身体を起こした。

 

「…朝はなぜ来るのだろう」

 

頭はまだ覚醒しておらず、寝惚け眼ではあったが…無事に時間通りに起きる事ができた。

 

「…どうだ、私だってやろうと思えば自力で起きられるんだ」

 

静かだった。呟いた一言は、目覚まし時計も止まり、シーンっと静まりかえった部屋に響く。

 

それは久しぶりの感覚だった。両親が亡くなり、祖母が入院し、学園艦内の一軒家に一人で住む事になってから久しぶりの感覚。

 

いつの間にか恒例となっていたいつもの朝のやり取り。目が覚めると彼が居て、文句を言い、言われながらも、自分と起きる起きないで言い争う。

 

そんな毎朝のやり取りのおかげか、今朝が余計に静かに感じてしまう。

 

「………」

 

少し呆然としていた冷泉は、チラリと時計を見る。今から準備すれば学校には余裕で間に合うだろう。

 

それを確認し、冷泉は再び布団の中に身を丸めた。

 

瞳を閉じる。目覚まし時計は全て止めた、もう自分の睡眠を妨害するものは何もない。

 

そう、いつも朝起こしに来る彼以外はーーー。

 

次に目を開ければ、そこにはきっと…。

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…おはよう、比企谷さん」

 

「今は昼だ、アホ」

 

「…成績なら比企谷さんより上だ」

 

そういう事を言ってるんじゃない。まったく…頭が良い分余計にタチが悪いというか。

 

かったるい午前の授業が終わり、さらにかったるくなるであろう午後からの授業に備えるべく、昼休みを堪能しようかと思っていたら…そど子さんがやって来た。

 

なんでも冷泉がまだ学校に来ていないと。しかしなんでそれを俺に言うのか、そしてなんで俺もわざわざ自転車飛ばして来ちゃうのか。

 

いや…まぁ、午後からは選択授業、つまり戦車道の授業があるからな、冷泉が居ないとまた河嶋さんに怒鳴られるし仕方ないか。

 

…ちょっと待て、よくよく考えたらなんで俺が怒鳴られるんだ?そど子さんといい、いつの間にか俺、冷泉の係みたいな扱いになってない?

 

「言い訳なら聞くぞ」

 

「寝坊した」

 

「言い訳くらいしろよ…」

 

話が終わっちゃう上に納得するしかないじゃん、それ。

 

「布団が誘惑してくるのが悪い。比企谷さんもどうだ?一緒に寝ないか?」

 

「寝るわけねぇだろ…」

 

ちょっと…寝惚けてるのか、ただ単に寝たいのか知らないけどさ、さらりととんでもない誘惑しないでくれない?

 

「いいからさっさと準備しろ、昼休み終わっちまうぞ」

 

「…はいはい」

 

適当な返事だがスッと立ち上がる。…なんだか思ってたよりずっと寝起きが良い気がする。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

…というか機嫌が良いのか?基本的に起こされるのを嫌がるこいつは、朝は基本的に機嫌が悪いので珍しい。…いや、思い出した…今昼だったわ。

 

「お前のおかげで昼飯食い損ねたじゃねぇか」 

 

今から学校に戻っても食べる時間は無い、食べ盛りな男子高校生にとってこれはキツい。

 

「昼ならここで食べていけば良い、起こしてくれた礼だ、たまには私が作る」

 

「いや…お前料理できるの?」

 

「おばぁに教わったからな、沙織程上手くはないが」

 

ならなんでたまに朝飯俺に作らせてたの?このものぐささんめ…。

 

「そういえば今度、おばぁが差し入れにおはぎを持ってくると言ってたぞ」

 

ばっちゃのおはぎとか、どうしても針を連想してしまうのはあのひぐらしが鳴いてそうなアニメの影響だろう。

 

「婆さん、退院したのか?」

 

「あぁ、決勝戦も見に来ると言っていた」

 

そっか、そりゃ良かった…冷泉も嬉しそうだな。

 

…そういやあの婆さん、前に冷泉に見せる為にタップダンスの練習してるって言ってたけど…大丈夫かな?まさかやるつもりじゃないよね?

 

「しかし、今から昼飯作ってたら午後の授業に間に合わない…のは、この際別に良いか」

 

「…良いのか?」

 

「俺には冷泉を起こしに来たっていう大義名分があるからな、授業サボっても文句は言われん」

 

生徒会の許可もとっているし、戦車道の授業にさえ間に合えば良いだろう。職権濫用とでも言われそうだが、そこは冷泉が悪い。

 

「比企谷さんらしいな…」

 

「いや、お前のせいだからな」

 

「そうだな…、すまない」

 

一応はちゃんと反省はしているのか。まぁ俺も今回の事は急に言い出した事だし、責任がない訳じゃないが。

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「んじゃ…行くか」

 

「あぁ」

 

結局昼飯をご馳走になり、自転車に乗り込むと当たり前のように冷泉が後ろに乗ってきた。

 

「おい、あんまくっつくな…漕ぎにくいだろ」

 

「学校につくまでにもう一眠りしておく」

 

そう言うと冷泉は俺の腰に手を回すと背中に身体を預けてくる。え?本当にここで寝るつもりなの?

 

…っていうか近いから!背中から冷泉の暖かさを直に感じてしまう。先ほどまで布団でぬくぬくしてたせいか、なんか妙に暖かい。

 

「ふらふらしてて眠りにくい…」

 

当たり前だ!あとこの状況で喋られると、自然と耳元で声がするから本当に勘弁して、事故っちゃうから!!

 

なんかいつもより密着してきてないか…こいつ?

 

「…そういやそど子さんが心配してたぞ、後でちゃんと謝っとけ」

 

「…わかってる」

 

冷泉とそど子さん、一見すると冷泉の遅刻のやり取りで犬猿の仲にも見えるが、其猫とネズミの関係というか、ルパンの孫と銭形の子孫の関係というか、まぁそんな感じだ。

 

なんせ冷泉を心配して昼休みにわざわざ俺の所に来たくらいだし。…最初はまた反省文でも書かされるのかと思った。

 

「どうやら…低血圧が少し良くなったくらいじゃ駄目らしいな」

 

「ったく、そんなんで来年どうすんだよ…、もし廃校になったら誰も起こす奴居なくなるかもしれないぞ」

 

大洗学園が廃校になれば、生徒はバラバラになるだろう。何人かは同じ学校に編入されるかもしれないが、そう都合よく知り合いが固まる可能性は低いだろう。

 

「…なら、これからも比企谷さんに起こして貰う為にも、決勝戦は負けられないな」

 

「いや…だから自力で起きられるようにしろよ」

 

廃校回避出来たとして…なんで来年も俺に起こしてもらうこと前提なの?

 

「っと!?」

 

不意に…冷泉が俺の腰に回している手をぎゅっと強く握る。当然背中の密着はより強いものになり、彼女はそのまま俺の背中に顔を埋めた。

 

「…冷泉?」

 

様子を見ようにも自転車で2人乗りの最中、背中に顔を押し付けられていては、冷泉の表情はわかるはずがない。

 

ただ彼女の体温の暖かさと、息づかいだけが感じられた。

 

「…来年は一人で起きられるように頑張る。だから今は…もう少しだけ、このまま続けてもいいか?」

 

「………」

 

いや…まぁ、また今日みたいな事になってもアレだしな。

 

「もう少しだけ…な」

 

冷泉からは返事が返ってこない。…代わりにすぅすぅと規則正しい息遣いが聞こえる。後ろは見えないが本当に寝やがったのかよ、こいつ。

 

相変わらず腰に回された手はぎゅと握られていて、身体は俺に預けられたまま。そんな状態で全力で自転車を漕げるはずもなく、速度は自然とゆっくりになる。

 

…なんとか戦車道の授業には間に合いそうだが、この状況でよく寝れるよな、将来心配になってくるぞ。

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

自転車のペダルを漕ぐ彼の背中に身体を預けながら、冷泉 麻子はスッとまぶたを開けた。

 

少しずるい手を使った罪悪感、彼女のお婆さんにバレればまた説教が待っているだろう。

 

それでも…彼女は満足そうに微笑むと前にある暖かい背中に身体を預け、ゆっくりとまた、まぶたを閉じる。

 

ーー願うなら、もう少しこのままで、と。

 

 


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