やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
あえて正直に言おう、私はエリみほが好きだ、それもストレートなのじゃなくて複雑な心境のめんどくさいやつが。
ところで戦車道で地雷ってありなの?カバさんとかウサギさんチームがなんかありっぽく話してましたけど。
「エリカさん!早く隊長の所に!!」
「ッ…、わかってるわよ!小梅!!」
煙幕を目前に、逸見エリカは二両のパンターと共に"姿の見えない何か"との砲撃戦を続けている。
撃破した大洗の車両の報告は受けている。消去法で考えれば、今煙幕の中に居るのは三式中戦車だけのはずだ。
だが煙幕の奥から来る砲撃は1両ではあり得ない連発性を持つ、正体不明な何か。
それに西住まほが一騎打ちに持ち込まれた焦りが加わり、逸見の判断を鈍らせる。
「嫌らしいやり方してくれるじゃない…」
煙幕の中に姿を隠し、こそこそと正体不明の攻撃を繰り返す。
黒森峰の頃の彼女…西住みほともまるで違う戦い方。
こういう陰湿な戦い方をする人物を、逸見エリカはすでに知っている。
全国大会の初戦でファイアフライを押さえ付けたあの作戦を、二回戦のデコイによる囮も、準決勝の最後を決めた欺瞞作戦もきっとそうだ。
陰湿で邪道、こちらの嫌な所をついてくるそのやり方に、嫌でもその男の顔が浮かんでくる。
「…あいつ」
この作戦の首謀者は間違いない。例えそれが逸見にとって認めたくない事だとしても。
戦車道において素人同然の部外者。今も試合に出ている訳ではないその男の策略に自分が嵌まっているなんて本来、考えたくもない事だ。
だが、この状況が全てを物語っている。
袋小路にフラッグ車を追い詰める圧倒的に優勢だった試合だが、隊長は分断され、自分は目の前の煙幕一つで押さえ付けられている。
認めたくはないが…、認めるしかない。
この煙幕を仕掛けたのはあの男だ。だったらその目的は?
決まっている。フラッグ車同士の一騎打ちが決まるまで自分達を足止めする為の時間稼ぎだ。
だったらこのまま撃ち合いを続けるのは愚行、かといって戻って別の道から進むのも相手の思うつぼだ。
そうなると答えはもう決まっている、正面からこの煙幕を突破するしかない。
煙幕の中に正体のわからない敵が居ようと、罠があろうと、それごと潰してしまえば良い。
撃てば必中、守りは硬く、進む姿は乱れ無し。
鉄の掟、鋼の心、西住流の教えであり、黒森峰の王者に相応しい戦い方だ。
それをこんな煙幕一つを前に躊躇して、誰が王者と呼ぶか?
「各車、合図したらあの煙幕に突入するわ…」
『え、エリカさん、でも…』
「早く!さっさと準備しなさい!!」
『…わかりました』
今一番優先させるべき事は、自分達の隊の車両を、1両でも多く隊長の所へ援護に向かわせる事だ。
大洗が仕掛けたフラッグ車同士の一騎打ちを受けたのだ、もしかしたら隊長はこの事に怒るのかもしれない。
だが、それとは別に逸見エリカは、どうしてもこの試合に勝たなければならない理由がある。相手が西住みほならなおのことだ。
ーーー私怨はある。当然だ、許せるはずがない。
去年の決勝戦の話ではない。問題はその後だ、彼女は黒森峰から逃げるように転校した。
全て放棄して、その後を隊長や私達に押し付けて、姿を消した。
まだ許せた。噂で戦車道を辞めたと聞いた時は仕方ないとさえ思った…あんな事があったのだから。
しかし彼女は他の学園で戦車道を続けていて、今度は敵として私達の前に出てきたのだ。
抽選会でその姿を見た隊長が、どんな気持ちだったかはわからない。
いや…それを言うなら私の方もそうだったのだろう。
「…なんであんたが、"そっち"に居るのよ」
『エリカさん…?』
「…なんでもないわ」
終わった事、過ぎた事、"あったかもしれない事"を考えても仕方ない。
考えるべきは勝つことだ。
今年こそ…、隊長の最後の大会となるこの大会こそ、黒森峰は勝たなければならない。
「行くわよ…突入!!」
砲撃の合間、わずかな隙をつき、逸見エリカが合図する。
ティーガーⅡに二両のパンター、この戦力なら煙幕の中に何が潜もうと対処は可能だ。
「加速しなさい!一気に突っ切るのよ!!」
煙幕の中へ、視界は包まれ前は見えないが、加速すれば突破は容易のはずだ。
「早く、隊長の所へ…」
だから、逸見エリカはまっすぐに前だけを見つめていた。
だから、逸見エリカは足元にある"それ"に気付かなかった。
煙幕を抜ける、その瞬間ーーー。
「えっーーー」
ティーガーⅡが何かにぶつかる。加速していた車体がぶつかった事で車内が大きくぐらつき、停止した。
下を見ればそこにあったのは道を遮るように薙ぎ倒されていた一本の電信柱。
「なっ…」
煙幕の中に仕込まれていたそれは、ティーガーⅡの動きを強制的に停止させる。
その電信柱を確認していた逸見は顔を上げる。気が付くと煙幕はすでに抜けていて、すぐそこに相手の三式中戦車が見える。
その砲身はこちらを向いていた。
『エリカさん!!』
横から赤星の声が聞こえてくる。
反撃は間に合わない、回避も間に合わない、対処が間に合わない。
私が…負ける?こんな所で、こんなものに躓いて?
刹那、三式中戦車から砲撃が放たれ、辺りは再び煙に包まれた。
ーーー
ーー
ー
「………」
あの状況で臆せず、突入に踏み切った逸見には素直に感心するが、それはこの作戦にとって最大の悪手ともなる。
五十鈴がハメ技と言った事も、なるほど、上手いこと言うものだと思う。
この作戦は極めて単純で、それでいて凶悪なものだ。
視界を奪う煙幕の中に進行を遮る障害物を置いておけば、それに気付けと言う方が無理な話である。
煙幕の前で砲撃戦をしても、引き返しても時間は稼げる、中に突入すればこの障害物にぶち当たる。
障害物にぶち当たり一瞬でも動きが止まれば、必殺一撃を喰らわせる事ができる。
「つまり…彼女達は」
「えぇ、最初から詰ませてます」
どう行動させてもこちらが優位になるように仕掛けた罠だ。あの時、分かれ道をこっちに進んだ時点で逸見は詰んでいる。
「なるほど…下に何があっても気付かない、とはこのことですか」
「煙幕で視界を奪って障害物で足止めとは…」
「えげつないわね…」
まぁ予想通り引かれるよね。もう慣れてきたし別に良いけど。
「え?そうですか?」
おぉ!小町はさすが俺の妹だけあってわかってくれるようだ、これは八幡的にもポイント高い!!
「小町はお兄ちゃんの事だから、てっきり地雷でも仕込んでるのかと思ったんですけど…」
「…お前はお兄ちゃんをなんだと思ってんだ」
そもそも戦車道って地雷とか使えるの?だったら俺の方も戦略が広がって万々歳なんだが…。うん、さすが小町、お兄ちゃんの事よくわかってるぅ!!
「…これで決着かしらね」
「いくらティーガーⅡでもあの距離から無防備な所を食らったんだ、無事ではすまないだろ」
そうであって欲しい…というか、そうでなくては困る。もうこっちの手札は全て使い尽くした。
だからこれは逸見を、あいつを倒す為に考えた正真正銘最後の作戦だ。
『黒森峰女学園ーーー』
アナウンスが入る、白旗が上がったのだ。
『ーーーパンターG型、行動不能』
…ん?あれ?
「マジかよ…」
パンター…だと?じゃあティーガーⅡはーーー。
ーーー
ーー
ー
「小梅!!」
『エリカさん…良かった』
完全にやられたと…逸見エリカは思っていた。実際、ティーガーⅡがあの状況で出来る事はなかったからだ。
だがその瞬間、自身の乗るティーガーⅡは再び衝撃を受ける。今度は前からでなく、横から。
それが赤星の乗るパンターで、ぶつかり押し退けた事で位置がズレ、砲撃を代わりに受けたのが彼女だという事はアナウンスと共に理解した。
「ッ!照準、三式に合わせて!!」
理解したなら、まずやる事は一つ。
どういう仕掛けかはわからないが、この三式中戦車は砲撃後のスパンが短い。
だが、すでに装填されたティーガーⅡと砲撃直後の三式なら、どちらが速いかは比べるまでもない。
「撃てッ!!」
ティーガーⅡの砲撃は三式中戦車に命中し白旗を上げさせる。もちろん、他に戦車が隠されている様子はない。
「小梅…あんた」
『ふふっ…良かったです。今度は足手まといにならなくて』
「…馬鹿ね」
去年の事を言っているなら、あれは事故だ。試合の結果だって元副隊長が勝手に飛び出してやった事が原因だ。
だが、今はそんな事を言っていられる状況じゃない。だから…代わりに一言だけ。
「でも…お礼は言っておくわ。ありがとね、小梅」
『はい、…隊長をお願いします!!』
「えぇ、任せなさい」
電信柱を残ったパンターの砲撃で破壊し道を作ると、逸見は再び進軍を開始した。
「各車、隊長の援護に向かうわ!ポルシェティーガーを落とすわよ!!」
黒森峰の副隊長として、彼女の最後の戦いもまた始まる。
ーーー
ーー
ー
『大洗学園、三式中戦車、行動不能』
「えーとだな、これは…つまり」
「…作戦失敗ね。いえ、ここはあの瞬間に割り込めたパンターの方々を素直に褒めるべきかしら」
「そう簡単に割りきれるもんじゃないですよ…」
…最悪だ、あんだけ格好つけて任せろとまで言い切ってこの体たらくである。
今もまだまほさんと激しい一騎打ちを繰り広げているあいつらにもあわせる顔が無い。てか、どんな顔して会えばいいって言うんだよ…。
自信はもちろんあった。最後の瞬間は確信していた。だが、結果逸見エリカの撃破には失敗した。
最後の最後、肝心な時に役に立たないのが自分らしくて、…やはり俺はそんな自分が嫌いになる。
「マックス、作戦の全てが自分の思っていた通りになるなんて考えているなら、それは傲慢よ」
「…厳しいですね」
「当たり前よ、それが戦車道なんだから」
「まだ負けた訳じゃないんだし、気持ちを切り替えなくっちゃね!!」
…この人達とこの試合を見れて良かった。一人だったら下手するとここで逃げていたかもしれない。
「それにしても…あのパンター」
あれさえあそこで割り込んで来なければ…と、モニター越しに恨みの視線を送ってやる。
「…まだ言ってるの、未練がましいわね」
そりゃ言いたくもなる。どうやら撃破された事で乗っている奴が出てくるようだが、いったいどんな奴が乗っているのやら。
ん?やや!!…あ、あれは!あ、あああ赤星じゃないか!!
「さっきも言ったけど、あれはあの瞬間に割り込めたパンターの方々を褒めるべきよ」
「ですよね!あそこで割り込めるとかその判断力、マジ褒めるべきですよね!頭とかなでなでとかするくらいには!!」
いいこいいこって超頭撫でたい、あの少しふわふわな癖毛をわしゃわしゃと撫で回したい。
「えぇ…」
「お兄ちゃん急にどうしたの?なんか変だよ…、あとキモい」
おっと失礼、いきなりの登場に一瞬我を忘れてしまったようだ。
「だよなー変だよなー、キモくはねぇけどよ」
ふぅ、危ない危ない。そうだった…黒森峰には赤星も居るんだよな。
…去年川に落ちて西住に助けられた彼女が、今年は仲間を助ける為に行動できたって事か。
うーん、控え目に言ってやはり天使かこの子…。これがきっと私に天使が舞い降りた!!ってやつだね。