やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
と、それは冗談としてちょっといろいろ忙しくて執筆が遅れました、すいません。
『ただ今より、第63回、戦車道全国大会の表彰式を始めます』
景色はすっかり赤やけの夕方。この長い1日…いや、この長かった戦車道全国大会もこの表彰式で閉幕となる。
祝勝会の準備も大方終わり、各高校の生徒も表彰式を見ようと集まっている。
「いよいよだね、お兄ちゃん」
「小町か、そういやお前見なかったけど何してたんだ?」
「せっかくだから他の学園の人とお喋りしてたの。いやー、お兄ちゃんも隅に置けないね!これで隅っこの似合う男ナンバーワンは返上だよ!!」
「そんな通り名を名乗った覚えねぇよ…」
小町の奴、まーた裏でこそこそやっていたのか。これだけ他の学園艦が集まってる事を考えると、小町のコミュリティが高まり溢れつつあるな。
「いいか小町、テレビでも冷蔵庫でも、必要なもんってのはだいたい隅っこに置いてあるんだよ。つまりだ、基本隅っこに居るぼっちは超有能なまで…、あぁ、いやーーー」
「あれ?どうしたの?いつもの自虐にキレが無いよ?」
自虐にキレが無いとかいうダメ出しはある意味誉められている気がしないでもないが…。
「…ぼっちを名乗るにも資格が居るんだよ」
しかもわりと審査に厳しい資格が。資格を持っている君、就職活動では誇らしげに履歴書に書いてみよう、落ちるから。
例えばリア充が「リア充爆発しろ」とか宣えばお前が爆発しろというのと同義で、ぼっちじゃない奴がぼっちを名乗るのは全てのぼっちに対する冒涜だ、そんな恐ろしい罪を俺は被れない。
もちろん過去を否定する気はない、必要はない、後悔もない。
ぼっちには誇りを持っているし、それを否定する世界とはいずれ戦うつもりもある…世界を相手にするとかとんだセガールだわ。
「ふっふふふー♪そっかそっかー、お兄ちゃんが、へー」
「…なんだよ、なんか文句あるのか?」
なんだよその笑顔、鬱陶しいな。
「んーん、これは嬉しくって笑顔になってるだけだよ、今晩はお赤飯炊かなきゃね!!」
「こんだけ飯あるんだからいらねーだろ…」
ちょっとサンダース、アンツィオ、プラウダの皆さんが張り切りすぎちゃってテーブルには山ほどの料理が並んじゃっている。
「…まぁいいや、じゃあな小町」
「うん、わかってる、どうせ後ろの方で見るんでしょ?」
さすが小町だ、俺の事なんてお見通しとでも言うようにひらひらと手を振る。
この兄妹の絆には、近々俺も家で代々受け継がれてきた神楽をヒノカミ的に舞っちゃいそうになるな、やはり長男は強いのだ。
「さって…」
小町と別れてそのまま会場の一番後ろへ、ここなら全体が見渡せる。
聖グロリアーナ、サンダース、アンツィオ、プラウダ、黒森峰。
戦車道において強豪と言われる彼女達が、今は観客席側に居る。
そして表彰台に上がるのはーーー。
「優勝!大洗学園!!」
蝶野教官の宣言と、優勝旗をもって少しよろめきそうになった西住。
その西住を中心に、大洗学園戦車道メンバーが表彰台の上に立つ。
西住達あんこうチームが。
生徒会のカメチームが。
歴女のカバチームが。
バレー部のアヒルチームが。
一年共のウサギチームが。
風紀委員のカモチームが。
オンラインゲーマーのアリクイチームが。
自動車部のレオポンチームが。
ある者は恥ずかしそうに、ある者は誇らしげに、そしてある者は号泣しながら(河嶋さん)。
彼女達はその壇上へと上がる。
大洗学園の軌跡が、そこにある。
「おめでとう」
「コングラッチュレーションッ!!」
「ハラショー!!」
歓声と声援、鳴り止まない拍手が彼女達を包む。
「………」
きっとーーー俺はこの光景を忘れないだろう。
あのステージには上がれなくても。
拍手や声援を浴びる事は決して無くても。
…それでも、俺はこの光景を忘れる事はないだろう。
「…ぼっちとか、もう言えねぇよな」
それを再び言ってしまえば、彼女達への裏切りとなるのだろう。
…人に好かれてる奴がぼっちを名乗るとか、ぼっちの風上にも置けねぇもんな。
ーーー
ーー
ー
表彰式も終わり、そろそろ大洗のメンバーも祝勝会に参加した所だろうか。
そんな中、俺の足取りは姉住さんに教えて貰った場所へと向かっていた。うん、足取りが重い。
『表彰式が終わったら顔を出して欲しい』とは蝶野教官の言葉らしい、つまり呼び出しだ。それも俺を名指しで。
蝶野教官に名指しで呼ばれるといえば聖グロリアーナとの練習試合が嫌でも思い出される。俺のやらかしのせいで大洗が反則負けとなったあの試合だ。
さすがに表彰式で優勝宣言しちゃったのに実は反則負けでした、なんて展開は無いとは思いたいが、警戒してしまうのは仕方ない。
まーた俺、何かやっちゃいましたか?これだけいろんなやっちゃってるなら、そろそろ異世界なろう主人公を名乗っても良さそうなもんだが…そもそも今回は本当に身に覚えがないのだ。
あえて重箱の隅をつつくのなら電信柱と橋を壊したくらいだろう。あー…これはやっちゃってますねー。
とにかく、身に覚えのない(すっとぼけ)呼び出しが一番心臓に悪い、もうばっくれちゃいたい。
「いえ、私もまさか優勝してしまうとは思わず……」
「…ん?」
姉住さんに教えられた建物の入り口からスーツを着た男が電話をしながら出てきた。
メガネにスーツ、ぴっちりした髪型がいかにもサラリーマン風というか、その電話でおどおど会話している姿が完全に取り引き相手とのやり取りに失敗したサラリーマン風である。
「はい、その、ですが約束が…、い、いえ、なんでもありません!!」
その男は電話に集中しているのかこちらに気付く事なく俺の横を通りすぎていく。よくわからんが将来働きたくない事だけはよくわかるお手本だった。
世間一般では働き方改革とよく言われているが、それよりも早急に働かないで良い改革を進めるべきだと俺は進言したい。
…ん?でもここって戦車道関係の建物だよな?さっきのあの男も戦車道の関係者だったりするのか?
建物に入り言われていた部屋へと向かう。一息深呼吸をいれると重苦しい扉をノックした。
「どうぞ、遠慮しないでいいのよ」
「…失礼します」
部屋に入ると蝶野教官がにっこりと微笑みかけてくれた、なんかもう怖い。
笑顔というものは基本的に相手への威圧行為なのだ、ここは初手土下座が安定だろうか…。
「ちょっと待ってね、今お茶をいれるわ。麦茶でいいわね?」
「い、いえ…お気遣いなく」
「若いうちは遠慮しちゃダメよ、ほら!座って座って」
言われて仕方なく椅子に座る。対面には先ほど蝶野教官が座っていた場所ともう一つ、2つの湯飲みが置いてある。
「…誰か居たんですか?」
一つは蝶野教官が使っていた物だとして、もう一つ置いてあるしおまけにまだ中身が残っている。
「あー、そうね、ついさっきまでね」
「?」
少し面白そうに微笑んだ蝶野教官が麦茶を俺の前に置いて元の席に座る。気にはなるが…とりあえず。
「あの…すいませんでした」
「どうして謝るのかしら?」
安定の初手謝罪は蝶野教官にはいまいちピンと来なかったらしい、という事は怒られる展開ではなさそうだ。
「えと…電信柱とか、橋とか壊しましたし」
「あぁそれ?いいのいいの、あの会場は試合用に用意したものなんだから」
よーし、セーフセーフ。というか試合用に街一個作るって考えると戦車道って予算の使い方ぶっ飛んでるよね。
それなら電信柱の一つや二つ、建物の一軒や二軒潰しても問題無かったか…。
「…とはいえ、直す事には変わらないんだけど」
…セーフ、だよね?なんかそこだけトーン低いんだけど、いつものルー語はないの?
「そうね、ベリーナイスな試合を見せてくれたんだし、それでチャラよチャラ」
「はぁ…ありがとうございます」
…となると、俺をわざわざ呼び出した理由はなんなのだろう?
「改めて優勝おめでとう、私も指導した者の身として嬉しいわ」
指導…うん、してましたよね。バーっとやってズガーンと進んでドバババーンな指導を。
「それはあいつらに言ってやって下さい」
そのバッキャーン(擬音の語彙力不足)的指導についていけたのは戦車道メンバーのあいつらだ。
今思えば素人集団でスタートした大洗だからこそ、変に固定観念がない分その手の指導にも柔軟に対応できたのかもしれない。
「そうね、あの子達は素晴らしいわ。それにあなたもね」
「…俺ですか?」
「いつかあなたが評価される日がきっと来る、覚えてるかしら?」
…そういえば、練習試合の終わり際になんかそんな事を言われた気がする。正直あの時は気持ちに余裕がなく、そこまで深く考える事はなかった。
「比企谷君、もし戦車道に男性の部門が出来たら…どうかしら?」
「どうって…戦車道は乙女の嗜みでしょう?」
「もちろん人数はまだまだ少ないけど、試験的にそういう試みがあるの、女子プロレスみたいなものかしらね?」
なにそれ?世界で一番強くなりたいの?女同士のがっぷり合いは需要あるだろうが、乙女の嗜みと言われる戦車道でそれは炎上する未来しか見えないんだが…。
「それで比企谷君、あなたをそのチームの一つにスカウトしたいの、どう?」
満を持して、自信満々に、蝶野教官はそう高らかに宣言した。
「…お断りします」
「そう、それなら早速話を…、え?」
…そんな予想外みたいな顔されても困るけど。
【比企谷 八幡、男子戦車道偏】への突入はありませんのであしからず。
「あなたが戦車道でブイブイ言わせる日が来るかもしれないのよ?」
ブイブイって…ついにルー語でもなくなって来てる気がする。
「いや、そもそもなんで俺なんですか?実績なんて何もありませんよ?」
比企谷八幡に背景は無い、と書けば聞こえだけは格好いいよね。中身を開けば要は無職で無色なもんなんだが。
「実績なら大洗の優勝で充分よ。それに…会長さんから聞いたけど校内での練習試合には参加しているんでしょう?」
「まぁ、人数合わせみたいなもんですが」
「西住流とそれだけ手合わせした経験のある男の子なんて君くらいよ」
それは…確かにそうかもしれない、とはいえだ。
「…毎回ぼこぼこにやられてますけどね」
「ふふ、西住さんも容赦ないのね?」
いや、本当に可愛い顔して容赦ないしえげつないんだよね、さすが西住流だわ。
「で、どうかしら?この話」
「そうですね…持ち帰って前向きに検討させて善処させて貰おうかと思います」
つまり皮肉断り文句の欲張り詰め合わせセットだ。
「そう!グッジョブな返事が聞けて良かったわ!!」
いや、通じて下さいね?この人の場合ストレートに取りそうで怖いなぁ。
「すいませんがそろそろ…」
「そうね、祝勝会の時に呼んじゃってごめんなさい」
ん?この人に祝勝会の話なんてしたっけ?あぁ、姉住さんから聞いたのか。
「…蝶野教官も参加してきます?」
ふとテーブルに並ぶ大量の料理が思い出される。なんならこの人にも食べるのを手伝って貰おう。
「気持ちは嬉しいけど、私もこの後飲む予定があるの」
ふむ、俺達の祝勝会とは違い、飲む、と表現するのがいかにも大人らしい。
となるとやはりお酒の席となるのだろう、そりゃ高校生の祝勝会に参加している場合でもないか。
「祝勝会も良いけど、羽目を外しすぎちゃダメよ?お酒とかもちろんNGなんだから」
「…ノンアルコールビールなら良いですよね?」
「ノーコメントで」
おい、それで良いのか自衛官。
ーーー
ーー
ー
「もう良いですよ、西住師範」
「…そう」
比企谷八幡の退出後、蝶野教官が声をかけると西住しほが部屋の奥から姿を見せた。
「彼の名前を出したら急に隠れましたけど、お知り合いなんですね」
「えぇ…少し」
とはいえ、なぜ隠れる必要まであったのか?蝶野教官は少しだけ疑問に思いながらも、西住しほのその表情にそれ以上の言及は避けた。
「あなたが紹介したかったのは彼なのね」
西住しほは席に戻るとコップに残っていた麦茶を飲む。
「はい。それにしても彼は西住流とは縁があるんですね、師範にみほさん、まほさんも」
ドンッと西住しほがテーブルにコップを置く。トン、ではなく、ドンッと。
「師範?」
「…まほも?」
「ふふっ、ご存知ないんですか?せっかくですからこれからゆっくりお話しますよ」
蝶野教官はそう言いながら楽しそうにお酒をクイッとやるジェスチャーを交えた。