やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】   作:ボッチボール

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ただひたすらイチャイチャするだけの話とか、果たして需要あるのだろう…?


それは、彼と彼女の暑い夏の1日。

大洗学園の帰港日の大洗町はいつもの何倍もの活気を見せる。なんせ大洗学園の人口でさえ約3万人。その全員が船を降りる訳ではないが、長い船旅の帰港となれば艦を降りて思い思いに羽を伸ばしたい生徒達も多いだろう。

 

実際、歴女グループのおりょうなんか帰港が近付くにつれて「歴史が呼んでいるぜよ、大洗を今一度洗濯したく候う」とか妄言めいた言葉をぶつぶつ呟いていて恐怖だった。大洗って地名なんだし、そもそも洗濯必要ないんじゃないかなぁ…。

 

学園艦の降り際にテント一式を用意していた辺り、たぶん【幕末と明治の資料館】のキャンプ場に泊まり込む気満々なんだろうが、今日の帰港は日帰りなので後で風紀委員に連絡して撤去して貰おう。

 

まぁそれは極端な例だとしてもだ。あるいはアウトレットへの買い物だったり、実家への顔見せだったり、近場の自動車整備工場へ手伝いに行ったりと生徒達もせっかくの帰港を満喫している事だろう。…自動車部の皆さんがそれで良いなら何も言わないんだけど。

 

とはいえせっかくの帰港日にここ、【大洗磯前神社】を訪れる生徒となるとよほどの神社やパワースポットマニアでもないと少ない。観光名所としては有名ではあるが、大洗の生徒にとっては地元も地元。

 

そもそも高校生が神社に行く機会なんて初詣か困った時の神頼みをしに来るぐらいだろう。そういう都合の良い時だけ願い事を聞かされては神様もさぞお疲れになるだろう。

 

まだ朝も早い時間という事もあり、境内へと繋がる長い石段を登る者は他に居ない。その静けさをこうして下から見上げていれば、どことなく神聖な雰囲気を感じる。

 

むしろ神聖すぎて部外者の侵入を拒んでいるまである。特にほら、この石段ね。およそ91段にもなる石段は長いは急だわで物理的に拒んでいるんだよなぁ…。

 

「八幡君、大丈夫?」

 

俺より数段上を進んでいた西住が振り返り声をかけてくる。ふわりと揺れる白いワンピースが、この神聖な雰囲気と妙にマッチして彼女をより一層際立たせていた。

 

なにより海が近いせいかこの石段は潮風がよく通り、その度に前を行く彼女のワンピースがふわふわと揺れる。目の前でそれを見れば俺も頑張ってこの石段登っちゃうぞ!!という気持ちになれちゃうものだ。

 

だってここは神社だもの!だったらいつ神風が吹いちゃっても不思議じゃないもんね!!

 

「ごめんね、ちょっと先に進んじゃって」

 

だが西住はてくてくと戻ってくると俺の隣へ、目の前にぶら下がる人参を失った馬ってこういう気分なのかもしれない…。

 

「いや、大丈夫だ。てか西住こそ大丈夫なのか?」

 

とは強がったものの、久しぶりに登ってみるとわりとしんどいものがあるし、なんならもう心臓バクバクいってるまである。

 

それがバレるのも気恥ずかしく、軽く休憩の意味も込めて立ち止まった。

 

「私は大丈夫だよ、それにここは風も気持ちいいし」

 

見れば全然疲れていない元気いっぱいなご様子で。普段あわあわしてるので騙されがちだが、そこは西住流、これぐらいの石段はなんともないと言いたげだ。

 

「いや、その格好でこの石段はちょっとキツいかと思ったんだがな」

 

俺もそうなんだが、今日の西住は帰港日という事で私服を着ている。白い清楚なワンピースとちょっぴり背伸びしたハイヒールが彼女にはとても似合っているが…まぁその、そりゃ夏なんだし、暑いんだけどね、ちょっと肩とか大胆に出しすぎじゃありません?お姉ちゃん(姉住さん)許しませんよ!!

 

「…ちゃんと見てくれてるんだ」

 

「いや、そりゃ…そもそもほら、私服着てる姿がなんか珍しいし」

 

まぁ西住と会うのは大概学校なので当然、制服姿が一番見慣れている。次点でパンツァージャケット…戦車に乗る服を二番目に見慣れているってのはどうなんだろなぁ。

 

「私服でも…普段はこんな格好しないよ?」

 

恥ずかしそうに手をいじいじさせると西住はぽつりぽつりと呟く。や、ちょっと待って、そういう可愛いの止めて!ここは神様の御前で在らせられるぞ!!

 

「そ、そうか?」

 

「うん…今日はちょっと特別、かな?えへへ…なんか恥ずかしいな」

 

止めろ西住ー!神様が見てるぞー!!マリア様とかもきっと見てるぞー!!

 

「と、とりあえず登るか、時間もあんまないし」

 

「う、うん…そうだね」

 

おっかしいなぁー、ちょっと登るの休憩してたはずなのに、休憩前よりもずっと心臓がバクバクいってんですけど…不整脈かな?

 

こんな所で突然死とかしちゃったら神様からの天罰扱いになってしまいかねない。精神的ドキドキと身体的バクバクに襲われ、戦いながら気力を振り絞ってなんとか石段を登りきった。

 

「西住、後ろ」

 

「…え?」

 

続けて登り終えた西住に向けて、ちょちょいと後ろを見るようにジェスチャーを送る。

 

「…すごい」

 

長い石段を登り、後ろを見れば大洗の海、太平洋を一望できる。これを見れただけでも、苦労してここまで登った甲斐もあると思わせてしまう。

 

「ここから見える景色は大洗でも有名どころだな」

 

「すごい!八幡君、詳しいんだね!!」

 

いや、地元民なら誰だって知ってるし、なんなら観光客も事前情報仕入れて絶対知ってるまであるんだが、西住の純粋さが眩しい…。

 

「詳しいってか、そもそもここ、有名な神社だしな」

 

「どんなご利益があるの?」

 

「あー…海難防止とか商売繁盛、それと五穀豊穣とか、いろいろある万能風邪薬みたいな感じだったはず」

 

ひたちなか市にある兄弟神社の酒列磯前神社も合わせれば、ほぼ全てのご利益を網羅してるといっても過言ではない。

 

「その言い方だとありがたみがないよ…」

 

まぁだいたいどこの神社もそうだと思うけど。『無病息災は管轄外ですから、別の神社でお願いします』とか、そういうお役所仕事されるのも嫌でしょ?

 

「あと…まぁ、恋愛成就とか?縁結び系でも有名だったりするな」

 

大洗磯前神社の主祭神である大己貴命は良妻に恵まれ、多くの子宝に恵まれたと伝えられている。

 

「そういえば沙織さんもよくここに来るって言ってた…」

 

…身近に神社パワースポットマニアが居たよ。神様!早く良縁見つけてあげて!!休暇とってベガスに行ってる場合じゃないよ!!

 

「なんかもう、その努力が実って無さそうなのが悲しいなぁ…」

 

なんかもう…神様が救わないなら俺が救うしかないじゃん!!とまで思えてしまう。

 

「ううん…、それはちゃんと実ってると思う」

 

そんな事を思っていると西住が少しだけ微笑んでそう答えた。

 

微笑んでいて、どこか複雑な。

 

「私達もお参りしよう、きっと素敵なご利益があると思うな」

 

「まぁ、せっかく来たんだしな…」

 

神社に来て参拝もせずに帰るのも失礼な気もするし、と西住と並んでお社の前へ。

 

財布から小銭を取り出して賽銭箱へ投入し、二礼二拍手と手を合わせる。…とはいえ、ほぼ流れでお参りする事になった訳でパッと思い付くものといえば。

 

まずはなにがなんでも小町の受験合格だ。小町が大洗に合格出来ますように…と、念入りに願掛けし、隣をふと見ると西住はまだ目を閉じている。

 

「………」

 

どうやらまだ願い事が終わっていないのか、うーん…案外欲深さんめ。このまま横顔を眺めているのもどうにも照れ臭く、かといって先に終わらせてしまうのも気恥ずかしい。

 

なので仕方なく、追加の願い事を、もし叶うのであれば。

 

ーーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「八幡君、結構長い間お参りしてたね」

 

「まぁ小町の受験もあるし念入りにな、後は…まぁ、いろいろと」

 

お参りを終えて一息ついたので、小休止がてら近くの椅子に腰掛ける。夏本番の暑さも境内を通り抜ける潮風で少しはマシというものだ。

 

「てか、そう言うお前も結構長くなかったか?」

 

「私も…その、いろいろ、かな?」

 

むしろ君が長かったから追加注文してたんだよ?と視線で訴えると西住は少し言葉を濁して俺と同じように誤魔化す。という事は俺と同じく言いにくい願い事だったりするのだろうか。

 

「そういや願い事って口に出すと叶わないってよく言われるだろ?」

 

神社や流れ星等、願い事を言うというシチュエーションでは最早お約束とさえ言われるこのジンクス。

 

「え?うん、そういえばそうだね」

 

「あれ、嘘らしいぞ。むしろ口に出した方が願い事ってのは叶うらしい」

 

「え?そうなの!?」

 

「まぁ言霊って言葉もあるくらいだしな。有言実行とかも、むしろ言葉に出してこそ夢を叶える決意になるまである」

 

「言われてみれば…そうかも」

 

適当にスピリチュアルやね、な単語を並べると西住の表情が「そうかな…そうかも」となにやら納得したのかうんうんと頷く。

 

「んで、西住は何をお願いしたんだ」

 

「…内緒」

 

…うーん、意外とガード(装甲)が固かったか。これぞ鉄の掟、鋼の心の西住流。たぶん違うけど。

 

「でも、それならなんで願い事って口に出すと叶わないって言うのかな?」

 

「そりゃ世の中がドリームキラーだらけだからな」

 

「えーと…そんなの聞いた事ないんだけど」

 

「基本的に夢とか願い事なんて言っても周りはまず否定するだろ。『無理』『不可能』『諦めろ』って潰しにくる、そんな奴らの事を一般的にそう呼ぶらしい」

 

もしくはバグと呼ぶべきか、どちらにせよ夢を食らい、殺す事に間違いはない。

 

周りから否定され続ければ本人も情熱を失い、やる気を失い、やがてはその夢や願いにさえ否定的になる。

 

…そして、いつの間にか嫌悪する。

 

「そんな事ないと思うな、私は誰かが頑張っているなら応援したいって思う」

 

まぁ…西住はそうだろうな。けど、残念だが世の中そうじゃない奴の方が圧倒的に多いのだ。

 

「いや、俺の専業主夫の夢だってどれだけ周りから否定されてるか」

 

「八幡君…そこはちゃんと働こ、ね?」

 

「ちょっと、人の夢秒で潰しにかかるの止めて?」

 

俺のドリームがキラーされちゃってる。なんならⅣ号戦車の砲撃で木っ端微塵にされちゃってる。

 

「…八幡君の就職祈願もした方が良かったかな」

 

「むしろ神頼みされる所まで追い込まれてんのか…」

 

いや、そんな真剣な表情で悩まなくても…あと、そのお願いを西住にされるのは…なんというか、いろいろむず痒いんですが?

 

「とりあえず磯前神社に関してはこんな所か…」

 

ほっとくとまた参拝しかねない西住を阻止する意味も込めて椅子から立ち上がる。帰りは今度はあの石段降りなきゃならないんだよなぁ…。

 

「そういやここ、わかってるだろうがエキシビションじゃ発砲禁止区間だからな」

 

街中を試合会場にしているとはいえ、あちこちで好き勝手にドンパチをやらかす訳にはいかない。

 

試合会場は大洗町全体だが、その中には砲撃が禁止されているエリアも当然ある。

 

今回のエキシビションマッチで言えば一つは多くの観客が入る予定である大洗リゾートアウトレット。まぁ普通にそんな場所で撃ち合いとか危ないし。

 

「うん、さすがに神社の中で砲撃は出来ないもんね」

 

そしてもう一つがここ、大洗磯前神社だ。神社で砲撃戦とか罰当たりにも程がある。

 

…逆にいえば発砲禁止区間以外はどこでも砲撃戦自由ってわりと大洗の町も狂ってる気がしないでもない、あなたの住んでる家に戦車が突撃するかもしれませんよ?

 

そんなあなたに日本戦車道連盟がオススメするのは戦車道損害保険、試合で壊れたあなたの家も戦車道連盟が新築に建て直します!!…マッチポンプの匂いしかしなくて戦車道の闇を垣間見た気がする。

 

「まぁ、あくまで禁止されてるのは発砲であって侵入ではないから、敵戦車に追われた時逃げ込むには都合が良いとも言える。困った時の神頼みだ」

 

「それはちょっと意味が違う気がするけど…」

 

でも否定はしないって事はいざって時はやるんですよね?やっぱり戦車道となるとガチなんだよなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

大洗磯前神社を訪れたのは観光案内もそうなのだが、時間調整も兼ねていた。

 

神社に営業時間もないので朝早くから訪れるにはちょうど良い。…別に神様が24時間営業してるとか、そういう意味ではないから、そこは勘違いはしないようにね。

 

「あっ!あのバスかな?八幡君、バスが来たよ!!」

 

「来たなぁ…」

 

バスガクルデーとテンションが徐々に上がる西住。小町から情報を貰った後に調べてみたが、ボコミュージアムなる建物はガチで大洗にあった。

 

ただ、あるにはあるが大洗でもかなり郊外というか、街中とはかなりはずれた場所にあるので大洗観光マップにも取り上げられていないのは納得した。近くにある目につく建物も、今はもう使われていない木造の学校があるくらいだ。

 

そんな訳でボコミュージアムへはバスで向かう事にした。バス代を浮かす意味でも戦車に乗って行くという手もあったがさすがに目立つし、また風紀委員にお小言を頂きそうなので止めておいた。

 

このバスに乗ればちょうどボコミュージアム開園時間にも合わせられるだろう、そんな訳でバスに乗り込んだんだが…。

 

「どこに座ろう?」

 

「いや…どこでも良いだろ、これ」

 

バスはガラッガラである。帰港日という事で大洗学園艦の多くの生徒が艦を降りる今日という日なのに、俺達以外一人も乗客は居ない。

 

…ボコミュージアム行きのバスであってるよね?なんかヤバい所行きのバスじゃないよね?

 

「えぇっと…」

 

「まっ、ここにするか…」

 

「うん、そうだね」

 

俺が座るのを待っているのか西住がチラリと俺を見てくるので、適当に後ろの方の席に目を付けて座ると西住も俺の隣に座る。

 

…いや、ほら。席なら選び放題ですよ?好きな所に座って良いんですが、西住がここに座るって言うなら文句はないんですけどね。

 

「楽しみだね、ボコミュージアム」

 

俺達以外乗客は居ないがバスの中という事もあって西住が小声で耳打ちをしてくる、ひゃうん。

 

「そ、そうか…?」

 

突然の不意打ちに驚いたが彼女の方はニコニコだ。この無自覚天然っ娘さんは、ボコが絡んで普段の二割増し(当社比)の無自覚天然っ娘さんになっているようだ。

 

「アリスちゃんから話を聞いてずっと行ってみたいなって思ってたんだ。八幡君、ありがとう」

 

「礼なら小町に言ってくれ、あとそのアリスって情報くれた奴に」

 

ただこっちはその情報元を怪しんでるが、ボコミュージアムにはよく来るらしいので怪しいおっさんとか居ないか注意しておこう。

 

なんなら今後、小町と西住がボコミュージアムに行く機会も増えるかもしれないと考えると、心配で毎回付いてっちゃいそうである。そんなデートの邪魔しちゃ悪いよね。

 

「あの…八幡君、ちょっといいかな?」

 

「ん?」

 

「えぇっと…その、ね?八幡君も一緒にボコミュージアムを楽しんでくれたら嬉しいなって」

 

「っても…あんまりボコの事よく知らないんだが」

 

これからそのボコミュージアムに連れて行く奴が何を言うか、とでも思われそうだが知らないものはよく知らないのだ。

 

知ってる事といえば、ボコとかいう熊のキャラクターが毎回自分から因縁ふっかけて喧嘩売ってボコボコに返り討ちに合う事くらいである。…やだ、俺超ボコに詳しいじゃん!!

 

「だ、だよね?その…だから、ね」

 

彼女はスマホとイヤホンをバックから取り出していた。

 

ははぁん?さては今度はイヤホンとのコラボを狙ってるな。大洗の校章マークとか付けてメーカー希望価格9万円くらいで売るつもりなんでしょ?

 

そんな高価なもんにホイホイお金を払う程オタクはチョロくない。いくらなんでも足元見すぎでは?とか適当考えていると西住はイヤホンの片方を俺へと向ける。

 

えーと?何?と視線で西住に問うと彼女は恥ずかしそうにぽつりぽつりと呟いた。

 

「ボコのアニメなんだけど…、ボコミュージアムに着くまで、一緒に見よ?」

 

そう言い、彼女はもう片方のイヤホンを自分の耳に付ける。うーん…これはコラボ商品化もやむなしだわ、貯金あったかなぁ…。




ちなみに今回の西住殿の私服ですが最終章、私服で検索して見つけた私服を参考にしました、気になる人は調べてみて下さい。
お姉ちゃん揃ってこんな格好しちゃうなんてやっぱり西住流にはふしだ◯なお母さんの血が…おっと、誰か来たみたいだ(笑)

え?八幡の私服?あんまり考えてないなぁ…。

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