やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
…しかし、この話しだけで何度『ボコ』と書いているのかなこれ?
昨今、イヤホンと聞けばBluetoothイヤホンが主流だろう。最近出るスマホには、そもそもイヤホンの指し口すら搭載されていないらしい。
ハンズフリー技術の進化により、スマホを手にせずとも通話が出来る時代だ。「あれ?こいつなんか俺に向けて話しかけてる?」とか思って変に反応したら相手は電話していた…なんて苦い経験談があるのは俺だけではないだろう。いや、マジで分かりにくいんだよ…。
逆説的にBluetoothイヤホンを耳に付けていれば、ぶつぶつ独り言を言っていても周りは「あぁ、電話中なんだなぁ…」と勝手に察してくれる世の中にもなったという事で。頭の中が中学二年生辺りで止まっている人のとっても大変便利なグッズなのかもしれない。
そんな素晴らしいBluetoothイヤホンが主流の今、西住が取り出したるのはバリバリ有線タイプ。そんな物を二人で片方の耳に嵌めればそりゃすぐ横に西住の顔がある訳で…。
なんなら肩とか普通に当たっちゃう距離だ。これがヤンキー同士ならメンチビームの張り合いになるが、この場合、目のやり場に非常に困る。
そもそも服装が悪い。肩出し白ワンピは一見清楚で可憐に見えるかもしれないが、オタクのツボというのであれば北斗の暗殺術ばりについている。
古来より白ワンピ、麦わら帽子、ひまわりの三連コンボは童貞を殺す確殺コンボなのだ(俺調べ)。…白ワンピだけでこれとか、そこに麦わら帽子とひまわりが加われば西住はどうなっちゃうの?まだ変身残してるとかどこぞの宇宙の帝王かよ…。
そんな西住の底知れない力に戦闘民族の王子でさえガタガタと震えてしまいそうだが、肝心の西住はといえば…。
「ほら、八幡君!ボコが始まったよ!!」
…にっこにこだった。自分で言い出しといてあれだけ恥ずかしそうにしていたというのに、いざボコのアニメが始まるとその視線はスマホに釘付けだ。
その笑顔のあまりの眩しさと純粋さに邪な考えが吹っ飛んでしまう、これが浄化の力か…。
なんなら浄化され、童心に戻ったまである。思い出される遊び相手の居ない放課後、特に会話という会話をした覚えもない同級生。やだ…童心にかえる方が濁っちゃう。
まぁボコのアニメ自体、対象年齢はどちらかといえば小さい子向けだろうし、多少は精神年齢を幼くして見た方が楽しめるだろう。
「~~~♪︎」
具体的に言うなら、オープニングを鼻歌で口ずさんでいる西住くらいには…ここがバス内じゃなかったら普通に歌い出しそう。
しかし、この歌詞聞くとボコというより「やぁってやるぜッ!!」な超獣機神ロボを思い出すのは俺だけだろうか?
ーーー
ーー
ー
ミュージアムと聞くと多くの人は博物館かカエル男の漫画を思い浮かべるだろう。実際、俺もボコミュージアムと聞いてボコ関連の博物館か何かだとは思っていた。
「わぁー!知らなかった!こんな所があったなんて!!」
「まぁ…むしろ大洗に住んでた俺らも知らないレベルだったしな」
だが実際に着いてみると建物の規模はかなりデカイし、敷地内も相当広い。ミュージアムというよりテーマパークと言っても差し支えないだろう。
ただ建物自体はボロボロで寂れついている。パッと見て営業しているかどうかも怪しいレベルだ。
…こんな所までボコを再現しているの?本当に大丈夫なのだろうか。
「早く入ろう!!」
だが西住はそんな異様な雰囲気に気付いていないのか、そもそも視界に入らないのか、なんなら俺の服の袖を引っ張っちゃうくらいには待ちきれないようだ。
「お、おう…」
それにしてもこの西住、テンションの高さがハンパない。
『おう、よく来やがったなお前達、オイラが相手をしてやろう!ボッコボコにしてやるぜ!!』
開幕にそんな物騒な売り文句を入り口で叩きつけて俺達を出迎えたのは、もちろんあの包帯ぐるぐる巻きの熊、ボコである。
シュッシュッとシャドーボクシングも交えて…テーマパークのキャラクターが客を出迎える時の歓迎とは到底思えないんだが。
「生ボコだぁ…可愛い!!」
だが西住的には大満足らしい、なんかもう精神年齢が一回り幼くなってないこの子?大丈夫?
「しかし…よく出来てんなこれ」
見た感じ中の人が居るような着ぐるみではなくロボットなのだろうか?ペッパー君よりぬるぬる動いてるんだけど。
『うわっ!なにをする!やめろぉ…』
とか思っているとボコが急にびくんびくんしだした、え?やだそれ怖い…。
『くそぅ…覚えてろよ!!』
そのまま身体をぴくぴくさせると、やがてぐったりと動かなくなる。…え?壊れたの?なんもしてないのに?
「なぁ…西住、大丈夫なのかこれ?」
後で壊れたから弁償しろ、とか請求されない?自分から喧嘩売ってボコボコにされて後で慰謝料請求するとか、ボコって当たり屋だったの?
「大丈夫、それがボコだから!!」
「それがボコなのかぁ…」
なんかもう、それで納得するしかない気までする。しかし建物はボロボロなのに、ここだけ力の入れようが違う。ひょっとしてこのボコに予算全振りしてない?
『おう、よく来やがったなお前達、オイラが相手をしてやろう!ボッコボコにしてやるぜ!!』
「…復活したな」
ちょっとぐったりしていたボコは再び動き出すと、先ほどと同じ動きをする。おそらくこれが入口でキャストが客を出迎えるパフォーマンスなのだろう。
つまりこのボコは入り口で延々ボコられ、その度に復活を続ける運命にあるらしい…、なにそれ悲しい。
「それがボコだから!!」
「いや、わかったから…」
むしろそれでいいのか?ボコ…。
「あ、そうだ!八幡君、ボコと一緒に写真撮ろう!!」
「まぁ…いいけど」
西住に言われて少しボコから離れると、シャッターチャンスだ!!とスマホを向ける。
「…えぇっと?」
だが肝心の西住が何故か動こうとしない、困惑気味にチラリとこちらを見ている。
「西住、もうちょいボコに近付かないと写真撮れないんだが…」
「その…あのね、八幡君、えぇっと…」
もじもじと何か言いたそうな西住に首を傾げていると、ポンポンと肩を叩かれた。
なんだ?と思って振り返るとネズミの着ぐるみを来たスタッフだった。ネズミといっても某テーマパークのネズミの着ぐるみとは違うからね?そこ重要だから間違えないように、ハハッ(甲高い声)。
これもあれか、ボコに出てくるキャラクターなんだろう、たぶんにボコをボコる役として。
そんなネズミの着ぐるみスタッフは手をこちらに差し出している。スマホを渡せ、とでも言いたいのか。
「写真、撮ってくれるみたい!!」
「あぁ…えと、どうも」
西住がそんなに嬉しそうに言うもんだから、ついスマホを渡してしまう。そうなると俺も西住と並んでボコの前へ。
だがネズミの着ぐるみは身振り手振りで俺と西住がもう少し近付くように合図をしてくる。
「八幡君、もうちょっとこっちだって」
「…みたいだな」
二人で少しずつ距離を縮める、それがなんとも気恥ずかしく思い。
『うわっ!なにをする!やめろぉ…』
また後ろでびくんびくんしだしたボコに心の中で激しく同意した。
…しかしこれ、なんか俺と西住がボコをボコった記念写真みたいになってないか?西住の満面の笑みが怖い。
「んで、この後どうすんだ?」
ネズミの着ぐるみスタッフからスマホを受け取り、とりあえずパンフレットを広げてみる。
「うん!やっぱりボコのショーは外せないよね!!」
「あぁ…うん、そうね」
どうやら外せないらしい。とはいえショーまではまだ時間があるし、ボコミュージアムはテーマパークばりに乗り物関係のアトラクションがあるらしい。
「『イッツ・ア・ボコワールド』、『ボコーテッドマンション』、『スペースボコンテン』…」
パタンとパンフレットを閉じる。
「…なぁ西住、本当にここ大丈夫?」
夢の国から訴えられたりしない?あの国、そこら辺結構容赦しないんだよ?
「わぁ…どれもとっても楽しそう!!」
聞いちゃいねぇ…。まぁ西住が楽しそうならいいんですけどね。
それにまぁ、訴えられてボコボコにやられるのもボコらしいといえばらしいんだろうし。
「でもどうしよう…待ち時間とかあったらショーに間に合わないかも」
「待ち時間があったらなぁ…」
ただおそらくそれはない。戦車道での冴え渡る感はどこへ行ったのか、ボコが絡むとここまでポンコツになるのね。
そもそも…見た感じ客が俺達以外誰も居ないのだ。この点だけで言えば、某夢の国テーマパークにも圧倒的に勝っているともいえる。
ーーー
ーー
ー
『おい!今ぶつかったぞ気を付けろ!!』
『あぁん?』
ステージ上でボコが猫とネズミ相手に啖呵を切っている。西住待望のボコショーの開演である。
『生意気だ!!』
『やっちまえ!!』
さて、その内容はというと…ボコが猫とネズミ相手にひたすら蹴りを入れられ続けているバイオレンスアクションだった。
…バスの中でアニメを見てても思ったけど、これよく放送されてるよね?しかも深夜アニメでもないらしい。
まだ軽く流し見したくらいなので詳しい全容はわからないが、だいたいは毎回ボコが因縁吹っ掛けて喧嘩してボコボコにやられる、をただただ繰り返すアニメのようだ。…救いはないんですか?
『みんな、オイラに力をくれ!!』
と、ステージ上でボコボコにされているボコが客席に向けて手を伸ばしてくる。なるほど、そう来たか。
こういうショーでは定番ともなっている、言わば客席参加型の声援を送るアレだ。
「ボコ…頑張れ」
横でそれを見ていた西住が小さな声を出す。恥ずかしがり屋なのに無理しちゃって…まったく。
『もっと力をくれぇ…』
だがステージ上のボコはまだボコボコに蹴られ続けている。入り口のロボットとは違って中に人が入ってるんだろうけど大丈夫なの?労災おりる?
『みんなの力をオイラに…』
そもそもみんなと言われましても、このステージ見ている客がね…俺と西住、そしてーーー。
「ボコ!頑張れー!頑張れー!!」
…実はもう一人居たのだ、俺と西住以外にショーを見ていた小さな女の子が。
「頑張れボコー!!」
「ボコ頑張れー!!」
その子は立ち上がり、強く声援をボコへと送る。それを見た西住も先ほどまでの恥ずかしさを捨ててボコへと声援を送った。
…さて、そうなると残りは俺だが、おそらく俺を知る数少ない者達ならこう思うはずだ。こういうノリは嫌いだと。
だが舐めないで貰いたい、むしろこういうノリは得意分野なまである。伊達に毎週日曜日の朝にプリティでキュアッキュアな彼女達に声援を送り続けていないのだ。
なんならその後立ち上がった彼女達を見て涙するまでがワンセット。はい、せーの…。
「がんばえー!!」
『きたきたきたー、みんなの応援がオイラのパワーになったぜ、ありがとよ!!』
ボコられていたボコがみんな(三人)の声援で立ち上がる。たぶん、俺が声出さなかったら延々ボコられ続けてたんだろうなぁ…。
『さぁ、お前らまとめてボコボコにやっつけてやる』
立ち上がったボコは再び三人に向かう。…が、途中でずっこけてしまい、そこにまた猫とネズミがひたすら蹴りを入れ続ける。
『また負けた…、次は頑張るぞ!!』
去っていく猫とネズミの中、スポットライトを浴びたボコが決め台詞と同時にショーの幕が無慈悲に閉じた。
「…えーと、西住、これで良いのか?」
「うん、それがボコだから!!」
…良いらしい。なんかもう、別の意味で泣きたくなってくる内容だった。
「………」
「…ん?」
ショーも終わり、とりあえず立ち上がると先ほどの小学生が何かこっちをじっと見ている気がして視線を向ける。
「ッ…」
するとその子は俺が見るやすぐに視線を逸らしてさっさと会場を出ていってしまった。なんかもう、小学生にそんな素振りやられると俺のメンタル面がボコボコにやられるんだが…。
「八幡君、午後からのショーも楽しみだね!!」
「午後からのショーもあるのか…」
むしろ内容一緒じゃねぇの?それ…。
「あの…すいません、ちょっと良いでしょうか?」
ふと、牛の着ぐるみを着たスタッフが声をかけてくる。あぁ、ショーが終わったんだし、早く出ろって事かな。
「あぁ、すいません。今出ます」
「いえ、そうではなくて…、うん、やっぱり大丈夫そう」
スタッフさんはじろじろと俺の身体を見つめて、なにやら納得したように頷いた。
「あなた、ボコになりません?」
…いや、なりませんけど。むしろあのショー見てなりたいと思える人居るの?