やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
最終章終わっても世界大会編とかやってもいいんですよ?
「わぁ…すごい、本当に八幡君がボコになった!!」
そんな訳でいよいよ期間限定、【八幡、ボコバージョン】の実装である。こんなもんセールスランキングガタ落ちだろうなぁ…性能どんだけ盛ってもガチャ回らねぇよ。
「すごくよく似合ってるよ、八幡君!!」
「えぇ、やはり私の目に狂いはなかった…」
「いや、着ぐるみに似合ってるってあんの?」
勝手にテンション高く盛り上がってる西住とスタッフさんには悪いが全然嬉しくねぇ。
「…今さらですけどこれ着てボコられるんですよね?大丈夫なんですか?」
本当に今さらなんだが考えも見て欲しい。「君、これからボコボコにされるからね?」とリンチ宣言されているようなものだぞ、これ。
「安心して下さい、着ぐるみに特殊な加工がされていますから、衝撃こそあっても怪我の心配はそうありません」
「いや、そんな都合の良い加工なんてないでしょ、全然安心出来ないんですが?」
現に前の人は足を挫いてるし、まぁボコボコにされて挫いた訳じゃないんだけど。
「なんでも特殊なカーボン仕様になっているらしいんですが…不安でしょうか?」
「…安心しました」
悲しいがこれ以上ない説得力のあるお言葉でもう反論の余地がない。謎カーボンが施されているなら安心安全間違いない。
「…そろそろ開演だな、西住」
「うん、私は手伝えないけど、その分いっぱい応援するね!!」
なんだろう…にこにこなんだけど言葉の最後に「でも勝っちゃ駄目だよ?」とか、そんな圧さえ感じる。…闇住さんかな?
「頑張ってね、八幡君!!」
「まぁ…やってみる」
西住がスタッフの控え室から手を振って出ていくのを見送る、これから観客席の方に移動するのだろう。
そんな西住に…まぁ着ぐるみだし。見てくれは完全にボコな分、普段より素直に手を振り返す事ができた…と、思う。
「わっ…えと、えっと…えへへ」
それが意外だったのか、少し慌てた西住が嬉しそうに微笑む。いや…早く行ってくれません?その…恥ずかしいでしょ?
「彼女さんにも格好良い所、見せなきゃですね」
「…いや、彼女って」
あれはほら…ボコでテンション上がっちゃったのが大きいんじゃないでしょうか?やはりこの包帯ぐるぐる巻き熊コンテンツは危険なのでは?
『ただいまから、午後の部のボコショーを開始します』
「はじまりましたね、頑張って下さい」
「緊張しなくていいですよ」
「何かあったらフォローしますから」
他のスタッフさん達が次々そう言い残すとぞろぞろと先にステージに向かう。みんないい人そうなんだけど、この人達。牛の着ぐるみ着てるんだよね。
つまりこれから俺をボコってくる連中である。なんだこれ?地獄?優しくしてからボコるとかドメスティックでバイオレンスにも程がある。
『あー、腹減ったなぁ、なんか食うかモー』
『ビーフステーキが食べたいモー』
『おめぇ、そりゃ共食いだモー』
牛の三人…三体?まぁどっちでもいいけど、三人がステージ上で小芝居を始める。…開始早々ブラックジョークから始まる子供向けアニメって。
「ボコさん、出番です」
「…うっす」
スタッフさんに促され、いよいよステージへ…、チラリと客席を見る。
「ボコー!!」
「八…えぇっと、ボコー!!」
観客席には西住と例の少女の二人しか居なかった。だよね、知ってたしむしろありがたいまであるが。
…西住、危なくない?そんな身バレ最悪なんだが。
まぁとにかくだ。人生初の着ぐるみショーにはなるがやること自体はそう難しい事じゃない。
だってあれでしょ?胸ぐらとか掴まれて強烈なパンチ食らって肩を抱いてうずくまればいいんでしょ?なお、リベンジャーは禁止されている模様。
『やい、お前ら今ぶつかっただろ!!』
外の人が動きに合わせて声も入れてくれるので、俺も動きに集中できる、とりあえず牛の三人に近付いた。
『あぁ?なんだてめえはモー!!』
『喧嘩売ってんのかモー!!』
『うるせぇ、お前らなんて焼いてソースかけて食ってやるぜ!!』
うーん…なんというイキがりっぷり、外の人が思いの外ノリノリである。
まぁ、これなら…ん?
「ボコ…どうしたの?」
え?まさかの会場冷えっ冷えである、例の少女が困惑の表情を浮かべているのが見えた。
…え?何か間違ってるのこれ?
「き、今日のボコはファイテングポーズしないんだね!きっと何か作戦があるのかな?」
ふと観客席から西住がわざとらしく声をあげる。…言われてみれば確かに棒立ちだ、外の声と合っていない。
ええっと…ファイテングポーズ、ファイテングポーズ。
ボコの物語はボコが喧嘩を吹っかける事でストーリーが始まる。
…少し考えればすぐにわかる事だったが。人生の内、俺はほぼほぼ喧嘩という喧嘩をまともにした事がない。
それは別に平和的に物事を進めていたとか、そんな殊勝な思いなんかでもなく。
ただ単純に喧嘩するほど親しい相手が居なかった、ただそれだけだ。
「ボコ…」
そんな男のファイテングポーズにシャドーボクシングだ、外野からはさぞかし滑稽にも見えただろう。
『なんかよくわかんねぇけど、やっちまうモー!!』
『なんかよくわかんねぇけと生意気だモー!!』
『なんかよくわかんねぇけと、とにかくモー!!』
…フォローは?いや、たぶん強引でも話を進めてくれたんだろうが。
牛三人に囲まれて猛攻を受ける…確かに衝撃こそあるが怪我の心配はなさそうだ。
…しかし、なんだか悲しくて死にたくなってくるまであるな。
『みんな…オイラに力をくれー!!』
外の人が声を付けてくれる。…シナリオ通りならここで声援を受けて立ち上がれば良いのだろう。
あとは適当にやられておしまいだ。…正直、早く終わらせたいのでもっと巻いて欲しい。
『オイラに力を…』
適当にやられて…いやほら、負けるのがボコなんだし。
「ボコ、頑張れー!!」
「頑張れボコー!!」
西住と例の少女が声援を送る。一生懸命に、この後どうなるかなんて彼女達が一番よく知っているだろうに。
「「ボコ!頑張れー!!!」」
つまり…それがボコ、じゃないんだろうな。きっと。
『きたきたきたー!!みんなの応援が、オイラの力になったぜ!!』
外の人の声と共に立ち上がる、そういえば一つ、忘れていた事があった。
喧嘩なんかした事ないからファイテングポーズもシャドーボクシングも滑稽に映るだろうと言ったな?あれは嘘だ。
こちとら寝る前に電柱ひもに向かってシャドーボクシングをやって鍛えていた経験がある。黒歴史も役に立てば正史となるものだ。…やっぱ黒のままでいいなぁ。
『お前らまとめてやってやらぁ!!』
自分でも納得のいくシャドーボクシング。身体が軽い!もう何も怖くない!!
『いくぞぉ!!』
ボコについて全然知らない俺だが、一つだけわかった事がある。
あの熊はどんな相手でも全力なのだろう、例え負けの見えている勝負でも適当せず、全力を出す。
…つまり。
『パワーを貰ってもその程度かモー!!』
『弱っちぃモー!!』
『やっちまえモー!!』
『うわ!何をする…やめろぉ…』
…全力出してこれって事は、もう絶対勝ち目ないんじゃないの?
『また負けた…、次は頑張るぞ!!』
「ボコー!きっと明日は勝てるよ!!頑張って!!」
…救いは?どこかに救いはないんですか?
ーーー
ーー
ー
「ふぅ…」
ショーの幕が降り、スタッフルームまで戻った俺はようやくボコの着ぐるみを脱ぐ。
…途中危ない場面もあるにはあったが、なんとか形にはなったか。
「お疲れ様です、良いショーでした」
スタッフの人がペットボトルの水を差し入れしてくれる、もちろん銘柄はいろは…じゃなくてボコの天然水?なんか怪しい気しかしない名前なんだけど。
「…ども、あれで良かったんですかね?」
とはいえ、さすがに喉も乾いたのでありがたく受け取る。
「えぇ、初めてだとは思えないボコっぷりでした!!」
…ボコっぷりってなんだ?ボコミュージアムに来てからどんどん俺の知らないワードが広がる。
「そんなにやられるのが様になってましたか、そりゃ良かったです」
てか、きっとボコられっぷりの間違えだろう、それなら自信があった。なんせ謎カーボンこそあっても演技でもなくガチボコられだ。
「いえ、立ち上がった所が、ですよ」
「…そうですか」
まぁ…それなら。この人達ボコミュージアムのスタッフは言ってみればボコのプロなんだろうし、その人達から見て及第点だったならショーは成功と言えるだろう。
「ありがとう、これであの子も楽しんでくれたはずです」
「…うちも連れが楽しそうにしてたんで、まぁ良かったです」
「ふふっ、彼女さんもボコ、大好きなんですね。あぁ、それで今日はうちにデートで来てくれたんですか」
「いや、大洗の観光案内中みたいな、そんな感じです」
「…はぁ、ここに、わざわざ?」
「ここだって大洗ですし…」
まぁものっすごい外れの方にあって観光マップにも載ってないんだけどね。ここのスタッフさん達、それわかってます?
「…知ってますか?ボコにも彼女、居たんですよ?」
「…は?あのボコに?」
…え?いや、嘘でしょ?今日一番の驚き情報なんだけど。
マジか、あの熊リア充だったのかよ…。今までボコに救いを求めていた気持ちが全部ぶっ飛んだわ。【彼女持ち】ってパワーワードすげぇな。
まぁ考えてみたら西住とか、あの女の子にもあれだけ好かれてる時点でリア充だしな、そう考えると千葉県にあるデスティニーランドのマスコットキャラ、パンダのパンさんもリア充。
「まぁその彼女さんにも逃げられちゃったんですけどね」
「ボコって子供向けアニメですよね?」
そんな昼ドラか月9のドラマみたいな展開あっていいんだろうか…。
「あなたは逃げられちゃ駄目ですよ?」
「………」
それが西住の事を言っているなら…もう彼女は逃げないだろう、それだけの強さが今の西住にはある。
むしろ、この場合逃げるのは誰かとなれば…。
「あの、そろそろ…」
「あっ、ごめんなさいね、彼女さんを待たせてるものね」
「…まぁ、待たせる分には問題なさそうですが」
なんなら西住の場合、実家としてここに住み込みそうまである、お姉ちゃん泣いちゃうぞ…。
「あ!ちょっと待って…」
スタッフルームの扉を開いて、さて、西住を迎えに行くかと思ったら再びスタッフさんに声をかけられた。
「これ、今日のバイト代、ここだけの話だけど…少し多めにね」
「…いや、それは」
そういえば払うとは言われたけど、貰っていいものなのか?これ。
「駄目よ、仕事をした分のお金はきちんと貰わないとね」
…ここのスタッフさん達、ちょっといい人すぎない?なんでこの人達がボコをボコる役してるの?
「今日は本当に助かりました、また機会があればよろしくね」
「…どうも」
スタッフさんから封筒を受け取る。…その瞬間だった。
「…なんで」
ふと、声をかけられた。小さな…それでも勇気を振り絞った声が。
…無事にショーを終え、問題を乗り越えた事で俺もスタッフさん達も油断をしていた。
こんなやり取りはスタッフルームの楽屋内でやるべきだった、俺がボコの着ぐるみを脱いでいたのは不幸中の幸いだろう。
だが、スタッフさんは牛の着ぐるみをまだ着ていて、バイト代として入って封筒を俺に渡していて。
「…なんで、ボコをいじめていた相手からお金を貰ってるの?」
それを…例のあの少女が目撃していたのだ。