千雨からロマンス   作:IronWorks

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第7話

――0――

 

 

 

 新学期から、二日目の授業。

 僕は気合いを入れて、教壇に立った。

 

 初日から、魔法使いの女の子と戦いそうになってしまった。

 千雨さんのおかげで魔法を放つことなく終わることが出来たけれど、やっぱり先生として、僕は女の子――エヴァンジェリンさんを止めなければならないだろう。

 

 千雨さんの話では、エヴァンジェリンさんはストレスでコスプレをしていたらしい。

 

 あれは魔法の触媒だと思ったのだが、それならばわざわざ“それっぽい”雰囲気に加工する必要はない。普通の外套にでもしていればいいのだ。

 

 先生として悩むことは、それだけではない。

 エヴァンジェリンさんのストレスを解決して、もっとすっきりして欲しいとは思う。

 けれど、千雨さんのことも考えなければならない。

 

 そう、千雨さんだ。

 昨日、魔法を使っているところを思い切り見られてしまったのだ。

 どう説明しようか、記憶を消すべきなのか、それとも話し合いをするべきなのか。

 

 話し合いで、解決できるだろうか。

 千雨さんは、どこにでもいる普通の女生徒……普通の……普通?

 

「うん、なんとかなるかも」

「ネギ先生、どうしたのー?」

 

 僕を覗き込むまき絵さんの姿で、我に返る。

 僕は今、教壇に立っているのだ。

 集中すべきは、目の前のことだ。

 

「それでは出席を――あれ?エヴァンジェリンさんはお休みですか?」

 

 首をかしげて、エヴァンジェリンさんの席を見る。

 そこは空席で誰もいない……だけれど、欠席の報告は受けていない。

 

「先生、マスターは屋上でサボタージュです」

「あ、茶々丸さん……」

 

 千雨さんから聞いたのだけれど、茶々丸さんはエヴァンジェリンさんが気負うことなく話すことの出来る、唯一の友達らしい。

 

 僕も友達は多くなかった。

 正直、アーニャだけだった。

 だから、エヴァンジェリンさんの気持ちも、なんとなくだけれどわかるのだ。

 

「エヴァンジェリンさんは、寂しくないのかな……」

 

 小さく呟いた言葉は、誰かに聞こえることなく虚空へ消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千雨からロマンス 第七話 ~フレンドリー・ロマンス/友達百人計画~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1――

 

 

 

「はぁ」

 

 ため息を吐く。

 たかが人間相手に、無様を晒してしまったことに。

 

「はぁ」

 

 ため息を吐く。

 計画の変更に、頭を悩ますことになってしまったことに。

 

「はぁ」

 

 ため息を吐く。

 今一番の懸念が、今まで気にも留めなかった相手に対してだということに。

 

「おのれ……長谷川千雨め」

 

 授業中、私はこうして屋上にいた。

 侵入者の気配がして、普段ならば寝ているはずの時間に起こされて、眠いのだ。

 

 それに、今更授業に出ることに、意義を見いだせない。

 私のような長命種を殺すのは、ニンニクでも聖水でも銀の十字架でもない。

 

 ……“退屈”というたった二文字の言葉。

 それに込められた意味が、精神(こころ)を殺すのだ。

 だから退屈なことはしないし、みな特有の楽しみを見いだす。

 

 私は今はまさに、殺され続けているのだ。

 この麻帆良学園という、鳥かごの中で。

 

 それも漸く終わる。

 終わるはずだったのだ。

 

「長谷川千雨……貴様だけはッ」

 

 歯を噛みしめて、叫ぶ。

 その声で我に返り、首を振った。

 

 ……いや、少し落ち着いた方が良いな。

 チャンスはまだあるし、ここで諦めるには早い。

 魔力の補充も不完全だが、今回は策があるのだ。

 

「くっくっくっ……そう、そうだ、まだあるのだ」

 

 茶々丸のおかげで知り得た情報。

 大停電による、魔力封印の無効化。

 それにより、私は“あの頃”に返り咲く。

 

「その時が貴様の最後だ……長谷川千雨」

 

 この手でひれ伏せ、従僕にしてやろう。

 お得意のマッサージとやらをさせるのも悪くない。

 なに、私は優しいからな……命までは、奪わんさ。

 

「クククッ……ハーハハハハッ!」

 

 そうして、高笑いを上げる。

 

 すると、扉が開く音が聞こえたので笑いながら振り向いた。

 ここにわざわざ来るのだから、茶々丸だろう。

 

 まったく、一声かければいいのに。

 

「そ、そんな…………ここまで、深刻だったなんて」

「ハハハ、ハ…………は?」

 

 ドアの前に立っていたのは、想定よりもずっと小柄な影だった。

 根本の黒い赤茶の髪と、小さな眼鏡に大きな杖、そして深い緑のスーツ。

 

 言うまでもなく、ぼーや――ネギ・スプリングフィールドだ。

 ぼーやは、何故か私を見て、真っ青な顔で震えていた。

 

 深刻だ、と言っていたな。

 ……そうか、自ら私の正体に気がついたのか。

 

「どうした? ネギ“先生”? ……ふふ、恐れる必要はない。それは当然の感情だ」

「やめましょう、エヴァンジェリンさん。現実から逃避しても、何も変わりません!」

 

 うん?

 何を言っているんだ?……現実逃避など、私がしているはずがないだろうに。

 いったいどこからそんな感想が……。

 

「僕は先生として、エヴァンジェリンさんが奇行に走らないように、相談に乗りたいんです! ……千雨さんから聞きました。お友達が、欲しいんですよね?」

「は、せがわ、ちさ、め、だと?」

 

 奇行に走る?

 お友達が欲しい?

 誰が? まぁ、私だろうな。

 

「ほ、ほほう? ……いいか、良く聞けネギ先生」

「はい」

 

 そんな神妙に頷くな。

 くっ、なんだこの胃の痛みはッ。

 

「私は貴様の父親により登校地獄の呪いをかけられて、十五年もこの地に縛られている」

「と、父さん、に?」

 

 よし、このまま私のペースに持って行こう。

 長谷川千雨……何もかも貴様の思いどおりに行かせはせん!

 

「そうだ、だから私はああして桜通りで、貴様をおびき寄せて解呪を――」

「――だからああして、コスプレをしていたんですかっ?!」

「何を聞いていたッ?!」

 

 ぼーやは、目尻に涙を溜めると、私に抱きついた。

 ドアから私のところまで、この速度か……。

 そういえば、ぼーやは風の魔法が得意だったな。

 

「父さんのせいでストレスを溜めて、深夜徘徊をするようになったんですね?」

「はぁ?いったいどこをどう勘違い――」

「――だったら!……だったら、それは息子である僕の責任です!僕が、責任をとります」

 

 決意の声と共に、ぼーやは私を強く抱き締めた。

 私はそれを振り払い投げ飛ばすのを……中断する。

 押しのけようとした手を、ぼーやの背に回した。

 

 責任をとってくれるというのなら、とって貰おう。

 この体勢は丁度良い。……このまま、解呪に必要な血液を搾り取ってくれよう。

 

「――エヴァンジェリンさん」

 

 首筋に牙を突き立てるために、少し強く抱きつく。

 顎が肩に乗るくらいまで近づいて、私は口を開けた。

 ふっふっふっ……間抜けなやつだ。

 

「責任、とって貰うぞ?」

「はい」

 

 強く頷くぼーやの言葉。

 吸血鬼とは、悪魔だ。

 悪魔と契約することの恐ろしさを、味合わせてやろう。

 

 これで、終わり――――――いや、待て。

 

 今は昼間。

 満月はまだ先。

 牙、生えてない?

 

「ネギ先生、神楽坂たちが探して――――邪魔したな」

「長谷川……千雨」

 

Q、ぼーやは何をしている?

A、私に抱きついている。

Q、私は何をしている?

A、血を吸おうとして、ぼーやの背中に手を……。

 

「ま、待てッ!長谷川千雨!えーい、放せ!ぼーや!」

「え、エヴァンジェリンさんっ!?」

 

 えーい、密着しすぎていて投げられん!

 って、違う、私が抱きついているから離れられないんだ。

 

「ちっ」

「あっ」

 

 私は合気の術でぼーやを投げ飛ばすと、そのまま走る。

 

 目標は、長谷川千雨だ。

 一刻も早く、ヤツを消さねばッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2――

 

 

 

 すごい勢いで、エヴァンジェリンさんは走り去った。

 

 僕は、ショックだった。

 立派な魔法使いだと思っていた父さんが、女の子をあんなに追い詰めていたなんて。

 ストレス過多で、きっとエヴァンジェリンさんは、今まで苦しんできたのだろう。

 

「でも、諦めない……諦めませんよ、エヴァンジェリンさん」

 

 震える身体で抱き返してくれた、エヴァンジェリンさんの小さな手。

 途中で逃げられてしまったけれど、僕は確かに見たのだ。

 

 ――耳まで赤くなった、エヴァンジェリンさんの横顔を。

 

 完全に、とは言えないけれど。

 エヴァンジェリンさんは、確かに僕に心を開きかけてくれた。

 誰かを求められるのなら、きっと、まだ大丈夫だ。

 

 父さんのかけた呪いは、僕が沢山勉強をして、解呪する。

 だからそれまでの間、エヴァンジェリンさんが友達を作る、手助けをする。

 手助けが……したいんだ。

 

 でも、正直どうすればいいのか解らない。

 千雨さんみたいに、マッサージが出来れば、少しは……。

 

「よう、兄貴……悩んでるみたいだな」

「え――?」

 

 声がして、周囲を見回す。

 だが、広い屋上には誰もいなかった。

 

「兄貴、ここだよ。ここ」

「え?下……カモ君っ?!

 

 そこにいたのは、白い毛並みのオコジョ妖精だった。

 彼の名前は“アルベール・カモミール”……僕がウェールズで知り合った、友達だ。

 ……今の今まで、忘れてたけど。

 

「いったい、どうしてここに?」

「兄貴に助けられた恩を、返しに来たのさ」

 

 カモ君は、僕がもっと小さい頃に、罠にかかっていたのを助けたことがある。

 その後すぐ大人の人に怒られてしまったけれど、それでも僕は、カモ君を助けることが出来て良かったと思っている。

 

「それよりも、兄貴……悩みがあるなら、聞かせてくれないか?」

「う、うん……実は」

 

 誰かに聞いて貰えば、もっと違った答えが出てくるかも知れない。

 そう思って、僕はカモ君に、全部話すことにした。

 

 明日菜さんに迷惑をかけてしまったこと。

 最下位脱出の試練と、幻の地底図書室のこと。

 エヴァンジェリンさんの、悩みのこと。

 

 そして――千雨さんのこと。

 

「は、長谷川、千雨さん……」

「どうしたの? カモ君」

「い、いや、なんでもないっスよ。兄貴」

 

 千雨さんとの出逢いを話すと、カモ君はぴくりと身体を震わせた。

 カモ君はなんでもないっていうけれど、ここに来た時に何かあったのだろうか?

 

「と、とにかく!……まずは、そのエヴァンジェリンって女の子――うん?どこかで聞いたことが……いや、ストレスでコスプレするなんて女の子はしらねぇな――に、どうやって友達を作るか、ということっスよね?」

「う、うん……」

 

 そうだ。

 考えるべきなのは、どうやってエヴァンジェリンさんのストレスを解消してあげるか、だ。

 友達を沢山作って笑顔になれたら、きっとストレスも消えるはずだと、思う。

 

 カモ君のことを明日菜さんに話して、それから協力して貰おう。

 千雨さんにも魔法使いのことを説明して、明日菜さんと一緒に協力できれば……。

 

「よし、やろう! カモ君!」

「おうよ! 兄貴!」

 

 カモ君と手を取り合い、空を見上げる。

 

 友達作り大作戦の、始まりだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3――

 

 

 

 私の部屋は、寮でも珍しい一人部屋だ。

 だから寮ではいつも一人で居るのだが、今日は違う。

 

 相部屋になったのではない。

 ネギ先生によって、近衛達の部屋に招かれたのだ。

 

 今日は図書館探検部の活動により、近衛が居ない。

 そのため、この部屋にいるのは私とネギ先生と、神楽坂。

 ……それに、“今朝方見た”イタチの三人と一匹だ。

 

「千雨さんに、お話ししたいことがあるんです」

「マッサージか?」

「千雨ちゃん、まずは聞いてあげて」

 

 神楽坂が、気の毒そうな顔でそう言った。

 まぁ、まずは聞こう。

 

「実は僕は、修行のためにここで先生をしに来た――魔法使い、なんです」

「あぁ、知ってる」

「えぇっ!?」

 

 あぁ、言っちゃまずかったか?

 まぁ、自分から話すということは、聞かれてもいいと言うことだろう。

 こんな神妙に話すということは、自分からばらしたのが知られたらまずい、ということか。

 

 その辺は、フォローしてやるか。

 宮崎を助けようとした訳だからな。

 

「ど、どうして知ってるの?千雨ちゃん」

「ツボーズに聞いた」

「な、なるほど。よくわからないけど“らしい”わね」

 

 未だ固まるネギ先生を余所に、神楽坂が納得したように頷いた。

 まぁ、知ってから限定になるとはいえ、実際聞けば教えてくれたしな。

 

「あ、あの……そのことなんですが」

「別に、誰にも言わねぇよ」

「ほ、本当ですかっ!?」

 

 私としても、小さい子供をいじめて悦に浸る趣味なんかない。

 それに、笑顔を与えたくてマッサージ師をやっているんだ。

 ……泣かせてなんか、やるもんか。

 

「良かったわね、ネギ」

「は、はい!」

「きゅー!」

 

 ネギ先生の肩ではしゃぐ、イタチ。

 あのイタチは“カモ君”っていうのか。

 確か、寮に入り込んだあのイタチを、マッサージしてやったんだったな。

 

「ちょっとカモ……あんた、オコジョのくせになに猫被ってんのよ?」

「きゅ、きゅー?」

「カ、カモ君?どうしたの?」

 

 イタチじゃなくてオコジョだったのか。

 小動物だからな……緊張しているんじゃないか?

 

「ちょっと貸してみろ」

「あ、千雨さん」

「……きゅ、きゅー」

 

 掴み上げて、腕の中でマッサージをする。

 安心させてやるように、優しく撫でて落ち着かせる。

 それから緩くマッサージをしてやると、“カモ”はすぐに眠りについた。

 

「へぇ……」

「はぁ……」

 

 カモを机の上に横たえると、神楽坂とネギ先生が私を見ていた。

 神楽坂は感心したように、ネギ先生は赤い顔で。

 

「前にも、カモにやる機会があったの?マッサージ」

「うん?あぁ、今朝方、寮に入り込んでいたのを見つけて、マッサージをしたんだ」

「なるほど、ね」

 

 なにが、だろう?

 まぁいいか、カモも安らいだ顔してるし。

 

 

 

 その後、私はエヴァンジェリン友達作り大作戦の話しを概要だけ聞き、自室に戻った。

 詳しい話しはまた明日、煮詰めるのだ。

 

 ――明日からは、少し忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――4――

 

 

 

 千雨ちゃんが出て行った後、残された私は顔を赤くするネギを見た。

 思い出すのは、つい先ほどの光景だ。

 

 相手が動物だからだろうか。

 千雨ちゃんは、今まで見たことのない優しげな笑顔で、マッサージをしていた。

 その笑顔が本当に綺麗で可愛くて、カモが猫を被りたくなるのもわかるような気がした。

 

「ねぇ、ネギ?」

「……」

 

 ネギは未だ、千雨ちゃんの出て行った扉を見つめている。

 私の声が届いているかは解らないが、気にせず続けることにした。

 

「あんた、千雨ちゃんのこと――――好き、なの?」

「僕は――――って、えぇっ!?」

 

 ネギは私の言葉に強く反応して、真っ赤な顔で飛び上がった。

 その仕草が面白くて、少しだけ笑ってしまう。

 

「そ、その、ぼ、僕はっ」

「はいはい、わかったわかった」

「な、何がですかっ!?」

 

 たまには、こうしてからかうのも良いかもしれない。

 ネギはどうも、ストレスを溜めすぎるみたいだし。

 

 どいつもこいつも、もっと素直になればいいのに。

 ネギもカモもエヴァちゃんも……それから、私も。

 千雨ちゃんみたいに、素直に生きられれば、きっと、もっと楽しいんだろうな。

 

「あ、明日菜さんっ」

「おっと、そろそろ木乃香が帰ってきちゃうわよ」

「うぅ……」

 

 肩を落とすネギを見ながら、私は木乃香の帰りを、ゆっくりと待つ。

 

 明日からは、エヴァちゃんのこと考えよう。

 みんなが沢山、楽しくなるように。

 

 

 

 

 

 あれ?でも、ネギが千雨ちゃんを好きなら、本屋ちゃんは……。

 

 うん、考えるの、止めておこう!

 

 

 

 

 

 

――了――

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